21:働く二人
「いいですかアルバート様、笑顔ですわよ」
「わかってるよ……」
「ほら、にこっと、ほら、にこっと!」
「に、にこ……」
「思いっきり引き攣っているではありませんか!」
「仕方ないだろ! 意識すると引き攣るんだよ!」
レストランのウェイターのような服装に身を包んだアルバートが、頬をぴくぴくさせていた。
本人は笑顔を作ろうとしているらしいが、まったくできていない。
「まあいいですわ。パン屋さんでは自然と笑えているのですから、仕事している間に勝手に笑顔になっているでしょう」
「それを知るためにパン屋に来たのか?」
「あとアルバート様のコックスタイルが見たかったので。大変眼福でございました」
「正直すぎだろ」
「人間正直に生きたほうが楽しいですわよ」
「時と場合によるだろ」
「わたくしは常に正直です」
「時と場合によれよ」
アルバートとクラリッサが弾むようなやり取りをしているのは、小さな店の中だ。
「本当はもう少し大きな店舗でできればよかったのですけど、あの少ない資金からではこれが精一杯でしたわ」
「俺からしたら充分だよ。まさか店を構えることになるとは……」
「ここではわたくしがオーナーで、あなたは雇われ店長ですわよ」
「わかってるよ」
「わたくしに傅いてくださってもよろしくてよ」
「そういうのパワハラっていうんだぜ」
「セクハラでもありますわね」
「知ってるのかよ!」
「商家として当然ですわ。最近雇用状況も改善されて、ただ雇えばいいというものでもないですからね」
「ああ、そう……」
ただ会話をしていただけなのに、疲れた様子のアルバートを無視して、クラリッサは店内を見回した。
小さな、アルバートが働いているパン屋とそう変わらない、こぢんまりとした店だ。
店内には小さな工房があり、ここで蜂蜜レモンや菓子作りキットを制作できるようになっている。
いずれは工場で生産したいが、現在の資金では無理なため、利益を上げて、事業が拡大できたら工場を手に入れる予定である。
まずはこの小さな店からスタートだ。
店内には、アルバートとクラリッサとエイダの三人で作った、蜂蜜レモンとお菓子作りの簡易キットがある。
レジの横には、アルバートの母が作ったマドレーヌとクッキーも置いてある。
「さてと」
クラリッサはポケットから眼鏡を取り出し、それをかける。
「なんで眼鏡?」
「父にバレたら邪魔されますから。アルバート様がここにいる理由はアルバイトだと言えばいいですが、わたくしはそうはいきません。バレないように変装するのですわ。エイダ」
「はい」
エイダが茶色い髪色のカツラを手にして、クラリッサに近付いた。クラリッサはそれを受け取り頭にかぶる。
「どうですか、アルバート様。わたくしの美貌を隠せていまして?」
「その自信満々な様子はまったく隠せていないけど、パッと見はわからないな」
「なら大丈夫ですわね」
クラリッサも、いつものドレスではなく、動きやすい、黒を基調としたワンピースに身を包んでいる。
エイダもクラリッサと同じ格好だ。彼女も従業員として手伝ってもらう。
クラリッサはいまだに笑顔の練習をしているアルバートの背中を優しく叩いた。
「アルバート様、頑張ってくださいませ」
「わかったよ」
「あなたの実家が自由を手にするかどうかが決まる、大きな場面ですからね」
「緊張させるなよ!」
文句を言いながらアルバートは看板を掲げ、店の外に出た。店の呼び込みを行うのだ。
今回の商品のメインターゲットは女性だ。
そうなれば、呼び込みは若くて顔のいい男性が一番である。アルバートにはうってつけの役割だ。
「さあ、忙しくなりますわよ、エイダ!」
「はいお嬢様!」
こうして初日が始まった。