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最終話

 過去を話し終え、リリーは長い息をついた。

 賢者になる。そう決意してからハワードは、人知れず努力を重ねた。彼があらゆる分野に精通しているのは、二度と後悔しないように、どんな人でも笑顔で助けるため。リリーはハワードをずっと、見守り続けていた。

 カイン達を見渡すと、皆鼻を鳴らしたり、目頭を押さえて、涙をこらえていた。


「どうでした? ハワードの昔話は」

「……感動しました、凄く……!」

「ハワードには、ボルグ様の教えが深く根付いているのですね……」

「そうね。私達の師匠は心を育てるのを重視して、本当の親のように接してくれました。ハワード以上に生臭で自由だったけど、どこまでも心のまま、自分らしく美しく生きた人でした。そんな人の生き様を見てきたからこそ、私達は命を粗末に扱う人が許せないし、生きる事を諦める人を見捨てられないんです」

「何よあの馬鹿賢者、無駄に壮大な人生送っちゃってさ……少し、見直したよ」

―わふぅ……


 リサに全員が同意し、頷いた。


「こんなに大事な過去なら、誰にも教えたくなくなるよ。ハワードさんの気持ち、わかる気がする」

「でも白薔薇先生。どうしてハワードさんは今になって、私達に教えようと思ったのでしょうか」

「皆さんだからです。ハワードは強すぎます。周りに甘えたり、頼れる者がいないほどに。そんな男が寄りかかれるのは、皆さんだけ。だから自分の大事な記憶に触れてもいいと思ったのでしょう。ボルグ様と同じくらい、自分の心を休められる、大事な居場所だから」

「師匠にそう感じてもらっているなら、光栄です」


 リリーは微笑むと、墓地の方を見やった。


「結界の気配が消えましたか、あいつもボルグ様と話し終えたようです。多分裏口からここへ来るんじゃ、ないでしょうかね?」


 リリーはちらとカインを見やる。なら正門から出れば、ハワードと鉢合わせずに済む。


「あの、ボルグ様のお墓参りに行ってもいいですか?」

「勿論。入口で献花を売っています、良ければ持って行ってあげてください」


 カイン達は一斉に出て行き、墓地へと急いだ。


  ◇◇◇


 全員で花を買い、大きな束にして賢者の墓へ向かった。

 墓地の一番奥、街が見下ろせる小高い場所に、ボルグの墓はあった。

 墓前にはバーボンが注がれたグラスと、火のついた葉巻が置かれている。並ぶように花束を置いて、五人と一頭は黙祷した。

 墓の周りは、不思議な空気が流れている。居るだけで落ち着くと言うか、優しい気持ちになった。


「何を話そうか悩んだけど、まずはこれかな。―――ボルグ様、俺達のハワード・ロックを見つけてくれて、ありがとうございます」

「貴方がスラムの片隅で、ハワードを見つけてくれなかったら、きっと私達は彼と出会えなかったでしょう」

「貴方が命の大切さを教えてくれたから、あいつは沢山の人を救ってるよ。ここに居る皆、ハワードに救われた人なんだ」

「僕達が保証する、ハワードさんは強くて、頭が良くて、いい具合にちゃらんぽらんな、世界最高の賢者だ」

「そんな、私達が大好きな、とても素晴らしいロクデナシを育ててくれて、ありがとうございました」

―ばうっ!


 がるるの遠吠えが空高く響く。緩やかな風が吹いて、皆の髪を揺らした。


「あれ?」

「どうしましたリサさん」

「いや、あのグラス。お酒がなみなみと入っていたはずだよね?」

「あら? 空っぽになってますね」

「それに葉巻も……燃え尽きてない?」

「葉巻って数分で燃え尽きる物だっけ?」


 不思議な現象を前に誰もが首をかしげる。その中でカインとがるるは、


「君も感じたのかい、気配を」

―わふっ

「そっか……もしかしたら、師匠に会いに来たのかもしれないね」

―わんっ!


 勇者と聖獣だから感じ取れたのだろう。カインとがるるは教会を見やり、目を細めた。


  ◇◇◇


 墓参りを終えた俺様は、裏口から教会に戻っていた。

 今頃カイン達が挨拶している頃だろう。あいつらの事だ、花をたくさん持ってってくれてんじゃねぇかな。


「今年の挨拶は終わったようね」

「よーうリリーちゃん。もちのろんさ、魔王討伐の報告含めて、沢山話してきたよ」

「ならよかった。こっちも話したからね」

「おっさんの子供時代に興味があるとは物好きな奴らだ。俺様の心のフルヌードを堪能して、さぞ満足したことだろうよ」


「今でも不思議な感じだわ。あのやせっぽちの子供が賢者になって、あんなにも多くの人に慕われているなんてね」

「人間関係に恵まれて嬉しいもんだよ。久しぶりにカビパンでも食ってみるか、君との出会いを思い出せるかもしれねぇしな」

「そんなの食べたらおなか壊すでしょう。食べるならケバブにしなさい」

「はぁーいじゃあママー作ってー♡」

「気色悪い声出してすり寄るな!」


 怒鳴られて反射的に身構えちゃう俺様。昔はふざけるとすーぐにハンマーが飛んできたからなぁ。

 けど歳のせいかね、今じゃハンマーも剣も飛んでこねぇや。


「お互い、歳食っちまったな」

「気付けば二人とも、ボルグ様より年上になってしまったものね」

「だが五十近くなっても君の魅力は変わらないな。守備範囲外になっちまったのが残念だぜ」

「貴方の守備範囲どれくらいだっけ」

「二十歳から四十五歳」

「結構生々しい範囲ね」

「現実的でいいだろう?」

「ま、大人になったって事にしておきましょうか」

「なんじゃらほい」


 軽口の叩き合いについ笑っちまった。リリーちゃんとも三十年の付き合いか、こんだけ長く縁が続いてるのに、全く色褪せねぇな。


「君がずっと従者で居たら、また別の未来があったかもな。これでも結構本気だったんだぜ?」

「貴方となんてこっちから願い下げよ。けど、途中で従者を降りたのは、今でも申し訳ないと思ってる」

「君にやりたい事が出来たんだ、むしろ喜んで見送れたよ。騎士修道会の運営に回って、俺様と別口でボルグさんの教えを広める。君が選んだなら、俺様は応援するだけだ」

「変わらないわね、そういう所。……貴方はボルグ様の教えを昇華して、ハワード・ロックとしてあの人の遺志を広めている。でも私は、ボルグ様の教えを昇華できなかった……だからせめて、ボルグ様の残された純粋な遺志を広めたくなってね」

「充分昇華してるじゃないか。君の目を通して考え、受け止めたボルグさんの遺志を広めてるんだろ。俺様だってそんなもんだ。むしろ感謝したいくらいだぜ? 君のおかげでボルグさんの伝説が後世に伝わっているんだから」

「そう言ってくれると、今まで苦労した甲斐があったものだわ。でも従者時代……随分と苦労をかけてくれたものよねぇ?」


 おっとー? リリーちゃんの目が据わっちゃったんだけど。またなんか怒られる感じですかこれ?

 逃げる準備をしたら、葉巻を差し出された。ボルグさんが愛飲していた銘柄だ。


「迷惑かけた詫びに、付き合いなさい」

「俺様葉巻止めたんだけど」

「一本くらいはいいでしょう?」

「教会で吸ってもいいのかな」

「今日だけは許可します。私も一緒に吸いますので」

「中々不良シスターになっちゃったじゃないの」

「貴方の師匠に育てられたからね」

「そいつは納得だ」


 久しぶりの一本を咥え、義手で火をともす。リリーちゃんに差し出し、先に紫炎を堪能してもらった。

 では俺様もっと……葉巻、やっぱ美味いな。濃厚な香りと芳醇な風味、蠱惑的な味だ。ボルグさんが好きになるのも分かる気がする。


 ……ボルグさん、俺は


 酒とコーヒーの味が分かるようになりましたよ。


 あなたを背負って走れるくらい、大きくなりましたよ。


 あなたと同じくらい、人にも恵まれたし。


 あなたと肩を並べる、賢者になれました。


 これから俺は、あなたが生きられなかった時間を生きようとしてます。あなたの分まで人生を心から頼んで、あなたのように美しく生きていきます。

 どうか、この先も俺を見守っていてください。あなたが退屈しないくらい、刺激的な日々が待っているはずですから。


  ◇◇◇


 それはまた、楽しみですねぇ。

 いやはや、気まぐれに現世に降りてみましたが……息子と娘が元気そうでほっとしました。私より長く生きてくれた事、とても嬉しく思いますよ。

 リリーさん、ナデシコに来てからお墓を綺麗にしてくれて、本当にありがとうございます。いくつになっても君は美人ですね、容姿だけでなく、心も。それだけに未婚のままというのがもったいない。君の血を引く孫を見たかったのですけどね。

 ハワード君は夢をかなえたようで、師匠としても、父親としても、鼻が高いです。それに、あんなに素敵な友達に恵まれて、君は幸せ者だ。

 ……魔王を倒し、塔の魔人と絶望の魔女すら下してしまった。君がはるか遠くの存在になった気がして、少し寂しい気もしますがね。


「そんな事はないよ、父さん」


 ふと、ハワード君がこぼした。

 私の姿が見えないはずなのに、私を見ている。いや、見えていますね?

 君の目がとても優しく、懐かしそうになっている。ふふ、そうですか。私が見えるほどに、成長していたのですね。


 ―――ああ、今日はなんと喜ばしい日だ!


 息子の成長した姿を見れたばかりか、心残りすらなくなるとは。

 生前、私が唯一心残りだったこと、それは……ハワード君から一度も「父さん」と呼ばれなかった事です。本当にありがとう、こんなロクデナシを父と呼んでくれて。


 君達の人生はまだまだこれからだ。楽しい事が目白押しで、羨ましくなっちゃいますね。

 どうか、私が味わえなかった分の喜びを、君達はたっくさん堪能してください。この世には面白い事が山ほど、星の数ほどあるのですから。

 それでは最後に、父からひと言、エールを送らせてください。


『いってらっしゃい。我が最愛の子供たちよ』

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