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「ユーヤ。明日、昼前と夕方なら車出せるけど、誰かと遊ぶ予定でも立てたら?」

 夕食後のデザートに出された甘いリンゴを食べ終えて、さて自分の部屋に戻ろうかと思った時だ。食器の片づけをしていた母さんが唐突に言った。


 俺の家は“ド”がつくほどの田舎にある。周囲はどこを見ても山と畑だらけで、高校に行くにも街に遊びに行くにも、少ない路線バスか親の車に頼らざるを得ない状況だった。

 なので、わざわざ足を用意してくれるという提案はとてもありがたい話である。たとえ母さんの本音が、せっかくの休日なんだから引きこもってばかりいないで外に出なさい――だったとしても。


 しかし今回だけは、

「あー、明日は大事な予定がすでにあるんだ。だからお構いなく」

 丁重に断らせてもらった。


 そこへ、爪楊枝でツーツー歯の掃除をしていたオヤジが、ニヤリと言う。

「はっ。大事な予定とか言って、どうせリバサガだろ?」

 俺は親指を立て、ニヤリとしながら肯定する。

「もちろん」


 リバサガとは、世界中で愛され続けている日本製のRPG――サーガシリーズの最新作である『リバイバルサーガ』のことだ。

 タイトルが正式に発表されたのは、なんと四年前。発売延期が幾たびも重なり、サーガシリーズは前作で終わった! なんてささやく人もいたけれど、それが明日になればプレイできる。

 待たされた期間が長かったぶん、俺の期待は今にもはち切れそうだった。


「そういうわけで俺はもう寝るから。おやすみー」

「もう寝るの? まだ八時にもなってないのに?」

 不思議そうな母さんに対して、説明をしたのはオヤジだった。

「最近のゲームは、発売日が来た瞬間遊べるようになるんだよ。だからコイツは、日付が変わる直前まで寝だめするつもりなのさ。――おい、ユーヤ。リバサガは俺もやるつもりだからな。スタダ決めたからってドヤ顔でネタバレすんのだけは勘弁しろよ?」


 汚い爪楊枝をこっちに向けるなよ、と思いながら、俺は言い返す。

「わかってるって。ネタバレとプレイスタイルの押しつけは厳禁、だろ?」

「うむ。わかってるならよろしい」

 俺の返答に満足したように、オヤジは歯の手入れに戻った。


 オヤジの本業は農家だ。年齢も四十をゆうに超えている。というと似つかわしくないかもしれないけれど、オヤジは自他ともに認めるゲーム好きだった。

 家には俺が生まれる以前に発売されたゲーム機も、起動可能な状態で置かれていて、俺も物心ついた頃から触っていた。だからゲームという存在は、もはや俺にとって欠かせない生活の一部となっている。


「まったくこの親子は……」

 一方、母さんはあまりゲームをやらない。ドラマや医学番組を見るほうが好きなタイプだ。たまに三人でパーティゲームをやることはあるけれど、上手くはない。

 そのくせ、俺とオヤジが見え見えの手加減をすると機嫌が悪くなるから厄介なのだった。


「あ、ユーヤ。寝るならちゃんと歯を磨いてから寝なさいよ」

「はーい」

 言われずとも歯磨きくらいするつもりだったが、仲間外れにされた母さんがなんだか可哀想だったので俺は素直に頷いた。


「ゲームもいいが、高校生のうちに彼女の一人でも作れよー」

「はいはい」

 本気度のわからないオヤジの小言を聞き流して、俺は廊下に向かう。


 そして扉に手をかけた時、背中にもう一つ声がかかった。

「それと、ユーヤ。遊びに出かけないんだったら、昼間の作業にも少し顔出せよ。今から学んどいて損はないからな」

「――わかった。じゃあ、おやすみ」

「おう、おやすみ」「おやすみなさい」

 リビングの扉を閉めて、俺は広い洗面台へと向かった。


 高校を卒業したら農家の仕事を継ぐ。そのことを、俺はつい最近決めた。

 ゲーム漬けのこんな自分が果たして畑仕事をやっていけるのか。正直不安しかないけれど、しかしそれは、時期が来れば必然的に答えが出るタイプの問題だ。その時の自分に頑張ってもらえばいいと、身勝手に委ねてしまえる。現在の俺次第で、苦労の度合いが多少は変わるだろうけども。


「けどなー……」

 呟いて、俺は歯ブラシをくわえる。

 家業はどうにかするとして、耳に残っているのはオヤジの小言のほうだった。


 彼女の一人でも作れよ。


 先に断っておくが、俺に彼女はいない。いたこともない。幸い、休日に遊びに誘えるような友達はいるけれど、これまでの人生、色恋沙汰とは無縁だった。

 加えて告げておくが、俺だって彼女は欲しいのだ! かわいい女の子と横並びで座って、一緒にゲームしたりしたいのだ! いちいちあのオヤジなんかに言われずとも!


 でも彼女ってどうやって作ればいいのだ!? 作ろうと思って作れるのなんて、恋愛要素のあるゲームか、神に選ばれしイケメンくらいじゃないのか? 

 それをさも簡単そうに言うあの男は、もしやゲームのやり過ぎでリアルとの区別が付かなくなってしまったのだろうか?

 それとも高校時代のオヤジは今とは別人なほどイケてて、毎日繁華街に繰り出しては、派手に女遊びをしていたのだろうか?


 いや、思い出せユーヤ! オヤジは高校時代からゲーム漬けだったって話だし、前に見せてもらった当時の写真は、可もなく不可もなくの冴えない野郎だったじゃないか。内心でそう思ってたところに、今のあんたとそっくりねって母さんに笑われて傷ついたじゃないか!


 ……ん? まてよ? てことは俺にだって母さんくらい綺麗な人と結婚できるチャンスがあるってことじゃないか……? 

 そういうことだよな……? なあんだ、それなら良かった。


 などとテキトーなことを考えているうちに歯は磨き終わり、俺はフローリングの上をツルツル進んで自分の部屋に戻った。


 この家は立地こそド田舎だが、『田舎 民家』と検索して出てくるような、古風な建物ではない。床暖房があるリビングはもちろん、俺の部屋も充実している。

 照明は無駄に音声でのオンオフが可能だし、ベッドも大きい。デスクトップパソコン一台に最新のゲーム機が二台、モニターも二台あって、それでいて広い。


 そして一番重要なのが、光回線が完備というところだ。


 ウチに遊びに来るくらい親しくなった友達は、みんなこの部屋に入るなり「甘やかされ過ぎだろ」と笑う。そのたびに俺も「ほんとだよな」と苦笑いを返した。

 両親には感謝しかない。


「さてと……」

 俺はさっそくベッドにもぐり込む。リバサガのデータは、前もってダウンロード済みだ。日付が変われば、その瞬間からプレイできる。昼に両親のところに勉強に行くことを考慮しても、六時間は遊んでやるつもりだった。


 電気を消して(普通にリモコンで)、スマホのアラームを十一時半と十二時にセットして、俺は目を瞑る。


 リバサガの事前情報は、できるだけ仕入れないようにしていた。それでも耳に入った情報によれば、過去作のキャラクターが絡んでくるストーリーらしい。それが誰で、いったいどんな物語になるのか――脳内で妄想が駆け巡った。


「…………」

 眠れなかった。

 ダメだ……考えるなと意識すればするほど、頭が冴えてくる。そもそも俺は夜型なのだ。


 結局、仮眠をとるのを諦めて、俺は布団からもぞもぞと這い出た。

 電気をつけて(普通にリモコンで)、改めて椅子に腰を落ち着ける。十二時までまだ三時間以上もあった。ぼんやり部屋を眺めると、モニター下のラックに並ぶ、パッケージ版のソフトが目に入った。中には途中で放置しているゲームもあったけれど、今さらそれで時間をつぶす気分じゃなかった。


 俺は机の前に移動して、パソコンの電源をオンにする。これは中学の入学祝いに買ってもらったもので、ゲーム機と同じかそれ以上にお世話になったものだった。

 しかしパソコンは、たったの数年で二世代も三世代も新しくなっていく。最新のゲームをやろうとすると、コイツではもう処理が厳しかったりする。というわけで、近々買い替える予定だった。


 せっかくだから、この時間を使ってファイルの整理でもしよう。俺はそう思い、外付けのHDDをつないで、新しいパソコンに移すべきデータの選定を始めることにした。


「…………」


 だが、作業は遅々として進まなかった。ブックマークしていたサイトを巡るのに夢中になったり、中学生の時にプレイしていたMMORPGのスクリーンショットに思いを馳せたり、マイリストに登録していた懐かしい動画を一つ一つ再生したり――そうしているうちに、ヴーヴーとスマホが振動していた。


 やべっ、もう十一時半じゃん。

 あと三十分で待ちに待ったゲームがプレイできる。そう考えると嬉しいはずなのだが、時間を無駄にしてしまった感がハンパなかった。


 どうしようかと少し悩み、せめて三十分だけでも、と俺は作業を再開させた。

 このデータは必要だ。これも持っていこう。これはなんとなく使う気がするから持っていこう。これはいらないかもしれないけど一応持っていくか――そんな感じで、なんなら全部持っていってしまえの精神ですいすいとマウスを動かしていた。

 そこで不意にエラーが吐き出された。


 『管理者権限がないため、このファイルは移動できません』


「ん……?」

 それは『bo』という名前で、ゲームのデータをまとめているフォルダに存在していた。全てのファイル名を覚えておくなんて、土台不可能だけど、それにしても見覚えがないファイルだ。


 こんなゲーム、ダウンロードしてたっけ? 

 首を傾げながらフォルダにカーソルを合わせ、正体を確かめようとダブルクリックする、その直前だった。


 ヴーというスマホの振動音。

 その一回目を聞いたと同時に、俺の目の前は真っ暗になった。


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