表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

40/116

40話 ファーストキス

「くっそぉ……師匠の術中にはまってまんまとカジャンガに足止めされてしまった……」


 そんな事をぼやきつつ、勇者カインはサブレナに到着した。

 ハワードの起こした派手なパフォーマンスは、新聞を通してあっという間に広まっていた。今朝方カジャンガにもその話題が入ったため、カインは大急ぎでサブレナへと転移してきたのである。


「くっ……師匠め、なんて狡猾なんだ。ハワードファンをぶつけて俺を足止めするとは……そんな悪賢い所も素敵です!」

「どっちかって言うとカインから落し穴に引っかかってなかったかな? それと怒るのか褒めるのかどっちかにしろよ」

「この苦痛……サブレナデート三日間で手を打ってもらいますからね!」


「あら、それなら私もハワードさんとデートしちゃおうかしら。ハワードさんとならカインも浮気してかまわないし、むしろ美味しいし♪」

「そういや君、その手の小説愛読してたっけ」


 いわゆる腐女子という奴である。

 ともあれここにハワードが居るはず、何としても見つけて連れ戻さなくては。


「師匠が泊っている宿を探さないと、二人とも、まずは聞き込みからだ!」

「わかったわ!」

「でもハワードさんの事だし、すぐに見つかりそうだよなぁ……」


 ヨハンの予想は当たっていた。何しろ最初に話しかけた男二人組から、いきなりハワードの情報が出たのだから。


「ハワード・ロックの筋肉ショー!?」

「ああ。いやぁまさかあのおっさんがハワードだったとはなぁ、いい筋肉してたよあの人」

「だよなぁ。カットがキレてて、バルクもプロ以上だ。最高の筋肉ショーだったよ」

「……師匠の裸芸……師匠のっ……ぶふぉっ!?」


 突如、カインが鼻血を吹いてぶっ倒れた。

 街人は驚いて立ち去ってしまう。二人も急いでカインの容態を診るが。


「師匠の筋肉……師匠の筋肉……師匠の筋肉……絶対見たい……」


 残念ですがこの勇者、手遅れのようである。


「宿酒場、宿酒場はどこだぁ! そこに行けばまだ、師匠は居るはずだぁ!」

「あ、壊れた。あんな変態が魔王を倒した勇者か、終わってるなこの世界」

「私の彼氏を悪く言うのは聞き捨てならないわね。カインはただ一途なだけよ」

「物は言いようだなぁ」


 ヨハンは色んな意味で達観した瞳で、心境を物語っていた。

 爆走する勇者は宿酒場バルクへ向かい、突入する。そしたら思わぬ客と遭遇した。

 マントで顔を隠しているが、すぐに分かった。彼女達はハワードが関わった人物。


「貴方は、勇者カイン?」

「そちらは……歌姫、ローラ・マグワイヤ様?」

「それと新規精鋭のオペラ歌手、デイジーさんもいるわよ」


 コハクも驚いた様子で二人を見ていた。デイジー達も突然の有名人と遭遇し、目を丸くしている。


「勇者パーティの三人がここへ来たという事は、ハワードさんを探しに?」

「はいそうなんです! ここに師匠が泊ってるって聞いて……居ますよね?」

「……それが……もう居ないの」


 デイジーは悲しそうに言った。すると店主のオネェ様が、残念そうにため息を吐く。


「夜明け前に出て行っちゃったのよぉ、もう、これじゃあまるで夜逃げよねぇ」

「そんな……くそぅ、俺が近づくのを察して、すぐに出発したのか! いけずすぎるぅ!」


 獣のような勘の良さだ。カインは悔しがり、ヨハンを揺らしまくってゲロを吐かせた。

 近づいても近づいても、あっという間に離されてしまう。まるで、まだ師匠越えはさせないと言わんばかりに。


「……ちゃんと待っててって、言ったのに……」


 デイジーの目じりから涙がこぼれる。昨日、見送るから待っていてくれと約束したのに、どうして賢者は約束を破ったんだろう。

 それを見たカインは、拳を握りしめた。


「こうしちゃいられない……オネェ様! 師匠がどこへ向かったのか知りませんか!?」

「えっとぉ、確か北東の方角へ向かうとか零していたわねぇ。ついさっきの話よぉ」

「ついさっき!? それならまだ間に合うかもしれない!」

「ガンダルフで移動しているからなぁ、急がないと追いつかなくなるよ」

「それなら、私に任せて!」


 コハクは詠唱すると、召喚術ですらりとしたフォルムのドラゴンを出した。

 魔王討伐の最中に契約した召喚獣だ。出現できるのは一時間程度だが、ガンダルフよりも遥かに速く、容易に追いつくことができるはず。


「ハワードさんを連れ戻すんでしょ? 急がなくちゃ、また手が届かなくなっちゃうわ!」

「あの人に会いたいのはお前だけじゃないんだ、呆けてないで、さっさと乗る!」

「コハク……ヨハン……! よし!」


 カインは颯爽とドラゴンへ乗り、ふわりと浮き上がった。


「デイジーさん、必ず師匠を見つけて戻ってきます。だから、ここで待っていてください。師匠を見送るって約束、力づくでかなえさせますから!」

「勇者様……うん、お願い……!」


 カインは頷くなり、飛び去って行く。遠くへ離れていったハワードを捕まえるために。


「もう鬼ごっこはおしまいだ、ここで決着を付けますよ、師匠!」


  ◇◇◇


 カインが去った後、デイジーは言いつけ通り、宿酒場で待つ事にした。

 女との約束は守るんじゃないの? ハワードの噓つき!

 デイジーは唇を噛み、ここに居ないハワードに怒りを感じていた。


「やぁれやれ、この程度も見破れないとは。ちょっと本気を出して出し抜いてみれば、素直で可愛い奴らだぜ」


 そしたらだ。店主のオネェ様が肩を竦めた。

 母親共々、デイジーは驚いた。そしたらオネェ様は苦笑し、


「言ったろ? 俺様は女との約束は守るってな。あいつを追っ払うダシにしちまったのはまぁ、謝るから許してくれ」

「……貴方は、まさか……」

「え、嘘……もしかして……」

「ご名答。御褒美にバニラシェイクでも作ってやろうか? 俺様特製だから美味いぜ」


 オネェ様がにやりとするなり、輪郭がブレていく。やがてオネェ様はハワードへと変わり、悪戯っぽく笑ってきた。


「お、おじさん!? どうして、あれ!?」

「店主様は、一体どちらへ?」

「はぁーい☆ 本物のあたしはこ・ち・ら♡」


 カウンターから、隠れていたオネェ様がひょっこりと出てくる。

 どういう事か分からず、二人は困惑した。


「いやーん、本物の勇者カイン見ちゃったわぁ♪ 思った以上に可愛い子じゃなぁい☆」

「だろ? あいつが女だったら手を出してる所だぜ、いやぁ勿体ないもんだ。ありがとな、茶番の手伝いしてくれて」

「何言ってるのよぉ! ハワードちゃんのお陰で三日で一ヶ月分の売り上げ出せたんだもの、このくらい手を貸しちゃうわよぉ☆」


「あ、あの……話が見えないのですが……」

「て、ていうか……それ、あのパッチワークが使ってたスキルじゃ……」

「ああ、【擬態】のスキルだ。俺様の右腕は倒した魔物のスキルを奪う事が出来る。でもってドラッグで魔物化していれば、人間のスキルも奪えるんだよ」

「そのスキルで、まんまとカイン君をだましたというわけです」


 二人が戸惑う中、二人組の男が入ってくる。その二人も輪郭がブレて、アマンダとリサの姿に戻っていた。


―うぉん!


 さらには、部屋の隅からがるるも現れた。【擬態】で壁の一部に同化していたから、全然見えなかった。


「いっやー流石俺様! 奪ったスキルを改造して他人も【擬態】できるようにしちゃうなんて。おまけにカインもあの通りだ、元の持ち主よりも使いこなしちゃってるなぁ♪」

「あんたって、スケベで金遣い荒くてアホな所除けば完璧人間よね」

「おいおい、そんな褒めないでくれよ。それよか、ここへの誘導ありがとさん」

「約束通り、あとでなんか奢りなさいよ?」

「私はクレープを所望します」

「へいへい、仰せのままに」


 ハワード達のやり取りを見ていて、ようやく歌姫親子は理解した。

 ハワードはカイン達から逃げていると聞いた。彼らが来ると察したハワードは、クィーンから奪った【擬態】スキルを使って、彼らを追い払う作戦を思いついたのだ。

 ……上手い事、自分達まで巻き込んで。


「ずるい……おじさん、ずるいよ……」

「ああ、すまないな。けどお陰であいつらを追い払えた、ありがとう、助かったよ」


 ハワードは困ったように微笑み、デイジーの頭を撫でた。

 現金な物で、それだけでデイジーは許してしまい、機嫌もよくなってしまう。やっぱりハワードは、ずるい男だ。


「しかし賢者ハワード、どうしてカインから逃げているのですか? あんなに一途に慕っているのですから、顔くらい見せてもいいと思うのですけれど」

「ま、ちょっとした事情であいつらは俺様に負い目があるんだ。それで自分らの人生を俺様のために使おうとしているんだよ。俺様が傍にいたら、あいつらはあいつららしく生きられなくなっちまう。だから俺様を諦めるまでは、こうして逃げ続けなきゃならないのさ。俺様はあいつらの人生の、足枷になりたくないんだ」

「あとは、ここまで逃げてきたら半ば意地になって会いたくないってのもあるんでしょ」「リサちゃーん、それシークレット。それによ、ここで追いつかれたら都合が悪いってのもあるんだ。何しろ今朝、高級ディナーの招待券が来ちまったもんでね」


 ハワードは懐から、手紙を出した。差出人は……ザナドゥと書かれている。


「それって……」

「とうとう元締めから目をつけられちまったみたいでよ、自分らの所まで来いってラブコールが来たのさ。断れば、一日に付き都市二つを焼き払うって付録までつけやがってな」

「おじさん……でも、相手は大きな敵なんでしょ? 勇者カインと力を合わせれば……」

「こいつは俺様が突っ込んだヤマだ。あいつらは強くても子供だ、巻き込むわけにはいかない。勇者パーティのお父さんとして、大人の俺様がケリを付けなきゃならないのさ」


 だからカイン達を遠ざけたのだ。ハワードが向かおうとしているのは南西、ザナドゥが指定した場所だ。


「そんなわけだから、ちょっくら遊びに行ってくるよ。デイジーはマダムとミルクティーでも飲みながら、俺様が勝利の一面を飾る新聞でも待っていてくれ」

「け、けど! 相手は大きな組織なんでしょ? おじさんを誘うって事は、倒す算段が出来てるって事でしょ? そんなの、危ないよ! 二人も! どうしておじさんから勇者を引き離したの? 勇者が一緒に居れば、ザナドゥなんかあっという間に倒せるでしょ!?」


 デイジーに言われ、リサとアマンダは顔を見合わせた。


「いや別に、ハワード一人で充分でしょ」

「ええ、カイン君が居たらむしろザナドゥが可愛そうです」


 そして、とんでもない事を言った。


「し、心配じゃないの?」

「むしろする必要がある? ねぇアマンダ」

「そうですよ、するだけ無駄です。なぜならこの人は」

『ハワード・ロックなのだから』


 声を揃え、二人はハワードに全幅の信頼を示した。


「確かにザナドゥは危険な相手だけど、ハワードと居ると全然そんな気がしてこないんだ。むしろこいつがどんな風に勝ってくれるのか、傍に居てワクワクしちゃうんだよ」

「彼にとってはどんなトラブルも、お洒落なイベントの一部でしかないのです。それに彼の活躍を最前列で見られる、これほどの贅沢が他にあるでしょうか」

「そうそう。ハワードが絶対に勝つって分かってるから、私達は安心してスリルに飛び込めるの。こんなドキドキする刺激を一度でも味わったらもう、抜け出せないんだ」

「だから私達は、ハワードに協力してしまうんです。彼だからこそ楽しめる、常人では絶対経験できない、過激なスローライフの虜になってしまいましたから」


―わふっ!


 がるるまで二人に同意している。皆、ハワードが負けるなんて、微塵も思っていない。すでに興味は、ハワードがいかにして勝つか。その一点のみに集約されている。

 不安なんて感じる必要がない。最強の男が傍に居るから。

 彼が現れた時点で、結果はすでに決定している。あらゆる鬱展開は粉砕され、必ずやハッピーエンドを齎す勝利の請負人。どんなに危険な事件でも、彼にとってはスローライフのほんの一コマにしかすぎないのだ。


「歌を聞いた時から感じていましたが、貴方はまるで、風のような方ですね。誰にも縛られず、何にも阻まれず、心のままに生きる人。そんな男性だから、傍に居ると安心するのかもしれませんね」

「嬉しい事を言ってくれるねマダム・ローラ。そんな訳だよお嬢さん。ザナドゥは俺様にとっちゃ、都合のいい暇つぶしの玩具でしかない。いわば大人の遊びだよ。まだお子様の君には、刺激が強すぎる遊びだがね」

「……むぅ」


 子供扱いされ、デイジーは頬を膨らませた。だけど、ハワードは二十歳未満に目を向けるつもりはない。デイジーはまだ十七歳、ハワードの好みには、見合っていない。


「ねぇ、おじさんって四十六歳、だよね」

「ちょい待ち、俺様四十三歳だぞ。きちんと教えたはずだぜ?」

「違う違う、私が大人になる頃。……それまでファーストキス、取っておくから」

「……やれやれ、俺様を真似して、お洒落な台詞回しを覚えたもんだ。それじゃあ……」


 ハワードは左の親指にキスすると、デイジーの唇に押し付けた。


「間接ファーストキス、もーらい」

「え、な……ふえぇ!?」

「これで君のファーストキスは台無しだな。本番のキスは別の男に取っておきな、賢者は歌姫の住む世界では生きられない。もっと分相応の男を探した方がいいぜ」

「……おじさん」

「しょぼくれた顔するなよ。じゃあ約束だ。君がマダムを超える歌手になったら、特大の花束を持って会いに行く。必ずな」

「……絶対、絶対だよ? 約束破ったら、私もハンマーでぶん殴ってやるんだから!」

「そいつは恐い。分かった、約束だ」


 初恋の人から失恋して、胸が張り裂けそうになるほど痛くなる。それでもデイジーは泣かなかった。憧れの人に泣き顔なんて情けない姿を見せたくないから。

 ハワードと再会の指切りをして、顔を上げる。そして自分にできるとびっきりの笑顔で、彼の出発を見送ったのだった。


  ◇◇◇


「クィーンも潰されたか。悲しいかな、勇者パーティの賢者は雑兵では倒せぬ男のようだな」


 ザナドゥの拠点にて、その男は小さくつぶやいた。

 ジャック、クィーン。二人の幹部を倒されて、残る幹部はキングの一人だけ。だけども、その二人が消えてもなんら問題はない。

 ザナドゥ幹部は所詮使い捨て。いや、ザナドゥ自体切り捨ててもよい道具だ。レベルアップのドラッグは計画で生まれた副産物に過ぎない……。


 本懐は、もっと別の所にある。


「やはり、世界を支配するには……カイン、ハワードを潰さねば始まらないか。だが、相手は所詮人間。やり様などいくらでもある。ふふふ、クィーンが最後に残してくれた物が、役に立つな」


 男が出したのは、ハワード・ロックの血が付いたナイフ。クィーンが刺した物を、秘密裏に部下に回収させていたのだ。


「神の加護を持つ血があれば、勇者カインも、賢者ハワードも、恐れるに足りぬ! さぁ来い、ハワード・ロック! 魔人の力を持って、貴様を墓場に送ってくれる!」


 ザナドゥは総力を挙げ、ハワードを潰すべく行動を開始した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ