25:幼いクラリッサ3
明日から朝夜の二回更新になります。
「――パパ、今なんて?」
クラリッサが七歳になったときだった。父から信じられないことを言われたのは。
「跡取りが生まれたのだから、お前は淑女らしくしなさい」
もう一度聞いてもその言葉は変わらなかった。
クラリッサは震える唇で懸命に口を動かした。
「パパ、どうして? わたし、会社のためになったでしょう? どうしてわたしが跡取りじゃないの?」
クラリッサにはわからなかった。クラリッサは今まで父や会社のために、頑張ってきたはずだった。
クラリッサは楽しかった。自分の考えたものが現実に商品になるのも。それを人が嬉しそうに使っているのも。大好きな父の役に立てるのも。どれもとても楽しかった。
会社がどうしたら大きくなるのか、最近はそういったことを考えて、父に伝えるのも、とても面白かった。
遊ぶより父と仕事することに充足を覚えていた。
だから、いずれ父と肩を並べて、会社を支えていきたいと思っていた。
「こういったものは男が継ぐものだ」
ショックだった。
今までの努力が、女だからと、たったそれだけで切り捨てられたのが。
「……どうして女じゃいけないの」
「クラリッサ、わがままを言うんじゃない」
わがままではない。ここまで会社を大きくしたのは、ほぼクラリッサのおかげなのに、なぜそれが認められないのか。
頑張ったのに、どうして父は一度たりとも、褒めてくれないのか。
「お前はまだ幼いからわからないんだ」
クラリッサはぐっと大泣きしたいのを耐えた。ここで泣けば、ますます子供の癇癪で片付けられてしまう。
「パパ」
「お父様と呼びなさい」
「なんで?」
「淑女になって、立派な家に嫁ぎなさい」
その一言で、クラリッサはわかった。わかってしまった。
――ああ、父は、そのつもりなのか。
自分を、会社の足掛かりにするつもりなのか。
クラリッサは自分に対してにこりとも笑わなくなった父を見つめた。
わめきたいのをぐっと耐えて飲み込んで、静かに再び口を開いた。
「――わかりましたわ、お父様。わたくし、大人しくしますわ。それでご満足でしょう」
さっきと打って変わり、言葉遣いをがらりと変えたクラリッサに、父の眉毛が少しだけ動いた気がしたが、もうクラリッサにとってはどうでもよかった。
「でも跡取りのあの子が大きくなるまで、わたくしは今まで通り、仕事を手伝います。お父様もその方がよろしいでしょう?」
「好きにしなさい」
「ええ、好きにしますわ」
クラリッサはもう仕事をする気がなくなり、父の執務室から立ち去った。
スタスタスタと、足早に歩いて辿り着いたのは、クラリッサの部屋の隣だ。
音を立てないように、そおっと扉を開けて中を覗き込むと、小さなベビーベッドが見えた。
そこに足音を殺してゆっくりゆっくり近付いた。
中には生まれたばかりの、小さな小さな命がいた。
「ノア」
クラリッサは小さな弟に呼び掛けた。
「……あなたの顔を見たら憎い気持ちになるかと思ったけど、そんなことなかったわね」
ぷに、と指先で弟の柔らかな頬っぺたを押すと、くすぐったかったのか、ノアが顔をほころばせた。
「かわいい子」
可愛い可愛いクラリッサの弟。
「跡取りはあなたなのですって」
この家の大事な子。
「……わたし、もう必要ないのね」
きっと、この子が生まれるまでの、つなぎだったのだろう。
クラリッサの脳裏に浮かぶのは、小さい頃、自分をお姫様と呼んでいた父の姿だった。
楽しかった。毎日が。幸せだった。毎日が。
愛されていた。
確かに、愛されていたのに。
◇◇◇
クラリッサは王子様系男子が嫌いである。
だって、彼らはいつ変わるかわからない。
父のように。




