37:怒るクラリッサ
「無知なのは恥ではありませんわ」
クラリッサはハリーから紙を取り上げ、くしゃりと潰した。
「恥なのは父です。こんな不利な内容でサインさせて人を利用しようとする、根性悪の方ですわ」
クラリッサは怒りでいっぱいになる頭を何とか落ち着かせ、アルバートたちに頭を下げた。
「わたくしの父が、申し訳ございません」
「い、いや、簡単にサインをしてしまったわしが悪いんだ」
ハリーが慌ててクラリッサに頭を上げるように促した。
「息子の婚約者の親が、そんなサインをさせるだなんて、誰も思わないでしょう。お義父様は悪くありませんわ」
「……本当にすまない。今度から、アルバートが戻るまでサインはしない……」
「そうですね。それが一番安全ですわね」
今回はクラリッサの父だったが、今後他の人間がハリーを騙そうとしないとは限らない。迂闊にサインはしないに越したことはない。
「それで……」
アルバートが気まずそうに切り出した。
「結局、もうどうにもならないのか?」
不安そうな表情でクラリッサを伺う。クラリッサは返事をした。
「いいえ、問題ありませんわ」
クラリッサはクシャクシャにした紙を広げた。
「見れば見るほど腹立たしい内容ですわね……」
「どんな内容なんだ?」
「無償で店の権利すべて放棄し、ベルナドール商会に譲渡するといった内容ですわ」
「うわ、うそだろ……」
「本当ですわ。今回はよかったですが、もし他の人間が騙されていたら、こんな条件では生きていけませんわ。本当にあの男は……」
クラリッサがギリギリと歯を噛み締めた。
アルバートが心配そうに見つめる視線に気付き、ハッとして表情を緩めた。
「こほん、ここを見てくださいませ」
「うん?」
アルバートが両親とともにクラリッサが指さした場所を見る。
「? 父さんの名前があるが」
「そうです、ハリー様のお名前があります」
にこりとクラリッサが笑った。
「ハリー様のお名前しかないのですわ、アルバート様」




