80話 地の聖獣現る。
「ぐすん……爆乳化トラップなかったぁぁぁ……」
「まぁまぁ、代わりに珍しいもんが手に入ったからいいじゃねぇか」
俺様が得た戦利品は、古代の宝珠だ。触れれば干からびるまで魔力を吸い取る呪いがかかっているが、解呪すればいい値段で売れる代物だろう。
「こいつはいい換金アイテムだぜ、丁寧に扱わせてもらいますか」
「……その宝珠を使って爆乳化トラップ作れないかな?」
「リサさん、そろそろ戻ってきてください。ところで、何か大事な事を忘れているような気がしませんか?」
「俺様も同じこと思った所なんだよ。なんだっけか……あ!」
『エルマー!』
完っ璧に忘れてた。思いのほかサンドヴィレッジを満喫しすぎちまったようだな。
「あんにゃろうはここで会おうとか言ってたが、どこにも居やしねぇじゃねぇか」
「これまでの経緯を踏まえると、ミトラスを利用して何かしらの行動を起こすつもりだと思うのですが……」
「サンドヴィレッジにゃこれといったイベントはねぇしな。今回ばかりは何をしでかすのかわかんねぇや」
けどまぁ、出たとこ勝負でいいだろう。賢者ハワード・ロックの辞書に不可能なんて文字は存在しないからな。
なぁんて構えていたらだ。急に地響きが聞こえてきて、サンドヴィレッジが揺れ始めた。
「おっ、来たぞ来たぞ!」
「名物見逃したらサンドヴィレッジに来た意味がないぞ、急げ!」
「どうしたのでしょう、急にざわつき始めましたが……」
「……あー、俺様分かったぜ。確かあいつらはかなり身近な存在だったな」
すっかり忘れていたな、あいつらはここの名物じゃねぇか。
「ほらリサちゃん立ちなよ、面白い景色が拝めるぜ」
「ぐすぐす……私ゃ一生ぺたんこのままかぁ……絶壁のままかぁぁぁ……」
「だめだこりゃ」
しゃあないのでリサちゃんを肩に抱えて現場へ向かう。そしたら俺様も驚く光景が広がっていた。
―きゅーっ!
数十頭の茶色いシャチの群れが、砂漠を泳いでいたんだ。
そりゃもう、海の中でも泳ぐように力強く。シャチの群れが砂を掻くたび砂漠が揺れ、地鳴りが断続的に起こっていた。
「やっぱりだ……地の聖獣ミトラス! 間違いねぇ!」
「あのシャチが、ですか? 聖典には天を泳ぐ獣と描かれていましたが……」
「原理は分かってないが、水はもちろん、空や地中、果ては溶岩に至るまであらゆる場所を踏破できるらしいからな。不思議な奴らだぜ」
ミトラスは自ら人とコミュニケーションを取る、非常に頭のいい聖獣だ。ただ、こんだけ距離が近いってのに、生態はまるでわかってないんだがな。
「こんなに人に身近な聖獣が居るのですね。あ、ハワード見て下さい」
―きゅきゅーっ!
アマンダたんが指さすなり、ミトラスが一斉に頭上から砂を噴き上げた。こいつはまた壮観な光景だぜ。……でもってやっぱり鳴き声可愛いのな。
観光客はもちろん、住民もミトラスの大行軍に見入っている。なるほど、サンドヴィレッジの名物になるのも頷けるな。
なぁんて俺様もミトラスを眺めていたらだ。連中の先頭から巨影が飛び出してきた。
全長五十メートルを超える大型の個体だ。奴が弾き飛ばした砂がここまで飛んできやがる。さらさらした表皮が日光を反射して、輝いて見えるぜ。
「あいつが群れのヌシみたいだな」
―きゅぅぅーっ!
―きゅっきゅー!
ヌシが雄たけびを上げるなり、ミトラス達も声を張り上げる。シャチの大合唱か、中々聞き心地のいいコンサートだな。
ミトラスの群れはばっさばっさと尾で砂を叩き始めた。そのせいで余計に地震が大きくなっていく。
「あれは何をしているのでしょうか」
「さぁなぁ……求愛行動でもしてんじゃね?」
「そんな盛りのつく生き物なの? 聖獣なのに」
「聖獣と言っても獣ですからね、有り得る話かと」
……ん? 今なんかしれっと会話に混ざった奴がいるぞー?
「おいおーい、何仲間面して並んでるんだい?」
「その方が面白そうだったので」
「身なりに合わず悪戯好きな奴だ、待ち合わせに遅れた埋め合わせはしてくれるんだろうな、エルマー」
いつの間にか俺様の隣に立っていたファムファタル、エルマーを小突いてやる。気配を感じなかったぜ、ほんと神出鬼没だ。
「ふふ、埋め合わせには少々物足りないかもしれませんが、貴方が喜ぶ物を用意していますよ」
「そいつは楽しみだ。んでもって、教えてくれるんだろう? なんでそんなに俺様にお熱なのかってのも」
「勿論。ですがその前に貴方に紹介したい物がありましてね、まずはアレと戯れてもらってもよろしいでしょうか」
「さっきからなんだ、アレってのは」
「私も扱いに困っている物でしてね、ほら、もうじき来ますよ」
エルマーが振り向くなり、俺様達の頭上を何者かが飛び越えた。
砂上をすさまじい速度で駆け抜け、ミトラスに向かって挑みかかるのは、艶やかなロングの黒髪を持った褐色の小娘だった。
小柄な体に対し、両手足に大型の防具を付けたアンバランスな格好だ。小娘は巨大な槍を掲げると、
「ミトラス、覚悟っ!」
ヌシに一人挑みかかり、槍を突き立てた。
「え、ちょっとあの子何してんの!? ミトラスに喧嘩売り始めたんだけど……って」
「もういません。エルマーは何をしに来たのでしょうか」
「さぁな。ただ、どうもあのガキは常習犯みたいだぞ」
その証拠に、周囲の連中が歓声を上げ始めた。
「また始まったな! アイカとヌシの一騎打ちだ!」
「瞬殺されるなよ! 俺お前に賭けてるんだからな!」
「まぁどうせ負けるんだろうが、がんばれよー!」
「……賭け事に発展するほどの回数、挑んでいるようですね。何者でしょうか」
「見てりゃわかるだろ」
危なくなったら俺様が助けりゃいいしな。なんて思ってたらだ。
「うわぁっ!」
アイカと呼ばれた小娘はヌシに振りほどかれ、砂漠に投げ出された。
ミトラスはぐるっと体を回転させ、尾で砂を舞い上げる。小娘は空高々に舞い上がって、こっちに飛んできた。
こりゃ危ねぇや、って事で小娘をキャッチし助けてやる。ガキの敗北に観衆はやんややんやの大喝采だ。
「やれやれ、子供の喧嘩でギャンブルすんのはどうかと思うぜ。にしてもこいつ、面白い体してるな」
エスニックな顔立ちをした小娘だ。年齢は恐らく十歳くらいか、小さい頃のアマンダたんみたいで、将来は美女になる逸材だ。
しかし着目すべきは、こいつの手足だ。
防具に見えたのはレンガが積み重なって出来たような、無機質な手足だった。んでもって胸元をよく見ると、赤く光る宝珠がはめ込まれている。こいつは人間じゃない、ゴーレムだ。
「モンスター娘って奴か? ゴーレムの少女とはまた、珍しい子供だな」
「でも可愛いね。ははっ、ほっぺぷにぷにー」
「これこれ、見ず知らずの子供で遊ぶなよ。とりあえず、保護してやるか」
エルマーと関係があるようだし、放ってはおけないな。
しかし小娘かぁ……出来ればもっと大人な女を紹介してほしかったぜ。




