86話 コーヒーは平気かい?
「すまないおじさん……アイカはもう、動けない……またしても負けてしまった……」
「ま、元気出せよ。後でケバブでも奢ってやるさ。大抵の事はケバブでも食ってりゃどうにかなるからな」
ハワードは明るく言うと、アイカを背負い直した。
大きな背中だ。それにアイカを揺らさないよう、細心の注意を払って歩いている。しかも水魔法と氷魔法を駆使して周囲の気温を下げてくれている。お陰で至極快適だ。
だんだん眠くなってくる。傍にいてくれるだけで、なぜか安心してしまう。そんな頼もしさが伝わってきた。
「……こんなの、久しぶりだな」
「何が?」
「誰かに、大事にされたのは。優しかったエルマー以来だ」
ハワードの首筋に顔をうずめ、アイカはつぶやいた。
「昔はエルマーもアイカをこうしておんぶしてくれたんだ。君は私の希望だ、君ならば私をハワード・ロックにしてくれると、そう言ってくれていた。とても大切に、大切にしてくれたんだ……けど」
「見放されたんだな、お前さんじゃエルマーの求める加護、「疑似・神の加護」を造れないとしてな」
アイカは頷いた。
「まぁったくもったいない奴だ。こんだけエロくて美人なゴーレム娘を造っておきながら、思い通りにならないからポイ捨てとはよ」
「アイカは美女なのか?」
「ああ美女さ、年齢が見合っていりゃあ手を出すくらいにはな。んで、気分はどうかな」
「ん、回復してきた。もう降りよう」
アイカは降りると、天を仰いだ。
ヌシミトラスはともかく、周りにいる子聖獣は軒並み倒してきたはずだ。ならば聖獣の力を少しは宿してもいいはず。
なのに、一向にミトラスから力を得る気配はない。
「ねぇアイカ、人工加護ってどうやってできる物なの?」
「以前エルマーは言っていた。ミトラスを倒す事で聖獣の魔力を動力コアが吸収すると。その魔力を利用して、コアが人工加護を宿すようになると」
「そのコアがカギなんだ……ねぇハワード、コアを解析してみない? あんたなら、人工加護を完成させることができるんじゃないかな」
「そうさな……見るだけみてみるか。ただしその前に、やる事がある」
「なんでしょうか?」
「遊ぶぞ☆」
歯を煌めかせ、ハワードはサムズアップした。
「いっやーさっきのアイカを見てたらサーフィンしたくなっちゃってさぁ、砂上のサーフィンなんてサイッコーじゃん♪ 一回やらなきゃ損だぜ!」
「何考えてんだあんたは! んな事やってる場合か!」
「私は賛成ですが。折角のリゾートなのですし、遊べる時に遊んでおくべきかと」
「アマンダまで……アイカぁ」
「アイカもかまわないぞ。焦っても、加護ができるわけではないからな」
「これじゃ深刻に考えた私がアホみたいじゃない……わーったわよ! もうこーなったら遊び回ってやろーじゃない! んで、具体的にはどうすんの。砂上のサーフィンなんて聞いた事ないけど」
「居るじゃない、特別サービスやってる店員さんがよ」
ハワードはにやっとするなり、指笛を吹いた。
◇◇◇
「ひゃっはぁー! ゴキゲンだぜこいつぁよ!」
「…………」
「うっひゃあ速いー! 上下に揺れるー! けど楽しぃー!」
「…………」
「風がとても気持ちいいです、これは、がるるよりいいかも……」
「…………、おいお前ら、これはどういう事だ!?」
ハワードの背につかまりながら、アイカは怒鳴り散らした。彼女らの下にいるのは……。
―きゅきゅーっ♪
そう、ミトラスである。
ハワードの言っていたサーフィン、それはミトラスの背に乗せてもらう事だった。
いつの間に仲良くなったやら、ミトラスは指笛一つで飛んできた。んで、ハワードが事情を話すと……二つ返事で背中に乗せてくれたのだ。
「アイカとミトラスは宿命のライバルなんだぞ、なのにどうしてこんな仕打ちをする! 倒すべき敵に情けをかけられるなど……屈辱だ!」
「敵を知らば百戦危うからず、って奴さ。お前さんいつも突撃するばかりだったんじゃねぇか? こうやって身近に見るからこそ分かるもんもあるだろ」
「うぐ……口先ばかり達者な」
「エルマーから聞いてないかい? ハワード・ロックは二枚舌だとさ」
賢者に口喧嘩で勝てるはずがない。アイカは諦め、ミトラスに触れた。
砂のようにさらさらした手触りだ。思えばずっと戦ってきたのに、ミトラスの手触りなんて知らなかった。
顔を上げれば、ミトラスが砂を吹く。その砂はキラキラしていて、思わず目を奪われた。
―きゅっきゅっきゅーきゅきゅっきゅー♪
ミトラスの楽しそうな鳴き声も、落ち着いて聞くのは初めてだ。敵対しているはずのアイカを乗せているのに、なぜか嬉しそうだ。
まるで、アイカとこうやって遊ぶのを、心待ちにしていたかのようで。
「……なぜだ、なぜお前はアイカを受け入れる」
―きゅきゅーきゅっ!
「仲良くしたいからだとさ。元々ミトラスは優しい性格してんだよ、じゃなきゃ人里近くに現れてコミュニケーション取ったりしないだろ」
「聖獣の言葉が分かるのか?」
「俺様の耳には翻訳機能がついてるんでね」
―きゅーっ!
ミトラスは大きくジャンプし、ぐるんと宙返りした。
アイカはハワードの腰にしがみつき、大きな悲鳴を上げる。するとミトラスは調子に乗ったのか、アクロバティックな動きを連発しはじめた。
最初こそ怖がっていたアイカだが、次第に楽しくなり始めた。気付けばハワードと一緒に、はしゃぐ彼女がいた。
「はははっ! もっといけいけー!」
―きゅきゅー!
アイカとミトラスは初めて一緒に遊んだ。敵とかライバルとか、そんな感情も関係なしに。
ハワード・ロックが、両者の壁を力ずくで殴り壊してしまった。
◇◇◇
ミトラスと遊んだことで魔力を消費したのか、アイカは子供の姿になっていた。
去っていくミトラスを無邪気に見送り、アイカはため息をつく。
楽しかった、本当に楽しかった。ずっと敵だと思っていたミトラスが、あんなに優しく、あたたかな存在だとは思わなかった。
いや違う、思わないようにしていた。なのにハワードが、アイカの箍を外してしまった。
「……参ったなぁ、アイカ参っちゃったよ、おじさん」
「何が?」
「……ミトラスを倒そうとしてたのに、これじゃ明日からできないよ。そうやって生きてきたのに、もう出来ないよ、これじゃ……」
「違うんじゃねぇか、お前さんがこれまで戦ってきた理由はよ」
ハワードは目線を合わせると、アイカの頭を撫でた。とても大きな手だった。
「お前さんはミトラスを倒そうとしてたんじゃねぇだろ? 単にお前さんは、ミトラスに壊して欲しかっただけなんだろう?」
ハワードに言い当てられ、アイカは肩を揺らした。リサとアマンダは顔を見合わせ、
「それ、どういう事?」
「何やら、込み入った事情がありそうですね」
「……ううん、何もないよ、何にも」
「自分に嘘を続けるのはよくないな、そんな事をしてたら心が壊れちまうぜ」
「壊れないよ、だってアイカには心なんてないから……」
アイカはうつむいた。するとハワードは抱き上げ、肩車をしてくる。
「お前さん、コーヒーは平気かい?」
「こーひー?」
「なんだ、知らないみたいだな。余った豆があるから挽いてやるよ、ケバブと一緒に味わおうぜ。ジャンクフードのお供にゃコーヒーと相場が決まってんだ、美女と野獣みたいにな」
「ふぅん?」
「冒険譚を聞かせてやる。この俺様、賢者ハワードがどんな活躍をしてきたのか。それと俺様の愛弟子カインがどんな奴なのか。じっくりと話してやるよ。俺様達のストーリーは【アルテマ】よりも爆発力があるんだぜ、暗い気持ちなんざ簡単に吹っ飛んじまうよ」
ハワードは笑いながら歩き始めた。この賢者はいつも笑っている。そのせいか、アイカもつられて笑ってしまう。
……本当に、不思議なおじさんだ。
傍にいるだけで、腹の奥底から力が湧いてくる。そんな魅力に満ちた賢者にアイカは、少しずつ惹きこまれていた。




