25話 ハワード・ロックのスローライフ
キサラちゃんの的確な処置で、客は全員無事に救助できた。
娘の大活躍に子爵閣下は随分驚きのようだったぜ、キサラちゃんの働きと言ったら、そこらの医者顔負けだったしなぁ。
でもって事が落ち着いた後に、彼女は親父を前に言いきったのさ。このような事態に備えて、カジャンガの医療制度を充実させるべきだってな。んでもって、力づくで閣下の首を縦に振らせたのさ。
くくっ、子爵閣下の驚いた顔ったら、面白くて仕方なかったぜ。
今まで彼女の話を聞かなかったのは、キサラちゃんに覇気がなさ過ぎたからだ。けど彼女自身が行動し、はっきりした意志を示したことで、子爵閣下の心を動かせたのさ。
黙っていたって自分の想いなんざ伝わらねぇさ、成し遂げたい事があるんなら、思い切り心を開いてぶつかるしかねぇのさ。
「キサラちゃんの願いはかなえたし、ザナドゥの幹部もぶっ潰したし、これにて一件落着だな」
「一件落着だな、じゃないっての。何よ昨日の義手の壊れ方、どんな力の入れ方したらああなんのよ! 私のアートが台無しよ!」
リサちゃんに怒られ、俺様しょんぼりだぜ。
久しぶりにキレたもんだから、全力でジャックを殴っちまってなぁ。義手が耐え切れずに壊れちゃったのよねん。義手を直している間、ずっとお小言を貰っちまったぜ☆
……翌日になった今も続いてんだけど。皆を守るためにおじさん頑張ったんだから、そんなに怒らなくていいじゃない。
「つーか義手で殴る必要ないでしょうが! 生身の左で殴りなさいよ!」
「いやぁ、リサちゃん特製の腕ってばすんごい優秀だからつい頼っちゃってぇ」
「む……悪くない言い訳だけど、私らを庇った時といい、後先考えないんだから、ったく……私が居なかったらあっという間に義手がダメになっちゃうじゃない」
「ごもっとも。だから感謝してマッスルマッスル、ってな」
あ、リサちゃんの顔が固まった。やっぱ親父ギャグは寒かったか。
「お待たせしました、準備が整いましたよ」
アマンダたんが俺達のカバンを整理して持ってきた。外には、食料や水を乗せたがるるがスタンバイしている。
時刻は早朝か。いい時間帯だな。
「よし、んじゃとっとと出発しますかね。ギャラも貰ったし、長居は無用だ」
「なんかすごく焦ってるけど、どうかしたの?」
「カイン君の気配でも察したのでしょう、野生の勘は鋭い人ですから」
さっすがアマンダたん、よく分かってる。
なんとなくだが、ぼちぼちカインが追い付きそうな予感がするんだよな。あいつに追いつかれるのも面倒なんでな、とっとと退散させてもらうかね。
子爵閣下に適当に挨拶してから街の門へ向かうと、キサラちゃんが待っている。挨拶は二人きりで、きちんとしたいって約束したからな。
アマンダ達を先に行かせ、キサラちゃんへ歩み寄る。そしたら、涙で潤んだ目を向けられた。
「行ってしまうのですね」
「ああ。散々口説いといてすまねぇな、俺様にとっちゃ遊びみたいなもんでさ。いい女が居るとどうしても手が伸びちまうんだ」
「いい女……私、いい女なのでしょうか」
「勿論! そうそう、子爵閣下に医療の勉強するの、認められてよかったな。近いうちに病院作るんだろ? それに君も、医学校に受験するとか」
「はい。難しい挑戦だとは思いますが、私、頑張ってみようと思います。ハワード様に勇気を貰えましたから……でも私……貴方と離れたくありません……!」
おっと、俺様に抱き着いてきたか。参ったねぇ、がるるの定員は三人までなんだよなぁ。
それに俺様についてきたら、君の夢は叶わなくなる。医者になるのが夢なんだろ?
俺の生きる世界は危険だ、君はこっちに来てはいけないよ。
「私、お別れしたくないです……ハワード様、貴族の生活にご興味はないのですか? 私と一緒になれれば、お金や食べる物の心配もありませんし、毎日、狩りや舞踏会で楽しく穏やかにすごせますよ。だから……」
「悪いねキサラ。そんな刺激のない毎日、俺様は願い下げなんだ。俺様はな、スリルがないと生きていけないんだ。ナンパをすんのも、喧嘩をすんのも、ギャンブルに手を出すのも、人生に刺激を与えるためのスパイスでね。トラブルを隣人にすんのが、ハワード・ロックなりのスローライフなんだよ」
スローライフってのは、自分自身を思い切り楽しむための生き方だ。
もふもふと触れ合ったり、職人や農家、はては運送屋に転身して頼られたりと、一般人が連想する放牧的な物とは大きく異なるが、こいつが俺様なりのスローライフなのさ。
「過激なスリルの愉しみを一度味わっちまったら、耳元でどんな美女が甘く囁いても抜け出せない。君の誘惑はとても魅力的だが、穏やかな日常では、俺が本気で生きられなくなるんだ」
「……酷い人です。そう言われたら、引き留められません」
「すまないな。ただ、俺が君の騎士である事に変わりはない。だから、困った時はいつでも俺を呼ぶといい。世界の果てに居ようとも、必ず君の下へ駆けつけるから」
「……本当に?」
「勿論。俺は美女には絶対、嘘は言わないよ」
キサラの額にキスをして、踵を返す。彼女は俺達の姿が見えなくなるまで手を振って、旅の無事を祈ってくれていた。
「はぁ……あんたも嫌な奴よね。女を口説いておきながら、惚れたら勝手にふっちゃうとか」
「くくっ、男は少し身勝手なくらいが丁度いいのさ」
「確かに、悪人に狙われている女性なら、貴方のような一夜限りの恋人が丁度いいでしょうね」
「……ふーん。ま、そう言う事にしておきますか」
悪魔に狙われる夜の日は、愉快な道化と居た方がいいもんさ。不安や恐怖が和らぐからな。
「ところでいいの? 今回カインを撒くためになんの仕込みもしてないけど」
「いいやぁしているさ、そのためにわざわざ舞踏会に参加したんだ。あいつは最低でも、一週間はカジャンガに滞在するはずだ。ついでに、キサラちゃんへのアフターフォローも任せているんだよ」
ま、暫くはキサラちゃんの相手を頼むぜカイン。お前が居れば、あの子も俺様を吹っ切れるだろうしな。
「にしても、腰抜け野郎が使ったあの薬……ザナドゥは何をしでかそうってんだ?」




