39:スパイを見つけたクラリッサ
「す、スパイ?」
アルバートは目をぎょっとむいた。
そんなアルバートに対してクラリッサは淡々と話す。
「ええ、スパイです。確実にいますわ。あ、お義母様、今日のクッキーも最高です」
「本当に美味しいです! 涙も引っ込みましたー!」
「あら、嬉しい。エイダさんもいっぱい食べていいですからね」
「はいー!」
「いや、スパイの話!!」
アルバートがツッコミを入れると、クラリッサはクッキーに伸ばした手を止めた。
「わたくし、今回店を構える際、とても用心深く行いました。だから、そうそう見つかるものではなかったのです」
父にバレないよう、クラリッサは準備に準備を重ねたのだ。クラリッサに見張りが付いていないのも確認し、アルバートやラッセンガル夫妻にも口止めしていた。
そしてクラリッサは、自分が店を持ったのを父が知ったのは、店で働いている人間から漏れたものではないと思っている。
いや、確信していた。
「だからって……スパイだなんて……」
「それしか考えられませんし、これからまた行動を起こすにも、スパイがいると邪魔ですわ。それに、一人だけ心当たりがございます」
「心当たり……?」
クラリッサの言葉に、アルバートは泣きはらした目でクッキーをむさぼっているエイダに視線を向けた。
それに気付いたエイダがクッキーを取りこぼす。
「私じゃありませんよ!?」
「エイダじゃありませんわ。わたくし、アルバート様との仲を応援してもらう侍女を選ぶ際、徹底して調べました。彼女は信用して大丈夫ですわ。あら、お義母様、お茶も淹れてくださったのですね。ありがとうございます」
「慌ててたから遅くなってごめんなさいねえ」
クッキーを堪能している間にいつの間にか退室して、お茶の用意をしてくれたアミーリアに感謝を述べる。
「じゃあスパイって誰だよ」
アルバートもティーカップを受け取り、一口飲んで喉を潤した。
「アルバート様もよく知っている人物です」
「……まさか父さん?」
「え!? 違う違うわしじゃない!」
「騙された人間がスパイなはずないでしょう」
クラリッサがティーカップを手に持つ。
「一人だけいらっしゃるでしょう。わたくしとアルバート様が、事業についての話をする前に、そばにいた方が」
そう、一人だけいるのだ。
クラリッサとアルバートが事業をすることを聞くことができた人間が。
「まさか」
クラリッサは紅茶を口に運んでから、言った。
「そのまさかですわ」