14:リベンジされる婚約者
「この間のリベンジに参りましてよ!」
クラリッサは胸を張りながら、手に持っていたカゴをアルバートに差し出した。
カゴとクラリッサの顔を交互に見ながら、アルバートは震えあがった。
「ま、まさか……手作りの食べ物じゃないだろうな……?」
この間のクッキー事件のことを思い出したのか、アルバートはブルブル全身を震わせながら、ゆっくりとカゴを指差した。
この反応も無理はない。クラリッサも自分のある意味での天才的な料理の才能に驚愕したものだ。我ながらドン引きした。
だが今回は自信がある。
「ふふ、前回は自分の腕を過信して、難しいクッキーというものに挑戦したのが敗因でしたわ」
「いやクッキーはお菓子では定番の簡単お菓子じゃな」
「とにかく!」
クラリッサはアルバートの言葉を遮って、アルバートにカゴを押し付けた。
「今回は安心してくださいな。自信作でしてよ!」
「その自信作が怖いんだ……」
渋々カゴを受け取ったアルバートは、横目で隣で成り行きを見守っていた青年を見た。
「……お前も味見するか?」
「いやいやいや、婚約者からのものを俺が食べちゃいけないだろ! というわけで仕事に戻るわ! じゃあな!」
先ほどのやり取りで、クラリッサの料理の腕が非常に悪いことがわかったのだろう。青年はすたこらさっさと軽快な足取りで持ち場に戻っていった。
「あいつ、いつもは休憩時間ギリギリまで絶対動かないくせに……」
道連れにしようとした人間に逃げられ、アルバートは憎々し気に相手が去っていった方を睨みつけた。
「仲がいいんですわね」
「ああ、リックっていうんだけど……」
アルバートがあきらめた顔で、その場に腰を下ろしたので、クラリッサもすぐ隣に座った。
「あ、馬鹿! そのまま座ったら服が汚れるだろ!」
「汚れても大丈夫な服ですわ」
「いいからほら! この上に座れ!」
アルバートの使い古されたのがわかるハンカチが地面に置かれる。ポンポン、とハンカチの上を叩かれ、クラリッサはその上に座り直した。
「アルバート様はお優しいですわね」
「普通だろ? 俺みたいな、ここで働いた泥だらけの服ならいいけど、その服で泥が付くと目立つぞ。尻泥だらけで帰るつもりか?」
「い、嫌ですわ……!」
「じゃあ大人しく座っておけって」
クラリッサはアルバートの言葉通り、大人しくする。そしてアルバートがカゴの中身をいつ開けるかとソワソワしながら見つめる。
凶器を持っているように恐る恐るカゴを抱いていたアルバートがその視線に気付いた様子で、一つため息を吐くと、ゆっくりとカゴにかけられた布に手をかけた。
ごくり、と緊張した面持ちのアルバートが唾を飲み込んだ。
バサリ。
カゴから布が取り払われる。
「……ビン?」
そこに入っていたのは、ビンだった。黄金色の液体と、柑橘系の果物が入っているのがわかる。
「蜂蜜レモンですわ!」
クラリッサは自信満々に胸を張って紹介する。
「蜂蜜レモンは、輪切りにしたレモンを蜂蜜に漬けたものでしてよ!」
「知ってるよ」
丁寧に蜂蜜レモンについて説明するクラリッサに、アルバートが別に蜂蜜レモンの作り方を知りたいわけではないことを伝える。
「前回、難しいクッキーに挑戦して失敗しましたが、これでしたら、材料は二つなので間違えようがなかったですわ!」
「だろうな」
逆にどう間違えるのか知りたい。
「さあ、召し上がってくださいませ!」
カゴの中には、蜂蜜レモンが入ったビンの他に、小皿とフォークが入っていた。アルバートはビンを開けて、小皿の上に、蜂蜜レモンを数切れ載せた。
「いただきます」
フォークに差して食べる。口の中にレモンの酸味と、まろやかな蜂蜜の甘さが広がる。
「おいしいな」
「本当ですか!?」
キラキラした目で訊ねるクラリッサに、思わずアルバートは苦笑した。
「ああ、おいしいよ」
アルバートの笑顔をまぶしそうに見たクラリッサは、嬉しそうに手を叩く。
「やりました! やりましたわよ、エイダ!」
「やりましたね、お嬢様!」
そばで成り行きを見守っていたエイダと手を取り合って、クラリッサは喜んだ。
あのクッキー事件、クラリッサなりに大反省したのだ。なんとか名誉回復したいと思いついたのが、この蜂蜜レモンだった。蜂蜜の中にレモンを入れるだけ。これならさすがにクラリッサでも失敗しない。
大成功に喜ぶクラリッサに、アルバートが訊ねる。
「これを届けるためにわざわざ鉱山に?」
「ええ、蜂蜜レモンには疲労回復の効果がありますから。鉱山ではいっぱい身体を動かすでしょうから、もってこいだと思いましたの」
なるほど、とアルバート頷いた。疲れた身体に、蜂蜜レモンはよく効いたのだろう。
蜂蜜レモンをもう一切れ口に入れたアルバートを見て、クラリッサは嬉しそうに目を細めた。
「うふふ、こうして手土産にするのに、蜂蜜レモンってぴったりだと思いますの。でも、作るのに時間がかかるから、急な手土産にはできないのがもったいないと思いません?」
「確かに」
「わたくしこれを販売できたら絶対流行ると思いますわ」
「さすが商家の娘だな」
なんでも商売に結び付ける考えは、アルバートにはないのだろう。
「確かにいい考えかもな」
もぐもぐ蜂蜜レモンを口に入れたアルバートに、クラリッサは不思議そうに首を傾げた。
「あら、他人事ですわね。本当に販売しますのよ。一緒に」
「……は?」
クラリッサがさらりと告げた言葉に、アルバートは目を瞬かせた。




