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60話 火種がない所に火事は起きぬ

「いやー、流石に山頂からヒモなしバンジーは俺様も初めての経験だったぜ」

「あんた、ちゃんと墜落したわよね? なんで無傷なの」

「無傷じゃねぇさ、ここ見ろよ、頭から地面に激突しちまったからたんこぶ出来ちまった」


『むしろその程度で済んだ事に驚きなのじゃが……ともあれいくら感謝しても足りぬな。賢者ハワード、本当に感謝する。犠牲となった者達まで戻ってきて、まるで夢のようじゃ』

「柔らかい頬を引っ張ってみな、それで夢かどうかわかる」

『うむ……いだっ! ちゃんと痛みがある、夢ではない』


 ま、俺様かカインじゃないと解決できない問題だったからな。この出会いはまさに夢のよう、奇跡の出会いだぜ。

『今日は宴じゃ、風の精霊として汝達に最高のもてなしをしてやろう。皆の者! 馳走と贈り物の用意じゃ! 精霊を救いし賢者を讃えるのじゃ!』

『かしこまり!』


 フウリちゃんの号令一つで精霊達が動き出し、あっという間に宴の仕度が整えられていく。酒に豪華な飯、精霊達の歌や舞いと、どんちゃん騒ぎのゴキゲンちゃんだ。


「精霊なのに、人間のような食事が用意できるのですね」

『ふふ、人間の供物で学んでおるからな。汝らの供物には精霊への感謝と祈りの念が込められておってな、それが我らの血肉となっておる。精霊にとって人間は無くてはならない、持ちつ持たれつな関係を持つのじゃ』

「へぇー、精霊ってそんな生態があるんだ」


「教会でも精霊への供物をささげていましたが、ちゃんと喜んでいただけていたのですね」

「そんな事よりおかわり」

『よく食うのぉ、その黒蜜パンで五十個目じゃろう。山羊の丸焼きも丸々一頭食べといて、まだ入るのか?』

「軽い甘さでいくらでも食えちゃうぜ、なんなら百個目指してみるか」

「ちょっ、アマンダ、私達も食べないとこいつに全部食われちゃうよ」


「ハワードの食事量は尋常じゃありませんものね、聞いた話だと、教会の食糧庫を空っぽにした事もあったそうです」

「あー、スラムから引き取られた直後だったか。あん時は常に飢えてたからな、目の前に食い物があると思うと我慢できなかったんだよなぁ」


「もぐもぐ……そういやさ、風の聖獣テンペストだっけ。私てっきり精霊の住処に居ると思っていたんだけど、なんか居なさそうだね」

『あ、ああ……テンペスト様は、その……今はここには居らぬのじゃ。多分、わらわが急に居なくなったからの、どこかに探しに出ておるのかもしれぬ』

「大事な従者が居なくなったんだもんね、当たり前か。がるるとは別の聖獣、見てみたかったな」

―わふっ♡ がふがふがふ♪


 そのがるるは山羊の丸焼きに夢中だがね。目ぇ輝かせてかぶりついて、聖獣と言うにはちょっと可愛すぎる姿だぜ。

 しかし、フウリちゃんの表情が一瞬曇ったな。なんか、事情がありそうだ。


『それより、我らが復活したことでエアロタウンも元に戻るじゃろう。もうじき夜だ、明日にでも観光へ向かってはどうじゃ? わらわが案内してやるぞ』

「エレメンタル美女直々のデートのお誘いとはね、勿論受けますとも! なんなら俺様とホテルで異種族ミックスバトルでもいかがでしょうか?」

『エアロタウンにホテルなどないぞ。それに異種族ミックスバトルとはなんじゃ?』

「おやおや知らないとはこりゃ好都合! こいつは一晩かけてじっくり調教じゃなくてご教授しちゃわないと♡」

「【スープレックス】!」


 アマンダたんの見事な投げ技炸裂! 俺様地面に突き刺さっちゃった。


  ◇◇◇


 フウリちゃんの案内でエアロタウンに向かうと、壮観な光景が広がっていた。

 風の精霊達が蘇ったことで風が戻り、町中に設置された風車が一斉に動き出しているんだ。リサちゃんは真っ先に走り出して、無邪気に風車を観察し始めた。


「早く来てよハワード! 昨日のうちに見学の約束取り付けてたんだ!」

「根回しいいねぇ。よっぽど風車に興味を持った様子だ。って何それ」

「音を蓄える魔石よ。メモやスケッチだけじゃなくって、ここに来た証拠をちゃんと音声にも残しておきたいの」

「ふふ、本当に楽しみにされていたのですね」

「当たり前! ほら、二人とも行こう!」


 職人だからこそ技術の塊に興味があるんだろうな、俺様達を置いてとっとと行っちまった。あんなはしゃぐリサちゃん見るのは初めてだぜ。

 風車を文字通り屋根から基礎まで観察して、大量のメモやらスケッチを残していく。これは連れてきたかいがあったもんだぜ、うむうむ。


『この風車の存在が、エアロタウンと我々を繋いでおるのじゃ。我らは風を送って人間に恵みをもたらす、人間はその恵みを我らに提供する。どちらが欠けても成り立たぬ、理想的な関係であろう』

「ええ、美しいです。まさしく人と神秘の共存、聖書の通りです」


 アマンダたんもご満悦のようだ。ハワードガールズは思い思いに観光を楽しんでいるようだねぇ。

 風車を見た後はフウリちゃんの案内で、酒蔵や麦畑を回り、放牧的な空気を堪能した。ガーベラ聖国はアザレアに比べると田舎な国だが、こののんびりした雰囲気が乙なもんだぜ。


「エアロタウン特産のウィスキーも堪能できて俺ちゃん満足だ。たーだ、ちょっと静かすぎて退屈だけどな」

「毎回トラブルに巻き込まれてたまるかっての、たまには静かな旅行くらいさせてよね」

「ここしばらく、毎日事件に関わってきましたからね。私はともかく、リサさんは疲れてしまいますよ」


 俺様の人生は女がついて来るにはハードすぎるからなぁ、んま、今日くらいは静かにしておきましょうかね。


「やぁ、昨日来てくれた旅の人達だね。エアロタウンはどうかな?」

「んー? まぁ穏やかな場所だぁな。俺様にゃあ大人しすぎてあくびが出そうだが」

「ちょっとハワード」

「はっはっは! 都会から来た人にとってはそうかもしれないね。けど君達は運がいいよ、もうじき珍しい物が見れるだろうしさ」

「珍しい……なんでしょうか」

「聖獣テンペストさ。もうすぐテンペストが娶りに来るんだよ」

『…………』


 一瞬フウリちゃんが動揺した。テンペストの娶り、それはつまり。


「自分の従者となる精霊を迎えに来る儀式か」

「その通り。テンペストは四年に一度、風の精霊を眷属にするためここへ来るんだ。その時エアロタウン周辺を飛び回るんだが、それがまた綺麗でね。多分数日のうちに来るだろうし、暫く宿に泊まって待ってみるといい」

「……ふーん」

「……あれ? でも眷属って、フウリがそうじゃないの?」

「ええ、本人もそうおっしゃっていたはずですが」


 まぁ当然、視線が集まるわな。フウリちゃんは黙っていて話が進まない。しゃあないから代弁してやるか。


「君、本当はテンペストの従者じゃないだろ。正確には、まだ従者じゃないな」

『……その通りじゃ。この羽衣はテンペストに選ばれた証で、いわば予約のような物だからの』

「大方、見栄を張って従者を名乗っちまったようだな。それに、眷属になるのは本意じゃない。テンペストの従者になりたくないんじゃないかな」

『……汝はどうしてこう、わらわの考えが分かってしまうのじゃ』

「君が美女だからだよ」

『……ふっ、奇妙な男じゃの』


 フウリちゃんはため息をついて、


『時間を貰ってもよいか? 見てほしい場所があるのじゃ』


  ◇◇◇


 がるるを走らせ向かった場所は、山間を一望できる丘だった。

 エアロタウンは勿論、自然豊かな雄大な景色を眺められて、胸がすくような場所だ。雲を見下ろせて、気分がいいもんだぜ。


『この景色はの、ご先祖様の時代から、わらわ達風の精霊が作り出した物なのじゃ。元は不毛なはげ山に風を吹き回して種を運び、木々を育て、生き物を呼び寄せて、長い長い時間をかけて整えてきた。わらわ達にとっては宝のような場所なのじゃ。じゃが……テンペストの眷属になれば、ここから離れなければならない。テンペストは世界を旅して回る聖獣、もう二度とここへ戻りはせぬじゃろう』

「成程、君はここから離れたくないって事か」


『うむ……次代の大精霊が生まれるまで、暫しの時間がかかる。もしわらわが離れてしまったら、ここを守る者が居なくなってしまう。先の病のような事が起これば、ここは瞬く間に荒れ果ててしまうじゃろう。わらわはここが好きじゃ、だから離れとうない……テンペストの眷属になど、なりたくないのじゃ』

「それって断る事は出来ないの?」

『前例がない。わらわ達大精霊は、代々テンペストの従者になるのが習わし。わらわが生まれるより前から決まっておる事じゃからな、逃れようのない運命なのじゃ』


 ふむ、こいつはまた難題を抱えていらっしゃるようで。大精霊も楽じゃあないねぇ。

 しかしま、ローカルな習わしだぜ。昔も昔、大昔の先人が作った勝手なルールか。ガーベラ聖国にはそんなもんが多く存在していると聞いたが、まさか人間だけでなく精霊にも適用されてるとはね。


『賢者ハワード、厚かましいのを覚悟で頼むが、よいか?』

「なんだい?」

『わらわが居なくなった後、ここを守ってはくれぬか? 次代の大精霊が生まれるまでの間でよい、汝ならば、この場所を託せる。汝しか、頼れる者が居らぬのじゃ。美女の頼みは……断らぬのだろう?』

「確かに、俺様は美女の依頼は断らねぇよ。ただ、例外ってもんがある。その依頼は受けられないな」

『……ふふ、だろうな。ダメ元で聞いただけじゃ、忘れてくれ……』


 フウリちゃんは諦めたように微笑を浮かべた。悪いが、いくら美女でもそんな顔する奴の依頼は受けられねぇさ。

 何もかもに諦めた奴の依頼なんざ、特にな。

 しばし無言の時間が流れ、太陽に一瞬影が差した。その瞬間。


「ん?」

「どうしましたか」

「……大山小山、どっちに登山をしようか悩んでいてな」

「なにそれ、なんの謎かけ?」

「いやぁ、ボルダリングに丁度いい山が目の前に二つずつあるもんで。ぬふふ。 なんならフウリちゃんの名峰Fカップに挑戦しちゃおうかしら☆」


 直後にキャメルクラッチと蠍固めのツープラトンでボコられる俺ちゃん、かっわいそー♪ あとついでにがるる、横っ面に猫パンチかますのやめてくれ、肉球あっても痛いから。


『む、この体を捧げろと? まぁ、汝には世話になったしそのくらいなら……』

「早まるなぁ! このボケちんに無意味に体を捧げる必要ないからぁ!」

「自分の体は大事にしてください、特に嫁入り前ならなおさらです」

「あらまぁぼろっかすにけなされるわね俺様。それよか後頭部と足の柔らかい感触がたまらんねー」


 んな事言ったらがるるにつららをぶっ刺された。あーもうやだ、俺様拗ねちゃう。大の字になって寝転んじゃお。


「……やっぱなんも見えねぇなぁ」


 空には、雲一つない青空が広がっている。ならどうして、影が差したんだかな。

 ふふん、また新しいトラブルの香りが漂ってきたぜ。……額につらら刺さったまま言うセリフじゃねぇがね。

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