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婚約破棄などしたくない

作者: 北西みなみ

朝起きて、夢の一部だけしか覚えてないことってありますよね。


今回、私は一文だけしか覚えていない状態で目が覚めたわけですが。台詞が特殊過ぎて、どんな夢だったのか、ちょっと気になりまして。で、イメージを膨らませて書いてみました。

「リズ、このままでは君との婚約は解消しなければならない」


膝の上から逃げようと必死にもがいていたリズの動きが止まる。普段、二人の会話に関心を示さない生徒会メンバーたちも、びっくりしたようにこちらを見ていた。


反射的にがっちり抱きしめ直した事すら気付かず、リズは悲鳴の様な叫び声を上げた。


「そんな! 何故ですの!?」


可愛い。


私との婚約解消は、そんなに嫌なのか。そう思った瞬間に愛しさが溢れる。だが、私は責任ある身分として、非情な判断をしなければならない立場なのだ。

私は心を鬼にしてリズに頬ずりしながら、耳元に声を吹き込んだ。


「何故? 何故はこちらの台詞だ。君は一体、何故……」


リズは私の顔を力任せに押し戻しながら、切々と訴える。


「殿下は私にプロポーズしてくださったではありませんの! 政略とは関係なく、私と共に歩んでいきたい、と。あれは嘘でしたの!?」


その悲痛な声に、全てを忘れて彼女だけを選びたくなる。私の私室に閉じ込め、私以外が一切接触出来ない様にすればいいじゃないか、そう、悪魔が囁く。

だが、王太子妃とは、職業なのだ。いずれ王妃となり、国政に関わる者が引き籠って姿を見せないなど、あり得ない。

例え、身が引き裂かれるような心地であろうと、この身に流れる血に課された義務を忘れるわけにはいかないのだ。


私は、必死に顔を押すしなやかな指をやわやわと食みながら、非情な心で話しかけた。


「嘘ではない。嘘であるもんか。だが、私が王太子であることは事実。その妻に相応しくないものを据えることは出来ないこともまた事実なのだ」


「わ、私の何が相応しくないと? 礼儀マナーも教養も、社交も全てきちんとこなしておりますわ」


素早く腕を引くリズを残念に思いつつ、両の手で頬を挟んで近寄せ、こつんとおでこをつける。


「分からないのか? 本当に、本当に分からないのか?」


「分かりません。本当の、本当に分からないのです」


いやいやと身を捩るように逃げるリズ。私はその体を後ろから抱き締めた。そうしないと、これからしなければならない詰問に到底耐えられる気がしなかった。


「……その、机に置いてあるのは何だ」


「これですの? これは先を尖らせた針金ですわ」


暫くもがいていたリズは、しかし決して放さない私の固い意志の前に屈した。


「君はそれを一体何のために持っていた?」


逃げないリズに勇気をもらい、私はつむじに口付けながら問いかけた。


「先程も申し上げました通り、アイオリ男爵令嬢の首にぐさっと刺すためですわ」


リズは、髪の香りを嗅ぐ私にごんっと頭をぶつけ、痛そうにしながらも健気に答えた。


「それが理由だ」


「え?」


リズが振り向く。


「それが理由だっ!」


我ながら女々しい、弱々しげな声だ。だが、それも仕方がない。リズがこのまま何の弁明もしてくれなければ、本当に婚約は解消せねばならない可能性がある。だが、日々私の愛を鬱陶しげにあしらう彼女は、これ幸いと釈明をせずに済ませてしまうかもしれない。

馬鹿げた不安だと、杞憂だと信じたいが、一笑に付すこともできない。恋とは人をここまで弱くしてしまうものなのか。


私は逃げられぬ様、リズをさらに強く抱きしめた。リズは逃げようとはしなかった。


「そ、そんな。王族たる者、暗殺に針金を使ってはならないだなんて、誰も教えてはくださらなかった……」


がくっと力が抜けて私にもたれかかるリズが愛おしくて、もういいと言ってしまいたくなる。私にすべて任せればいいのだと。だが、この問題を放置しておくわけにはいかないのだ。私は、王族である自分を憎みながら必死に訴えかけた。


「そんな問題ではない! 暗殺が問題だと言っているのだ!!」


「暗殺が、問題?」


ぱちくりと瞬きをするリズ。あまりの愛らしさに目の前がくらくらしてくる。が、王族たる者、自分の欲に負けることは許されない。


「当たり前だろう!?」


「そ、そんな。正面から人を殺せないと、王太子妃にはなれないとおっしゃるの!?」


瞳に涙をため、真っすぐ見つめてくるリズ。そんないじらしいリズに絆されたか、今までどこか面白そうに見ていただけの弟が口を挟んできた。


「兄上、それは横暴だ。エリザベート嬢の細腕で、正面切って荒事など出来るわけがないじゃないか。いくら相手が同じくか弱き令嬢だといったって、死に物狂いで抵抗されれば抑え込むのは難しい」


まるで、自分の方がリズを理解できるとでも言いたいかのような台詞に、頭に血が上る。


「殺し方の問題ではないわー!!!」


「殺し方では、ない? で、ですが、暗殺するのは問題なのですわよね?」


思わず激高した自分だったが、リズが私の腕に手を乗せた感触で我に返る。


「人を、殺す、それ自体が問題だろう? 何故殺そうとした? そしてそれを何故私に話した!?」


せめて知らねば、この関係のままでいられたのに。何故、破壊的な笑顔を見せながら、友を暗殺しに行くから膝から降ろせ、などという残酷なことが言えたのだ。何故、私といるのに他の場所へ行きたいと思うんだ。


「わ、私とて、むやみやたらと殺したいわけではありませんわ。ただ、殿下は最近、アエルをお気に入りなのでしょう?」


私が? あの女を? リズに一番親しい友達と呼ばれ、私とリズとの二人きりの時間を奪い去り「同性だから」を免罪符に軽々しくリズに触るあの女のことを?


仕返しに、あいつには不相応なほど将来有望な婚約者に用事を言いつけ、王太子に期待されたと喜んでいるところで、肩を叩いてやっただけだというのに「私の婚約者を取らないで」などと、純粋なリズとは全く違う濁った涙を武器に突撃してきたあいつのことか?


「……気に入っているとするなら、その婚約者の方だが。まさか、それが理由なのか? 私がアイオリ男爵令嬢に心を寄せたと勘違いして!?」


不謹慎ながら頬が緩みそうになるのを、必死に堪える。だが、心が浮き立つのだけは止められない。リズが、リズが私に焼きもちを焼いたのだ!!


「勘違いしたわけではございません。ただ、彼女ならば、愛妾になることもあり得るかと」


違うと言いながらも、この言いよう。成り行きを静観していたメンバーたちが「うわ、遂にリジーが毒された」だの「敵・即・殺。やはり婚約者ということか」だの「見た目は真面なのに後ろに脂下がり切った顔の幻が……」だの好き放題言っているのすら気にならないほど、狂おしいまでの愛おしさが溢れる。


「男爵家から王族の愛妾は出せないことなど、君は知っているだろう?」


私は、必死に冷静を念頭に置きながら、静かに話しかけた。


「ですが、特例はございます。彼女なら、その特例に乗せる価値もあるかと」


「それで、嫉妬に駆られてこんなバカげたことを? もとはといえば彼女は君の友人だったというのに。いや、友人だったからこその、恨み、か……」


それなら、勘違いさせた私が悪い。誤解などする暇がない程愛を与えて、私以外に目を移すことがないようにしなければ……。


「いいえ。いいえ、私は恨んでなどおりません! おっしゃる通り、彼女は私の大切なお友達。それなのに何故恨みなど持てましょう? 王族に嫁ぐのです。夫の唯一の存在となりたいなど、望むはずがございません」


本気の表情に少し、いやかなりショックを受ける。私はリズ以外の存在など視界に入れたくもないというのに。リズのためなら、近付く令嬢全てを虐殺し、近寄る者がいないようにしても構わないのに。


「寧ろ、大好きだからこそ、彼女ならと思えたのです。今の内に、貴方の妻同士が仲良くしておくことは悪くないお話の筈」


あり得ない。私の妻がリズ以外に存在するなど考えたくもない。

いっそ、リズの気の済むように殺すのが私にとっても良い気がしてきたが、ぐっと堪える。


「なら、何故……」


「私は彼女が好きです。爵位が低いせいで、この学園は彼女にとって厳しい場所。それでもいつだって前向きに、ひたむきに努力する彼女と、ずっと友人でいたいと、本気で思っておりますわ」


「なら、何故暗殺など考えた!!?」


訳が分からない。いっそ私が殺してしまいたくなるが、そこまでの信愛の情を持つ相手を、何故自ら殺めようとするのか。いや、最悪殺めるの自体は構わないとしても、その結果、私との未来が閉ざされてしまうというのに、何故二人の未来を失うようなことを……。


「彼女が、お菓子を差し入れてくれましたの。手作りのクッキーだそうですわ」


「……まさか、クッキーに毒が?」


それで、制裁を加えようとしたのか? ならば、リズは全く悪くない。そう言おうとしたのに、リズが首を振る。


「いいえ、とても美味なクッキーでした。菓子作りが彼女の得意技だというのです」


ちっ。合法的に惨殺してやろうとしたのに、運のいいやつだ。

私は苛立ちを抑えるため、リズの腰を撫でさすり、冷静に続きを促した。


「それで?」


「わ、私のために、得意技を披露してくれたあの子に、私も同じことをすべきだと思いましたの」


「それで?」


「ですから、んっ、暗殺を」


くすぐったそうに身を捩るリズに意識を持っていかれそうになるが、鉄の理性で話を進める。話の終わりが見えないので、一旦席に戻り、向かい合わせで私の膝の上に座らせる。スカートが開いてしまうことを気にしつつ、不安定な態勢のせいで、私にしがみ付くリズが殺人的に可愛い。こんな殺害方法であれば、私はいつだって殺される準備があるのに。

けれど、今はリズを正妃と出来るか否かの瀬戸際。私はぐっと抑えてリズが真っすぐ座れる様、体を離して腰を支え、しっかりと瞳を見つめた。


「……暗殺というのは、菓子の一種のことなのか?」


まず、一縷の望みをかけて確認する。が、やはり返答は芳しいものではなかった。


「いえ? そのようなものがないかどうかは存じませんが、私の言っているのは、人の命を刈り取る手段の暗殺でしてよ?」


ぱちぱちと瞬く目、天上の音楽より素晴らしい音色を響かせる唇に吸い寄せられそうになるのを必死に抑え、キッと見つめる。


「菓子の礼に、何故殺されねばならんのだ!?」


「だって、私、得意技といえば暗殺くらいしかなくて……」


「は?」


意味が分からず呆気にとられ、支えるバランスを崩してしまい、リズがこちらに倒れ込んでくる。そのまま私の肩に頭を預けるリズに、私は視線を合わせて話そうとしていたことなど忘れてぎゅっと抱きしめた。


「ダンスも歴史も言語も全て、人並み。公爵令嬢という立場と費やす時間の多さのみで、ようやっと称賛を貰えるレベルを保っている私が、唯一人より優れていると言えるものは、暗殺しかございませんでしたの……」


悲しそうな声に胸が裂かれそうになる。彼女はいつだって泣きながらも人の何倍も努力して成果を出していたのに。


「勿論、得意といえど、所詮は実戦経験なしの私は、その道の方からすれば、児戯に等しい技しか持ち合わせていないでしょう。けれど、実施演習では私誉められましたの!」


知らなかった。ずっと彼女の努力を誰より一番近くで見守っているのは自分だと思っていたのに。私は、リズが暗殺技術を学んでいることすら知らなかったのだ。

きらきらと瞳を輝かせるリズは美しいが、それでも言わねばならないことがある。私は断腸の思いでリズの悲しむであろう事実を告げた。


「だが、それはそもそも人に誇れるような特技では……」


「ひ、酷い。自分だけの特技を持つことは王族として必須だと仰るから……。私はただ、得意な暗殺を必死に磨いただけですのに……」


リズが顔を覆ってしまったことで、今まで黙って聞いていたメンバー達が口々に怒り出す。


「兄上!! たとえどんなことであろうと必死で、王族としてふさわしくあろうと努力する姿を貶めるなんて、兄上には心というものがないのですか! 彼女の暗殺技は貴方のために出来る精いっぱいの努力なのですよ!?」


「好きな人のために努力した成果をけなすなんて最低!」


「殿下って、自分はちょっと色々器用に出来るからって、他人のことを認められない人だったんですね。がっかりです」


「だ、だが……」


私だって、努力は貴いと思っている。ましてやそれが、何より愛するリズが、私と共にいるためにした努力だというのなら、猶更。だが、それでも私は何故か皆の言葉に素直に頷けなかった。


「殿下は、自分の認めた能力に秀でていなければ、他人を評価できないんですか? では、あなたのお眼鏡にかなう能力のないエリザベート様は用なしですか?」


用なしという言葉に、リズの頬に涙が伝う。


「ち、違う! 好きだ! 嬉しいに決まってる! リズの全てを愛してるんだ! ただ、殺人というのは……」


「好きなら、エリザベート様の特技を認めてさしあげられますよね?」


「今すぐ、称賛してさしあげてください。さぁ!」


ここまで皆が言うのだ。普通なら、称賛してやるべきなのだろう。

だが、何故だか分からないが、認められない。リズは誇りに思っているのだし、他の生徒会メンバーも皆素晴らしいと褒めたたえているというのに。殺人は良くないという自分の考えはおかしいのだろうか?

私は信頼しているメンバー達に口々に責め立てられ、何が正しいのか分からなくなってきていた。


「そ、それは……。だが。リズは愛しているが、でも、それに、見たこともないし……。いや、でも……」


何故、認められないんだ。何より大切なリズのことだというのに。他の人間すら認めているというのに、何故一番の理解者でありたい私が……。いや、だが、人の命が奪われるということを許容するのは……。


「あ、そっか」


自分の心が分からず、何も言えない私に、明るい声が届く。


「なるほどなるほど。そっかー。うんうん、なるほどねー」


生徒会メンバーの一人が、したり顔で何度も頷いている。


「エイサン、何が分かった? 何がなるほどなんだ?」


皆も、エイサンの気付いたことに興味津々だ。メンバー全員の注目を浴びたエイサンはピッと指を挙げて話した。


「つまり殿下はやきもち焼いてるんですよ。折角の得意技術、自分も知らなかったのにアイオリ男爵令嬢に最初に披露しようとしていたなんて、と」


「あー、なるほど!」


「兄上、どんなことでも自分がエリザベート嬢の最初にならないと我慢できない性質だからなー」


「それは、得意技術ともなれば、自分に言う前に他人に、なんて許せない気持ちは分かりますわ。私だって、アイクが別の人に自分の成果を真っ先に見せに行ったら、もやもやしますもの」


「それかー。確かに!」


「え……?」


そうなのか? 私が認められないのは、そんな理由なのか?


「嫌だなぁ、殿下。それならもっと正直にそう言わなければ分かりませんよ」


「そうそう。今更すぎて、それ位の駄々でエリザベート様が愛想尽かす訳ないんですから、躊躇せず言えば良ろしかったのに」


「い、いや、それは……」


違う気がする。勿論、リズの初めては全て私と共にあってほしいが、やはり殺人は……。


「アル様……、ほんと?」


破壊力のある声と上目遣いに、思考がブチ切れた。


「リズ! リズ、好きだ!!」


隙間などないくらい、きゅうきゅうに抱きしめると、リズがそっと囁いた。


「あ、あのね。私、アエルへのお礼は他のものにしますわ。それでね。初めての暗殺は、貴方にしてあげる」


リズが私を暗殺……。リズが、私をずっと見つめて、私の気の抜ける時をずっと考えて、私のことで頭をいっぱいにして、二人きりになるよう頭を悩ませ、油断をさせるためにいろいろなことを仕掛けてくれる。


「リズ……本当に? 本当に私を初めての相手に選んでくれるのか?」


「はい。……私、決めました。私の暗殺技術は、貴方にしか使わないって」


「え?」


「貴方が唯一の暗殺対象です。私の特技は貴方のためのもの。だから、貴方だけに使いたい」


……貴方だけ。貴方だけ。貴方だけ。


「リズ! リズ! あぁすまない! 素晴らしいよリズ! そうだな、技術がどんなものかなんて考えるのが間違っている! どんなことであろうとも、リズが存在しているだけで奇跡じゃないか! そんなリズの得意なことなんて、素晴らしくない訳がないに決まってる!」


一体、自分は何を悩んでいたというのか。リズがいるのだ。他に大切なものなんて何もないだろう。私の違和感は皆が言う通り、リズの初めてが自分でないことによる嫉妬だったのだろう。


悩みもモヤモヤもなくなり、溢れる思いのままに頬擦りする私に、リズは少し嬉しそうに、皆はやれやれといった感じで頷いてくれた。


「あぁ、楽しみだ。リズが私だけに自分の特技を披露してくれるなんて。……そうだ! リズは報告なしに私の部屋へ通れるように城に話を……」


「いけません、アル様。こればっかりは、私、一切貴方の手助けなしにやり遂げたいんです」


「そうか、それはすまない。では、手加減はなしだ」


「はい」


「暗殺未遂でも取り押さえられるぞ?」


「勿論ですわ。今はまだ拙いけれど、精進しますもの。……そうですわね、定番の初夜で、見事暗殺を成し遂げて見せますわ!」


「それを聞いてしまったからには、警備は厚くするぞ?」


「えぇ、望むところです」


「持ち物チェックも厳重にするぞ?」


「当然のことです」


「暗殺する気力すら残らぬほど滅茶苦茶に抱くぞ?」


「えぇ…………えぇー!? そ、それは、その……」


「一晩程度で収まる気がしないから、婚姻後は一週間休みを取るように交渉中だ」


その間、暗殺されぬよう、私も全力を尽くそう。それが愛するリズに対する信頼の形だ。


「あ、あの。……体力作りも精進しますから、その、乱暴なのは困ります」


真っ赤になったリズが、私にだけ聞こえるように囁く。


  激しいのも頑張りますけど、最初だけは優しくしてくださいね。


私は、無言でそっとリズを膝の上から降ろして立ち上がり、パンパンと手を叩いた。鏡を見れば、今の私はきっと無表情だろう。


「さて皆、各部の予算案の提出期限がそろそろだな」


生徒会の本来の仕事を思い出させる。


「あー……、さてと、私は文学系に確認に行こうかな」


「私は……」


各々、仕事のために退室しようとしたのに、弟が待ったをかけた。


「兄上。王族に嫁ぐ者は、汚れなき身が絶対条件です。父王にもくれぐれもと申し付かっております。従って、私は出ていきません」


「……そんなの知っているに決まっているだろう。心配せずとも結婚出来ないような事態にはならない」


「私は、エリザベート嬢を義姉上と呼び、甥や姪と遊ぶ日を楽しみにしているんです。こんなところでついうっかり資格喪失などされてはたまりません」


「それを誰より望んでいるのは私だ! 最後までなどするわけないだろう!」


当たり前だ。一時の欲のために、リズを正妃に出来ないなどという事態に何故するものか。

勿論、正妃に出来なくなったとしても、ひっそり召し上げて城の奥に閉じ込めて私以外から隔離し、子を産ませてそれを正妃の子として育てることは出来るが、やはり名前だけとはいえど、自分の横に立つ存在である妻がリズ以外になるのは嫌だ。

リズの隣を永遠に独占するためなのだから、やるはずないのだ。ただ、少しだけ、ほんの少しだけリズを可愛がりたいだけなのに、何故邪魔をされねばならない。


それなのに、弟ときたら、冷ややかな目で見てきた。


「信用なりません」


「お前、兄に向って……」


あまりの言い分に閉口する。が、続く弟の言葉に固まった。


「私は、イアナが荒い息の中、切羽詰まったような表情で『お願い、もう我慢できないの。恥かかせないで』と舌ったらずな口調で縋り付いてきたら、何もかも吹っ飛ぶ自信がありますよ」


「……」


もし、リズが、縋ってきたら……。素肌を直に押し付け抱き着いて、私の手を取り、己へと導いたとしたら……。そうして、お願いと言われたら……! あぁっ!


「因みに、公爵からは『娘が婚約解消となった際には、絶対に愛妾や側室となる未来はない。その場合は、自分の目の前で、他の男のために着飾った娘が相手の男と口付けを交わし、宴席の最中に自分以外の男に抱かれて共に退出した娘が、そう離れてはいない同じ屋敷内の一室で自分以外の男にその全てを晒して委ね、ことある毎に自分でない男に腰を抱かれながらにこやかに挨拶してくる、そんな未来となるでしょう。どちらを選ぶかは殿下次第です』と伝えるように言われたことがございます。公爵、本気でしたよ」


公爵は、とても家族想いだ。そして、そんな公爵をリズも大好きなのだ……。


「………………すまない、いてくれ、愛する弟よ」


「それが賢明かと」


出来ない。リズを失う未来だけはどうあっても許容できない。リズを想う気持ちは負ける気はないが、父親という立場をフルに活かして全力で立ちはだかってきた場合、リズに一時でも虫が着かないという保証はない。


その上、それが原因でリズに嫌われてしまったりなどしたら、どうすればいいのか分からないではないか。


私は、恋人同士のささやかな触れ合いを潔く諦め、真っ赤な顔についている瑞々しい唇に己のそれを押し付けながら、傍にいるのに何もできない甘美な地獄を堪能した。

愛が強すぎると常識に勝る、というお話。最初はまともだった?はずの王太子まで洗脳されちゃう、それが愛。


因みに、膝抱っこ、姫抱っこ、抱き着き、チュウは、王太子の中で「何か」に入りません(自分限定)。通常の挨拶と同じレベルですので。代わりに、他人(特に男)がリズを視界に入れるだけでも「何か」ちょっかい出したことにするため、そこらへんでバランス取って(?)います。



生徒会メンバーも慣れ切っているので気にしませんが、うっかり可愛いリズを見てしまうと何かと危険なので、あえて絶対に見ないように気を付けています。関心がないのではなく、関心が自分を殺すと知っているのです。流石、将来国政を担う予定の将来有望な若者たちですね。


ところで、ちょろいヒロインをチョロインと言うらしいですが、ヒーローは? チョーローだと、何か介護必要そうだし、チョローだと、お花に水やってるみたい。なので「俺はチョーロー」というタイトルは諦めました。諦めたら反対にそのタイトルが似合いそうな話が浮かんできたという。。


私は、疲れているのかもしれない……。

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