26:大好きな婚約者
「――だから、王子様系の男がだめなのか」
クラリッサがぽつりぽつりとこぼす言葉を拾い上げ、一息吐いたところで、アルバートはそう訊ねる。
「ええ。どうしても昔の父の姿と重なって、だめなんです。彼らはそんなことないだろうと頭ではわかっているのに、豹変した父を見ているから、どうしても受け付けられなくて」
今の父とは全く違う。けれど、昔の父にそっくり。
だから、王子様のような男性が、クラリッサは嫌いになった。
「いえ、王子様系というだけでなく、たぶんきっと、男というものを憎んでいたと思います。例外は弟ぐらいでしょうか?」
可愛いんですのよ、とクラリッサは笑った。
「……男がだめなら、どうして俺は好きになったんだ」
「だって、あなたは人のために怒れる方ではないですか」
クラリッサはいつもの笑みではなく、屈託ない笑顔を向けた。
「あなたの優しさは本物ですもの。だから、好きになったのですわ」
「……俺は、別にそんなに優しくなんかないぞ」
「人のために怒れる人が優しくないわけないじゃないですか」
クラリッサは続ける。
「実際、あなたと過ごすようになって、裏表のないその性格が、大好きになりました」
アルバートは自分のことをいい人だとは思っていない。貧乏だから金にがめついし、気性は荒い。顔はいいことは自覚しているが、それだって、探せばきっと他にもいるだろうと思っている。
「事業を早急に推し進めたのは、父親から離れるためか」
「それもあります」
クラリッサがふう、と息を吐いた。
「父から離れたいのもありましたが、一番は、わたくし悔しかったのだと思います」
商品として並べている蜂蜜レモンのビンを見つめながらクラリッサは口を開いた。
「女でもできることを証明したかった」
女だからと否定されたから。そんなことは関係ないと、教えたかった。
「だけど、アルバート様の家族に会って目的が変わりましたわ」
想定外の言葉に、アルバートは驚いた。
「え?」
「だって、こんなに仲のいい家族が不幸になるかもしれないのを、見過ごせないではありませんか」
クラリッサがもう持っていないものだから、守りたくなったのだ。
優しい父。穏やかな母。そしてそんな両親に愛された幸せそうな子供。
クラリッサがかつて大切にしていた光景が目の前にあった。
「あなたたちはわたくしが守りますわ」
真剣な目でそう言われたアルバートは、ドキリと胸が跳ねあがったような心地になった。
「まあまだ初日ですから、本番はこれからですわよ」
話は終わったとばかりにクラリッサが手を打ち鳴らした。
「明日からビシバシ働いてもらいますからね」
「わかってるよ」
クラリッサが話を切り上げた以上、もうこれ以上話はしないだろう。アルバートはそれ以上何か言うのを止めて、店の片付けをクラリッサと始めた。
「お嬢様だけど、手際いいんだな」
「昔はただの農家の娘でしたもの。小さい頃から掃除しておりましたわ」
クラリッサが懐かしそうに言った。
明日の準備をし終わったら、二人で店の施錠をした。しっかり鍵がかかっているのを確認し、クラリッサはアルバートにぺこりと頭を下げた。
「ではまた明日。アルバート様、よい夢を」
「おい待った」
さっと、自分の家の方へ足を向けるクラリッサの腕を取る。
「もう夜だぞ。一人で帰らせるわけないだろ」
「まあ」
クラリッサはクスクス笑った。
「そういうところが好きですのよ」




