5-2
俺は勝利の余韻に浸るヒマさえ与えられず、血なまぐさい舞台から、また一変。
今度は……おっと、暗闇の空間に戻ってきてる?
「罪状その3――頭が良くなると思って始めたものの、三日も続かなかった罪。
償いの条件――11連鎖以上してみせること」
罪を宣告する声はすぐ隣からだった。見れば、ソファにゆったりと腰掛けているカナタの姿が。スカートから伸ばされた細い素足は、ソファと同じ素材の肌触りが良さそうな足置きに乗せられていて、なんとも優雅な寛ぎのポーズだった。
「……お前、俺が必死こいて地べた這いずり回ってるのを、そんな格好で観戦してたのか?」
「うん? そうだよ?」
何か問題ある? とでも言いたげな顔でカナタは即答した。
まあここで、自分だけ楽してゴメンね、なんて言うやつじゃないのはわかってたけど……ホントいい御身分だよなあ。
「てか、その服は? なんでわざわざディアンドルに戻ってるんだ?」
そう言う俺だって、村人Aの姿に戻っていた。
「わざわざっていうか、この空間の衣装がデフォルトでこれに設定されてるだけだよ。あくまでこのゲームは、『忘罪のアキュムレーション』だからね。かわいいでしょ?」
座りながらも両手を腰に当て、営業的な作り笑顔で胸を張ってみせるカナタ。
俺はなんとなく否定してやりたくなったが、かわいいかわいいと過去に認めてしまっていたので(もう何時間前のことだ?)否定できなかった。
なので俺は目を逸らしつつ(主に胸から)、話題を変える。
「……あー、それより、これとこれは何なんだ?」
俺は、いつの間にやら握っていたゲームのコントローラーのようなものを掲げ、もう一つの手で24インチのモニターのようなものを指差した。
「何って、普通にコントローラーとモニターだよ。どれでもいいからボタンを押してみて?」
言われた通りボタンを押すと、モニターにタイトル画面が映し出された。
それは、ぷよぷよっとしたグミみたいなものを上に積んでいくパズルゲームだった。同色のグミが四個以上つながった時に消えるのが特徴で、消えたあと、さらに四個以上つながることで連鎖となっていく。
しかし、なるほど。
俺はコントローラーを軽く操作しながら口を開いた。
「これってつまり、ゲームの画面上に、俺が成り代わるような操作キャラがいないから、こういう実機プレイと同じ環境になったってことで、いいのか?」
「そうだね。もちろん、ユーヤ君がグミになりたいって望むなら、この画面の中で頑張って体を揺らして操作するって感じにもできるけど」
「……いや、ぜひこのままでお願いします」
即座に俺は断った。あのグミ視点になったら、どこに何を置いたのか、さっぱりわからなくなりそうだし……。
ついでにカナタは、連鎖ボイスをユーヤ君の声に差し替えることもできるよ? などと、誰が得するのかわからない提案もしてきたが、それも丁重にお断りした。モニターから出てくる自分の声なんて、俺は聞きたくない。
「じゃ、もう質問もなさそうだし、そろそろ償いを開始してよね。もう一回言っておくけど、条件は11連鎖以上することだからね」
「ああ、わかってるよ」
俺は改めてコントローラーを握り直し、モニターの前に座り込もうとして――
やめた。
「……いや、質問がもう一つあった」
「ん?」
「俺のぶんのソファって、あったりしないの?」
「うん? ないけど?」
何か問題ある? とでも言いたげな顔で、カナタは即答するのだった。
――さて、条件は11連鎖以上の達成という話だったが、俺はそれが難しいことなのか、それすらわからなかった。このゲームに対する知識が、あまりにも浅い。あるのは、適当に積み上げては運任せで消していた、小さい時の記憶だけ。
とはいえ、その頃でも7連鎖くらいはしていた記憶があった。そして俺は、その頃より何年も成長している。
だからきっと、今の俺なら11連鎖なんて時間の問題のはず――
と思っていたのだけど。
「…………」
あれれ? おかしいぞ?
一時間以上経って7連鎖すらできないんだが?
「ははーん。これ、昔と仕様が変わったな?」
「変わってねーよ。二十年以上このルールで愛されてるよ」
キツめの口調で、カナタがツッコミを入れた。
「じゃあなんで全然連鎖ができないんだ!」
「何も考えずにただ手を動かしてるだけだからでしょ……」
カナタは重いため息をついて、さらに続ける。
「あのさ、ユーヤ君。ユーヤ君は、この話知ってるかな。猿をタイプライターの前に置いて、無限にキーを叩かせる。するといつかは、猿だって傑作小説が書けるっていう話。まあ、知らなくてもいいんだけどさ。私は今、その猿を眺めてるみたいな、物悲しい気分なんだよね……」
もの凄くウンザリした感じで言われたが、カナタが言わんとすることを理解する程度の頭は俺にもあった。実際俺は、適当に高く積み上げて運任せで消す――それをくり返しているだけだったのだ。
つまり、あの頃からまるで成長していなかった……。
「それとさ、二つのボタンを使い分けるのをそろそろ覚えよう?」
今度は幼稚園児をさとすような優しい口調で、カナタが言う。
「片方のぷよを左に動かしたいなら、左のボタンを一回押せば済むのに、ユーヤ君は右のボタンしか使ってないから三回も押す必要があるでしょ? それってFPSで例えるなら、左に敵がいるのに、右回りで270度視点を動かしてるのと一緒なんだよ? 無駄でしかないよね?」
「確かに……」
例えが上手かったので俺は普通に納得してしまった。
「あと、モニターの隣に連鎖の形をいくつか表示させておくから、それを見ながら真似るところから始めてみよう? 土台って言うんだけど、下四段の形を真似して覚えていけば、それだけで6連鎖くらいは安定するからさ」
「……はい、わかりました。ありがとうございます」
なんでコイツにお礼を言っているのか、よく考えればわからないのだが、俺を成長させようという気持ちが感じられたのでつい言っていた。
ともあれ一歩前進。やっと連鎖の練習らしい練習が始まった。
――わけだけど、しかしこれが想像以上に難しかった。
形を見ながら、それと同じ形を作っていく。簡単に言うとそれだけなのだが、何せこのゲーム、欲しい色が欲しい時に来てくれないのだ! 俺はまず黄色を置きたいのに、そう思ってる時にかぎって違う色ばっかり降ってきやがるのだ!
「そういう時は、切り替えてほかの部分から置いていこう?」
カナタはそう言うが、俺が必死に考えている間もグミは容赦なく落ちてくるから、頭が全然追いつかない。やるべきことが明確になったぶん、できないのがもどかしくて仕方なかった。
だけど、人は成長するものらしい。
そして俺も、どうやらその例外ではなかった。
何百回もやり直すうちに形が脳裏に刻まれたのか。カナタが表示してくれていた画像を確認する必要がなくなり、積みも少しずつスムーズになっていった。
さらに百回以上くり返すと、俺は四回に一回のペースで7連鎖が打てるようになった。
それから間を置かずして、初の9連鎖がお出ましした。
ここまで来れば、本当に時間の問題だった。色の偏りによっては、まだまだやり直しを余儀なくされる場面もあったけれど、もうすぐ11連鎖を打てるという予感があった。
そして、良い配色に恵まれて連鎖を発動させた時、
「お」
ヒマを持て余してボクっ子魔導少女のコスプレをしていたカナタが、小さな反応を見せた。
それで俺も確信に変わる。
やっぱりこれ、11連鎖あるよな……!?
固唾を呑んで見守る中、モニター上のグミたちがテンポよく消えていく。
4連鎖、5連鎖と続いたあと、何度も練習した階段状の土台につながる。
6、7、8、9、10と、ドミノ倒しみたいに順番に消えて――最後にきっちり11の刃を刻んだところで、連鎖は終わった。
「あああぁぁぁ…………」
コントローラーをことりと置いて、俺は後ろに倒れ込んだ。思わず、栓が抜けたような息が漏れ出ていった。
綺麗な全消しにはほど遠いけれど、確かな11連鎖。それを積み上げたのが俺だということが、大げさかもしれないがちょっと信じられなかった。
「お疲れさま、ユーヤ君」
カナタが俺の顔を覗き込みながら言った。ソファに座ったままという、相変わらず澄ました態度だったが、今回だけは言葉の通りねぎらわれてるように感じた。
「お疲れさま。いや、それにしても長かった……。どのくらいかかったんだ?」
タブレットを確認したカナタが、こともなげに言う。
「ざっと八時間半ってところだね」
「八時間半……」
やってる間は気にならなかったけど、そんなにかかってたのか……。
俺もゲーム好きだとは言え、そこまで長時間、モニターに張り付き続けた経験は一度もなかった。睡眠か、食事か、トイレか、お風呂か――現実では必ず、休憩が必要になるから。
だからこれも、疲れ知らずなこの世界ならではの、ある意味貴重な経験と言えるけれど、こんなのがまだまだ百以上も待ち受けているんだと思うと、さすがに気が滅入るよなあ……。
そう思って仰向けのまま目を瞑っていたら、パチンというイヤな音が聞こえた。
条件反射で目を開けて、俺は体を起こす。もう次のゲームが始まるのかと身構えたが、しかし違った。カナタは両手を合わせただけだった。
「それじゃあ、三つ目の償いを終えたことだし、約束通り、ユーヤ君がこの世界にいる理由の説明でもしようかな」
ああ、そういえばそんな話をしてたっけ、という言葉は呑み込んだ。いかんせんいろいろ体験して、すっかり忘れていた。
俺は暗闇の中で頷き、「頼むよ」と言った。
カナタが頷き返す。注釈しておくと、俺が目を瞑っていた数秒の間に、カナタの格好はディアンドルに戻っていて、支配者の気まぐれで変態魔導師の格好をさせられていた俺も、村人に戻っていた。
そういえば、モニターとコントローラーも消えている。
「さて、その理由の説明をするにあたって、少し昔話をしようと思うんだよね」
「昔話……?」
「まあ、昔は言い過ぎたかな。ちょうど一年前の話だよ」
そう言うカナタは、ソファの上の高い視点から、地面であぐらを掻いている俺の顔を見据えていた。薄く笑みを浮かべた、けれど真剣な表情。それは、俺の反応を窺うようでもあり、嘘は通用しないと忠告するようでもあった。
「一年前、みんなでネトゲをやらなくなって久しい頃だけど、それでもたまにそのメンバーで集まって、交流してたチャットルームがあったでしょう? ユーヤ君もそのくらいは覚えてるかな?」
「……ああ、覚えてるよ」
これは嘘じゃない。
というか、この少なくない時間をゲームに費やしているうちに、俺は重大な事実を思い出していた。
カナタがそのチャットルームで、フリーゲームのURLを貼っていたこと。
ちょっと面白そうなゲームを見つけた、みたいな感じで、みんなにオススメしていたこと。
そして、俺がダウンロードしたこと。
それが『忘罪のアキュムレーション』。
『bo』という名のファイルだったのだ。
「じゃあさ、私がオススメした時、ユーヤ君がなんて返事したかは思い出せた?」
「……いや」
本当に、思い出せなかった。
「そっか」
別に期待してなかったというような、冷ややかな反応だった。それがそのまんま笑みになったような表情で、カナタが言う。
「私はその時、忘罪の読みも、アキュムレーションの意味も教えてたんだよ。ちなみにアキュムレーションの意味は蓄積。そしてユーヤ君の返事は、おー、面白そうじゃん。今度プレイしてみるよ――だったんだよ」
「……けど、そんなこと言っておきながら、俺はやらなかった。一年も放置して、しまいには忘れた。だから、お前の怒りを買ったってことか……」
俺はそう納得した。
それだけでこんな世界に閉じ込められるのは、割りに合わないと言わざるを得ないけれど、それでも俺の裏切りには違いない。脳内では、ミーシャの「うそつき」という憎悪の声が再生されていた。
しかし、ここぞとばかりに非難の言葉を浴びせてくると思ったカナタは、
「まあ、それがすべてってわけでもないんだけどね」
俺のほうを見もせず、どこか投げやりな感じで静かに言うのだった。
「……?」
「……」
なんだか微妙な空気だ。と、そう思ったのはカナタも同じらしい。
「はい、これで話は終わり」
と強制的に区切りをつけてきた。
「ユーヤ君の償いの旅はまだまだ序盤だよ。せいぜい頑張るんだね」
調子よく偉そうに言って、カナタが指をパチンと鳴らす。
すると今度は、俺の手元にスマホらしきものが――
いや、どう見てもスマホだこれ。
「罪状その4――チュートリアルと無料ガチャだけやって世界を見放した罪。
償いの条件――スキップを使わずにストーリーを十章まで読み進めること。
ユーヤ君はいろんなソシャゲにも手を出してたからね。今後はほかの償いと同時に、それでソシャゲもプレイしてもらうよ」
「マジかよ……」
ゲームをやりながらゲームをやるとか……いやまあ、リアルの俺も少なからずやってたことだけど、まさかこの世界でもスマホをいじることになるとは……。
ああ、でもなんか落ち着く。
「じゃあ、続いて罪状その5――」
再度、指パッチンを構えるカナタ。
現在、まだたったの3/136。
俺の長い長い償いの旅は、ここから本格的に進んでいく――。