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「罪状その33――十六歳の誕生日に勇者として旅だったものの、ぼうけんのしょが消えたことに萎え、冒険をやめた罪。
償いの条件――エンディングまでクリアすること」
「罪状その38――手強いシミュレーションゲームで、気に入っていたユニットを死なせてしまい、しかもその状態でセーブデータを上書きしてしまったことに萎え、プレイをやめた罪。
償いの条件――味方ユニットを全員生存させてクリアすること」
「罪状その41――下半身が壺にハマった上半身裸のおじさんを、たったの数十分で見捨てた罪。
償いの条件――最後までゲームをクリアすること」
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「罪状その42――期待の調査団として新大陸にやってきたのに、大した調査結果を残さなかった罪。
償いの条件――古龍渡りの謎を解明すること」
その時、俺はバカでかいハンマーを両手を握り(間違えても壺おじさんが持っていたような小さなハンマーではない)、空の王者と呼ばれる火竜と睨み合っているところだった。
俺の数メートル上で滞空していた火竜が、ほんの一瞬だけ頭を後ろに引き、巨大な火の玉を吐き出してくる。それが火の玉を吐くモーションだと学んでいた俺は、先んじて横に転がっていて、余裕の回避に成功する。
そしてすかさず身を起こし、閃光を放出する玉を投げた。
空中で解き放たれた光の爆発。それに網膜を焼かれ、うめき声を上げながら墜落する火竜。混乱のただ中にいるそのモンスターの頭部に、俺は容赦なくハンマーを振り下ろしていく。一撃、二撃、三撃、四撃と叩きつけ、最後に縦回転しながら、強力な一撃をぶち込む。
すると今度はモンスターがめまいを起こした! 頭部に打撃を加えたことによる気絶状態! 混乱から気絶につながった偶然のコンボ! 俺はこのチャンスを逃すまいと、すぐさまハンマーを振り上げる。
このワールドに身を置いて、すでに三十時間以上。
始めの頃の、リアルな恐竜におびえて何もできなかった俺は、もういない。
もうやだ拠点から出たくないここで一生暮らす、とグズっていた頃の俺は、もうどこにもいないのだ!
それにしても、今回の狩猟はやけに調子がいい。秘蔵の薬は三つとも残っているし、火竜の動きも手に取るようにわかる。なんだか体が軽い。もう何も怖くない。
俺は不思議な高揚感に包まれながら、モンスターの生命を終わらすべく、渾身の一撃を叩きつける。
「死ねええええええええ!」
それは本当にとどめの一撃となった。グオオオォォンと断末魔の叫びを上げて、火竜は地面に伏し、動かなくなった。
QUEST FAILED
―クエスト失敗―
「あ」
瞬間、俺は全てを理解して、口が開いたままになった。
「フフフ、やるかなって期待してたけど、ホントに倒しちゃうとはね」
憎たらしい受付嬢の格好をしたカナタが、どこぞから現れてクスクスと笑う。
ああ、やっちまった……。今回受注したのは捕獲クエストだったのだ。つまり、モンスターを生け捕りにすることが達成の条件。なのに俺は火竜にとどめを刺してしまった。調子の良さに、ついハイになって、途中からすっかり忘れていた……。
まったく何やってんだ俺……。死ねええじゃねーよ……。
俺が膝をついてうなだれていると、カナタがたたたっと駆け寄ってきた。何事かと思って視線をやれば、キャラになり切った様子で両手をぐっと握り、言った。
「ドンマイです! 気を取り直して、次頑張りましょう、相棒!」
その直後、視界が暗転して――長いロード時間の必要もなく――俺は一人、拠点に立っていた。
「…………」
この時、俺の頭の中は複雑だった。初歩的なミスでクエストを失敗して、しかも自称相棒に煽られたばかりだというのに、嬉しい気持ちもあったのだ。
最初の頃の――今となっては懐かしさすら感じる、楽しそうに俺を煽るカナタの姿。それを見るのが、ずいぶん久しぶりのことだったから。
このところ、アイツはずっと元気がなかった。罪を宣告する時だけはしっかり喋ったが、それ以外は魂が抜けたようにぼうっとすることが多く、こっちから話しかけない限り、会話もほとんどなくなっていた。
そして俺は、その理由になんとなく察しがついていて、気まずさも感じていた。
だから俺は、受付嬢役として定位置に座っているカナタの前に立ち、意を決して言うのだ。
「なあ、カナタ。良かったらさ、お前もハンターになって、一緒に遊ばないか? お前がその気になれば、マルチプレイくらいできるんだろ?」
この世界で、俺だけがずっとゲームを遊んでいる。それが、俺がカナタに感じている気まずさであり、カナタがしょぼくれている理由だと予想した。
ゲームは見てるだけより、やったほうが圧倒的に面白い。普段ゲームを遊ばない人ならまだしも、ゲーマーであるカナタなら、絶対そう思うはずなのだ。
しかも、見ているのは俺の下手なプレイだ。名人のような巧みは技もなく、実況者のような軽快なトークもない、素人の垂れ流し配信である。そんなのを数百時間も見続けるなんて、苦行を通り越してただの拷問だ。
だから俺は、この状況に至った経緯がどうであれ、この娘を狩りに誘うのだが。
カナタは睨むように俺を見上げ、不服そうに口を開いた。
「……なんで? なんで私が一緒にやらなきゃならないの?」
「だってお前、ヒマで仕方ないだろ? 気分転換にさ、ひと狩り行こうぜ? いろんな武器振り回すの、爽快だぞ?」
俺が言うと、寄っていたカナタの眉根がさらに少し寄った。
それは言われたことが図星だった証に思えるのだが……相棒は首を振る。
「……いい、私はやらない。どうせ、そんな気遣いみたいなこと言って、ほんとは二人のほうが楽できるから、誘いたいだけなんでしょ」
「そんなことは――」
カナタが矢継ぎ早に言う。
「それにこれはユーヤ君の償いなんだから、ユーヤ君が一人でやらなきゃ意味ないんだよ」
「…………そうか」
俺は納得した振りをして、ここはひとまず頷いた。
「――じゃあ、さっきのリベンジに行ってくるよ」
消耗品を補充して、クエストを受注すると、カナタはこっちを見もせず、「ん」と一言だけ発した。
出発の合図である角笛の音色が鳴って、視界が暗転する。
一秒後、雄大な自然を前にして俺は思う。
カナタは、ユーヤ君の償いだから一人でやらなきゃ意味がないと言っていたが、その前に、私はやらないとも言っていた。できない、やれないではなく、やらないと言った。
ということは、参加自体は可能だけれど、カナタが自分で不参加を選んだということだ。しかしおそらく、やりたいという気持ちも多少はあったはず。迷っている気配は感じた。だが、意地か何かが邪魔をして、やりたいとは言えなかった。
邪魔するそれは、いったい何なのか。
カナタは何を思い、何を考えているのか。
今さらながら、俺は知りたくなった。思えば俺は、アイツのことをほとんど何も知らないのだ。
いつか絶対に心を開かせて、いろいろ聞き出してやる。
長い償いの旅を続けるにあたって、俺に一つの目標ができたのだった。