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外伝 鳳凰の想いに依りて、雪は染まり  作者: suimya
序章 黎明の炎夢
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第14話 次代の将器 - 2



 両軍が激突したのは、翌日の早朝である。

 双方ともに鶴翼の陣を敷き、大京軍は炎心が左翼、帳が右翼を受け持ち、景が中央に入った。



 千葉軍も藤光を中央に、右翼を老臣達、左翼を若い将達が指揮している。

 余談であるが、大京軍は軍制に上・中・下という呼称を用い、左翼が上軍で右翼が下軍となる。



 これに対して千葉軍は前・中・後であり、こちらも左翼が前軍で、右翼が後軍。

 鎧の色も大京軍は黒色、千葉軍は赤色と対照的である。



 話を戦場に戻す。

 激しい戦闘が繰り広げられる戦場にあって、帳が率いる下軍の働きが目覚ましい。



 帳は猛将といってよく、その麾下には気性の荒い兵が揃っている。

 そのため帳が、



「蹴散らせ!」



 と、ひとたび号令を発すれば、大京兵の喊声は草木を震わせ、大地を揺らした。

 その荒っぽさに前軍を任された千葉軍の若い将達は付いてゆけず、気づけばじりじりと下がり始めた。



 その一方で、もっとも動きがないのが炎心の受けもつ上軍である。

 炎心は帳のような猛将ではないが、その将器には深みがあり、戦略には奥行きがある。



 そのため、無理な力攻めはせず千葉兵に揺さぶりをかけ、隙を見つけては大京兵を突撃させた。

 的確に急所を抉るような戦いかたに千葉兵は苦しみ、夥しい数の死傷者を出した。しかし、



 ――異常なまでに堅いな。

 と炎心が思ったように、その陣には大きな穴が空かない。



 小さな穴が空いたとしても、すぐに塞がってしまう。

 それもそのはずで、炎心が対峙しているのは千葉軍のなかでも最強といってよい兵である。



 兵力差が倍ほどもあることも、炎心に苦戦を強いている原因の1つであろう。

 千葉軍の厚い備えはそのまま、炎心に対する警戒心の表れといってよい。実際、



「炎心とは、炎寿の息子だろう。我らが勝利を得るには、厄介な男だ」



 と、藤光は老臣達に何としてでも炎心を抑え込むように言っている。

 これは裏を返せば、炎心の働きを封じ込めてしまえば後は兵力差で押し切れる、ということになる。



 ――まずいわね。

 中軍で戦況全体を眺める景に、焦りの色が浮かび始めた。



 時間が経過するほど、兵力で劣る大京軍は不利になってゆく。

 大京軍が勝利を掴もうとおもえば、早い段階で千葉兵を圧倒し、むりやりにでも流れを引き寄せねばならない。



 そのためには、どうしても炎心が敵陣を破る必要がある。

 本物の鶴が片方の翼だけで飛び立てないように、鶴翼の陣も両翼が均衡を保ちながら前進して初めて、飛び立つことができる。



 もしも片翼だけが前進すれば、どうなるか。

 陣全体に捻じれが生じ、両翼を繋ぎとめる胴体がちぎれ飛ぶであろう。



 そうなれば、大京軍は各個に戦わねばならなくなる。

 帳もその危険性を分かっているせいか、敵軍を圧倒しながらもほとんど前進していない。



 こうなると炎心の働きが戦局を左右するといってよく、それ以外のところでは先に動いたほうが隙を見せることになる。

 そのため景は、



「援兵を送られてはいかがですか?」



 という側近の意見に対して、



「敵もそれを待っているでしょうね」



 として、援兵を出した隙を見逃すほど、藤光が甘い相手ではないことを示唆した。

 景が炎心に援兵を送らなかったことで戦局は膠着状態に陥り、互いに次の一手を模索するうちに日が高く昇りはじめた。



 夏の日差しは容赦なく戦場を照らし、急上昇する気温が、戦場の熱気をも最高潮に押しあげてゆく。

 やがて日が中天を過ぎ、気温の上昇が和らぎはじめたころ、ついに炎心率いる上軍に頽落の兆しがあらわれた。



 こうなると景は援兵を送らざるを得ず、中軍に隙が生まれた。

 待ちに待ったその隙を逃す藤光ではない。



 麾下の兵に号令をかけるや、猛烈な勢いで景のいる中軍に襲い掛かった。

 短く舌打ちした景は、



「帳に伝令を送って。それまで時間を稼ぐわよ」



 と、器用に兵をまとめて防御の態勢を取り、帳には目前の敵兵を蹴散らし、藤光の後ろに出るように伝令を飛ばした。

 戦局は大京軍にとって不利なほうへ傾きはじめたが、まだ景は諦めていないということである。



 しかし、客観的にみて景のおこないは足掻きにちかい。

 炎心はなおも食い下がっているが、優勢に立った敵の後軍の攻勢は激しさを増し、突破されるのは時間の問題といってよい。



 炎心が抜かれれば、後軍が襲い掛かるさきは景のいる中軍である。

 景の手元にいる兵力は3,000であり、8,000の敵兵を相手に戦うには少なすぎる。



 おそらく帳が藤光の後ろを取るまで、景が持ちこたえるのは不可能であろう。

 それでも、



 ――持ちこたえなければ全滅する。

 心の内で悲痛な声を上げつつ、景はたくみに兵を操って、藤光の猛攻を跳ね返しつづけた。



 その状態のまま、どれほどの時が経ったのか、戦場に夜の帳が降りはじめた。

 このころになると大京兵の抵抗は熄みつつあり、まともに戦っているのは帳が率いる下軍のみである。

 


 その帳も戦場を脱するために戦っており、

 ――景と炎心は無事なのか。



 と、2人の生死を案じつつも、迫りくる千葉兵を薙ぎ払うのに精一杯で、捜索する余力をもたない。

 大京軍の敗北は決定的であり、生き残っている大京兵すべてが、



 ――はやく夜になってくれ。

 と、祈りながら戦っている。



 日が沈めば戦闘は停止され、大京兵に逃げるゆとりを与えてくれる。

 それが分かっている千葉兵としては、日没までに少しでも戦果を拡大しておきたい。



 そのため両軍の戦いは日没後も続き、地上が完全に暗闇に染まってようやく停止した。

 この戦いにおける大京兵の死傷者は、ゆうに3,000を超える。



 千葉軍の被害も想定をはるかに上回る多さであり、

 ――同数の兵で戦っていたら、こちらが負けていたかもしれぬ。

 


 と藤光に思わせるほど、大京兵は死力を尽くして戦った観がある。

 そのため、この戦いは両国の関係に深い傷跡を残し、双方に強い遺恨を植え付けた。



 大京国と千葉がはっきりと敵対関係に入ったのは、この戦いからといってよいであろう。

 このさき、両国の険悪さは数年にわたって改善されることはなく、それが遠因となって南関東全域を巻き込む大戦が勃発することとなる。





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