20:パン屋で働く婚約者
「また来ましたわアルバート様!」
「すごいな……いきなり来るなって昨日言ったばっかりなのにもう来たよ……」
アルバートはがっくりと肩を落とした。
「まあ、この間の鉱夫スタイルも素敵でしたが、パン屋さんスタイルも素敵ですわね!」
「ただのコック服だろ……」
「わかっておりませんわね! それぞれの違いがあるのです!」
クラリッサは理解してくれないアルバートにプンプン怒っている。
「まーぁ! 綺麗なお嬢さんじゃないかい!」
二人の会話が聞こえたのか、厨房からパン屋のおかみがやって来た。あきらかに没落しかけている貴族のご令息であるアルバートを、快く雇ってくれた貴重な人間だ。
とても気さくな笑顔でクラリッサを見ると、おかみはアルバートの背中をバンバン叩いた。
「この子が婚約者かい? 隅に置けないねえ!」
「やめてくれよおかみさん……」
「話のわかる方ですわね!」
おかみの褒め言葉に、クラリッサが嬉しそうに上ずった声を出す。
「そうです! わたくしがアルバート様の婚約者、美少女クラリッサでしてよ!」
「やめろそういうの」
「あら、では大金持ちのクラリッサと名乗った方がいいかしら?」
「どっちもやめろよ」
おかみはアルバートとクラリッサのやり取りを見て、うんうん頷いた。
「うん、相性はいいみたいじゃないか」
「どこが!?」
「ですわよね!?」
正反対な反応をする二人を見ておかみはさらに笑った。
「あーっはっは! いいじゃないか! アルバート、あんたのその荒い性格でもいいって言ってくれてるんだろ? そうそういないよ、いいところのお嬢さんでそういう子は」
「そうですわよアルバート様」
「なんでいつもそんなに自信満々なんだよ」
「人間自信は持った方がよろしくてよ」
クラリッサに反論する気もなくし、アルバートはおかみから焼きあがったパンを受け取って店内に並べる。
カランカラン、とドアに備え付けられているベルが鳴った。来店の知らせだ。
「いらっしゃいませ」
爽やかな笑顔を浮かべて接客するアルバートに、「ひぃっ」とクラリッサは鳥肌を立ててそばから離れた。
アルバートはその態度に思うところはあるものの、今は接客中である。顔には出さずに、客である女性に笑顔で接する。
「いつものパンが欲しいんだけど」
「こちらですね。すぐにお包みします」
アルバートは慣れた手つきで女性の好きなパンをささっと袋に包む。
「はい、丁度ね」
「いつもありがとうございます」
いつも通り丁度の代金を手渡してきた女性に、よりいい笑顔を浮かべてお見送りをする。カランカラン、と扉が閉まり、アルバートがいつものぶっきらぼうな顔に戻って振り返ると、腕を摩りながら引いているクラリッサがいる。
「すごいですわ……見事な接客ですわ……さすがアルバート様…………引きます……」
「褒めてんのか貶してるのか、どっちなんだよ!!」
王子様が苦手と言っていたクラリッサにとっては確かに今のアルバートの対応は引くものだったのだろうが、あからさまに態度で出されるとやや傷つく。
「いえ、でもおかげで見たいものが見れましたわ」
「なんだよ」
「アルバート様の接客の腕ですわ。問題ないどころか素晴らしかったです」
クラリッサはようやく鳥肌が治った様子で擦るのをやめ、にこにことアルバートに告げた。
「いっぱい女性を落としてくださいませ、アルバート様!」