8話 一方勇者パーティはと言うと?
「師匠が居ない……師匠が居ない……」
勇者カインは頭まで布団をかぶり、涙でマクラを濡らしていた。
愛しの師匠が離れてから、彼は禁断症状に悩まされている。一日一回ハワードの体臭を嗅がないと彼は精神が不安定となり、極度の鬱状態に陥ってしまうのだ。
「はぁ……師匠……どこですか師匠、どうして俺の前から居なくなってしまったのですか師匠……あ、師匠が一人師匠が二人師匠が三人師匠が四人……」
「しっかりしろよカイン、もう昼だぞ、いつまで寝てるんだよ」
「今日もハワードさんを探しに行くんでしょう? 幻覚と戯れてる場合じゃないわ」
もはや末期状態の勇者を起こしに、戦士ヨハンと魔術師コハクがやってきた。
三人は今、ハワードを連れ戻すために旅を続けていた。
何も言わずにいなくなったハワードだが、三人にはどうして彼が消えたのか、理由がわかっていた。
右腕を失い、仲間を傷つけた自分には傍に居る資格がない。勝手にそう思って、一人勝手に居なくなったのだ。
「ハワードさんも、変なところで律儀すぎるんだよ。そんな事、全然ないのに。確かに女ったらしの変態で金遣いも荒くて大食らいで酒好きでヘビースモーカーで大雑把で喧嘩っ早くてギャンブル狂いのどうしようもないダメ人間だけど……僕達はあの人、大好きなんだ」
それだけ聞くとただの悪口である。
「ふふ、そのダメ人間を帳消しにするくらい、魅力的な人だものね……どんなに危ない時でも、絶対私達を見捨てようとしなかった。むしろピンチになればなるほど、自分から前に出て行って、私達を守ろうとしてくれたもの」
二人は目を閉じ、ハワードに助けられた事を思い出した。
敵の罠にかかったヨハンを、傷つくこともいとわずに、軽口交じりに助けに来てくれた。
攫われたコハクを救うため、自ら十万の敵を引き付ける囮になり、カインとヨハンのサポートをしてくれた。
魔王の呪いに冒され、命の危機に瀕したカインのために特効薬を作り上げ、彼が治るまで献身的に看病してくれた。
若く、経験の浅い三人に代わって、王国騎士団の協力を得るための交渉をしてくれたり、野宿では毎晩寝ずの番をしてくれたり、敵の攻撃から幾度も盾になって守ってくれた。
三人で問題に取り組んだ時には、一歩下がった場所で見守り、的確なアドバイスをして導いてくれた。
普段は非常にだらしない駄目な大人の見本市だが、いざという時頼りになる最強の賢者。若い三人にとって、彼のような大人は無くてはならない存在なのだ。
「型破りな大人で、凄く格好いいんだよな。まだ僕達、あの人から教わりたい事が沢山あるんだよ」
「そうね。悩み事があるとそれとなく察して、話を聞いてくれるし。何も言わなくても、さり気なく気を回してくれて……ハワードさんは、私達に必要な人なのよ」
だから何としても連れ戻す。自分達のせいで失った右腕の代わりになるために。自分勝手に居なくなるような我儘なんか許さない。
ハワード・ロックを全力で支え隊。勇者パーティの行動方針は今、彼を中心に回っていた。
「師匠と一緒に王都のアイス屋行きたかったなぁ……それとサブレナのお祭りも一緒に回りたかったし、お風呂で流しっこしたかったし、師匠にご飯「あーん♡」して食べさせてもらいたかったし、夜は添い寝してほしかったし……愛してます師匠L・O・V・Eラブです師匠……シクシクシク……」
「……重症だなこりゃ」
「カイン×ハワードさん……個人的にはカイン受けが……萌えるっ!(鼻血ブー)」
「いい具合に発酵してるね君……それよりカイン、うじうじしてないで早く起きろよ!」
ヨハンが布団を引きはがすと、カインは膝を抱えて寝転がり、死んだ魚のような目でうわごとをつぶやいている。もうだめだこの勇者。
「仕方ない、お願いコハク」
「任せて。ほら、起きてカイン」
コハクはカインの頬に触れると、熱いキスをかました。
突然の愛情表現にカインの目が白黒する。ヨハンは目をそらし、事が済むのを待った。
「……僕も彼女、欲しいな……」
年齢=彼女いない歴の戦士、心のつぶやきである。
「元気出た?」
「出た、もうばっちりだ」
一方途端に復活する勇者。この勇者、実はバイである。
「ごめん二人とも、師匠を失って辛いのは二人も同じだもんな……でももう大丈夫! さぁ師匠を探しに行こう!」
勇者カインにとって、賢者ハワードは絶対の存在だ。
ハワードは自分が重荷になると思って身を引いたのだろうが、そんなの大間違いだ。むしろカインにとって、ハワードと過ごす時間は最大の生き甲斐でもあるのだ。
拳を握り、ここに居ない賢者を思う。ハワード・ロックが居てこそ、カイン率いる勇者パーティは完成するのだ。
「師匠、絶対、貴方に追いつきます。世界で一番尊敬する貴方が居ない人生なんて、俺には考えられない……俺達のハワードを連れ戻すために、二人とも! 力を貸してくれ!」
『おーっ!』
三人は愛するハワードを追いかけるために、今日も旅路を行くのだった。