02:王子様な婚約者
クラリッサは王子様系男子が嫌いである。
しかし、自分の婚約者は、誰も彼もが口をそろえて「理想の王子」だと言う。
「最悪ですわ」
クラリッサは馬車の中、父が誂えた扇をへし折りそうな力で握りしめた。
付き添いの侍女が怯えたように顔を引き攣らたが、きっと気のせいだろう。可憐な乙女である自分に怯えるはずがない。
「何とかしないと……」
このままではあの気障な男と結婚させられてしまう。
クラリッサは裕福な商家の生まれだ。父は商売のことしか頭にないので、おそらく家のために政略結婚させられるであろうことは子供の頃からわかっていたし、それに対して異論はない。
しかし、王子様系男子だけは嫌だ。とにかく嫌だ。生理的に受け付けない。
クラリッサがどうにかならないかと頭を巡らせている間に、馬車は目的の場所に到着した。
「着いてしまったわ」
思わず不機嫌な声が出る。
クラリッサが来たのは最近できた劇場である。婚約者とここで待ち合わせしているのだ。
クラリッサに会いたいと言った婚約者に、父の手前断ることもできず、この場所を提案したのだ。
なぜかというと、観劇中は会話をしなくて済むからである。
できる限り会話をしたくない。とっさのことだったにも関わらず、劇場を指定したクラリッサは、自分の判断力を誇った。
劇場の入り口近くで馬車から降りると、クラリッサが来るのを待っていたらしい婚約者がすぐにやってきて、クラリッサに手を差し出した。
「クラリッサ嬢、あなたに会いたくて焦がれておりました。馬車で疲れていませんか?」
柔らかな笑みと共に告げられる自分への好意と労わりに、クラリッサは鳥肌が立った。
――馬車でたった十分の道で疲れるわけがないでしょう! そのパフォーマンスをやめてちょうだい!
と思わず口から出そうになったが、ぐっと飲み込んだ。
「ええ、お気遣いありがとう、アルバート様」
婚約者の手を取って降りるクラリッサと、その手を取るアルバートは、傍から見たら一枚の絵画のようだった。
ちらり、とクラリッサはアルバートを仰ぎ見た。
指通りのよさそうな銀髪は一括りにされ、垂れ流されている。優しそうに細められた目は、綺麗なエメラルドグリーンだ。すうっと伸びた鼻筋に、女の目から見てもきめ細かい肌。
――見た目は嫌いではないのです……。
それどころか見た目は大いに気に入っていた。自分の隣にいても、違和感のない男性だ。むしろ隣にいると、クラリッサの美しさを増幅させてくれた。
「あなたに会えて嬉しいです。あなたを思っていつも眠れぬ夜を過ごしています。美しいクラリッサ、あなたの顔をもっとよく見せてください」
アルバートはそう言うと、クラリッサの顔にかかる髪を払いのけた。
サブイボが立った。
――これが、これさえなければ!
世の女性はこのようなセリフを自分好みの美丈夫に言われれば、さぞ胸をときめかせるだろう。
しかし、残念ながら、クラリッサは歯の浮くセリフが大嫌いだった。
引き攣る頬に気付かれないよう、取られているのとは別の手で扇を開き、顔の半分を隠した。
「わたくしもでございます。早くお会いしたくて、たまりませんでしたの」
一ミリも思っていないが、リップサービスぐらいする心得はある。
うふふ、あはは、と笑い合う二人を見て、距離を置いて見守っている侍女がまた怯えたのは言うまでもない。