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38話 サイコーにクールなアート

 鳳凰祭のメインイベントに、多くの人が期待に胸を膨らませていた。

 多大な重圧を受けながらも、デイジーは気持ちを入れ替え、ステージへと向かう。

 結局、ハワードは戻ってこなかった。それが少し残念だけれども、彼はきっとどこかで自分の歌う姿を見てくれているはずだ。


 なら、半端な姿は見せられない。約束したんだ、継ぎ接ぎのないデイジーを見せるって。

 この日のために造られた特設ステージを登り、観客達を見下ろす。皆、今年の歌姫に注目している。鳳凰祭最大の見せ場を、誰もが心待ちにしていた。

 大丈夫、きっと、私の声は届く。そう信じ、歌い始める。ハワード・ロックの心へ、響きますよう祈りながら。


「天より注ぎし 豊穣の雨が 命溢れる 草原に満ちる

 主が与えし恵み 人の子らよ 壮健なる命を育め

 おお加護よ 我らが心に満ちし加護よ

 この息吹 この鼓動 主に受けし生 祈り捧げ 報謝せん」


 観客から歓声が上がった。デイジーも思わず微笑んでしまう程、会心の出来だった。

 ハワードへの想いを込めた歌を口にする度、心が揺れ動く。この気持ちが、彼に届いてくれるだろうか。

 全力のデイジーを見せるため、彼女は次の歌詞へ向かおうと、息を吸い込んだ。

 瞬間。

 宵闇の中から、何者かがステージに飛び込んできた。


「よう、中々の盛況ぶりだな」

「おじさん……?」


 その人物とは、ハワードだ。けど、一目で違和感に気付いた。


「……貴方、誰?」

「誰って、俺は俺に決まってるだろ? ハワード・ロックだ」

「違う、おじさんはそんな人を見下すような目をしてない。貴方、別人よ」

「……へぇ、どうやらごまかせなさそうだ。中々賢いね、お嬢ちゃん」


 ハワードはにやりとすると、途端に姿が変わった。

 ザナドゥ幹部、クィーンだ。突如乱入してきた悪役に、観客達からどよめきが上がる。


「はぁ、たまらない、この感覚。突如脅威に晒されて、何もできない凡愚どもを見下ろす快感、最高だわ」

「な、なにを……何を、するつもり?」

「うふん、鳳凰祭のメインイベントを、このクィーンが変わってあげようと思ってね。歌姫の心が無残にも引き裂かれる、残酷なショーを見せつけるのよ。そしてここに居る全員を、この体に継ぎ接いであげるの! 今年のお祭りは、残虐な血祭で幕を閉じるのよ!」


「お、おじさんは……あんたなんか、おじさんが絶対に許さないんだから!」

「残念だけど、ハワードならもう居ないわよ」


 奴はデイジーの足元に何かを投げつけてきた。

 それは、ハワードの義手だった。


「御覧の通り、ハワード・ロックはこのクィーンが殺したわ。残念だったわね、最愛の男を殺されて」

「う、嘘……おじさんが、あんたなんかにやられるわけ……!」

「それが事実なのよ。亡骸の義手が、まぎれもない証拠」


 デイジーは驚愕に目を見開いた。ハワード・ロックがこんな奴なんかに負けるわけがない、そんなの、絶対嘘だ。


「うふふ、いいわねぇその顔。そそられちゃう。今から声を削ぎ落したら、もっと素敵な顔になるんじゃないかしら」


 右腕を鋏に変え、クィーンが迫ってくる。デイジーは後ずさりし、何度も首を振った。


「ああ、たまらない。歌姫の惨劇に悲鳴を上げる観客達……あなたの心に一生残る継ぎ接ぎの傷……鳳凰祭のクライマックスは、凄惨なる光景で幕を閉じるのよ!」

「い、嫌……助けて……」


 助けて、ハワード!


 クィーンが鋏を振りかざした。瞬間、デイジーが誰かに抱かれ、連れていかれた。

 その人物は瞬く間にクラフ座の屋根へと上り、デイジーを優しく下ろした。彼の顔を見て、デイジーは目に涙を浮かべた。


「おじさん……!」

「目から大粒の真珠がこぼれているぜ、奪われる前に宝石箱へ仕舞っておきな」


 挨拶代わりの軽口を叩き、ウインクをしてくるのは、ハワード・ロックだ。やっぱり生きていた、クィーンに殺されたなんて、嘘だった!


「悪いなディアマンテ、歌姫はこの大賢者、ハワード・ロックがもらい受けた!」


 ハワードは大声で名乗りを上げた。当然、人々はハワードの名にざわめきだす。かの高名な勇者パーティの賢者が、祭りのメインイベントにかけつけたのかと。


「ハワードぉ! 待ってました、大賢者!」

「思わぬサプライズ、流石ですね!」


 どこからともなく、リサとアマンダが大向こうをかけた。

 するとそれがきっかけとなり、観客達が見る間に盛り上がっていく。クィーンの襲撃はいつの間にか、鳳凰祭のメインイベントのステージとして扱われてしまった。


 歌姫に残酷な仕打ちを与え、観客達にも絶望を与える。クィーンの目論見は潰えてしまい、いつしか観客達は、結末の決まった劇がどう動くのかに期待を向けていた。


「そんな……ハワード……どうして、どうして生きているの!?」

「俺様とした事が、淑女の晴れ舞台だってのに贈り物を忘れてしまってね。急いで届けに戻って来たのさ」


 ハワードは芝居がかった仕草で会釈すると、指を鳴らした。

 瞬間、周囲の影という影から沢山の花が舞い、色鮮やかな吹雪を散らした。


 【影魔法】で収納していた花を、一度に出したのだ。思わぬサプライズに観客から歓声が上がる。デイジーも思わず見とれてしまい、小さな拍手を送っていた。


「Happy birthday、デイジー。今日は新しい君の誕生日だ、最高のデビューを飾ろうぜ!」


 ハワードはひらりとステージへ飛び降り、義手をクィーンに突きつける。それだけで観客は期待する。主役だけが許された、不安をワクワクに変える魔法の言葉を。


「歌姫から声を奪おうとする者よ。残念だが、貴様の願いが叶う事はない。その禍々しい刃は姫には届かず、醜き欲望は必ずや砕かれる。それが貴様に定められた運命、賢者が予言する、避けようのない結末だ!」


「ぐっ……そんな戯言を、どうして言い切れる!」

「当然だろ? なぜなら」

『なぜなら!?』




「なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ!」




 絶対の自信を持った決め台詞に、観客達はハワードの勝利を確信する。割れんばかりのハワードコールが街中に響き、後は約束されたハッピーエンドを待つばかり。

 人々を味方につけたハワードは、義手を握りしめてクィーンに挑みかかる。戦いが始まるなり、デイジーは弾かれたように立ち上がった。


 ハワードの決め台詞に、彼女の心臓は激しく高鳴っていた。


 歌いたい、ハワードのために。自分の声で、彼を後押ししたい!

 気持ちを汲んだハワードは、にかっとするなり、影魔法で楽団の影を操った。

 すると楽団がハワードに操られ、アップテンポな曲を演奏し始める。ハワードの作った名もなき歌の、壮大なオーケストラだ。


「私達を導く賢者……それがこの歌の名前! 『Our R:Load』!」


 ハワードの曲に魂を付けたデイジーは、荒々しくドレスを破り、エアギターをかき鳴らして、ワイルドな笑顔で声を張り上げる。

 歌姫ローラではなく、歌姫デイジーの魂を、人々に見せつけるために!


「突き進め! 君の道を その果てに闇が降り 打ちひしがれても

 立ち上がれるさ! 一人じゃない 傍にはほら 私が居るから

 振り向くな 過去の君を 希望はいつだって 未来の君しか手にできない

 過ぎ去りし時 嘆くよりも 迎え来る時 捕まえてみよう!


 No worries! いい加減でいいのさ 雨は必ず止み 虹がかかるから

 前に伸びる運命の道筋 笑い飛ばして 走っていこう!

 No worries! なるようになるのさ 俯くくらいなら 馬鹿になっていこう

 軽やかに鼻歌紡いで 明日の自分を手にしようよ!」


 デイジーの口から紡がれる希望にあふれた歌に合わせ、ハワードは華麗にクィーンとの演武を繰り広げる。二人が紡ぐ物語に、観客の目は釘付けだ。


「全部、ハワードに持っていかれた……この美しいパッチワークを、誰も見ないなんて!」

「ようやく本音を吐き出したな」


 ハワードはクィーンの頭を掴んだ。


「お前がやけに継ぎ接ぎに拘る理由は、それなんだな。とにかく誰かに注目してもらいたい、でも自分にはそんな目を引くような魅力がない。お前はそんな、何もない醜い自分が大嫌いだったんだろう」

「知ったような口を利くな無礼者! このクィーンは、クィーンはぁ! 美しい物を継ぎ接ぎした、世界で最も美しい体の持ち主だ!」


「自分に一人称を使わない奴が何を言ってんだ? 「私」も「僕」も「俺」も「あたし」も、どの言葉でも自分を示さない奴が、自分を好きなわけないだろうが」

「なっ……!?」


「自分で自分を呼べない程大嫌いだから、人の誇りを踏みにじり、パッチワークする事でしか自分を成立させられない。それがお前の正体だ。そんなクズに、デイジーの声をやれるかよ。あの子が尊敬しているデイジーを奪われてたまるかよ! お前が奪ってきた人々の誇り、今ここで全部返してもらうぞ! クィーン!」


 ハワードが解呪を仕掛けるなり、クィーンの継ぎ接ぎから光があふれ出す。刹那、クィーンからパッチワークがはがれ、奪われた体が花火のように飛び散っていった。

 七色の輝きを放つ花火に人々は沸き立った。その中の一つがローラに届くと、彼女の喉が飴色に光り、


「声が……声が、戻った……オズマ! 私の声が、戻ったわ!」

「お、おお……! ローラ……!」


 ローラとオズマが抱き合う姿を見て、ハワードは目を細める。そして、全てのパッチワークがはがれたクィーンから悲鳴が上がった。


 彼女は見るに堪えない、しわだらけの老婆となっていた。

 黒ずんだ肌、枯れ枝のような手足、餓鬼のように腹が膨れた体。歯が蜂の巣のように抜け、出てくる声は耳が腐るような嗄れ声。歪んだ鉤鼻に、焦点が合わない斜視が目を引く顔は、この世の物とは思えない程醜悪な物だった。


 この姿を隠すために、クィーンは人々の体を奪い、継ぎ接ぎして美女を形作っていたのだ。


 一番見られなくなかった醜い姿を人々に晒され、クィーンは狂ったように頭を振ると、ハワードを殺意を込めて睨みつけた。


「あ、あああ……無くなった、この、美しい体が、継ぎ接ぎが、パッチワークが……! おんんのれぇぇぇぇぇ! ハワード・ロックぅぅぅぅぅっ!」

「所詮他人の誇りでどうにか繕っていただけの、張りぼての自尊心か。そんな残骸みたいな奴が、確固たる自分を持つ者(ハワード・ロック)に勝てるわけないだろう」

「うがあああああっ! ぬけぬけと、ぬけぬけとぉぉぉぉっ!」


 クィーンは奥歯に隠していた、血の臭いがする薬をかみ砕いた。するとレベルが急激に上昇し、体が見る間に巨大化し始める。

 ジャックが使ったのと同じ、魔物化するドラッグを服用したのだ。


 やがて彼女は、キマイラの姿となっていた。背中から伸びる山羊の頭、尻尾から伸びる蛇の頭、そして雄々しい鬣を持つ獅子の頭。ただ、全ての頭にはクィーンの醜い顔が浮き出ており、悍ましい姿になり果てていた。


『許さない、許さない! ハワード・ロック! お前の舌を引っこ抜いて、空洞になった喉に○○○○○かましてこのクィーンの○○○○を食わせ! ウジのエサにしてくれる!』


「Wow! 立派な魅力があるじゃないか、胸糞悪くなるセリフを吐き出す口だぜ。どうせなら魚の尻尾でもくっつけてマーライオンにでもなってみたら? 汚水を吐き出す噴水として観光スポットになる事間違いなしだ!」


『くのおおおおおおおおっ! この、青二才がぁぁぁぁぁっ!!』


 最早、言葉を介す事も出来ない。レベルは恐らく、720まで上昇しているだろう。

 だが、ハワードの敵ではない。

 敵に見せ場は作らせない。この舞台は、デイジーが主役なのだから。


「ふんっ!」


 クィーンを空高々に蹴り上げて、ハワードは飛び上がった。

 義手を握りしめ、魔力を込める。魔法陣が右腕に展開され、深紅の輝きがあふれ出した。


「Good night,Queen。来世では、パッチワークのない自分に転生するんだな」


 ハワードの一撃が、クィーンに炸裂した。

 キマイラの体が弾け飛び、光の粒子となって降り注ぐ。感動のフィナーレを飾るイルミネーションに、人々は恍惚としたため息を漏らした。


「おじさん……かっこいい……!」

―がるるっ


 感嘆とするデイジーを、がるるが拾い上げた。

 背中に乗せられるなり、一緒にハワードを迎えに行く。ハワードはひらりとまたがるなり、デイジーをお姫様抱っこで抱え上げる。


「フィナーレと行こう」

「うん」


 美しき獣、ガンダルフを従えてステージ上に着地し、二人で手を振ると、時雨のような拍手が降り注ぐ。皆口々にハワードとデイジーの名を叫び、最高のハッピーエンドを迎えた劇を讃えていた。


「最高だったぞ、デイジー!」


 誰かが叫んだ。それを皮切りに、ハワードコールがデイジーコールに切り替わった。

 割れんばかりのアンコールに応え、デイジーはハワードから受け取った歌をもう一度歌う。継ぎ接ぎのないデイジーの声が、高らかに響き渡った。

 デイジーの声にはローラの影は消えていた。純粋に、デイジーの全身全霊を込めた歌声が、人々の心を揺さぶっていた。


「こいつが、混じりっ気のないデイジーの声か。サイコーにクールなアートだぜbaby」


 こうして最強の賢者ハワードにより、鳳凰祭は一切の混乱もなく終わりを告げた。

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