13:驚く婚約者
「着いてしまいましたわ!」
鉱山の採掘場の入り口で、クラリッサは一度立ち止まった。エイダから受け取ったカゴをぎゅっと胸に抱えるその姿は可憐な乙女そのものである。
しかしその顔は大きな決意を秘めており、凛々しさが窺えた。
「さあ、エイダ、まいりますわよ!」
「はいお嬢様!!」
クラリッサが先陣を切り、後からエイダが付いてくる。採掘場にいる鉱夫が場違いなクラリッサたちに驚いているが、クラリッサが笑顔で会釈すると、頬を赤らめて顔を逸らした。クラリッサのような美少女に耐性がないのが窺えた。
こういうとき美人とは得だな、と自画自賛しながら進んでいくクラリッサ。エイダは初めて入る男だらけの場に、怖気づいている様子があるが、懸命にクラリッサに付いてきていた。
と、クラリッサは聞き覚えのある声が聞こえて足を止めた。
クラリッサが間違うはずがない。愛しのアルバートの声である。
岩陰に隠れると、アルバートが従業員の一人らしい青年と話しながら歩いてきた。
クラリッサが身を顰めた岩陰の近くに腰を下ろすと、二人はそこで弁当を広げ始めた。ちょうど昼休憩のようだ。
「で、どうなのよ」
青年がアルバートに訊ねた。
「何が」
アルバートは水筒からお茶を注ぎながら聞き返す。
「婚約者さんとさ、すんごい美人さんの」
うっ、とアルバートが口に含んだお茶でむせ返る。ゲホゲホ咳をするアルバートの背中を青年がさする。
「なんだ、動揺するところを見るとうまくいってるのか? グイグイくるグイグイくるって言ってたじゃん」
「いや、そんなには言ってないだろ……」
「まあ一度しか言われていないけど」
クラリッサは一度しか自分の話が出ていない事実にハンカチを噛んで悔しい気持ちを堪えた。
そして一度でも話題が出ているということは、少しは自分に興味があるということであると思い直しハンカチをしまった。
「ああ、まあ、なんというか……理想の旦那様だと言われた……」
「えっ、やったじゃん! これで逆玉の輿間違いなしじゃん!」
青年は摩っていた背中を今度はバシバシと豪快に叩く。
「そうだけど……そうだけどさ……」
「何だよ、歯切れ悪いな」
青年はようやくアルバートの背中から手を退けた。
「お互いさ、好意がないときはさ、どうせ契約結婚だからと思って色々割り切れていたけどさ……」
アルバートが、働いて乱れたのだろう髪をガシガシ搔きながら口を開いた。
「向こうが好いてくれてるなら、そういうつもりで結婚するのは不誠実だろ……」
アルバートは少し照れたように、顔を下に向けた。
クラリッサは打ち震えていた。アルバートの照れた表情と言動が胸を打ち抜いたのである。
「お前……」
青年がアルバートの肩を掴んだ。
「「そういうとこだぞ!!(ですわ!!)」
「「え?」」
重なった言葉に驚いた様子のアルバートと青年が、クラリッサの隠れている岩陰に視線を向ける。
クラリッサは先ほどまで隠れていたとは思えないほど優雅な仕草で岩陰から姿を見せた。
「ごきげんよう、アルバート様」
クラリッサはにこりと美しい笑みを貼り付けて挨拶をすると、アルバートの隣にいた青年は顔を赤らめた。クラリッサの美貌を初めて見た人間は大体こうなるので気にしない。
対してアルバートはパクパクと金魚のように口を開いていた。
「なんでいるんだよ!」
もっともなアルバートのツッコミが、採掘所内に木霊した。




