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「罪状その48――都道府県にまつわる怪談を延々と聞かされるだけのゲームを、クソゲーと知りながら買っておいて、一切プレイしなかった罪。
償いの条件――エンディングを見ること」
「罪状その53――壁や床にワープの穴を開けながら進むアクションパズルゲームを、友達とマルチプレイするつもりで買ったものの、2と勘違いしてたことを知ってプレイしなかった罪。
償いの条件――テストを全てクリアしてエンディングを迎えること」
「罪状その59――ミトコンドリアを題材にしたホラー小説が元ネタのゲームを、ビクビクしながらプレイしていたものの、犬が化け物に変身するムービーが怖すぎて断念した罪。
償いの条件――真エンディングを見ること」
「罪状その62――童心に返ってなつやすみを満喫するゲームでプレイ中に寝落ちをくり返し、ついにはゲームを起動しなくなった罪。
償いの条件――いずれかのエンディングを見ること」
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「罪状その68――牧場が舞台のゲームを父親からプレゼントされたものの、気分が乗らずにすぐプレイをやめた罪。
償いの条件――1人の女性と結ばれること」
その農業は、現実のものに比べてあまりにも簡単だった。
ワンボタンで土を耕し、季節にあった種をまき、あとは水やりさえ忘れなければ数日で収穫できるようになる。病気や害虫の心配もなく、収穫した作物はボックスに入れておくだけで勝手にお金になるし、なんなら妖精さんが作業を手伝ってくれたりもする。
無論、それがゲームなのだと俺も理解している。そういった、現実ではありえない便利さとクリーンさで誰でも気軽に楽しめるのが、ゲームのいいところなのだ。
だけど当時小学生だった俺は、両親の手伝いもしていた俺は、こんなの農業じゃないと受け入れられなかった。
……まあ、気が乗らなかった理由はそれだけじゃないのだが――
さておき、農業に精を出しながら、町のかわいい女の子たちと関係を深めていくこの世界。それは、農業の道に進むと決めた現在の俺にとって、まさに理想とする世界だった。
しかし、この理想のゲームにも問題はあった。
それが、俺の住居の壁に背もたれて座っている、亡霊みたいなあの存在だ。
カナタは、依然として元気がないままだった。それどころか、俺が声をかけても無視されることが多くなった。どうやら、心を開かせようと話しかけまくったのが仇となったらしい。
デフォルトであるディアンドル姿も、この世界観に似合ってはいるが、それはゲームに合わせたというより、単に衣装チェンジを楽しむ気力すら失ってしまった結果に思えた。
ああ、さっき問題なんて言い方をしたけれど、俺は決して、アイツを邪魔者扱いしてるわけじゃない。元気になってくれるのであれば、むしろそこにいて欲しいとすら思っている。
ただ、現実問題として、町に出て女の子たちと楽しい会話をしていても、虚ろな目をしたカナタの姿が脳裏によぎってしまうのだ。
女の子と仲良くなることが、この償いのために必要な行為だとわかっていても、俺はこんなことしてていいのだろうか? という気分になるのだった。
そんなことを考えながら、俺は収穫物をカゴに入れていく。
横目でちらりとカナタのほうを確認するが、いやほんと、魔晄中毒にやられた金髪の主人公かよってくらいの虚ろっぷりだ。あの主人公は確か、精神世界で本来の自分を認めたことで回復したけれど、コイツはどうすれば元気を取り戻してくれるのだろうか?
そんなことを考えるうちに、俺の手は止まっていて――
そして気づけば、カナタがこっちを見ていた。
俺と目が合っている……わけではなく、俺が持っているリンゴを見ている……?
何にせよ、久しぶりの反応だ。俺は作業を中断させて、首のストレッチをしたりして何気なさを装いつつ、慎重にカナタに近づいていった。人間におびえる小動物を相手にしてるみたいだったが、実際、今のカナタはそういう弱々しさがあった。
「――食べるか?」
押しつけがましくならないよう、注意しながらそう言って、俺はカナタの視線の先に両手を差し出した。
片手に一個ずつ握られた、二つのリンゴ。好きなほうを選んでいいという意味と、俺のぶんもあるから遠慮はいらないという意味。
しかし、カナタは手を伸ばさず、返事もせず、視線もそらしてしまう。
それでも俺は、辛抱強く手を差し出し続けた。
そして二十秒近くが経過して――ようやくカナタは観念したように手を伸ばし、やや大きいほうのリンゴを取った。
よしよし……なんとか一段階目はクリアー。まったく手間のかかるやつだな、と懐かしく思いながら、俺は少し離れた草むらに腰を下ろした。
赤い果実を手のひらでこすり、ひとくちかじるカナタ。真似して、俺もひとくちかじる。この世界のリンゴを食べるのは、初めてじゃなかったが、やっぱりウチで作ってるやつのほうが百倍おいしかった。
カナタはというと、特段、ウマそうでもマズそうでもなく、黙々と口を動かしていた。さらにふたくち、みくちとかじりつき、ひと息ついたように見えたところで俺は訊ねた。
「リンゴ、好きなのか?」
「………………ん」
風がわずかにでも吹いていたら聞き逃してしまいそうなくらい小さな声だったが、カナタは確かに返事をした。たぶん、肯定の意。
これはチャンスだと思い、俺は会話を続行する。
「あー、なあカナタ。ちょっと気になったことがあるんだけど、質問いいか?」
「………………」
カナタは欠けたリンゴに視線を落としたままだった。
その無言も、きっと肯定だと無理やり解釈して、俺は話し続ける。
「……えっとさ、俺たちが一緒にやってたMMO、あるだろ? あれって俺、サブクエストとかほとんどやってなかったんだけど、もしかしてあのゲームもこの償いの中に入ってるのかなー、なんて……」
「………………………………」
カナタは欠けたリンゴに視線を落としたままだった。
さて、この無言はどう解釈したものだろうか……。
えーと、そうだ。これはきっと答えていいのか迷ってるだけなのだ。ここで先に言っちゃうと、今後のネタバレになっちゃうしな。
いやはや、共通の話題ならワンチャン話が弾むかも、と目論んでの質問だったけれど、これは俺が浅はかだった。結果として、まるでガン無視してるみたいなポーカーフェイスを、カナタに強要させてしまったのだから――
「……ないよ」
唐突に、質問から何テンポも遅れて、カナタがつぶやいた。それから、見つめるリンゴを片手でゆっくりと回転させつつ、独りごとのように言う。
「あのゲームは、入ってないよ。だってメインストーリー、みんなでクリアーしたから」
「……ああ、そうだった。そうだったな」
俺は驚きながらも、この機を逃すまいと慌てて話を続行させる。
「……いや、さ。もしあれが入ってたらって思うと、戦々恐々だったんだよ。償いの条件で、全職業のレベルカンストしろとか、全マップの踏破率を百パーセントにしろとか、平気でありそうだからさ。でも……そうか、入ってなかったか」
「私はやったけどね」
「……え?」
「みんながいなくなったあと、全職業のレベルをカンストさせたし、全マップ埋めきったし、クエストも全部終わらせて、それでやめた。私は新しいゲームを始めたら、実績とかトロフィーをコンプリートするまではプレイを続けるから」
カナタは得意げでも誇らしげでもなく、「寝る前には歯を磨くから」みたいに、当たり前のことのように言った。
「そりゃあ…………凄いな」
しんどそうだな、という本音は呑み込んだ。
初めて聞けた、カナタの内心らしきもの。さすが、他人の半端なプレイを罪だと断じてきただけはあるけれど、それはなかなか、難儀な性格のように思う。
……いや、しんどそうというか、実際しんどいことも多いのだろう。それは今のカナタを見れば一目瞭然だった。
指定された様々な条件を、ゲーム中に達成することで得られるトロフィー。それをコンプリートしようと思えば、普通にクリアするまでにかかる時間の、少なくとも二倍は必要になる。ゲームによっては三倍でも四倍でも足りないくらい、難しい条件を提示されることだってあるだろう。
だけどコイツは、その条件がどんなにきつくても、きっとやり遂げるのだ。苦行としか言えない作業の連続でも、心を無にしてやり続けるのだ。
そしてコイツは、それがどんなにつらいことでも、きっと自分からつらいなどとは言い出さないのだ。そのプレイスタイルに至ったのには、何かカナタなりの大事な理由があるのだろうから――。
「なあ、なんでお前、そんなにゲームを途中放棄することが許せないんだ……?」
勇気を出して、俺はその核心に触れてみた。それがわかれば、俺でも何か、力になれるかもしれないから。
「……言いたくない」
だが、カナタは頑なに拒否した。あからさまに俺から顔を背けて。
「…………」
俺は悔しかった。
確かに、発端には俺の裏切りがあって、カナタの怒りを買ったのかもしれない。しかしそれにしても、まるで信頼関係を築けずにいる。
この世界の女の子なら、好きな物をプレゼントするだけで友好度が上がるのに、すでに何百時間もともに過ごしてきた俺たちは、いまだ友好的ですらない。
これまでいろんな世界を一緒に巡ってきた相棒が、こんなにもつらそうだから、俺は何か助けになりたいのに、カナタは助けを必要としてくれない。
それが悔しくて、諦めきれなくて、だから俺はもう一度思いをぶつける。
「……言いたくないじゃなくてさ、頼むから教えてくれないか? お前、かなり無理してるんだろ? 俺にできることがあったら力になるから……なんでも言ってくれよ」
それでも思いは届かなかった。
カナタはそっぽを向いたまま、不機嫌そうな声で言った。
「何もないよ。ユーヤ君にできるのは償いの旅を進めることだけ。私は別に無理してないし、そもそも私のことなんてユーヤ君が気にすることじゃない」
「いや、気にするに決まってるだろ!」
俺は地面に拳を振り下ろして、柄にもなく声を荒らげた。
「無理してないって言うなら、最初の頃の楽しそうなお前はどこいったんだよ! ここ最近ずっと元気ないじゃんか! 黙って寒さに耐えて、震えたいのにそれすら我慢してるみたいにしんどそうで……。ゲームの数だって、まだ半分も残ってるんだぞ……? なのに、もうそんなボロボロで……。お前のそんな姿、俺は見てられないんだよ!!」
言い切って、何度か荒い呼吸をして、俺は唾を飲み込んだ。
少しだけ興奮が落ち着いて、だけど消化しきれないモヤモヤに口を尖らせた時、カナタがゆっくりと振り向いた。
無表情――だが、その中に微かな悲しみを見つけて、今度は息を呑む。
見てられない――俺のその言葉が決定打となった。
「わかった」
カナタは短く言って、ふっと、音もなく消えた。
小さな歯型のついたリンゴが、カナタがいたことを主張するように転がる。
「――――――」
そしてそれ以降、カナタの姿を見ることはなかった。