28:プレゼントする婚約者
「今日も上々の売り上げでしたわ!」
クラリッサが弾んだ声を上げる。
楽しそうにお金を金庫にしまうその背中を見ながら、アルバートはソワソワしていた。
カチカチと金庫を施錠するのを確認してから、アルバートは声をかけた。
「クラリッサ!」
「なんです? アルバイト代の前借ですか?」
「違う!!」
お金に困っているが、今は嬉しいことにそこまでするほど困窮はしていない。
ちなみにアルバートはクラリッサの店で雇われ店長として働かせてもらっているので、ちょっと高めの時給をしっかりもらっている。嬉しい。
ここで働いて一か月、店も軌道に乗り、忙しそうだったクラリッサも慣れたのかどこか余裕を感じるようになった。
クラリッサの予想通り、蜂蜜レモンやお菓子作りキットは女性に好評だった。ちょっとした差し入れの定番となり、連日女性客が押し寄せる大繁盛店だ。
才能だな、と素直に感心する手腕だった。
「じゃあなんです? 時給を上げる交渉ですか?」
「そこから離れろ!」
どうして声をかけられたのか真剣に考え始めたクラリッサにアルバートが叫ぶと、クラリッサはひとまず考えるのを止めて、アルバートをじっと見つめた。
「うっ」
その綺麗な空色の目で見られると、アルバートは怯んでしまう。
ギシリと固まってしまったアルバートをクラリッサが不思議そうに見る。
「……? ご用なのでは?」
「うっ、そ、そう、だ……」
ぎこちない動きをしながら、アルバートがズボンのポケットに手を入れた。
「これっ!」
「はい?」
クラリッサにポケットから出したものを突き出す。クラリッサは戸惑いながらも受け取った。
「まあ、ハンカチ……?」
透明な袋に包まれた。シンプルなハンカチだった。普段クラリッサが使っているレースや刺繍の入ったハンカチとは違う。
「なるほど、この袋はお菓子などを包む袋ですわね。お義母様の余った袋を使えば、包装代を抑えられますわね」
「やめろ、分析するな!」
アルバートは痛いところを突かれてバツが悪くなった。本当はアルバートだっておしゃれな包装で包もうと思ったのだ。
だが、包装もお金がかかる。パン一個分かかった。
ハンカチ代ですでに昼飯代を潰したのだ。これ以上は厳しかった。
「わかっておりますわ」
すべてを見透かした顔でクラリッサがほくそ笑んだ。
「一応婚約者だし……プレゼントぐらいしておくもんだろ……」
「そうですわね」
クラリッサが嬉しそうにハンカチに頬ずりした。
「ありがとうございます」
「べつに……」
クラリッサが柔らかく笑うのが目の毒に思えて、アルバートは視線を外した。
「お前の持ってる高級ハンカチとは比べられないぐらい安物だけど、それがあれば地面に敷いて座れるだろ」
照れくさい気持ちでいっぱいになりながら、言い放った。
クラリッサはすりすりしていたハンカチを胸に抱いた。
「ありがとうございます! つまり、いつでも俺の働く鉱山に来いということですわね!」
「そうじゃない!」
すべてを台無しにしてくるクラリッサに、アルバートは大声で否定した。




