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「罪状その7――誰も殺す必要のない地下世界のRPGを、一つのエンディングを見ただけで満足した罪。
償いの条件――三つ全てのエンディングを迎えること」
「罪状その13――音楽ゲームをするためにわざわざDJ風の専用コントローラーまで買ったのに、まったく上達しないままやめた罪。
償いの条件――現在の腕前から二レベル上の曲をクリアすること」
「罪状その17――災害の起きた絶体絶命の都市から、一度も脱出できずにプレイをやめた罪。
償いの条件――ヒロインとともに生還すること」
「罪状その23――平成のゲームでナンバーワンにも選ばれた時をかけるRPGを、序盤だけ触ってやめた罪。
償いの条件――全てのエンディングを見ること」
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「罪状その28――近未来のデトロイト市が舞台となっているゲームを、期間限定で無料だったからという理由でダウンロードしたものの、プレイしなかった罪。
償いの条件――死なずに済むキャラクターを全員生存させた状態でエンディングを迎えること」
「開けろ! デトロイト市警だ!」
俺とは似ても似つかない勇ましい声が、俺の口から勝手に発せられた。
時は西暦2038年。場所はアメリカ合衆国・ミシガン州・デトロイト市。
中年の警部補とコンビを組むことになった俺は、とあるアパートの一画で事件の捜査をしているところだった。
今回の捜査は、不審な物音がするという空き部屋の確認。俺たちはその扉の前で何度か呼びかけをしてみたが、何も応答はなかった。しかし、俺が先ほどのセリフを吐いたところで、誰もいないはずの部屋から確かな物音がした。
途端、仕事モードに入った警部補が銃を構え、扉を蹴破った。ベテランらしく、慣れた動作で内部に踏み込んでいった彼のあとを追い、俺も部屋に入る。
さて。このシーンだけを見れば、二人の人間が普通に捜査をしている、よくある場面に見えるだろうが(扉を蹴破るのが普通なのかはさておき)、実は俺のほうは人間ではなかった。
人間と見分けが付かないほどそっくりな、プラスチックのロボット。高度なAIと機能をようしたアンドロイドなのだった。
この世界のアメリカでは、そういったアンドロイドが数千万体も実用化されていて、家事の手伝いから夜の手伝いまで、様々な場面で活用されていた。
しかし、人間の命令に忠実なはずのアンドロイドから、突如、独立した思考を持った“変異体”と呼ばれる個体が出現し始め、事態はアメリカ全土を巻き込んだ大事件へと発展していく。
そんな舞台で、プレイヤーはそれぞれ立場が違う三体のアンドロイドを操り、己の行動一つ一つが与える影響に振り回されながら、世界を見届けていくのだ!
と。なぜ俺がこんなに詳しいのかというと、実況動画で予習をしていたから――ではなく、実はすでに、エンディングを迎えていたからだった。
それも、なんと三回も。
まあその三回とも、グッドエンディングとはお世辞にも言えない、惨憺たる有様だったのだが……。
『カナタ、やっぱりこれ厳しくないか……? 全員生存ルートはきついって』
警部補とともに部屋の捜査を続けながら、俺は弱音を吐いた。
カナタはここにはいないが(どこかで寛いでるに違いない)、高性能なロボットという設定を意識してか、俺は頭の中で念じるだけでアイツと会話が可能だった。と言っても、リアルタイムで助言をもらえたりとか、そういう活用はされていないので、これは何のアドバンテージにもなってないのだが。
『条件、ちょっとくらい緩くなりませんか……?』
俺が懇願すると、『ふうん』というカナタの冷淡な声が脳内に返ってきた。
『それってつまり、サブキャラとか名前もないようなモブキャラは、別に死んでもいいじゃんって言ってるんだよね? ユーヤ君?』
『いや、そういう言い方はあれだけどさ……』
言い方はあれだけど、事実、そう言ってるのと変わりなかった。
だが、プレイしてみれば俺の気持ちもわかると思う。
何しろこのゲーム、人間もアンドロイドも死ぬパターンが豊富すぎるのだ。
選択肢をたった一つ間違えただけで、誰かがあっさりと死ぬし、相手を殺さないように気をつけていたら、味方が殺されたりする。銃でも死ぬし、事故でも死ぬ。なんなら自殺だってされてしまう。
中でも特に大変なのが、俺が操る主人公たちも容赦なく死ぬことだ。そしてその死因のほとんどが、QTE――クイック・タイム・イベントの最中だった。
画面に突然△や〇などが表示され、瞬時にボタンを押さなければならないというやつなのだが、怖ろしいことにカナタが用意したこの世界では、そういった表示が一切なかった。
つまり俺は、本来はボタンの入力が成功すれば、キャラが勝手にアクションしてくれるところを、自分の判断で動かなければならないのだった。いやホント、冗談きついぜ……。
しかもそれをクリアした上で、ほかのキャラも生存させなければならない。一つのミスを犯すこともなく。
それが常軌を逸するレベルで難しいから、俺は条件の緩和をお願いするのだが。
脳内に返ってきたのは、説教をするようなカナタの声だった。
『ストーリー上、必ず死んじゃうキャラは仕方ないけど、ユーヤ君次第で不幸にならずに済むキャラもいるんだよ? わざわざ開発者の人が、そういうルートを用意してくれてるの。だったら、そっちのほうがいいに決まってるでしょ?』
『まあ、その考えは理解できるけどさ……。てか、ミーシャをあんな目に遭わせたお前がそれを言うのか?』
不幸になるルートしか用意しなかった、開発者なのに?
と思ったことをそのままぶつけたら、カナタが明らかに沈黙した。
もしかして言っちゃいけないことを言ってしまったか……? と気まずさを感じながら、俺は誤魔化すように部屋内を歩き回り、捜査を続けていく。
しばらくすると、カナタのふて腐れたような声が不意に届いた。
『……私だって、あの子には悪いことしたって思ってるよ……。それにユ――』
カナタが喋り出した時、捜査はもう終盤だった。屋根裏に潜んでいたアンドロイドが、居場所を突き止められたことを察し、無理やり逃亡しようとして――そして俺とぶつかる。
その衝撃で、カナタの声が上手く把握できなかった。
『悪いカナタ、なんて言った……?』
床に倒れながら俺は訊ねた。
『…………なんでもない。いいからあいつを追いかけて』
『あ、ああ』
警部補にも同じようなことを言われ、俺は慌てて立ち上がり、追跡を開始する。
アンドロイドを追ってアパートを出て、すぐのことだった。
カナタがぼそりと言った。
『……やっぱり条件は変えられない。でも、攻略のアドバイスくらいは、してあげなくもないよ』
その妙な物言いがツンデレっぽく感じられて、自然と俺の口角は上がった。
『ああ、助かるよ』
俺は礼を告げて、何度やっても苦手な大捕り物のシーンに集中する。農場の中を駆け抜け、走る列車の上に飛び乗り、変異体のあとを追った。
そして、それから二十五時間あまりが経過して――
カナタの助けを存分に借りながらも、俺は無事、感動のフィナーレを迎えられたのだった。