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111話 賢者の原点

 ボルグの葬儀が終わって、一ヵ月が経った。

 ハワードは生気のない目で座り込み、空をぼんやりと眺めていた。

 何度目を覚ましても、ボルグはどこにも居ない。胸に大きな穴が開いていて、風が悲しく吹き抜けていた。


「ここに居たのね」

「……リリー? どうしてここがわかった」

「勘。一週間も姿を消して、探したのよ」


 リリーはため息をつくと、ハワードの隣に座った。

 ファレンス村の孤児院、その裏庭に二人は居た。

 しばしの間、無言の時間が流れる。するとリリーから、小包を押し付けられた。

 ケバブだ。ピタパンにたっぷりのキャベツとトマト、ラム肉が詰まった、辛口ソースがにくい奴。


「あげるから、なんか話してよ。黙ってるあんたは、似合わないから」

「……作ったのか?」

「売ってたの」


 ファレンス村にはケバブ屋なんてないのだが。

 ともあれ、一口齧る。哀しい時でも、ケバブは変わらず美味かった。


「ボルグから、最初に教わったんだ。ケバブは世界で一番、美味い物だって」

「ずっとお気に入りだものね。毎日一個は食べてるんじゃない?」

「美味いからしょうがないだろ。今だって、最初に食べた味が忘れられないんだ。スラムの隅でいつも腹空かせて、カビたパンが一番のごちそうだったガキにとって、ケバブは反則的な食い物だったんだ」

「そう……」

「……そういや、ここだったな。ボルグが俺に、息子にならないかって言ってくれた場所。ここで俺は、人生最初のプレゼントをもらったんだ」


 かつてボルグがしてくれたように、魔法で自分の名前を書きだす。

 Haword・Rock。スラムの子供から、ハワード・ロックにしてくれた瞬間を、ハワードは今でも覚えている。


「二つ目に教えてくれたんだ、優しくされるのがすごく嬉しい事だって。贈り物をもらって、抱きしめてくれた時、胸がとてつもなく熱くなってさ。誰からもそんな事されなかったから、最初はわけわかんなくなったっけ」


 ハワードは小さく笑った。話しているうちに、一つ、また一つと、ボルグとの思い出が浮かんでくる。

 一緒に遊んで、悪戯して。勉強を教えてくれて、人を救う大切さを伝えてくれて。賢者は沢山の思い出を残していた。


「もう、ボルグには、会えないんだよな」

「ええ、何があっても、無理ね」

「そうだよな……やっと病気から抜け出せたんだし、ゆっくり、休んでもらいたいな」

「結構仕事さぼってたけどねあの人。現世であれなら天国でも天使相手にセクハラしてるんじゃないかしら」

「違いないや。でもやっぱり、寂しいな……」

「……あの人は、最後の最後、満足して旅立ったわ。本当に、心から悔いなく天国へ行ったのよ」

「なんで分かるんだ」


「私の加護を忘れたの? 「見聞の加護」、人の嘘を見抜く力を与える加護よ。あの状態じゃ、嘘をつく余裕なんてない。私達に最後の言葉をかけた時、ボルグ様はとても満ち足りた気持ちで居られたの。折角後悔せず旅立ったのに、弟子達がいつまでも落ち込んでいたら、ボルグ様に余計な心配をかけてしまうわよ」


 ケバブを握りしめ、ハワードは目を閉じた。


「……なぁリリー、もしも俺に知識があれば、ボルグを救えたと思うか?」

「思う。その加護は二人の勇者が持っていた加護だもの、不可能を可能にする力があるはずよ。でも……」

「俺に加護を活かすだけの力がなかったな。いくら「神の加護」が最強の加護でも、使う奴が弱くちゃ、大事な人を助ける事は出来ないんだよな」


 ケバブを食べきり、ハワードは立ち上がった。

 ボルグは言っていた、自分には加護が無いが、だからこそ何でもできると。

 ならば、「神の加護」を持っている自分なら、ボルグよりもっと何でもできるんじゃないか。

 誰よりも強く、誰よりも賢く、誰よりも魅力的に。ボルグのように……いや、ボルグ以上の漢になれるはずだ。


「リリー、俺決めたよ。俺、賢者になる。ボルグの遺志は俺が継ぐ。絶対、ボルグよりもカッコいい漢になって……ボルグより沢山の人を助けてみせる! 世界の希望になってやる! それが俺の出来る、ボルグへの最高の恩返しだ」

「ん……貴方なら、絶対なれるわ。加護があるからじゃない、ボルグ様の息子で、一番意思を引き継いだ貴方にしか、出来ないでしょうね。その前に、涙を拭いたらどう」

「ケバブが辛かっただけだよ。けどすげー美味かった、ありがとな」


 頬をぬぐい、ハワードは空を仰いだ。

 ボルグの事だ、きっと空の向こうで見守ってくれているのだろう。

 涙を流すのは、今日が最後だ。もう涙は流さない。どれだけ苦しい時でも、ボルグは笑顔を絶やさなかった。

 俺もいつだって笑っていよう。助けを求める人が安心できるように。


「よし! 王都に戻るか。景気づけにミントちゃん所でも行ってみよっかなー」

「行くな馬鹿! 未成年でしょうが!」

「俺様の初めてもらってくれた人だし大丈夫だろー? なんならリリーが慰めてくれる?」

「くたばれボケナス!」


 リリーからハンマーの一撃を貰った。これこれ、思い切りのいい一発だ。

 少しだけ、日常が戻ってきた気がした。


「俺様が賢者になったら、リリーを従者にしてやるよ。だからさ、俺様が何か馬鹿をやらかしたら、遠慮なくハンマーぶちかましてくれ。リリーが見ているなら、半端な真似は出来なくなる。俺様が妥協しない男になれるまで、傍で見続けてくれないか」

「いいでしょう、賢者になったら従者を務めてあげる。でも賢者になった後も大変よ、多くの人達から希望を向けられて、常に大きな期待を背負わされる事になるの。覚悟はできてる?」

「できているさ。俺様ならどれだけ大きな期待も軽く背負える。理由を教えてやろうか?」


「なぜなら、俺がハワード・ロックだからだ」


 心から納得のいく決め台詞を言い放ち、ハワードは胸を張る。この言葉を口にすると、不思議と力が湧いてきた。

 ボルグがくれた名前だから、ハワードは自分を信じられるのだ。


『いってらっしゃい』


 不意に、声が耳を通り過ぎた。

 振り向いても、誰も居ない。けど確かに声は、ハワードの背を押していた。

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