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32話 ロックンロール

 クラフ座のホールにゃ初めて入るが、こりゃ立派なもんだぜ。

 六階席まである天井の高いホールは、赤と金に彩られ、随分とまぁ豪奢なもんだ。円形の天井には天使の絵画が描かれて、大きなシャンデリアが優しく照らしている。舞台を隠す深紅の幕が、異世界の扉のように立ちふさがっていた。

 客が居ないせいか、俺様すら圧倒される神聖な威圧感があるな。これじゃいつもの軽口も出せないねぇ。


「んで、淫靡なる歌声のフェアリーはまだ出てこないのかい?」

「軽口は控えてもらおう。すぐに出てくる」


 オズマ氏に怒られちった、てへぺろだぜ。

 俺らはデイジーの練習に立ち会っている。マダム・ローラの演目が中止になって出来た空き時間を利用し、クラフ座を貸し切っての練習か。贅沢なもんだねぇ。そのせいでがるるが締め出し食らっちまったぜ。


 んで、マダムは席に座って待っている。声は奪われても、歌手としての魂が奪われたわけじゃねぇ。当日娘がしっかり大役果たせるよう、とことんまで監督する気だな。


「プロだねぇ……俺ちゃん惚れ直しちゃったぜ。さて、歌姫二代目はどんな声を魅せてくれるのかね」

「あ、幕が上がるよ」


 リサちゃんが緊張の面持ちでつぶやくなり、幕が上がった。

 光魔法【スポットライト】によって照らされたデイジーは、銀色のドレスを身にまとっていた。白金のティアラも被り、まるで氷の妖精のようだ。

 デイジーはすぅっと息を吸うなり、歌い始める。神への感謝を紡ぐ歌、「神の祝詞」だ。


「天より注ぎし 豊穣の雨が 命溢れる 草原に満ちる

 主が与えし恵み 人の子らよ 壮健なる命を育め

 おお加護よ 我らが心に満ちし加護よ

 この息吹 この鼓動 主に受けし生 祈り捧げ 報謝せん」


 ホール全体に響き渡る、ガラスのように透き通った声だ。新規精鋭のオペラ歌手たぁ、伊達じゃないな。

 ローラの血を引くだけあって、神の声は受け継いでいるようだ。中々の才能だぜ。


「綺麗……」


 リサちゃんは感動のあまり聞き惚れている。オズマもほのかに微笑んで、満足げだ。確かに、十七歳って年齢を考えれば、大したギフトを授かっているさ。

 ただ、ローラの大ファンであるアマンダたんの顔は渋い。マダムも険しい表情だ。

 俺様も、ちょいと不満が残るリハーサルだ。確かに声はいいんだが、それだけだ。


「……どう、かな」


 一通りの演目を終えて、デイジーは不安げに聞いてくる。オズマとリサちゃんは拍手をしているが、マダムは首を横に振っていた。


「え、これ駄目なの? こんなに綺麗な歌声なのに」

「…………」


 マダムは頷き、デイジーを見やる。その眼光に委縮したか、デイジーは狼狽えている。

 その後も二時間ほど練習が続いたが、マダムの顔は晴れないまま。いい加減業を煮やして、デイジーが喚きだした。


「な、なに? そんな怖い目で睨まないでよ……私だって、精一杯やってるんだから! 私にダメ出しばっかりして! 何が不満なのか言ってよ!」

「おいデイジー、ローラは今……」


 オズマに咎められ、デイジーは苦々しそうに口をつぐんだ。


「ハワード、仲裁を」


 アマンダたんに脇を小突かれた。しゃあねぇな、助け船出してやるか。


「君の歌声は、確かに綺麗だ。だけどな、それだけだ。歌詞をなぞってるだけで、歌声に引き込まれねぇんだよ」

「何よおじさん、素人のくせに余計な口を挟まないで」

「なら、マダムの顔を見てごらん。あの様子じゃ、ずっと言われているんじゃないかい?」


 マダムと目を合わすと、「その通り」と言わんばかりに頷いている。素人の俺に指摘されてか、デイジーは傷ついた顔になった。


「Mr.オズマ、マダムが彼女に注意していた事ってなんだい?」

「む……技術や音程、テンポ、全て完璧だが、それだけだ。デイジーの歌からは、デイジーの姿が見えないと……」

「だろうなぁ。素人ながら口出しさせてもらうが、君の歌はただ、マダムの歌を模倣しているだけにすぎねぇんだよなぁ」

「し、素人が知ったように!」


「だがその素人の意見が、マダムの意見と一致してるんだぜ。当日来るのは耳の肥えた連中ばかりだ、今のままじゃ、メインを張るにはとても足りない。明日のステージに盛大な野次が飛ぶのは間違いないな」


 まだデビューして間もないから、ローラ譲りの歌声で誤魔化せているんだろう。だけど、化けの皮は次第に剥がれるもんさ。


「ならおじさんは歌えるの? 偉そうに言ったんならできるんでしょ! ねぇ!」

「ああ歌えるとも。聞かせてやるよ、最高のライヴをな」

「え? ……ほんとにやるの?」

「くくっ、なに鳩が豆鉄砲を食ったような顔してんだい? 賢者様に出来ないことなんかないの。Mrオズマ、ギターはあるかい?」


「あるにはあるが……何をするつもりだ?」

「何をするって? 聞いたらビックリしすぎて目玉が飛び出るぞ♪ ギターを弾くのさ」


「アマンダ、ハワードって演奏できるの?」

「ええ、この世に存在する全ての楽器を演奏できますね。若い頃には重要な式典で、教会のパイプオルガンを何度も弾いていたそうです」

「あんた、ほんとになんでもありね……」

「まーな♡」


 さてと、ギターを借りて、チューニング。うん、金属製の義手だから、音がよく響くぜ。

 聞き惚れな、この俺様のギターソロをな!


「突き進め 君の道を その果てに闇が降り 打ちひしがれても

 立ち上がれるさ 一人じゃない 傍にはほら 俺が居るから

 振り向くな 過去の君を 希望はいつだって 未来の君しか手にできない

 過ぎ去りし時 嘆くよりも 迎え来る時 捕まえてみよう!


 No worries! いい加減でいいのさ 雨は必ず止み 虹がかかるから

 前に伸びる運命の道筋 笑い飛ばして 走っていこう

 No worries! なるようになるのさ 俯くくらいなら 馬鹿になっていこう

 軽やかに鼻歌紡いで 明日の自分を手にしようぜ!」


 激しくギターをかき鳴らし、声を張り上げホールを揺らす。久しぶりだぜ、こうして歌うのは。心の底から楽しんで、魂を開放していると、全員の顔が呆気にとられるのが見えた。

 俺様のポップな歌声に全員聞き惚れ、言葉も出ねぇか?


「Yeah! ふぅー、久しぶりに歌ってみたが、声張り上げると気持ちいいなぁ」

「な、な、なに歌ってんのあんた!? オペラホールでそんな軽薄な歌披露していいの!?」


 歌い終わるなり、リサちゃんから非難の嵐。オズマもデイジーも不満気だ。


「賢者ハワード、ここはクラフ座、神の玉座にもっとも近い聖地だぞ? にもかかわらずそんな低俗な歌を響かせるとは、この劇場を汚す気か」

「オペラホールでロックンロール奏でてもいいじゃねぇか。歌ってのは自由であるべきだ、マナーもルールも関係ねぇ。音を楽しんだ奴が正しいのさ。なぁマダム」


 マダム・ローラに目をやると、彼女は立ち上がって拍手を送ってくれた。

 スタンディングオベーションとは嬉しいねぇ、マダムは俺様の魂を分かってくれたみたいだな。


「ローラ……どうしてこんな低俗な歌を讃える、ここはクラフ座だぞ? 神への歌を捧ぐ聖なる場だぞ?」

「…………」


 マダムはやんわり首を振ると、俺様を見上げ、会釈した。「自分の伝えたい事を言ってくれてありがとう」ってな感じかな?

 ま、確かにデイジーには伝わったみたいだな。

 彼女の不満げな顔は、オズマとは違う。彼女が不満そうな理由は、別にある。


「どうだい? 俺様の歌はサイコーだったろ」

「……別に、あんな下品な歌、何にも……」

「確かに発声やら表現やらは荒いかもな、だが仮に君と歌謡ショーをやったなら、間違いなく俺様が勝つ自信がある。その理由は分かるだろ?」

「ぐっ……!」


 デイジーが反論できないでいる。俺様と彼女の歌にある決定的な違い、そいつを痛感してんだろう。


「……帰る!」

「おい、待てデイジー!」

「あーらら、へそまげて出て行っちまったでやんの」

「あんたねぇ、いちいちやりすぎなのよ! ほら、追いかけるよ!」

「いででで! 耳引っ張らないでよリサちゃーん。アマンダたーん、マダムの護衛頼んだよー」

「喜んで引き受けさせていただきます」


 鼻息荒く答えたアマンダたんの隣じゃあ、マダムが頭を下げていた。

 娘を宜しくお願いしますってか? 出会って数時間の男によく頼めるもんだねぇ。ま、さっきの歌聞いて俺を信用したって事かな。

 歌手は歌で人柄を見抜く。千の言葉を交わすより、一つの歌で全てが分かるってわけさ。

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