35:泣くエイダ
クラリッサに抱きついて、わっと泣き出したエイダを何とか宥めながら、クラリッサは懸命に話を聞き出そうとした。
「乗っ取られたとはどういうことですの?」
エイダは無限に出てくる鼻水をハンカチで懸命に拭きながら、鼻声で答えた。
「そ、そのままの意味です……」
ずびっ、と鼻をすすって、大きく一度深呼吸したエイダは、ゆっくりと話し出した。
「い、いきなり男の人たちが押し入ってきて、か、紙を見せられたんです……内容はよくわからなかったんですけど、この店の権利が移ったって言われて……その後はこちらの言い分は何も聞いてくれず、店から追い出されてしまったんです……」
そこでエイダはまたぐすんぐすんと泣き出してしまった。
「そうですの。怖い思いをしましたわね」
「うぅ……怖かったし、お嬢様のお店が取られて悔しくて悔しくて……」
エイダの流れる涙をクラリッサが自分のハンカチでそっと拭った。
「その紙というのは持っていまして?」
「はい、ここに」
エイダはポケットに折りたたんでいた紙を取り出した。
クラリッサはそれを広げて読むと、どうしたらいいかわからずオロオロしていたアルバートに声をかけた。
「アルバート様、今からアルバート様のおうちに行かせていただいてもよろしくて?」
「え、うん、どうぞ」
こんな大変な事態だというのにクラリッサはてきぱきと行動していた。
「ではエイダ、これから場所を移しますから、しっかり歩いていただけるかしら?」
「はいぃ」
大きくずびっ! と鼻水をすすって、エイダがクラリッサから離れた。
アルバートの家はここからそう遠くなく、十分ほど歩くと到着した。
「あら、アルバート、デートだってそわそわしてたのに早いわね……ってなに!? どうしたの!? なぜそちらのお嬢さんは泣いて……あ、アルバート、あなたまさか……」
「三角関係とかじゃないから安心してくれ、母さん」
おそらく何か勘違いしている母親を遮って、アルバートは軋む玄関の扉を大きく開け放った。
クラリッサがエイダを促し中に入っていく。
「なに、どうしたの? 三角関係じゃないなら、あのお嬢さんの片思い?」
「違うから、母さんとりあえず黙って」
「気になるんだものぉ」
アルバートにどういうことかとしきりに訊ねる母を無視して、応接間に移動する。
クラリッサがエイダを硬いソファーに座らせ、自身もその隣に腰を下ろした。
「父さんいる?」
「いるわよ。ちょっと待っててね」
母が父を呼びに退室したのを見送って、アルバートはクラリッサとエイダが座るソファーの向かい側に腰を下ろした。
いまだにシクシク泣くエイダを見て、アルバートはこれからどうなるのだろうかという不安で、押し潰されそうだった。




