エピローグ
あれから、いろいろなことがあった。
まず驚いたのが、俺はあの世界に1983時間も滞在していたということ。
だけど、現実に戻った俺が最初に耳にしたのは、スマホのヴーという振動音で、つまりリアルでは一秒も進んでいなかったこと。
カナタとすぐに連絡を取って、朝まで通話をしたこと。
早起きのオヤジと洗面台で出くわし、俺が「彼女ができたかもしれない」と告げると、「ゲームのやり過ぎでリアルと区別が付かなくなったのか……?」と正気を疑われたことなど。
結局、あの世界は何だったのか?
その問いについては、カナタも良くわかっていないようだった。リアルで人智を超える力を持っていたとか、ヤバい黒魔術に手を出していたとか、そういうのはないらしい。ただ、あのゲームを制作してる間、現実から逃げたいと何度も願った、とは言っていた。だから、そんな悲痛な願いが生んだ悲しい奇跡――というのが、落としどころじゃないだろうか。まあ俺は、運命の赤い糸が結んだ素敵な奇跡、と、それで勝手に納得しているけれど。
それから日を改め、俺は両親にカナタのことを話した。真実を言うとまた正気を疑われる危険があったため、カナタとは過去にネットで知り合っていて、俺が相談を受けたという、虚実入り混じった内容にした。
ウチの親の反応は、予想通り、相手の両親とその子がいいのであれば歓迎する、というものだった。
カナタと親とも、ウチの親を交えて話をしたが、こちらも予想通り、子を預けて迷惑ではないかと心配する素振りはあったものの、そうしてくれれば助かるという感じが見え隠れしていた。
結果、話は滞りなく進んで――俺の高校卒業よりもだいぶ早く、カナタは我が家に移り住むことになった。
その出迎えとして、現在、俺は一人、電動の車いすに乗って駅前までやってきているところだった。
夏の日差しを浴びすぎないよう、そして道行く人の邪魔にならないよう、通路脇の日陰で、じっとカナタの到着を待つ。車いすに乗っていると目立って仕方がないが、こういう待ち合わせの時はわかりやすくて便利だった。
カナタとは、あの日から毎晩通話をしていた。その主な内容は、俺たちらしくゲームについて。ただし、楽しい雑談ではなく、真剣な相談だったが。
「あの子が幸せになれるルートを作りたいから、力を貸してほしいの」
カナタにそんなことを言われて、嬉しくないわけがなかった。俺は、もちろんだいくらでも貸してやる任せろと即断し、一緒に頭を捻った。
無論、ミーシャを救うという話作りは簡単にはいかなかった。それでも俺たちは、何日もかけて解決案を見い出した。しかしそれは、ゲーム作りの始まりに過ぎず、やるべき作業は山積みだった。俺は絵が上手くなりたいと思って買っていた、埃がかぶったペンタブを手に取り、日々、ドット絵などの素材作りに精を出した。
『真・忘罪のアキュムレーション』は、実はまだ完成には至っていない。まだまだこれからで、でも着実に一歩ずつ進んでいる――。
「こんにちは。ユーヤ君、だよね」
涼やかで、弾んだ声。その声がしたほうを見れば、俺のすぐ横に女の子がいた。
白い清楚なワンピースに、麦わら帽子を被った、端的に言ってめちゃくちゃかわいい女の子だった。定番すぎて、逆に度胸が必要そうなその組み合わせも、見事な絵になっていて、俺には眩しいくらいだった。
だが、俺は目を逸らさない。真っ直ぐ見つめ返し、笑われることを覚悟しつつ、考えていたセリフを精一杯、格好つけて言う。
「こんにちは。俺の街へ――いや、俺の世界へようこそ。カナタ」
カナタは一瞬ぽかんとしたが、クスクスとおかしそうに笑った。
「じゃあ、いろいろ案内してもらわないとね」
「ああ、任せとけ」
大きな荷物はトラックで運ばれるから、カナタは小さな手提げバッグしか持っていなかった。それを俺の膝の上に預かり、車いすの説明を簡単にして、ハンドルをカナタに任せた。
そして俺たちは、眩しい夏の日差しの中を、ゆっくりと進んでいく。
俺たちはまだまだこれからで、少しずつ成長していかなければならない。だから遊んでばかりもいられず、ゲームのプレイだってほどほどにしなければならないのだが……ここしばらくは、大目に見てほしい。
馬鹿に思えるかもしれないけれど、俺たちは一緒にリバサガをプレイするのを、今日の今日まで楽しみにしていたのだから。
目標はもちろん、トロフィーのコンプリートだ。
難しいその目標も、二人ならきっと楽しい時間になるだろう。