30話 もう一人の歌姫
「あはははは! よくクィーンだって分かったわね!」
「ため口のモノローグで腰抜け君の名前が出たからな、劇のネタバレをしちまったら、ナレーターとして失格だぜ」
右腕を振り上げたクィーンに合わせ、俺様も義手を振り上げる。【触手】を使って絡めとろうとしたら、彼女の右手が鋏に変わった。
おお、俺様の触手をじょきじょき切っていく。キッチンバサミにしちゃいい切れ味じゃないの。見た感じレベル76って所だが、中々やるじゃなぁい。
「何をしている、早くその女を殺せ!」
「殺したらマダムも一緒にお陀仏だぜ? わかってんのかい?」
術者を殺せば解呪できる単純なもんじゃねぇよ、抜き取った体の一部がくっついているんだぜ? って事はその部分だけ、術者と繋がっているわけじゃん。迂闊に攻撃すれば、クィーンが受けたダメージもマダムが受けちまうぜ。
「喉なんて急所を握られていちゃあ、いくら俺様でも手出しは出来ないねぇ……なぁんて言うと思ったかい? わざわざ体を届けにやってきてくれてありがとさん!」
「あはははは! 残念だけどまだ渡せないわ、だってこんなに素敵な声なんですもの!」
鋏を半狂乱に振り回しやがって、俺様の体も欲しいのかい、この食いしん坊が。
「ホテルのスィートで振り回すなら、鋏じゃなくてトングにしときな。ハムサンドくらいは盛り付けられるだろう?」
狂ったメイドのルームサービスは頼んでなくてな、せめてベーグルとコーヒー持ってくる程度の心遣いは見せてほしかったよ。
鋏を蹴り、クィーンを押し返す。これ以上騒いだら支配人にクビ通告食らうぜ。
「あはっ、凄くつよぉい! ますますほしくなったわ、ハワード・ロックの体!」
「俺様の体はプレミアもんだぜ?」
「だからこそよ! 誘いに乗ったのは品物を見るため、そして貴方に宣告するためなの!」
クィーンは嬉々として奥歯を噛み締める。急激にレベルが上がり、一目散に撤退した。
鼻につく血の臭い……ジャックも使ったレベルアップドラッグか。
「ハワード・ロック! ザナドゥ当主様の命により、あなたの命! このクィーンがもらい受ける! そのための前金として、ローラ・マグワイアの声は頂戴したわ!」
「へぇ? 俺様を誘うためにマダムを襲ったってのか? 随分と高価なもんをBETしたもんだ。いつでもこいよ、ハグの準備して待ってるぜ」
「粋なお返事! それじゃまた後日会いましょう、ハワード!」
……やぁれやれ、ダイナミックな挨拶だったな。春を祝うのに爆竹を鳴らす国があるのは聞いた事があるが、実物もこんな感じにクレイジーな催しなんかね。
「ザナドゥの幹部が、ローラの体を奪っただと……? なんたる事だ……!」
「悲観すんなよ色男。あのコンパニオンガールのお陰でやるべき事が見えたじゃねぇか」
マダムを奪ったのはザナドゥ幹部のクィーンだ、そいつからマダムの声帯を取り返す、俺様マダムに声帯返す、ほっぺにチューしてもらってはいハッピーエンド。簡単だろ?
「そもそも! 貴様がこの街に来たからローラは声を奪われたようなものではないのか!? 責任は取ってもらうぞ、ハワード・ロック!」
「ま、そうだな。マダムの依頼に誘導するよう事を起こしたわけだもんな。俺と遊ぶために、関係ない人間まで巻き込んでよ。……流石に、おいたが過ぎたなぁ」
俺は女好きだ、女は世界の宝だと本気で思っている。
だがな、だからと言って外道の女を許す理由にはなりゃしねぇ。
マダムは気丈だから微笑んでいるが、心はしくしく泣いているぜ。自分の誇りである声を奪われた痛みでな。クィーンは彼女の姿を見て嘲笑い、誇りを傷つけたんだ。
俺如きを殺すなら勝手にしろ。だが、そのために他の奴を巻き込むのは、許せねぇ。
「悪いがいかに女でも、心の腐った悪鬼に関しちゃ女としては見られねぇ。奴にゃあマダムが受けた以上の苦痛を与え……徹底的に潰さにゃ気が済まねぇ」
賢者に喧嘩を売ったんだ、覚悟しときなクィーン。お前の最期に相応しいクラウンショーを用意してやる、ディアマンテとして、華々しく、惨めに散ってくれ。
「ところでMr。プリティーなキティが扉にへばりついているが、一体誰だい?」
「プリティーな、キティ?」
黒服が首を傾げた。クィーンが割り込んできてから駆けつけてきたぜ、ハイティーンの女の子がな。
「リサちゃん、開けてくれるかな?」
「え、あ、うん?」
リサちゃんが扉を開けるなり、「うわっ!」てな声と共に女の子が転がってきた。
見た感じ、コハクと同じ17歳か。クールな切れ長の目が印象的な、金髪碧眼の美少女だ。年の割に発育もよくて……俺ちゃんアイズだとDはあるかな。
「やぁれやれ、二十歳未満なのが惜しまれるぜぇ」
「何人をやらしい目で見てんのよ、おじさん」
おおう、切れ味鋭い罵倒が飛んできたな。しかし心地よいソプラノボイスだ、鼓膜にクッションでも入ったかと思ったぜ。
年齢を考えれば反抗期真っ盛りか、四〇代のおっさんを見たら、憎々しい態度になっちまうのはしゃあねぇな。
「ねぇ、さっきのは何なの? てかザナドゥって何? 私の知らない所で何が起こっているのよ! ママの声はどうなったの? 早くママの声を戻しなさいよ!」
「ママ? え、それって……」
「マダム・ローラの娘さんだろ? 金髪碧眼、それに母親譲りのナイスバディー、加えて親父譲りのcoolな目元。一発で分かるぜ、なぁマネージャーさん?」
黒服が「ぐむっ」と口ごもる。アマンダたんは驚きの顔になり、
「ローラ様が結婚されていたなんて、初耳ですが」
「そりゃ命がけで隠すだろうさ。マネージャーがお抱えの歌手に手ぇ出したなんて、超特大のスキャンダルだからな」
「……なぜわかった」
「いや、マジな話分からなかったさ。ただ、彼女の目元があまりに似ているもんでね。カマかけさせてもらったよ」
「……賢者の名は伊達ではないな……」
あんれま、俺様に似たスケベ親父さんだねぇ。
黒服の親父さんは咳払いし、
「名はデイジー、クラフ座所属の歌手として活動をしている。我々の事は他言無用で頼むぞ、デイジーは今新進気鋭の歌手として軌道に乗り始めた所だ。娘の名を傷つけたくない」
「へいへい、俺ちゃんもレディを困らせたくないからな、黙っているよ」
「したり顔で分かったような口利かないでよ、こっちは今それどころじゃないんだし……それよりパパ? ママの声はどうなったの? さっきの女は何? 早く声を戻さないと私が大変なんだから早く戻してよ!」
Foooo、なんてぇ早口トークだ、よく口が回るぜ。舌にスライムでも塗りたくってんのかい?
「ここではオズマと呼べ。声に関しては賢者ハワードに一任した、彼に任せておけば問題ない」
「だったらすぐに戻して! じゃないと明日……私が大変なことになるんだから!」
「Hey、そんな顔しちゃ将来しわくちゃな顔になっちまうぜ。何でそんな怒ってんのか理由を話しな」
「……明日の鳳凰祭で、ローラがメインイベントの神の祝詞を披露する予定だったのだが、この状況ではな……そこでデイジーが代役として選ばれたのだ」
「凄い、メインイベンターじゃん!」
「凄くなんかない! なんで、なんで私なんかにそんな役を回したのさ。ママの声が戻らなかったら私が歌う事になるでしょ。そんな責任負えないよ! 絶対失敗するに決まってる!」
「デイジー! お前の意志で決められる話ではないんだぞ、鳳凰祭はアザレア王国でも有数の催しだ、そのメインを務める重大さが分からんのか」
「分かりたくない、お願いだから私に期待しないで!」
デイジーは荒々しく出て行ってしまう。絶賛反抗期って感じだな、おー恐ぇ恐ぇ。
「くくっ、若いのに大役押し付けられちゃあな。気持ちは分からないでもないぜ」
同年代で魔王退治を押し付けられたカイン達と被るぜ。あいつらも毎日重圧に潰されそうになっていたからなぁ、彼女にとっちゃ祭のメインイベンターってのは、同じくらい重いもんだろうさ。
「なまじ実力があるってのも大変だな。コネで用意できる席じゃねぇ、彼女の歌にセンスを感じた主宰者が直々に依頼したんだろ?」
「ああ。娘自慢だが、デイジーはローラの「歌姫の加護」を受け継いだ、奇跡の声の持ち主だ。親心としては、折角掴んだチャンスを活かしてもらいたいのだが……」
やぁれやれ、反抗期の娘に戸惑ってやがる。立派にお父さんやってんなぁ。
俺様としちゃあ、別に放っておいてもいいんだがな。依頼に入ってないし、二十歳未満で俺様の守備範囲外だしよ。
だが、一瞬でもカイン達の影が重なっちまった。あいつらと同じ重圧背負ってんなら、見逃せねぇなぁ。
「Mr.オズマ。ついでにあの子の護衛も請け負ってやるぜ。頭の狂ったテディベアの事だ、下手すりゃあの子の喉も掻っ捌く危険があるぞ?」
「む、確かに……娘まで手に掛けられるわけにはいかん。賢者ハワード、デイジーの護衛も頼む。この事態の責任を取ってもらうためにも、無理難題は通してもらうからな」
「無理難題? 俺様にとっちゃザッハトルテを作るより簡単だぜ。生地とチョコをこねくり回すより、女をこねくり回す方が手慣れたもんさ」
ま、難しい年ごろの相手はバカ弟子達のおかげで慣れている。このレディパティスリーが、マダムの問題と併せて解決してやるさ。
って事で、期待しててくれよマダム・ローラ♡
なんてウインクしたら、ローラは俺様にウインクを返してくれた。グラマラスなミルフにそんなことされたら俺ちゃん、下半身がぞくぞくしちゃうじゃないの。




