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84話 自分にできること

 ハワードがサンドヴィレッジを堪能している同じ頃、カインはと言うと。


「……ここだっ!」


 レイクシティにて釣りを楽しんでいた。

 ハワードの時と同じように入れ食い状態で、釣り糸を垂らすだけで魚が釣れる。バケツ一杯に溢れる魚を見て、カインは満足げな表情だ。


「思い出すなぁ、昔師匠が魚を釣りすぎて、三ヵ月くらい焼き魚が続いた時があったよね」

「そんなこともあったなぁ。んで、なんで僕には魚がかからないわけ?」


 ヨハンは乾いた笑顔で釣り糸を上げた。ここでも地味に貧乏くじを引く戦士である。

 バケツを担ぎ、意気揚々と帰っていくカインと落ち込みながら後に続くヨハン。彼らが戻った先には、


「お帰りカイン、釣果はどう?」

「この通り!」

「だと思った。けどこの量、食べきれるかしら?」

「街の人たちにも振る舞えばいいさ。俺も手伝うから、早速調理しよう」


 カインは腕まくりをして包丁を手に取る。すると後ろから、くすくすと笑い声が。


「ふふ、あの人と同じ事を言うのですね。やる事がそっくりです」

『ああ。賢者の弟子にしては礼儀正しいし、きちんとした教育を受けたのもわかるな』

「そう言っていただけで嬉しいです、マーリンさん、アーサーさん」


 二人と知り合ったのは、ほんの数時間前だ。

 フウリからハワードの活躍を聞いたカインは、当事者から話を聞くべく、レイクシティへ飛んでいった。そしてハワードと関係を結んだ二人に出会ったのである。

 と、マーリンが抱いている赤ん坊が泣き始めた。マーリンは慌てて赤子をあやすも、泣き止まない。

 そこでカインはハワード直伝の手品を披露した。簡単な物ばかりだが、赤子は初めて見る手品に大喜びだ。


「それも、ハワード様から?」

「はい。師匠は俺に戦う術や知識だけじゃなくて、遊び方も教えてくれたんです」

「結構悪い遊びに連れまわされたっけなぁ……思い出すよ、娼館に無理やり引きずり込まれて、綺麗な女性に食べられた時を……」

「ヨハンあなたそんな事されてたの?」

「いやまぁ、男として自信つけろって……おかげでカインより先に卒業できたからいいけど」


 ちなみにハワードの奢りである。


『ハワードと同じ空気を持つからか、サロメも歓迎しているようだ。ほら、お前も出てこい』

―ぱおーむ!


 アーサーの呼びかけに応え、湖からサロメが飛び出してきた。

 水しぶきが雨のように降りかかり、カインは苦笑した。サロメはマーリン宅へ歩み、


―ぱおぱおっ♡


 甘えた鳴き声でカインに鼻を伸ばし、危うく家を壊しかけた。


「後で遊んであげるから、少し待っててね」

―ぷおーっ!

「サロメ様がもう懐いているなんて。流石はハワード様のお弟子様ですね」

『あの賢者は人を教える才能にも満ちているようだな。同じ「神の加護」の持ち主とは思えない才覚だ』

「そりゃあ当然ですよ、なんたって俺の師匠なんですから!」


 ハワードを褒められるのはカインとしても嬉しい事だ。何しろハワードはカインにとっても誇りの存在。彼を誉められるのは自分が褒められるのと同じ事だから。

 そう、ハワードはカインにとって、自分以上に大事な存在なのだ。


「……あれ?」

「どうしたのカイン」

「いや……なんでもないよ」


 一瞬、カインの脳裏にある事がよぎった。

 自分がハワードに上書きされているような、自分自身の存在が薄くなっているような。自分が自分ではないような感じだ。

 なぜそう感じたのか、カインは分からなかった。けどすぐに理解する。


 「賢者の弟子」。フウリからも、マーリンとアーサーからも、カインはそう呼ばれていた。

 それに気づくなり、今までの人生が思い起こされる。カインはずっとカインではなく、「賢者の弟子」としてしか見られてなかったのではないか?

 カインがやっている事も、ハワードの物まねに過ぎない。すでに彼がやった事を繰り返しているだけで、自分で考えて行動した事なんて、ほとんどない。


 だから、だろうか。カインをきちんと見てくれる人が、誰も居ない気がする。カインの後ろにいるハワードばかりを見ている気がする。

 ……いや、いいんだ。だって俺は師匠の弟子だぞ?


 そう自分を納得させようとした。だけどそうしたら逆に、自分の存在が希薄になっていく。まるで、カイン自身がカインを否定しているようだった。


「勇者様? どうかされたのですか?」

「いえ、なんでもありません。それより、聞かせてくれませんか? 師匠がここでどんな活躍をされたのか」

「勿論。目を閉じれば、鮮明に思い出せます」

『俺達を救った、そしてこの子を授けてくれた、偉大な賢者の話をな』

―ぷおっ!


 二人と聖獣から聞くハワードの活躍は、相変わらず鮮烈な物だ。

 偽りの歴史と伝統に真っ向から立ち向かい、強い意志と魂でねじ伏せる。まさしくハワード・ロックに相応しい物語だ。

 もし自分が同じ場面に立ち会ったら、ハワードのように戦えるだろうか。


「いや、違う……」


 カインは首を振った。自分は師匠ではない、ハワード・ロックのように解決するなんてできやしない。

 けどカイン・ブレイバーとしてならば、どうだろう。


「俺なら……こうやって動くかな……」


 カインなりの道筋が思い浮かんでくる。カインは初めて師匠の背を追うのではなく、追い抜こうと頭を巡らせていた。

 そうでなければ、ハワードからも「カイン・ブレイバー」ではなく、「賢者の弟子」としか見てくれないだろうから。


「師匠じゃなくて、俺にしかできない生き方か。考えた事、なかったかもしれないな」


 カインは立ち上がると、湖に目を向けた。


「【サイコキネシス】!」


 手をかざすなり、水底にスキルを使用する。すると沈んでいた数多のゴミが浮かんできた。

 それをスキルで圧縮し、掌サイズに小さくした。


「師匠は湖の掃除まではやってないよね?」

―ぱおっ

「よかった、じゃあ俺がやるよ。時間はかかるけど、湖を綺麗にしておかないとね」

―ぷおーっ♪


 ゴミ掃除とは地味だけど、カインにしかできない事。

 師匠に依存せず、自ら考えて動き出した。小さいけれど、確かな一歩だった。

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