04:理想の婚約者
「は、い……?」
アルバートの突然の怒声に、クラリッサはすぐに反応できなかった。そんなクラリッサに構うことなく、アルバートは詰め寄った。
「観劇はつまらなかったが、時間の無駄だったとか、そんなことわざわざ言うことじゃねえだろ! あれは経営側が音楽や照明、また小道具や衣装にも金をかけられていないのがよくわかる出来だった! それでも役者は懸命に演じてたんだ! きっとロクに金ももらえないから、別で仕事をしながら、それでも頑張って練習してきたんだろう! それを労働も知らねえ金持ちのお嬢様が馬鹿にするんじゃねえ!」
一気に捲し立てられ、クラリッサはぽかんと口を開けた。普段貴族のように上品にしていろと教育されているクラリッサからは信じられない表情である。
クラリッサとしては労働者自身を馬鹿にする意図はなかったが、「つまらなかった」と述べた言葉は、アルバートには労働者をないがしろにする言葉に受け止められたらしい。
クラリッサの間の抜けた顔を見て、アルバートはようやく自分の行いに気付いた様子で顔色を悪くした。
「ク、クラリッサ嬢……」
先ほどの強気の語気はなくなり、戸惑いの見える声でアルバートがクラリッサを呼んだ。
「はい……」
クラリッサはいまだ心ここにあらずと言った様子である。
「そ、その、だから、そう悪く言うものではないと……いうことを……伝えたく……」
言葉を何とか普段通りに戻そうとしているアルバートだったが、さっきの自分を見られているからだろう、自信なさげだ。
いつも紳士然で、美しい貌に笑みを浮かべる王子様、それが今までのアルバートだ。
それがどうしたことだろう。目の前の男は、とてもそう見えない。
「アルバート様」
クラリッサからの声掛けに、アルバートはびくりと肩を動かした。
「何でしょうか、クラリッサ嬢」
気丈に振る舞うアルバートに、クラリッサは訊ねた。
「先ほどの言葉は、本心でして?」
「先ほどの、とは……」
「労働者を馬鹿にするなというお話ですわ」
アルバートをまっすぐ見るクラリッサに、アルバートは気まずげな様子を見せながらも、頷いた。
「ええ、本心です。労働者はもっと敬うべきです。それがどんな職業であろうとも」
本心だろう。しっかり言い切ったアルバートは優し気な笑みではなく、凛々しい表情でクラリッサを見た。
「先ほどの話し方、あれが本来の話し方ですの?」
「……口が悪くてお恥ずかしいかぎりです」
アルバートが顔を逸らしながら言う。
あれがアルバートの本来の気性なら、普段はさぞ無理をしていたことだろう。
クラリッサは近くにあったアルバートの手を取った。
「アルバート様」
クラリッサは笑みの消えたアルバートを見つめ言った。
「理想の旦那様ですわ!」