36:謝るハリー
「おお、クラリッサ嬢、アルバートとのデートはいかがだったかな?」
状況を知らないハリーが、アミーリアとのんびり足取りで応接間に入って来た。
「クラリッサ嬢、こいつったらデートにウキウキしすぎて昨日全然寝られなかったんだぞぉ~」
「やめろ父さん! それにウキウキじゃなくてハラハラで眠れなかっただけだ!」
「同じことだろうに」
空気を読まず茶化してくるハリーに、アルバートが丁寧に訂正した。
アルバートをからかうことができて嬉しそうなハリーに、クラリッサが声をかけた。
「お久しぶりですわ、お義父様。今の話とても詳しく後でお聞かせくださいませ」
「もちろんいいとも! まるで恋する乙女のようで――」
「父さん!」
怒鳴るアルバートに、ハリーは楽しそうに笑う。そしてようやくクラリッサの隣にいるエイダに気付き、顔色を変えた。
「え、な、泣いてる……! お、お前まさか二股……!」
「じゃない! 父さんも母さんも俺をなんだと思ってるんだ!」
「「世界一可愛い息子」」
「そういうことを聞いているんじゃない!!」
親バカを発揮する二人にアルバートが怒声を浴びせる。
クラリッサは少し羨ましく思いながらも、親子のやり取りに口を挟むことにした。
「楽しそうなところ申し訳ございませんが。状況をお話させていただいても?」
「ああ、どうぞどうぞ」
アルバートの両親はアルバートを間に挟むようにして座る。アルバートが何か言いたそうにしたが、結局無駄だと思ったのか口を噤んだ。
「まず、こちらをご覧になってください」
クラリッサはエイダから受け取った紙をテーブルの上に広げた。
「お義父様、見覚えありまして?」
「……? あ、おお、見たことあるぞ!」
ぱっと見ても気付かなかったハリーは、しばらく眺めるとようやく思い当たった様子で声を上げた。
「ここにお義父様の署名がございますが」
「ああ、クラリッサ嬢の父君が来て、婚約に必要な書類だからサインしてくれって言われたからサインしたんだけど」
なにか悪かったのかと、先ほどまで楽しそうだったハリーの表情が曇る。
「これは権利譲渡の書類の写しです。……内容は、店を譲り渡すというものですわ」
「な、なんだって!?」
ハリーが驚愕の声を上げて、紙を掴んで内容を見る。
「む、難しい言葉ばかりでよくわからん……」
「父さん……」
アルバートはがっくりと肩を落とした。
「すまない、実は俺と違って、父は学校も碌に行けていないんだ……」
アルバートの家は貧乏だ。祖父の代から貧乏だった家で、祖父はアルバートの父と違い、子供のために金を使おうとはしなかった。
アルバートの父は家に昔からある本で多少の勉強をしたのみで、正式に学校には行けていない。自宅での勉強も、幼い時から働かされていた彼には時間がなく、基本的な文字が読める程度しか学べなかった。
祖父も貴族としての矜持はあったようで、必要最低限の礼儀はハリーに教え込んだので、なんとか貴族として形だけはやってこられた。
だからこそ、ハリーはアルバートには、貧乏でも学校に行かせてくれたのだ。自分のようにならないように。
いざというときに、我が子が路頭に迷わないように。
アルバートが困らないように。
「すまない……」
ハリーは本当に申し訳なさそうに俯いた。
身体を少し縮こませる彼は、ただただ善良だった。




