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63話 壮大な自作自演

―ピョエエエエエ!


 エサをねだるひな鳥のような鳴き声だ。デカい図体に似合わず可愛らしく囀る巨鳥だぜ。


「そんなにエサが欲しいなら、畑でバッタか青虫でも探してこい。ジューシーな奴が食べ放題だぞ」

―ピィィィヤアアアッ!

「焦んなよ、慌てなくてもちゃんと遊んでやるぜ。お喋りでも教えてやろうか? ならまずは「こんにちは」からマスターしてもらおうかい!」


 テンペストを思い切り蹴り上げ、上空へ吹っ飛ばす。地上で戦えば、エアロタウンが消し飛びかねない。フウリちゃんの大事な場所だ、きちんと守ってやらねぇとな。

 俺様はジャンプでテンペストと目線を合わせた。こうしてみると、随分空っぽな瞳をしてやがる。魂が抜けたような、生気を感じない目だ。


「いいや、逆かな。こいつは元から魂がない」


 賢者だからこそ分かる感覚だ。このテンペストは誰かが作り出したハリボテ、張り子のトラだ。だけども能力その物はオリジナルを超えているようだな。


「見た所レベル600か、テンペストの平均レベルは300だから、二倍になっているわけだな。それでも俺様の敵じゃあねぇがよ! てことでとっととぶっ倒してやるか!」

―ピョエッ!


 テンペストがはばたきで竜巻を起こしてくる。【旋風】のスキルか、大した物持ってるぜ。

 ま、回避してやるがな。俺様の脚力ならば、蹴りの反動で空を走れるんだ。鳥よりも自由に動く大賢者様に、地上のオーディエンスも大歓声だ。


―ピョッ!

「っと、動きを先読みしてきたか。確かテンペストは空気の動きで、未来予知ができるんだったな」


 避けた先に嘴で突き刺そうと襲ってくる。あーどーしよー大ピンチだわー危ないわー。


「【分身】!」


 だから助けて、もう一人の俺ちゃん!

 足元に分身を出して、背中を蹴る。分身による切り替えしは予知できなかったのか、豪快に空振りして体勢を崩した。

 旋回し、再び俺様に突撃だ。ま、未来を呼んでも当てるなんて無理なんですけどね。


「回避よろしく」

『まかせな!』


 再び出した分身に体を引っ張ってもらい、またしても華麗に回避だ。面白いぜこのスキル、アクロバットが自由自在に楽しめらぁ♪


―ピィィィィ!

「狙いを地上に変えたか、アマンダたん達を狙うとは賢いな」


 俺様が相手でなければ最善手だったな。

 テンペストが起こす嵐を、雷で相殺していく。ここはフウリちゃんの大事な箱庭なんだ、傷は勿論、お前の爪先に至るまでつけさせやしない。


「加えて本物のテンペストを痛めつけた報い、きちんと受けてもらうぞ」


 お前は聖獣じゃない、魔物の一種だ。命を弄ぶ存在を許すわけにはいかねぇな。

 奴の攻撃を徹底的に弾き飛ばし、胸に指を押し付ける。んでもって【シードライフル】

を接射し、貫通させた。

 テンペストがけたたましい叫び声をあげる。あと一発受ければおしまいだな。


―ピャオオオオッ!


 悪あがきのつもりか、俺様を避けて地上へ突進していく。その先には……フウリちゃん達が。


「させねぇよ」


 極上のメインディッシュである俺様を前にして、オードブルのつまみ食いを許すわけねぇだろうが。死ぬ間際まで味わってもらうぜ、賢者ハワードの味をな。

 その時だった。


「危ないっ!」


 フウリちゃん達の前に人影が躍り出て、テンペストの攻撃を受け止めた。そいつの正体は……。


「エルマーさん!?」

「よかった……間一髪と言った所ですね」

 敬愛のエルマーとやらが盾になり、ハワードガールズを助けてくれた。

「賢者ハワード、テンペストを!」

「……はいよ」


 テンペストをとっ捕まえ、義手を押し付ける。ジョーカーよ、お前からのプレゼントを楽しませてもらうぜ。


「【吸魂】」


 塔の魔人が持っていた、魂を奪うスキル。こいつでテンペストの魂を奪い取り、俺様の血肉へ変えていく。

 骨はおろか血の一滴も残さず、巨鳥が消え去った。敵ながらら有効かつGoodなスキルだぜ。


「やっぱ腐っても太古の魔人だ、今の義手の機能じゃ完全再現できねぇか」

「むぅ……でもそれって、その義手にも伸びしろがあるって事じゃない。やりがいあるわ」


 リサちゃん達がやってきた。フウリちゃんの大事な宝物には、当然のごとく傷はない。

 流石は俺様、被害ゼロで済ますとは。


「しかし、エルマーさんが重傷です。右腕が、酷く損傷しています」

「はは、私ではテンペストの力を受けきれなかったようですね。しかし、お嬢さん方に怪我がなくてよかった」


 仮面越しにエルマーが苦笑した。フウリちゃんは心配そうに奴を見て、


『ハワード、こやつを助けてはくれぬか? わらわ達を助けた恩人じゃ、捨て置けぬ』

「……そうだな、助けてやるか。痛みを感じねぇようにしてやるよ」


 フウリちゃんらを奴から離し、指を突きつける。敵意満々の俺様に驚いたか、リサちゃんが腕を引っ張った。


「ちょっとハワード、何してんの! その人は私達を助けてくれたんだよ?」

「自作自演でな。全員こいつから離れろ」

「自作自演? はて、何のことでしょう」

「バレねぇとでも思ったか、演技が大根過ぎるんだよハム野郎。初っ端会った時のセリフで、大まか裏は見えていたよ」


「ほう、私はなんて言いましたっけ」

「ええ、是非そうしてください。私も早期の解決を待っています」

「それの、何が?」


「何が「そうしてください」なんだ? あの時点で俺様達は、精霊達の病を治しに来たとは誰にも言っていないんだ。リサの話と噛み合ってねぇんだよ。それに俺様達を随分付け回していたじゃないか、わざわざ住民に変装してよ」

「変装? いつ、私達の傍に来たのですか?」

「思い出しなよアマンダ、精霊の病を治した後、町の様子を見て回っただろう? その時、宿に泊まっていけと抜かした奴がいたじゃないか」

「……そう言えば、変な発言ですね」

「なんで? 別に普通じゃ」

「リサさん、エアロタウンに宿はありませんよ」


 フウリちゃんも言っていたしな、確かにあの町には宿がねぇ。なのにどうして、住民が不自然な事を平気で抜かせるんだ。


「ついでに、こいつを聞きな。音を記録する魔石が残したセリフだぜ」

『貴方は本当に素晴らしい、世界最高の賢者です』

「おっと?」

『貴方はもっと世に広まるべき至高の賢者、より名を高めるべき世界の宝。だからこそ私が貴方を磨き上げます。貴方の価値をより高め、貴方をさらなる唯一無二にするために』

「それは、私が零した独り言、ですね」

「もう隠すつもりもねぇか。【透明化】と【分身】を利用して、二重尾行させてもらったぜ。余計な気配がずっと尾けていたのは分かっていたからな。んでもって、きちんとこの目で確かめたよ。紫のオーラに囚われている、テンペストの姿をな」

「…………」


「お前だろ、風の精霊に呪いをかけやがったのは」

『な、んじゃと……!?』


 フウリが青ざめた。アマンダも斧を持ってリサを背に隠している。


「素晴らしい、流石はハワード・ロックです。私の小賢しい浅知恵では、貴方に到底かなわない。本当に貴方は、世界最高の賢者だ」

「陰気なマスカレードに褒められてもな、せめて男装した美女だと言ってほしいもんだぜ」

「あいにく私は男です。ですが、貴方の事は心から尊敬し、敬愛し、尊重しています。ハワード・ロック」


 恭しく首を垂れるエルマーからは、純粋な敬意が伝わってきた。裏表もなく真っすぐに、こいつは俺を尊敬している。邪な感情など、一切感じなかった。

 それどころか、慈愛の心すら感じる。傍に居て安心してしまう優しさが奴から漂っていた。


『い、異常じゃ貴様……そこまでの慈愛を持っていながら……どうして、どうしてわらわ達を呪える! なぜ大勢の精霊を傷つけられるのじゃ!』

「ああ、それは私がハワード・ロックに会いたかったからです」

「俺様に会いたかった?」


「ええ。噂に名高い勇者カインの師匠にして、勇者パーティの賢者ハワード。そんな誰もが憧れる英雄に会いたいのは、当然の心境でしょう。そして同時に、賢者が活躍する姿を見てみたい。それもまた、英雄に憧れる者の心理でしょう。ですから私は精霊達に協力してもらったのです。精霊に呪いを掛ければ、当然大精霊であるフウリ様が動くでしょう。貴方を捕らえ、アザレア王国のマフィアに渡せば、当然賢者も動くでしょう。さらにテンペストの複製たる魔物を暴れさせれば、当然賢者は戦うでしょう」

『そんな、憧れのために、これだけの事をしでかしたのか?』


「はい。貴方が行く先を導き、敬愛する貴方と出会い、そして憧れの貴方の活躍を見る事が出来た。この上ない幸福です。風の大精霊フウリ様、私をハワード・ロックに会わせていただき、そして彼の輝かしい活躍を見せていただき、誠にありがとうございます」


 ……皮肉も感情も、何もない。純粋な感謝だった。

 こいつには、悪意が全く存在しない。いや、それだけでなく感情もない。声色から何にも感じない、空っぽの残骸のような奴だ。


「なぜ、私達をかばったのですか? 自作自演までして己を痛めつける理由がわかりません」

「失礼しましたアマンダ嬢。私は少しでも敬愛するハワードの心が知りたく思い、彼が大事にしている方々を、右腕を犠牲に守ろうと思ったのです。しかし、まだです。貴方の愛する賢者の痛みは、この程度ではない。もっと、彼の痛みはもっと、強かったはず」


 言うなりエルマーは自ら右腕をもぎ取った。ちょっとこいつはパンク過ぎるぜ。


「リサ、見るな。俺の後ろに隠れろ」

「う……あ、ありがと、ハワード」

「いえ、リサ嬢には見ていただきたい物があるのです。この義手を見てください、貴方が制作した物と同じはずです」



 奴が取り出したのは、俺様と同型の義手。完全そっくりに再現された代物だった。


「それ、私が作った奴!?」

「を私なりに再現した物です。しかし、あくまで外見を似せただけにすぎません。貴方がハワードのために費やした情熱、敬意、寵愛。その全てが圧倒的に足りなさすぎる。貴方は本当に素晴らしい職人です。ですがこれを付ける事で私は、ハワードのみならずリサ嬢の想いすら理解する事が出来るのです」


 エルマーは躊躇う事なく義手を付け、俺様と右腕がペアルックになる。ハリボテでも、自分と同じ腕を持ってる奴を見るのは我慢ならねぇな。


『く、狂っておる……貴様、本当に人間か……?』


「どうでしょう。自身の行いが異常な事は自覚していますから、その上で動く私は体はともかく、精神は人間ではないのかもしれません。しかしこれも、ハワードへの敬意がなせる業です。ですが、やはりまだ分からない。賢者ハワードがどのような想いで生き、どのような意志をもって生きているのか。それを知るには、まだ足りません。もっと、貴方の欠片をかき集めて、寄せ集めて、世界の誰よりも貴方を知り尽くしたいのです」


「そんなに俺様の事を知って、ミュージアムでも作る気かい? 俺様の彫刻を作るのは勝手だが、やり口が気に入らねぇ。俺様を呼ぶためにお前、幾人の精霊を泣かせた? テンペストにどんな暴行を働いた? フウリちゃんにどれだけの涙を流させた? 人の魂や誇りを汚し、傷つけ、踏みにじるてめぇを、断じて許すわけにはいかねぇな!」


 【触手】をエルマーに飛ばすも、奴は転移の魔法で消えてしまう。後に残るは、手紙だけ。


「『レイクシティで待っています』か。随分とクレイジーな恋文を残してくれたもんだな」

 感情を完全に失った、ただ生きるだけの残骸か。とんだイカレポンチに目を付けられたもんだぜ。

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