30:見透かされる婚約者
今日も今日とてクラリッサはアルバートのもとへ通っていた。
「もう店のアルバイトも仕事に慣れて、顧客も確保できたので、わたくしやアルバート様が常に店にいなくてもよくなりましたわ。おかげで汗水流すいい男をじっくり眺めることができます」
「やめろ、見るな」
じいっとねっとりした視線を送ってくるクラリッサから少しでも逃げたくて、アルバートは背を向けたまま、つるはしを振るった。
「これなら意外と早く工場を持てるかもしれませんわ。そうすれば量産ができますから店舗も増やして、がっぽり稼ぎましょう!」
「あ、ああ……」
クラリッサがやる気に燃えているのをアルバートが引き攣った笑みで返す。
クラリッサの向上心は目を見張るものがある。おそらくこういうものが自分や父になかったからだめだったのだろうとアルバートはすでに理解していた。
「向いてないんだろうな」
ぽつり、とこぼしたアルバートの呟きは、クラリッサの耳には入らなかった。
今日クラリッサは珍しく一人でここに来た。エイダは店番をしている。
簡易椅子など、クラリッサが持ってくるのは難しかったため、今日はアルバートにもらったハンカチを敷いて座っていた。
「なかなかいい座り心地ですわ」
「ああ、そう……」
ハンカチに座り心地とかあるわけがないと思うが、そこについて訊ねるのはやめた。クラリッサがとても嬉しそうだったから。
「あ、あの……」
アルバートは一度つるはしを振るうのを止め、クラリッサに声をかけた。
「その、今度一緒に出掛けないか? ほら、店のことばっかりで、出かけてないだろ?」
照れを隠しながら言うアルバートに、クラリッサが不思議そうに見つめ、その桜色の唇を開いた。
「アルバート様……もしかして、先日からわたくしに気を使っております?」




