17話 ジャック・ザ・カウンターアタック
「ハワード・ロックがヘルバリアに。勇者パーティを引退したと聞いたが、まさか我らに楯突く障害となろうとは」
仄暗い大広間に、低い声が響いた。
声の主は漆黒の服に禍々しい大剣を背負った男だ。顔は闇に隠れてうかがえないが、存在するだけで空気が重くなるプレッシャーを放っていた。
男は跪いている三人を見下ろし、剣で地面を突いた。
一人は先日ハワードに叩きのめされたジャックである。もう二人は大柄な男と、煽情的な赤のドレスに身を包んだ女。
ザナドゥ幹部、キングとクィーンだった。
「魔王亡き今、我らザナドゥが席巻するチャンスだと言うのに、大きな障害だ。聞けばカインら三人も別方面で動いているそうではないか。魔王の次はこのザナドゥを標的に活動し始めたようだな」
バラルガ山脈にて活動中の部隊から、カイン達の目撃情報が届いている。すでに部隊は瓦解しており、陥落目前となっているそうだ。
「奴ら勇者パーティを封じ込める手段は講じているものの、まだ準備ができていない。今ぶつかれば返り討ちに遭うのは必至……しかし、ジャックよ」
「は、はっ!」
「ハワードに敗北し、のこのこと帰ってきたようだな。この失態、どのように挽回するつもりだ? ザナドゥの看板を汚しおって」
「も、申し訳ございません。このジャック、必ずやハワードの首を仕留め、汚名返上を……!」
男はおもむろに、ジャックの頭を掴んだ。
「このザナドゥに失敗を冒すような役立たずなど要らんわ」
「ぐああああっ!」
ジャックの額から焼け焦げた臭いが立ち、もんどりうった。ジャックの額には「死」の文字が浮かんでいる。
「その刻印の意味が分からぬわけではないだろう? 次の指令に失敗すれば、命はない」
「は、はっ!」
「貴様の管轄である、カジャンガのビンランド子爵が所有する、鉄鉱山を奪ってこい。そう難しい指令ではなかろう? ザナドゥの幹部ならば、やり遂げてみよ」
「か……必ずや!」
ジャックは転がるように走り出し、自身の部屋へ戻った。
もう失敗は許されない、額の刻印は死刑宣告だ。次の指令で失敗すれば、ジャックは殺される。
なんとしてもビンランド子爵から鉄鉱山を奪わねば。その時である。
「ジャック様、カジャンガにて活動中の部隊より報告です。……ビンランド子爵が、ハワード・ロックを護衛に雇ったようです」
「なんだと?」
あの最強賢者が行く手に立ちふさがるとは。ジャックは青ざめ、歯ぎしりを浮かべた。
「ハワードめ……どのような手を使ってでも、貴様を殺す。ジャックの全てを捨ててでも! この屈辱、必ずや返してやるぞ!」
◇◇◇
「あの、改めてご挨拶を。キサラ・ビンランドです。かの有名なハワード様に会えて、光栄です」
「こっちこそ、君のような妖精の騎士に選ばれて光栄だ。この俺が傍に居る限り、君は絶対安全だ。って事でぇ、お互いの事よく知るためにも! 俺ちゃんとおデートしなぁい?」
そりゃあもう、君の隅から隅までをよぉく知る為にぃ。ぬふふふふ♡
「ハワード。鯖はお好きですか?」
「ん? 魚の中じゃあ一番好きだが?」
「それはよかった。では」
アマンダたんから強烈な鯖折りを食らい、俺ちゃんは撃沈しました。
「あんたさ、その一発病治そうとは思わないの?」
「わかってないなぁリサちゃん。俺様から一発を取ったら、その時点でハワード・ロックは死んだも同然なのさ」
「うわ、世界で一番恰好つかない決め台詞だわ……」
「ふっ、それにこうして倒れ伏したからこそ見える景色もある。純白の布地という、素晴らしき桃源郷をな」
「賢者様? ってきゃあっ!?」
倒れたおかげでキサラちゃんのスカートの中もろ見えだもんねー☆
◇◇◇
「ご安心くださいキサラ様。この破廉恥賢者は私達が責任をもって管理します」
「同じような事をやらかしたらこんな感じで、ガンダルフの餌にするのでどうかお許しを」
……屋敷の衛兵と一緒に袋にすることないじゃない……しかもがるるが追撃の噛み噛み攻撃してくるし……俺ちゃんすっかりボロボロよ……。
「あ、あはは……賢者様、折角のお誘いなのですが、申し訳ありません。これから私、勉学の時間なので」
「それなら! 俺様が勉強を見てあげよう。お勉強項目は、医学と薬学で合っているかな?」
キサラちゃんが驚いたような顔になる。俺様は賢者だ、美女の事ならすぐに見抜ける。
「君を助けた時、薬草の香りが漂ったものでね。それに手が貴族令嬢とは思えぬ荒れ方をしている、恐らく薬を調合する際に刺激の強い材料でも使ったんだろう」
「凄い……その通りです。独学ですが私、医学の勉強をしていまして」
「いい心がけじゃないか。今朝も調薬をしていたんじゃないかな? ドクダミ軟膏で合っているかい?」
「ええ!? どうしてわかるのですか?」
「ドクダミは独特な香りを放つからすぐにわかったよ、それに年頃の娘が荒れた手を気にしないわけがない。ドクダミに含まれるクロロフィルは肉芽組織を再生し、肌荒れを治す効果がある。君の悩みを解決するのに最も適した薬草だ」
アマンダとリサもぽかんとしているな。俺様を見くびっては困るぜ、このハワードはあらゆる分野に関してジーニアスな知識を持っている、いわば生きる図書館なのさ。
「ついでに君の残り香から、昨日何を調合していたのかをあててみようか? 使った薬草はクコ、五味子、キハダ、オオバコ。解熱剤と鎮咳剤の材料だ。恐らく街で風邪を引いた奴でもいるんだろう、そいつのために君は風邪薬を作っていた。どうかな?」
「素晴らしいです、賢者様。実は街で、大勢の子供たちが風邪を引いてしまって。どうしても助けたくて、薬を作って配っていたのです」
「その外出中に攫われたというわけか。ザナドゥも空気を読まない連中だ」
「……どうしてその恰好よさを維持できないかな、あんた真面目にしてれば恰好いいのに」
「ですが真面目なハワードというのも不気味ですね、スケベな方が安心します」
「はいそこ! 空気を読みたまえハワードガールズ」
「誰がハワードガールズだっ」
「これで俺様の知識は信用してくれただろう? 医療は独学で学ぶには限界がある。ほんの一時だけでも、俺様の手ほどきを受けてみてはいかがかな?」
「……では、よろしくお願いできますか?」
「喜んで」
場所を彼女の自室へ移すと、薬草の匂いが漂ってくる。すりこぎや石臼、そして大量の薬草が置かれていた。
これ全部自分で集めたというのだから驚きだ、世間知らずな深窓の令嬢ではなさそうだぜ。
二人の監督のもと、俺様の家庭教師が始まる。医学を学ぼうとするだけあって、中々賢い子だ。俺様の教授に付いてこれる奴はカイン以来だぜ。
二時間の勉学を終える頃には、キサラちゃんの表情はとっても明るくなっていたよ。
「凄くわかりやすかったです、こんなに充実した勉強、初めてでした」
「だろう? 独学もいいが、誰かに教えて貰えれば知識はより習得しやすくなる。親父さんに頼んで医学者でも呼んでもらえばいいんじゃないかな?」
「それは……したくても、出来なくて……」
なんとなく予想はしていたよ。子爵閣下はキサラちゃんの話を聞こうとしていなかった、なんらかの親子の軋轢がありそうだな。
「賢者様、その……一緒に街を回っていただけませんか? 賢者様に見ていただきたいのです、この街の問題を」
「いいぜ、医者が居ないって問題抱えたこの街をな」
はいまたBingo。キサラちゃんの表情が曇った。
「アマンダたんも察してたんじゃなぁい?」
「ええ、医師が居るならキサラ様が薬師の代わりをなさらないでしょう」
「アマンダ様……その通り、です。どうか一緒に、来ていただけませんか?」
キサラちゃんに連れられて、街を回ってみる。見た所、競馬場を中心に宿酒場や劇場と言った娯楽施設は整っているようだが、街医者が居ねぇ。医療面が整っているとは言えないな。
「お父様はカジャンガの経済発展に力を入れています。ですが、医療福祉に関してはないがしろにしていて……人間簡単に怪我も病気もしない、そんな物は寝て治る。いつ役に立つか分からない人材に金を払うより、常に役に立つ人材に金を払う方がいい。そう主張していまして……」
「ビンランド子爵閣下は自分がこうと決めた事は絶対曲げねぇからなぁ。自分の仕事に誇りを持ちすぎて、他人の介入が我慢ならねぇ意固地なタイプなんだろうぜ」
「だから、いちいち言う事に棘があるっての」
「いいのですリサ様、賢者様のおっしゃる通りですから。でも先に話した通り、子供たちが風邪をひいても、ここには治せるお医者様が居ません。怪我や病気をしたら隣町へ頼るしかなくて……」
「それで君が医療を学んで、困っている人達を助けようとしたわけか」
「はい。ですがそれでも限界はあります、なのでお父様に医療関係の発展にも力を入れるよう進言したいのですが、あの通りで……」
キサラちゃんは俯いた。はかなげな表情もそそられるねぇ。
「……賢者様、私のお願いを、聞いていただけませんか?」
「君の下着を脱がしてほしいってお願いなら最高です!」
「空気読めこの一発賢者!」
リサちゃんハンマーで壁にめり込む俺様、アートの気分……。
「え、えっと、一発というのは分かりませんが……お父様に医療関連に力を入れるよう、進言していただけませんか? 私の声は届かなくても、勇者パーティの賢者様ならば、お父様もきっと……」
「Dumm、なるほどね」
確かに俺様なら力ずくで子爵閣下を動かす事は出来るだろうさ。最強賢者に解決を頼るのは、別に悪い事じゃねぇさ。でも、
「残念だが、その頼みは聞けないな。いくら美女の頼みであっても」
「な、なぜですか? 賢者様もこの街の現状は分かったはずです、なら、勇者パーティとして街を救うべきではありませんか」
「悪いが、俺様は勇者パーティを引退した身だ。この街を救う義理はない。誰彼構わず助けてたらきりがないからな」
「ちょっとハワード!」
憤るリサちゃんを、アマンダたんが止めてくれる。やっぱりわかってくれるねぇ。
「そんな……賢者様なら、街を救えると思ったのに……」
「俺様は神じゃないんでね。だが街は守れないが、君を守る事は出来る。ボディガードとしての役割は、きちんと果たしてみせるさ」
俺様は振り向き、小石を指ではじいた。
物陰に隠れていた男に直撃し、気絶させる。気が付きゃ、殺気立った男どもに囲まれている。数は七人。ナイフやらこん棒やらを握り、随分怖い顔で俺様を睨んでいた。
「こ、この方達は?」
「ザナドゥの刺客だろうさ。真っ赤な顔して、発情期の七面鳥かてめぇら。物騒なクチバシ振り回して求愛ダンス披露したって、番いになる女なんかいやしねぇっての」
恐がるキサラちゃんをがるるに乗せ、アマンダたんに目配せした。
「リサちゃんとキサラちゃんは任せた、ちょっくらお医者さんごっこでもしてくるわ」
「脚気の診断で膝を砕かないよう気を付けてくださいね」
中々お洒落な返しじゃない、流石は俺様のパートナーだぜ。
「全く不運な奴らだ、医者の居ない街で俺様と喧嘩するなんて。大けがして遠足から帰れなくなっても泣くんじゃないぞ」




