12:応援する侍女エイダ
クラリッサは朝から張り切っていた。
「クッキーで落ちてしまった株をあげましょう作戦、行きますわよ!」
「作戦名長くありません?」
クラリッサはエイダのツッコミを無視して歩く。そんなことより今は一刻でも早くアルバートのもとへ行くのが大事なのである。
すたすたと迷いのない足取りで歩くクラリッサに、エイダのほうが不安そうだ。
「お嬢様、本当にここで合ってます? 鉱山にしては廃れているというか……」
「貧乏なんですもの。こんなものですわ。以前確認しているから間違いありません」
クラリッサは、アルバートの実家の数少ない財産である、鉱山の採掘場に向かっていた。馬車では中まで行けないため、採掘場の少し手前で降りたので、自らの足で、石がゴロゴロ転がった道を歩かねばならない。
そのため、クラリッサは今日、いつものドレスではなく、シャツにズボンという、楽な服装で訪れた。
しかし、侍女服でついてきたエイダはやや動きにくそうだ。侍女服も働くための服とはいえ、それは屋敷内で働くことを前提としたものだ。こうした山道を歩くのには向いていない。
「事前に動きやすい服に着替えるように言っておけばよかったですわね……ごめんなさいね、気が利かなかったわ」
「いいえ、そんな! 鉱山に行くと言われていたのに、うっかりいつもの恰好でついてきた私が悪いんですよ!」
クラリッサが頭を下げたので、エイダが驚きながら慌てて首を振った。実際行先まで言われていたのだから、付き添いするエイダが恰好を考慮するべきだったのだ。いわば自業自得である。
「でもこんな荒れた鉱山だとは思わなかったでしょう。疲れたら遠慮なく言ってくださいな。休憩しながら歩きましょう」
「はい、ありがとうございます!」
クラリッサは、謝るだけではなく、自分を慮ってくれている。その事実が嬉しくてエイダは感動していた。使用人に丁寧に接してくれる主は少ないのだ。
「私、お嬢様を勘違いしていました……お嬢様はこんなにお優しいのに」
「ああ……あなた、いつもわたくしに怯えていましたわね」
エイダはかつての自分を恥じた。クラリッサの言う通り、かつてエイダはクラリッサを傲慢わがままな金持令嬢だと思っていたのだ。
いつ、気に入らないことをしてしまい、怒鳴り散らされるかと、日々怯えていた。
「仕方ありませんわ。わたくしも、そう見えるように振る舞っておりましたもの」
クラリッサの言葉に、エイダは目を瞬いた。
「え……わざとそう見えるようにしていたんですか!?」
「ええ」
エイダにはクラリッサがどうしてそんなことをしていたのか皆目見当もつかない。ただ、確かにクラリッサは、他の使用人たちにもわがままで高飛車だと思われていた。使用人たちの噂話をエイダが疑わない程度には、屋敷内で真実であるとされていた。
エイダがまだクラリッサとこうして接せず、怯えている間も、厳しいことを言われたことはないし、無理難題を吹っ掛けられたことはない。
しかし、それでも、どこか口調や言い方が厳しかった気がする。
「わたくし、成金ですから。敵も多いのですわ。相手に付け入られないようにするためにも、気の強い女だと思われていた方が、都合がよかったのです」
そういえば、クラリッサに付き添って行ったパーティーなどで、こそこそと品のない陰口を言われているのを耳にしたことがある。クラリッサは大きな声で言われてなければスルーし、けれど売られた喧嘩はしっかり買ってきっちりやり返していた。
言葉巧みなクラリッサに、喧嘩を売った相手の令嬢は悔しそうに歯を食いしばっていたのは記憶に新しい。
確かあれは婚約者のアルバートが可哀想だとか言われていた気がする。それに返したクラリッサの言葉ははっきり覚えている。
『お金がない家より、ある家のほうがいいに決まっているでしょう。最新のドレスも買えないのに、矜持だけは高いあなたよりはわたくし、価値のある女でしてよ』
これを聞いてエイダはクラリッサの強さに驚いたものだ。
喧嘩を売って来た相手に逆に赤っ恥をかかせて完全勝利したクラリッサは、誰よりも強い孤高の存在に思えた。
――でも、それはきっと色んな苦労の上で身に付けた強さなのだわ。
エイダはクラリッサの過去がどんなものか知らないが、いつもあのパーティーのように陰口や嫌がらせをされていたかと思うと、胸が締め付けられる思いになった。
「お嬢様! 私はいつでもお嬢様の味方ですからねっ!!」
「あら、心強いですわね」
拳を握って宣言したエイダに、クラリッサはクスクスと笑った。
「話していたら、意外と早く着きましたわ」
クラリッサの言葉に前を見ると、採掘所の入り口が目に入った。
「気に入ってくださるといいのだけれど」
エイダが手にしているカゴを見ながら、心細そうにそう言う姿は、とても気の強そうな高飛車お嬢様には見えず、ただの恋する乙女だった。
エイダはお嬢様の恋を全力で応援すると心に誓った。