19:はしゃぐ両親
「けいえ……え……? なに……?」
アルバートの母の作ったマドレーヌをモソモソ食べていたアルバートの父が、驚きでマドレーヌを取りこぼしそうになったが、傍にいた母がすぐさまキャッチした。
「お父さん、もったいないから落とさないでくださいな」
「ああ、ごめん」
貧乏なラッセンガル家ではマドレーヌもごちそうだ。貴重なマドレーヌをしっかりと手に握り、アルバートの父はクラリッサに訊ねた。
「で、ええっと、なんだっけ、経営者?」
「ええ」
クラリッサは頷いた。
「わたくしとアルバート様は、今後のために事業を行う予定なのです。父は借金はチャラにしてくれても、その後を保証はしてくれていませんから。悪いようにはされないでしょうが、父に絶対逆らえない力関係が出来上がるのは自明の理ですわ。この家のためにも、自ら稼ぐ手段を取らなければなりません。それも、父にいいようにされないために、しっかりと金銭が得られるものを」
クラリッサはそこで一度お茶を口に含んで一息吐いた。
「自ら稼ぐ必要がございます。そのための事業ですわ」
クラリッサが紙をテーブルに出した。
「これが、経営者になるための書類ですわ。ここにアルバート様のお義父様のお名前を使わせていただきたいのです」
「べつにこれ以上失くすものもないから構わないけど……どうしてわし?」
「わたくしが経営者になったら父にすぐにバレてしまいますから」
クラリッサはマドレーヌに口を付けた。
「本当に美味しいですわ。毎日食べたいぐらい」
「まあまあ、クラリッサちゃんが嫁いでくれたらいくらでも出すわ。……砂糖を買うお金があれば……」
ひゅう、と風が吹いたような気がしたがおそらく気のせいである。アルバートは空気を換えるために口を開いた。
「で、父が経営者とはどういうことだ?」
「ええ、そのお話でしたわね」
クラリッサは少し背筋を伸ばした。
「アルバート様のお父様が経営者になったというのがバレる可能性もありますが、その場合、父は手を出しにくいはずですわ。婚約者の実家とはいえ、まだ赤の他人ですし、わたくしと結婚した際のお金をまだ受け取る前の段階ですから、口を挟めないはずです。わたくしが経営者になった場合、この国では二十歳未満は親の保護下とみなされ、かすめ取られる可能性が高いのです」
アルバートは頷いた。
「つまり、現状未成年である俺たちが公の経営者となるより、うちの親に名目上なってもらっていたほうが安全ということか」
「そういうことですわ」
クラリッサが手をさっと差し出すと、後ろに控えていたエイダが羽ペンをクラリッサの白魚のような手に乗せた。
「ではお義父様、サインをお願いしますわ」
「よくわからないけどサインでよければ」
クラリッサから羽ペンを受け取ったアルバートの父が自身の名前を署名する。
「お義父様はハリーとおっしゃるのですね。とても合っていますわね」
「あはは、そうだろう! それっぽいってよく言われるんだよ」
「クラリッサちゃん、私はアミーリアって言うのよ!」
「美しいお義母様にピッタリですわね」
「ありがとうー!」
「お義母さまもこちらの横に」
「はいはい!」
美しい少女に名前を褒められて嬉しそうな両親を見て、アルバートは苦虫を嚙み潰したような顔になった。
「父さんも母さんもいい年してはしゃぐなよ」
「何言ってるのアルバート! はしゃぐのに年は関係ありません!」
「褒められると嬉しいのはいくつになっても同じだぞ~」
「ああ、そう……」
きゃっきゃっと嬉しそうな両親にげんなりしていると、クラリッサのクスクス笑う声が耳に入った。
「ふふふ、アルバート様のおうちはとても仲がよろしいのですね」
「ああ、まあ……そうかもな……」
親と仲がいいと言われてちょっと照れくさい気持ちになり、アルバートはクラリッサから視線を外した。
「ふふ……いいことですわね。……でも、よくわからないものに簡単にサインしてしまうところを見ると、お義父様は騙されやすそうだから注意が必要ですわね」
ハリーに聞こえない声量で付け加えられたクラリッサの言葉に、アルバートは頷いた。
「だから貧乏なんだよ」
アルバートが深くため息を吐いた。




