29話 ザナドゥ幹部クィーン現る
「とりあえず、当面あの宿を拠点にできるね」
「ええ、宿泊中ハワードが毎晩裸芸を披露する事で話がまとまりましたからね」
「話の分かるオネェ様で助かったよぉ。部屋もこのボケナスを厩舎に放り込む事で解決したし、これで安心して滞在できる」
……朗らかな会話をする二人は、ぼっこぼこにした俺ちゃんを縄でふんじばり、がるるに乱暴に引きずらせております……ここまでするような事、俺ちゃんしたかなぁ……?
はぁ、ため息しか出ねぇ……クラフ座に群がる客の声がうざったくて仕方ねぇや。
「とりあえず暫くは旅費を稼ぐためにガンガン働いてもらうから、覚悟してよねハワード」
「ちょっとぉ、お金無くしたのリサちゃんだろぉ? どーして責任を俺ちゃんに押し付けるのさ」
「助けてって言ったら助けてくれるんでしょ? 夜這い仕掛けた罰だと思ってキリキリ働け」
「これ以上冒涜を重ねたらどうなるかわかりますよね?」
―がるるっ
アマンダたんのセリフに合わせてがるるが唸った。はぁ、全く仲良くなりやがって。
しゃあねぇ、面倒だが仕事探すかぁ。
縄を引きちぎって立ち上がり、冒険者ギルドへ向かう。祭りが明日に控えている事もあってか、数多くの冒険者が集っている。人が増えれば困りごとも増えるのか、依頼もわんさか集まっているぜ。
って事で依頼を見るが、うーん……しょぼいもんばっかり並んでやがるなぁ。
「あ、これいいんじゃない? 貴族の護衛依頼だって。鳳凰祭でのトラブル防止としてボディガードが欲しいみたい。報酬は200万ゴールド!」
「野郎の依頼じゃねぇか、金積まれても気が乗らねぇな、パス」
「うー……ならこれは? マンティコアの討伐依頼だって。お祭り開催に合わせて観光客がくるから安全のために駆除してほしいって」
「そんなもんレベル10程度の雑魚じゃねぇか、報酬もしょっぱいし、やる気出ねぇ。パス」
「だったらこれ! 娘の家庭教師募集中、聡明な冒険者求! ほら女の子の依頼よ!」
「9歳のガキのな。そんなの相手出来るか、パス」
「あんたねぇ! お金ないのに依頼選り好みしてる場合か!」
「だったらリサちゃんがお金落とさなかったらいい話じゃないのぉ?」
「うっ、それはそのぉ……」
ふっふっふ、いつも殴られているからたまには反撃させてもらうぜ。
しっかし、退屈な依頼ばかりだ。どっかに俺様ぴったりのスリリングな依頼は転がってないかねぇ。
「ほっほっほ、お困りのようじゃのぉ」
「あん? その声……」
振り向くと、そこに奴が居た。
ヘルバリアで世話になった爺さんだ。
「爺さん! あんたもここに来てたのか」
「まぁの、鳳凰祭は毎年楽しみにしている行事でのぉ。ヘルバリアから馬車でゆったりと来た次第じゃ」
「いやぁ、カインに情報流してくれてあんがとよ、おかげで助かったぜ」
「なんのなんの、こっちも面白いもんが見れたわい。ザナドゥ幹部の進撃をああもあっさり止めるとは。流石賢者ハワードと言った所か」
「やっぱ俺様の素性を知っていたか。流石だぜ情報屋」
「おじいさんがヘルバリアのザナドゥ退治に協力してくれたんだ。ありがとう、私からもお礼を言わせて」
「いやいや、こちらも商売でな。礼を言う必要はないぞいリサ・ライアット」
「そういえば、そちらの名前はうかがっていませんね」
「今はフェルムと名乗っておる。この商売中々危険な橋を渡ってるのでな、偽名なのは勘弁してくれ。ところで賢者よ、先程から依頼を見ていたが、苦心しているようじゃな」
「そうなんだよ、俺様があまりに優秀すぎるせいで、眼鏡にかなう仕事が無くってな」
肩をすくめてから、ふと思う。情報屋なら、ギルドでも掴んでない依頼を持ってるんじゃねぇか?
「なぁ爺さん、情報屋ならなんかあるだろう? 俺様にぴったりのハスキーな依頼」
「ほっほっほ、あるぞいあるぞい。勇者カインか、賢者ハワードでなければ達成できない難しい依頼じゃよ。特にお前さんにピッタリな仕事じゃ」
「いいねぇ、その様子じゃ随分刺激的な内容みたいじゃないか。だが受ける前に重要な事を聞かせてくれ。依頼人は勿論美女だよな?」
「でなければ紹介せんよドスケベ賢者」
「乗ったぜ爺さん!」
「って軽っ!? そんな安請け合いしていいの?」
「いいに決まってるさ、美女の依頼をほっぽり出したら賢者の名が廃るってもんよ」
「というよりドスケベ賢者を否定しない辺り、最早公式なのですね」
「当然だ。崩さぬ余裕と揺るがぬ強さ、そして弛まぬスケベ心。この三拍子が揃ってこそのハワード・ロックだからな」
―わふぅ……
がるるが呆れたように首を振った。「格好悪いセリフだ」ってか? わかってないねぇ、俺様だからこそ、格好悪いセリフも映えちまうもんなのさ。
ってなわけでフェルム爺さんの紹介で無事仕事を獲得。へへっ、どんな美女が俺様の助けを待っているのか、今から楽しみだぜ。
◇◇◇
フェルム爺さんに指定された場所は、サブレナでも一番のホテルだ。いい所に泊ってるねぇ。
爺さんから貰った紹介状を警護に見せると、最高級のスィートルームへ案内される。こんな超ハイグレードホテルに泊まれるとは、依頼主は相当なVIPみたいだな。
んでもって、依頼人を拝見すべく部屋を覗けば。
「うっひょーう!」
「嘘……本物!?」
俺様とアマンダたんが歓声を上げちまう、ブラボーなマダムがいらっしゃるじゃない!
金髪碧眼、三十半ばの熟れ切った肢体の持ち主で、この世の物とは思えない美貌を誇っている。バストは恐らくG、アマンダたんを超えるGlamorousのGだぜこりゃあ!
「…………」
マダムがにこりと微笑み、俺様に会釈する。やべぇ、この時点でよだれが止まらんぞ!
「いっただっきまぁーす♡」
「何をするつもりですかハワード!」
早速マダムを頂こうとダイブした矢先、アマンダたんが俺様の頭を掴んで床に叩きつけた。
「いつも以上に激しいツッコミじゃない、どしたのよ……」
「この方を存じ上げないのですか? この方は王国が誇る歌姫、ローラ・マグワイヤですよ!」
「嘘、ローラ・マグワイヤ!? 私も知ってる、超有名人じゃない!」
「そう、サブレナを拠点に活動するオペラ歌手で、まるでクリスタルのように透き通った歌声を轟かせる、女神の声を持つお方。若くして人間国宝にも認定された、国内最高の歌手なのです! こんな形で出会えるなんて……光栄です……!」
アマンダたんが涙を流し、跪いてしまった。君が言ってた好きな歌手ってこのマダムかよ。
ローラなら勿論知っているさ、何年か前に付き合いで彼女のオペラを観に行った事もあるしな。そん時は対面しなかったが、こうして出会うと成程、歌姫たるオーラがあるな。
いや、むしろミストレスかな。スレイブ希望の変態どもが寄ってきそうな、艶めかしい脚をしてやがる。
「おほん! 失礼。貴方が大賢者ハワードで間違いないか?」
「あら、お付きの方がいらしたのね」
切れ長目が特徴な黒服野郎が俺を見下ろしている。てかローラのインパクトで見えなかったが、部屋ん中にゃあボディガードが並んでやがる。
「ごもっとも、元勇者パーティの賢者、ハワード・ロックだ。身分証の冒険者カード、確認してくれ」
「……確かに、本人のようだが……本当に大丈夫なのか? 想像していたのと全く……」
「軽薄すぎて違うってか、よく言われる。だが普段とのギャップが男の魅力を生むもんさ。だろう? マダム」
「…………」
ローラが俺様に頷いた。さっきのやり取りも微笑みながら見ていたし、大物はやっぱ器が違うぜ。
「仕事内容は依頼者から伺えと聞いたのですが、見た所ボディガードのお仕事ではなさそうですね」
「その通りだ。見ての通り、護衛は万全の体勢を整えている。貴殿に頼みたいのは」
「誰かに奪われたマダムの声を取り戻せ、そいつであっているかい?」
アマンダたん達は勿論の事、マダムも驚きに目を見張った。
「なぜそれを? 公表していないはずだが」
「クラフ座の前を通った時、客が騒がしくてよ。暇つぶしに聞いてたら驚いたぜ。ローラ・マグワイヤのオペラが突然中止になったってな。んで、さっきから一言も話さないマダム。あんたから呪いの匂いが鼻について仕方ねぇんだ」
俺様が賢者だって事忘れんなよ? こう見えて、呪いにかかっている奴は一目見ればわかるのさ。
「ここまでを察するに、遅くとも昨日の夜辺りに何者かがマダムに呪いをかけ、声を奪い取った。そいつを公表すれば大混乱が起こるから、秘密裏に呪いを解呪してほしい。そいつが依頼内容だろう、テストの答案としてはどうだい?」
「……驚いた、満点です。先程の失言、撤回させていただきます」
「いいって事よ。さてと、じゃあちゃちゃっと済ますか。悪いが、その魅惑的な胸元に触れさせてもらうぜ」
「…………」
マダムは頷くなり、服を少しはだけた。ぬふふ、こいつは役得だぜ♡
おっとっと、アマンダたんが殺人鬼の目で俺を睨んでやがる。真面目にやろーっと。
「ふむ……成程な」
「もう分かったのか?」
「ハワード・ロックなら朝飯前だ、しかしなんて説明したらいいかな」
俺様でも滅多に見ない呪いだぜ。面倒なもん使いやがったな。
「通常、体の機能を奪う呪いってのは、その器官をマヒさせる物だ。だがマダムに掛けられた呪いはマヒさせるんじゃない、例えるなら、喉その物を抉り取られていてな」
「んん? 今一、理解できない……」
「んじゃあ率直に言ってやる、マダムは声帯を失っているんだ」
体の一部を生きたまま抜き取る呪いだ。内臓の一部を失ってもきちんと生きている辺り、相当高度な呪いだぜ。
「過去に二回だけ見た事はある。一回目は心臓を、二回目は胃袋を奪われていたっけな。不思議なもんでこの呪いを受けた人間は活動自体には支障が無くてな、マダムがかかったのはまさにそれだよ。難易度が高すぎて使える奴が少ない、レアな呪いだぜ」
「なんと……! 解呪できるのか?」
「できるさ。ただ、条件がある。術者を見つけて、奪った内臓を取り返さねぇとだめだ。それがなけりゃ、いくら俺様でも治せねぇな」
「ぐっ……なんたる事だ! おい、何としてでも彼女の声を奪った奴を探し出せ! 報酬ならいくらでも弾む!」
「へいへい、そいじゃま今すぐ盗人しょっ引いてみますかね」
全員がまた唖然とした顔になる。だぁから、俺様を誰だと思ってんだ。
「体の一部が欠けても生きてるって事は、呪術の力で繋がっているわけだろ? だったら逆探知できるでしょうが」
「あ、成程……って平然と言ってるけど、できるの? 高度な呪いなら対策してるんじゃ」
「ええ、普通の人にはできません。ですがハワードは普通ではないので出来ますね」
「そゆこと。ってわけでもう少し辛抱してくれよ、マダム・ローラ」
「…………!」
頷いたマダムに許可をもらい、喉に触れる。絹のような肌だ、サイコーだね。
さてさて、マダムから声を奪ったのはどなたかしらねっと。
「……へぇ」
「今度はどうした?」
「いいや、どうもいち早く俺様のラブレターを開封してくれたみたいでな」
逆探知した途端、こっちに向かってくる気配を感じた。来るぜ、マダムの喉を奪った張本人が。
「あははははははは! もうバレちゃったのねハワード・ロック!」
そんな甲高い声と一緒に、窓を割って入ってくる女が一人。俺様はマダムを抱きかかえ、さっそうとバック宙。
乱入してきたのは、全身に皮膚をパッチワークした奇妙な女だ。継ぎ接ぎの肌を露出した、扇情的な衣装が実にセクシーなキメラガールだ、そそられるぜ。
「JACKPOT! てめぇがマダムの声を頂戴した怪盗だな? 使い古したテディベアみたいでキュートだぜ」
「貴方も素敵よハワード・ロック! ジャックを倒した男だから期待していたけど、思った以上のナイスミドルね、とっても可愛らしいわ!」
「ありがとぉう♡」
にしてもこいつ、沢山の人間が入り乱れたような声だぜ、聴いてて頭がくわんくわんするな。
「なぁるほど……呪いで抜き取ったマダムの声帯は、君の喉の中か」
「なんだと!?」
「あはは、凄い凄い! あっという間に見抜いちゃった! その通りよ、この喉に組み込んだの、沢山の声と一緒にね!」
へぇ、つまり呪いで相手の内臓を抜き取った後、自分の体に縫い付けたのか。
しかもマダムだけじゃねぇ。そのパッチワーク、その他大勢の人間からも体の一部を抜き取っているみたいだな。
「くくっ、ゴキゲンだぜ爺さん。こんな最高の依頼を俺に回してくれるなんてな。アマンダ! がるると一緒にマダムを守れ!」
「かしこまりました」
指笛を吹いてがるるを呼び、マダムを渡す。高名なオペラ歌手に聞かせるにゃ手前味噌だが、俺様自慢のバスボイスに満点の鐘を鳴らしてくれや!
「君のアルトボイスと組み合わせれば、オペラホールで賛美歌が披露できそうだ。是非ともデュエットしてほしいもんだねぇ、俺様賛美歌大っ嫌いだけどな♪」
その喉ならテノールとソプラノも用意できるだろ、せめてBメロまでは持ってくれ。
ザナドゥ幹部の一角、クィーンさんよ!




