魔獣狩りで生計を立てることにした。
サリエルゼ王国はロード大陸の最北部に位置し、一年のおよそ半分は雪に閉ざされる自然環境の厳しい土地だ。しかも、冬のあいだは他国との行き来も制限されるため食料を輸入に頼ることができず、すべて国内で準備しなければならないため冬になると毎年のように食糧難に襲われることになる。
雪に覆われた大地では穀物を栽培することも困難であり、住民たちの食糧は保管してある僅かな穀物と雪の中で狩りをする猟師の腕に支えられていた。
都から人の足で2日はかかる場所にアルガという男は住んでいた。
魔獣が出ることで有名な闇ヶ森の近くに居を構え、たった一人で住んでいる風変りな男だ。
「邪魔するよ」
そう言ってアルガの家に入ってきたのは、肉の仲買人であるビルトだ。
サルエルゼ王国に冬が訪れようとしていた。冬の主食である肉を求めて仲買人は国中を歩き回っているのだ。
肉の塊を毎日運んでいるせいかビルドの肩は人一倍大きく腕も太い。顔に刻まれた皺の深さから50年は生きていると推測されるが、ビルドが自分の年齢を明かしたことはなく、元々大きい体に、寒さから身を守るためにファインドシープの毛皮で作った外套を纏っているため更に大きく見える。
加えて腰には肉を捌くためのナイフが結わえ付けてあるので、気の弱い者がビルドを見れば体を震わせることは間違いない。
「いい肉はあるか?」
その言葉に、部屋の中で暖炉の炎にあたっていたアルガは黙って立ち上がる。そして、そのまま玄関を出てビルドを連れて家の裏にある氷室に向う。
ビルドと肩を並べて歩くアルガの体も首から肩にかけて締まった筋肉が付いている。腕も太く一見して鍛えられた体だということがよく分かる。胸まわりはビルドと比べると若干ほっそりとしているが、均整がとれた体つきとも言える。
ただしその顔にはビルドのような皺は刻まれてはおらず、アルガがまだ若いということを証明していた。もちろんアルガも自分の年齢を明かしたことは一度もなく、またビルドもそれを聞いたりすることはない。
アルガも防寒のために毛皮を纏ってはいるが、その毛皮は【皇帝ウルフ】とあだ名された一匹のウォーケンウルフから作ったものであり、アルガにとっては記念の品だった。
「今年はファインドシープの数が少ないように思う。例年なら今の時期は毎日2頭くらいは罠にかかるはずなんだが、今年は3日に1頭くらいしか罠にかからない」
アルガの言葉にビルドが答える
「天敵のウォーケンウルフの数が増えているのか?」
「俺もそう思ってウォーケンウルフ用の罠を何カ所かに置いてみた。だが、一頭もかからないんだ」
「もちろん罠のエサはファインドシープの内臓だよな?」
「そうだ。しかも捌いたばかりの新鮮な内臓だよ。あいつらはファインドシープの内臓に目が無いからな。罠を仕掛けて一晩置けば、大抵一匹は罠に入る」
「そりゃおかしいな」
アルガに続いてビルドも氷室に入っていく。
「ああ、闇ヶ森の中で何かが起こっている」
氷室の中は一年を通して室温が一定に保たれており、肉を保存するのには最適な環境になっていた。
細く真っ直ぐに伸びた氷室の両側には、手前から奥まで大きな肉がずらっと吊るされていて、見慣れない者が見ればその光景に驚くに違いない。しかしそれは、吊るされた肉の量に驚くと言う意味ではない。吊るされた肉の種類に、である。
「あいかわらず壮観な眺めだな」仲買人であるビルドはため息をつきながら言う。「他の仲買人には絶対言えねえ」
「ビルド以外のやつと取引するつもりなんてないよ」
「俺にとっちゃあ有難い言葉なんだが、そんなに俺を信用していいのかよ?」
「ビルドの付ける値段に俺は充分満足してるんだ。俺は静かに暮らしたいからな」
仲買人であるビルドの肉はサリエルゼの料理店や王宮の料理人たちから高い評価を受けていた。柔らかいうえに、生臭くもなく、そのうえ熟成された味は唯一無二と言っていいものであったからだ。
しかもビルドが持ち込んでくる肉は、例外なくS級と呼ばれる魔獣の肉ばかりであり、王宮や貴族でもめったに口にできない稀少なものばかりだったのだ。
「それにしても、こんな魔獣よく狩ってくるよな」
とビルドが心底感心したように言う。
「これ、ホワイトバファローだろ? S級の冒険者がパーティー組んでようやく倒せるレベルだぜ」
「まあ、正面から戦えばそうだろうな。俺の場合は罠を仕掛けるだけだから、強さは関係ないんだよ」
「でも、とどめを刺す時はどうするんだよ? 近づかないと無理だろ?」
「その時はこれだよ」アルガがそう言って取り出したのは長い金属の槍だった。「こいつで心臓を狙う。一発だよ」
「それ、魔力でも付与されてんのか?」
「そんな大したものじゃない。【雷撃】をこの槍に通してやるだけさ」
「【雷撃】って言っても、おまえの【雷撃】のレベルは低いんじゃなかったか」
「ああ、【雷撃】のレベルは1だ。そこらの子供と変わらん」
「よくそんなレベルで魔獣を狩ろうなんて思うよな」
「俺には【解体】のスキルもあるから心臓の場所が分かるんだよ。あとはマクロショック。と言っても分かんねえか」
「なんだそのマクロショックってのは?」
少し医学をかじった者ならば誰でも知っている言葉だが、この世界ではもちろん誰も知らない。
人間は皮膚にある程度の電気を流しても死なない。せいぜいピリッとする程度だ。しかし、心臓はそうではない。心臓はたとえわずかな電気でも直接当てられると瞬時に止まってしまう非常に弱い器官なのだ。それは魔獣でも例外ではなかった。
そのことを知っているアルガは【解体】のスキルを使い、正確に心臓の位置を探し当て、【雷撃】のスキルで電気を通した金属の槍で魔獣の息の根を止めていた。
もっとも、そんなことを説明しても理解してもらえるわけもない。
アルガは笑ってこう言った。
「まあ、俺は低次元のスキルしかない召喚者だからな。この闇が森に捨てられた時点で俺はこの世界の用無し者だよ。せいぜい魔獣を狩って静かに暮らすのが合っている」
金属の槍を持って笑うアルガを見てビルドは思う。アルガの実力はS級以上はあるだろうと。たとえ罠にかかって弱っていたとしても、ホワイトバファローを前にして平然としていられる人間などそうはいないはずだ。ホワイトバファローといえば、頭に生えた4本の角の大きさもさることながら、その突進力といえば王国の正門ですら結界が無ければ破壊されてしまうほどなのだ。
しかも、ホワイトバファローだけでなく目の前には稀少なS級魔獣の肉がたくさん吊るされている。
「魔獣を仕留めたら、まずは川の中に死体を沈めて体温を下げてやるんだ。体温の熱は肉の鮮度を奪うからな。冷えたところで解体してやる。解体するときも肉の繊維に逆らわないように刃を入れてやると、柔らかい肉が取れるんだ」
「よく知ってるな」
「ああ。俺はマタギの家で育ったからな。獣を狩る技術は爺さんに教わったんだ。もっとも、俺を召喚した王国の連中からすれば、マタギの技なんて役立たずなんだろうけど」
そう言って笑うアルガを見てビルドは思う。
アルガを召喚した連中は見る目がないのか? こいつはとんでもない野郎だぞと。
しかし、ビルドはアルガのことを誰にも言うつもりはない。
仲買人のビルドにとっては、アルガは良い肉を供給してくれる猟師以外の何物でもないからだ。
「じゃあまた来週。良い肉を期待してるぜ」
「ああ。期待しててくれ。次はキングミノタウロスの肉を用意しておくよ」
「馬鹿も休み休み言え。キングミノタウロスなんてSSS級のバケモンだろうが。お前が死んじまうのは困るんだよ」
そして一週間後、ビルドは死ぬほど驚くことになる。
それは、大陸の最北に凄腕の魔獣狩りがいると噂される、数年前のことだった。
お読みいただきありがとうございました。
長編を書く能力がないので無理やり短編にしています。




