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5-1

「これ、マジでやるしかないのか……?」

 当然のように生き返った俺は、無慈悲に流れ始めるBGMを耳にしながら、そうつぶやいた。


 億劫な気持ちで右のほうに視線をやると、無言でジェスチャーをしているカナタの姿が。片手を拡声器みたいに口元にあてて、もう片方の手で俺の前方を指差していた。衣装も椅子も豪華な王族風なのに、ポーズは子供の運動会で応援をする保護者そのものだった。


 つまり、俺は馬鹿にされているわけだが(喋れるのにあえて無言でやってるのも含めて)、ひとまず、カナタが指差した前方に注意を向けた。


 さっき俺を踏みつけた犯人――クリの化け物が、こちらに側面を向けながらトコトコと近づいてきていた。大きな茶色の体は、壁とガラスの間にぎっしり詰まっていて、横には避けられそうにない。だから俺は、タイミングを見計らって両足で地面を蹴った。


 プーンというあのSEが鳴って、想像以上に高いジャンプに驚きつつも、なんとか空中で体勢を立て直し、化け物を踏みつける。すると、クリは面白いほど平らにへこんで、一秒もしないうちにその場から消滅した。


「お見事」

 パチパチパチと、カナタが小馬鹿にするような拍手を送ってくる。

「ちなみにだけどさ、クリボーって、クリじゃなくてシイタケがモチーフなんだよね。まあ、ユーヤ君ならそのくらい知ってたと思うけど」


「……もちろん知ってたさ」

「だよね。うんうん」

 視界の端にはニヤリと笑うお姫様が映っていたが、それは見なかったことにして――敵を排除して余裕ができた俺は、壁の絵に注目した。


 もしやと思い、グーで軽く叩いてみる。しかしそれで得られた感触は、地下駐車場のコンクリートの壁のような、絶望的な重量感だった。上を見ると、左右の壁とガラスは遥か高くまで続いていて、背後も当然、透明なガラスで蓋をされていた。


「…………」

 どうやらマジで、俺に許されているのは、クリアを目指して前に進むことだけらしい。


 気持ちは依然として乗ってこないし、何より実験台にされたマウスみたいで気分も悪かったけれど、現状、進むしか選択肢がない。

 俺が極度のイケメンで、巧みな話術も持ち得ていたなら――あるいは、ここからカナタを懐柔するなんて芸当ができたかもしれないが、両方違うのだからクリアを目指すしかない。


 だったら――さっさとクリアしてしまおう。


 そう結論付けた俺は、まず動くことにした。

 新しいゲームを始める時は(こんな昭和に発売されたゲームをして言うのもなんだけど)、操作方法の確認が一番大事だ。今回はタイムアップでも構わない。俺はダッシュの速度感を覚え、身長の二倍以上も飛ぶジャンプに体を慣らし、ブロックに頭をぶつける練習をくり返した。


 そうやって体を動かすうちに、気持ちが段々と落ち着いてきて、そして一つ納得する。

 最近になって、昔のゲーム機のタイトルをいくつか収録した、ベストコレクション的な機器が発売されているけれど、俺がこのゲームをプレイしたのはもっと前――たぶん小学生か、もしかしたら園児だった頃だ。


 オヤジが大切に保管していた、自慢のレトロゲーコレクション。ファミコン、スーファミ、ゲームボーイに、初代プレイステーション。挙げていけばキリがないが、その全てのハードを俺は触っていた。そして、興味本位でいろんなソフトに手を出しては、ちょっとでも難しいと感じるたびに取っ替え引っ替えしていたのだ。


 ……そりゃあ、カナタが言う忘罪とやらが百以上あるのも、頷ける話だった。


 同時に、少し出てきたやる気が、また削がれていくのを感じた。昔のゲームほど得てして不親切な作りで、難易度も理不尽なものが多いのだから。

 しかもそれを、ネットの攻略情報も見ずにやらないとなのか……。


「なあカナタ、質問なんだが」

「んー?」


 と、やけに間延びした返答。見ればこのお姫様、いつの間にか三人掛けに変化してるソファの上で、うつ伏せになって寝っ転がっていやがった。

 ドレスにしわができるのも気にせず、柔らかそうな赤白キノコのクッションを、柔らかそうな二つのソレを押し付けるようにして抱いていた。


「……えっと、これって俺がゲームで詰んだりした場合、お前からヒントをもらえたりするのか?」

「あー、どうだろうねー。そこはまあ、私の気分次第かなー? 見ててじれったくなったら言うかもー」

 のんびりパタパタと膝を交互に曲げながら、カナタは気だるそうに言った。


 コイツ……まったくいい身分だぜ。


「じゃあ、もう一つ。ワープ土管を使うのって、アリか?」

 残機が尽きれば容赦なく1-1からの再スタートとなるこのゲーム。その難易度が大幅に楽になるショートカット、ワープ土管の使用についてカナタは答えてくれなかったが、償いの条件は姫のもとに辿り着くことだったので、俺も容赦なく使うことに決めた。


 この存在をもっと昔に知っていれば(オヤジが教えてくれていれば)、当時のユーヤ君だってクリアできたに違いないのだが……ともあれ。

 操作確認を終えた俺は、ようやく攻略を開始した。


 クリ、もといシイタケの化け物を何匹も踏み潰し、火の玉を敵に投げつけ、殻を背負いし者どもを蹴り飛ばしては、谷底に落ちていく浮遊感を味わい、水中でも何食わぬ顔で息をして、大砲の直撃を食らいつつもキノコを食べて命をつなぎ、かと思えば溶岩に足を滑らせたり、炎の棒に焼かれたり。


 残酷な表現こそないものの、死んでは生き返ってを幾度もくり返して――。


 ようやく俺は、炎を吐きながら狂ったようにハンマーを投げてくる亀の親玉を、その背後にある斧に触れると足場が崩れるという謎のギミックを駆使して溶岩に突き落とし、本当のお姫様のもとに辿り着いたのだった。


          THANK YOU YUUYA!


 ファンファーレとともに壁に浮き出てきた、身も蓋もない感謝のメッセージ。

 俺がそれに気を取られてるうちに、目の前のお姫様が別人に変わっていた。


「まずは一つ目の償い、お疲れさまー」

「……座りっぱなしだと体に悪いぞ」

 お上品にもソファごと現れやがったカナタに何か言ってやりたくて、俺は忠告を入れてみた。

 しかしお姫様は座ったまま、平民の気遣いなどいらないというように笑った。

「だいじょーぶ。体の心配なんてこの世界ではノーセンキューだよ。お腹が減って動けなくなったり、眠たくなることも、目が疲れることもない。何時間経とうともね。だからユーヤ君は、安心して償いに集中できるよ」


「……ふうん」

 それが嬉しい情報だとはまるで思えなくて、俺は適当な言葉を返した。


 そこで唐突に、カナタが何ない空間に向かって手を伸ばした。黒いカーテンの隙間に手を差し込んだみたいに、手首から先が一度消える。

 そして抜き出された時には、タブレットPCらしきものが握られていた。


 四次元ポケットかよ! とツッコむ元気は、今の俺には残っておらず。

 さておき、それを興味深そうに見たカナタが口を開いた。

「ふむふむ。プレイ時間:4時間52分。死んだ回数:82回かあ。卑怯な技を使った割に、結構かかったし結構死んだね」


「……そりゃあ、画面の前でプレイしてるのとは全然違うし、仕方ないだろ」

 俺はぼやいた。やった身からすれば、あんなのはテレビゲームじゃない。ただのSASUKEだ。


 さらに言わせてもらうとだ。さっきコイツは「安心して償いに集中できるよー」なんて抜かしていたが、俺にとって一番の難敵が、

「嘘ぉ、そこで死ぬ人、初めて見たー」

 とか、

「何回同じミスしてんの?」

 とか言って煽ってきたり、

「ワープ土管があるのって、確か次のステージだよ」

 なんて取り返しのつかない嘘を平気で吐いてくる、このお姫様だったのだが。


「ま、実機プレイとは違うか。うん、じゃあ、ユーヤ君は頑張ったほうかもね」

 口元に人差し指を当てたカナタは、どうでも良さそうな感じでそう言うと、

「でも先はまだまだ長いし、さっそく次行ってみようか!」

 至極お気楽な調子で、指パッチンの構えを見せた。


「いや、マジでか……?」

 せめて五分くらい休憩を――そんな口答えをする間もなく。

「うん、マジだよっ!」

 パチンと小気味いい音が鳴らされた。



 直後――アニメチックだったカラフルな世界が、むさ苦しいリアルな人ごみの中へと変貌した。


 映画館の椅子のようなものが向かい合って列になっていて、そこに大勢の人間がずらりと並んでいる。列と列は足がぶつかりそうなほど近距離で、座っている全員が無表情のうつむき加減という、異様な光景。


 まるで、高所恐怖症の人たちが、強制的に絶叫マシーンに乗せられたみたいな、陰鬱で殺伐とした気配……というか、さっきから音がうるさ過ぎて耳がいかれそうなんだが、いったいコレ、なんのゲームだ……?


『罪状その2――』


 ブウウウンとずっと鳴り響いている音をすり抜けて、無線機越しのようなカナタの声が、しかし明瞭に聞こえてきた。

『周りで流行ってるからという理由で買ったものの、一勝もしないままやめた罪。償いの条件――ソロモードで一勝すること』


 カナタが言い終わると同時。俺の体がいきなり空中に放り出された。

 なるほどね。

「これ、バトルロイヤルゲームだあああああぁぁぁぁ――――――――」

 百の人間が輸送機から降下していく中、俺の絶叫はむなしく風にかき消されていった。



 FPS――簡単に言うと銃で人と撃ち合うゲームだが、ぶっちゃけ俺は苦手意識が強かった。

 というのも、倒してきた相手が俺の死体をやたらと撃ったり、倒した直後に屈伸をくり返すといった煽り行為をしてくるプレイヤーが多くて(少なくとも俺は多いと感じて)、嫌気が差してやめてしまったのだ。


 そんな、普段FPSをやってない人でも、どういうわけかやってみようと思ってしまうのが、このバトルロイヤル形式のFPSであり、かく言う俺もその一人だった。


 ルールは単純明快で、広大な島に百人のプレイヤーが放たれ、そこで最後の一人になれば勝ちとなる。ただまあ、普段からやっていない俺がそう簡単に勝てるはずもなく、結局すぐにやめたんだけど……。


「そ、そういえばカナタ、俺以外の敵ってどうなってるんだ? ボットか?」


 そこかしこから銃声や爆発音が聞こえる、地獄の戦場。虫が這いずり回る建物内の隅っこで、俺は震えながら訊ねた。一応、手には銃を持っているが、当てる自信はまったくない。トリガーを引けるかすら怪しい。


『ううん、ボットじゃなくて肉入りだよ。オンライン上にいる全世界のプレイヤーが、キミを待ち受けてるよ』

 カナタは平然と言った。


 お前の世界、ホントになんでもアリだな……。

 オペレーターぶって、わざわざ無線機ふうに会話してくるところも含めて。


 ちなみに、ボットとはAIが勝手に動かすキャラのことで、肉入りとはちゃんとプレイヤーが操っているキャラのことなのだが――これは良くない情報だった。

 サービス開始直後なら初心者も多いだろうけど、このバトロワゲーはかなり成熟している。今もなおプレイしているのは、大半が“やってる”連中ばかり。やってない俺じゃ、正直まるで歯が立たないだろう。


「おうちに帰りたい……」

 試合開始からまだ五分足らずで、俺は実際の戦地に赴いた兵士よろしく、ホームシックに陥っていた。

 ああ、早くお家に帰って、母さんが作った温かいカツ丼が食べたい……。


『あー。残念だけど、帰れるのは輸送機の中みたいだね』

 ちっとも残念そうじゃない声が耳に届いた時、俺は建物に入ってきた人間と目が合った。


「あっ、どうも――」

 戦場ではあいさつなど通用しない。俺がそのことを知ったのは、ショットガンで頭を吹き飛ばされたあとでしたとさ。



 カットだ!

 その後の二十二回のラウンドは、取れ高がまったくなかった。マジで見どころが皆無。ただ隠れんぼをして、敵にバレて、何もできずに死ぬ。ウソ偽りなく、本当にその連続だった。俺は、うわー、とか、ひー、しか言ってなかった。


 そのたびにカナタから、

『遮蔽物から体出し過ぎ。それじゃ当てられて当然だよ』

『もっと足音聞いて? その耳は何のためについてるの?』

『なんで高台から降りたの? ユーヤ君は高さイズパワーって言葉知らないの?』

 などの、ありがたいお言葉をいただくハメになった。


 しかし、場面変わって現在。俺は初めてのチャンスを迎えていた。戦場に生える草になりきりながら、心臓の鼓動が敵に聞こえてしまうんじゃないかってくらいドキドキしながら、『生存3』の数字を見ていた。


 『生存3』というのは、俺以外に生き残ってるプレイヤーがあと二人しかいないということだ。


 フィールドは、電磁パルスによってかなり狭くなっていた。この範囲内のどの辺に敵がいるのか、いまだに把握できてないけれど、もし先にその二人がやり合ってくれたなら。そして、その戦闘で消耗した直後なら。

 俺でもきっと、撃ち勝てる可能性があるはず……!


 だから神経を研ぎ澄ませるのだ、ユーヤ! 微かな音も聞き逃すな! 銃声が聞こえたらまずは位置を把握しろ! そして慎重に近づけ! 攻撃に出るタイミングを間違えるな! いいな! 集中しろ、ユーヤ!


               『マッチ終了』


 なんだこの文字は! こんな時に視界の邪魔をするんじゃない! 俺は未だかつてないほど試合に集中しているというのに!!


『……いや、試合ならたった今終わったじゃん。ユーヤ君』

 不意にカナタの呆れた声が聞こえた。この大事な試合の終盤に!!


「って、は? 試合が終わった……? あ! 騙そうたって、そうはいかないぜ。残念だったな、カナタ」

『残念なのはユーヤ君だよ。最後の二人がやり合ってた時もぼうっとしてたし』

「え? やり合ってた? 銃声してた?」


『……はあ。どうせ緊張してたかパニクってたかで気づかなかったんでしょ。最後の二人は、ユーヤ君から少し離れたところで撃ち合いを始めて、勝ったほうも置き土産のグレネードでやられて、相打ちになったんだよ』

 なにかと意地悪なカナタが、親切に状況を説明してくれた。自分を鼓舞するのに必死で微動だにしなかった俺は、よっぽどマヌケに映ってたらしい。


 確かに視界には『勝った! 勝った! #1』の文字があった。


『あーあ。0キル勝利とかただのやらせでしょ。なんの自慢にもなんないよ』

 不満たらたらにカナタが言う。

 それでも俺にとってはバトロワゲーで初めての一位だし、なんだかんだ嬉しいのだが……。共感してくれる相手がいないってのは、やっぱつれえわ……。


『はい、じゃあ次ね、次』

 流れ作業の処理をするようなカナタの声。

 その直後、パチンと一発、世界転換の音が鳴らされるのだった。

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