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バイバイ恋愛天使

「遊園地で野原香を告白させるって本気ですか?」

 図書館の長椅子に腰を掛けている桐野には隣に座っている吉野の顔は本当に驚いているように見える。

「もともとそのつもりだったんだろ?いいじゃないか。そのグリッド遊園地だったか?そこで決着をつけてやればいい。今からでも東原ミサを黙らせる手はいくらでもある」

 福島はまだご立腹のようだ。桐野の向かい側の長椅子に足を組んで座るその様はどこかの国の国王のようにも見える。

「てか、なんでここにお前がいるの。いったいどういう風の吹き回し?」

 そんな国王様の隣で不機嫌な顔をしている的場は太ももの上で手を組んでいる。

「俺は今からお前たちの側につく。俺が手を貸すからには負けることは許さない。どんな手段を使おうが社長の不正を暴く」

「社長に尻尾を振っていたほうが楽に出世できただろうに。お前も案外バカなのね」

「何を勘違いしているか知らないが、俺にとって地位なんてものはただの駒の一つだ。大いなる目的、いや、夢を掴むための踏み台に過ぎないんだよ」

「福島先輩の夢って何ですか?」

 上気する頬を両手で押さえながら吉野が尋ねた。桐野は思わず笑みをこぼしてしまった。そういえば吉野は福島のファンの一人だったな。

「そんなに難しいことじゃない。人間たちが安心して願いを託すことができるどんな神社よりも正しく、そして強い神社を作ることだ。どうせ生まれてきたからにはそのくらいの夢がないと、こんな訳のわからない仕事はやってられないだろう」

 これが福島神か……桐野は改めて福島の溢れんばかりのエネルギーにあてられそうにそうになった。

 同時に福島と自分はやはり少し似ていると思った。要するに僕も福島も退屈していたんだ。生まれた瞬間から生き方を決められていた僕たちは自分たちの仕事を一生懸命やることでしか存在を証明できない。きっと大体の人たちがただ生きるために仕事をこなしていく。仕事は生きる糧、存在を証明するためだけのものだと割り切って。

 でも、僕や福島はそれだけでは満足できなかった。何か退屈しのぎが必要だった。それも命を懸けることができるほどの。そして、僕が選んだのが人間の恋心を研究すること。福島が選んだのはこの神社をどの神社よりも強く正しくすること。

 その奇妙な親近感が桐野にはたまらなく嬉しかった。

「俺の思い描く理想の神社を作り上げるためにはまず悪臭漂う膿は切り出さなければならない。今回その絶好の機会がやってきたというわけだ。これから先少しずつ排除するつもりだった害虫共を一気に切り出せるチャンスなんだ。逃す手はない。絶対な」

 的場も吉野も福島の顔を真剣に見つめている。言葉を発する者の意志が強ければ強いほど心を惹きつけられるとはまで言えないかもしれないが、圧倒されることはある。その言葉にいったいどれだけの覚悟が籠っているかはどんな人にでも分かる。

「まあお前が本気だっていうのは分かったけどよ。具体的に何か作戦はあるのか?」

 両手を広げてみせた的場の目には何かが灯っている。

「それについては僕が話すよ」 

「何か策があるのか?」

 あるなら早く教えろと福島の目が訴えかけてくる。すでにやる気満々のようだ。

「端的に言えば作戦はまだない!だから今からここにある資料を使って最高の告白シチュエーションを考えるんだ」

 右手のこぶしを握り締めて桐野は応援団長のように腕を振った。

「何言っているんだ、お前は?恋愛研究をしろというのか?冗談じゃない。そんな事しなくても社長の不正を暴く。東原ミサを黙らせる。水野翔太の西原ミサに対する好感度を下げる。やり方はいくらでもあるだろう?」

「俺たちの仕事はあくまで恋のお助けだろう?たった一人の少女の恋も成就できない神社がどうやって一番になるんだ?」

 長いため息をついた福島は桐野の案に乗ることにした。自分でもまだ有効的な策が思い浮かばない以上逆らう理由がないとのことだった。全く福島らしいと言えば福島らしいと言える。

 

 桐野たちが始めたことは図書館の中に眠る膨大な資料を掘り出し、遊園地で使えそうなものを探し、今回のケースにどのように活用するか考えることだった。その作業は困窮を極めた。

「分からん、分からんぞ。なぜこんな状況で恋愛感情を抱くことが出来るんだ?ただ顔のいいだけの無能が身の程もわきまえずに命令しているじゃないか?そこでなぜ胸がきゅんとなるんだ?人間界の女たちは奴隷願望でもあるのか?」

 桐野は福島がこれほど苦痛に満ちた声を上げたのを初めて聞いた。

「俺様系が好きな女の子は結構多いよ。ただしイケメンに限るという限定条件付きだkら実践じゃあまり使えないケースだね」

 自分の横に積み重なっている本の山から次々に本を取り出し意気揚々とページをめくる桐野の耳には福島の苦痛の声もどこか和やかなものに聞こえていたようだ。

「ひとめぼれってなんだ?要するに容姿が自分好みだったということだろ?いや、違うな。自分の子孫の容姿を少しでも良くするために美人を見れば恋だと錯覚しているだけだろう?やはり恋愛感情とは相手と作った子供のビジョンを見ているだけということか」

「いやーそうとも限らないから人間の恋愛は面白いんだよ」

「桐野、貴様!俺にこんなことをやらせているくせにまだ作戦が思い浮かんでいないとは一体どういうことだ!」

「別に思いついていない訳じゃないよ。いくつか案は考えたよ。ただ人間の恋心は常に不安定なんだ。ちょっと内的要因や外的要因ですぐに変化してしまうんだ。だから恋愛成就のための完璧な作戦なんて存在しない。でも、諦めたくない。粘れるとこまで粘りたいんだ」

「全く子供みたいに夢中になって本を読み漁りやがって、お前にはこの俺の苦痛なんて分からんだろうがな」

「やめてときなよ、福島。あいつはいつもあんな感じなんだ。さっさと慣れることだね」

 パラパラと本を流し読みする的場が福島を宥めた。福島自身、的場のことをよく知らないが的場は福島のことをよく思っていないことは福島も分かっている。そもそも同期たちが自分のことを快く思っていないことは分かっている。というより気に入られていないことは当然と言えば当然だと割り切っていた。

 自分と同年代の人間がどんどん成り上がっていくだけでも面白くないだろうに、その成り上がっていく本人が上司にばかりいい顔をして、周りには大した興味を向けないような奴ということが悪評に拍車をかけている。まだ嫌な同期というだけなら嫌悪の対象としてある意味周りとつながりを持つことを持つことが出来たのかもしれないが、福島にはそのつながりもなかった。

 だからこそ、福島にはこの集まりは新鮮かつ、奇妙なものだった。そして、桐野という存在に対しても親近感と奇妙さを感じ始めていた。

 こうして肩を並べて共に仕事をしてみるとよく分かる。

 こいつは俺に似ている。でも、俺とは見ている景色がまるで違う。

 矛盾する自分の感情に福島は答えを出せずにいた。その答えを出すことに意味などあろうはずもないが、その答えが気になって仕方ないというのが福島の本音だった。

「見てみてよ、吉野!この少女漫画の百三十六ページの告白のシーン、場所と時間帯さえ僕たちの手で調整できれば今回のケースでも使えると思わないかい?」

「なるほど……確かに興味深いですね。ですがそのためにはまずグリッド遊園地のアトラクションの位置をもっと正確に把握しておかないと」

 吉野と桐野が地図らしきものをじっと覗き込んでいる。地図とにらめっこをしながら互いの意見をぶつける二人の姿は仕事をしているサラリーマンというよりも新婚旅行先を相談している新婚の夫婦に近い。吉野の目には出来ることをやりきろうというという気概が見えるが、桐野の目の中にあるのは好奇心だけだ。

 好奇心にあふれるその目を福島自身、何度も見たことがある。恋をしている人間にもそれに似たようなものもあれば、趣味や仕事に没頭する人間たちの目の中にも同じようなものがあった。その目を見るたびに福島は思う。

 気味が悪いと。

「何がそんなに面白いんだ?」

 福島は読んでいた本をパタンと閉じて、桐野に尋ねた。こんなこと知ったところで意味なんかないだろう。福島は自分にそう言ってみる。

「面白い?」

 桐野は見ず知らずの相手に告白されて驚いている青年のような呆けた顔をしている。その顔の裏には驚きや恥じらいが隠れていた。

「別に面白いだなんて思ってないよ。負けたら後のない戦いだし、それに元々ここにある資料はどれひとつとしてまだ理解できていないからね」

 図書館の棚をぐるりと見渡した桐野の顔はどこか寂しさが混じっていた。

「でも、いや、だからこそ知りたいんだ。自分の知らない感情を知りたいと思ったんだ」

 福島の顔を見て桐野はニッと笑った。

「恋をした人間たちの目を見るたびにそう思うんだ」

 俺もお前の気持ちが知りたい。

 そう言いかけて福島は口をぎゅっと閉じた。そのまま下を向いた。この言葉を何かまずいような気がする。それ以前に恥ずかしい。

 久しぶりに感じた恥ずかしいと感情に福島自身が一番驚いた。恥ずかしい?何が恥ずかしいんだ、馬鹿馬鹿しい。

 俺はただ分からなかった。人間の恋愛感情なんてただの道具くらいしか考えてなかったのに、お前はなんだ?そんなに楽しそうな顔をして、お前の目には恋愛はどう映っているんだ?どうやったらそんなに仕事を楽しめる?

 お前の世界が俺にも見えれば俺ももっと仕事を楽しめたのか?

 もっと別の世界を見ることができたのか?

「ねえ福島、シャンプー変えた?」

「は?」

 桐野の質問の意味と意図が全く理解できず、福島は間の抜けた声を出した。

「なんかこういうセリフで女の子をひっかける手もあるらしいよ。もっと色々な変形があるけど、ほらこのページ、なんか意見ある?」

 自分の手に持っている本を指さして福島に近づいてくる桐野はまじめにこのセリフを使えると思っているらしい。

「なにがシャンプー変えた?だ!それは人間界でいうセクハラというものじゃないのか?大体このセリフもイケメン限りとかいうやつじゃないの?」

「なるほどねー確かに福島の言う通りかもね。福島は読んだ資料の中で面白そうなシチュエーションとかなかったの?」

 こぶしを軽く顎に当てて桐野は真剣な表情をしている。

「気になったシチュエーションとか言われても俺は……」

 ここで何も言えないというのは役立たずということの証明になっていないか?福島は自分のプライドに問いかけた。

 今までの俺のやり方は理想のシチュエーションを作ることでも神社に願いを吐き出した人間の恋を成就させるために本人を変えることでなかった。邪魔なものを排除し、脅し、すかし、一人の恋を叶えるためにどんな手も使ってきた。

 だからこそ、どんなシチュエーションが必要か、どんな女子が男子から好感を持ってもらえるのかそこまで深く考えたことがなかった。考える必要もなかった。

 でも俺に本当に必要だったのはそれだったじゃないか?

 床に散らばっているその本に福島の視線は固定された。

「俺はこの本に記してある内容にはかなり有効性があると思うんだが」

 本に視線を固定したまま福島はその本を拾い上げた。

「へー福島はそれに興味があるんだ」

その料理が好きなんだというくらい軽い口調の桐野に少なからず苛立ちを感じていた。

「どんな感じの内容なんだ?」

 自分の持ち場を離れ的場がその本をのぞき込もうとしていている。同様の動きを吉野もしている。

「見せるからちょっと待て」

 この仕事をこなせば俺にも少しは見えるかもしれない。お前の見ている景色や世界が。

 福島は自分の目的が変わり始めていることにまだ気づいていなかった。


友達と遊園地に行くなんて何年振りだろ?

香はベッドの上で枕に顔をうずめながらゴロゴロしていた。部屋は明日のために着ていく洋 服選びのためにタンスから引っ張り出されたワンピースやらスカートやらが散乱していた。

楽しみ。

手芸部の合宿で山奥の宿に泊まったことや家族で海に行ったことはあるけど、遊園地は本当に久しぶり。

何より明日は翔ちゃんがいる。

枕の中で顔を紅潮させている香は足を交互に動かし、喜びを表現していた。クラスメイトが一緒に来てくれるというこの状況は引っ込み思案な香にとっては有難いものだった。もし二人きりだったらと思うと喜びより何を話せばいいんだろう、翔ちゃんが満足してくれなかったらどうしようと考えてしまう香にはクラスメイトや恋敵であるミサはある意味拠り所になっている。

そして、そんなことを考えてしまう自分はまだ何も変わっていないじゃないかと自分を卑下してしまう。

遊園地で自分の気持ちを伝えてもいいのでは?という考えも今の関係性の崩壊という恐怖の前ではあっけなく消え去ってしまう。

それでも、香は明日が楽しみだった。一緒に入れるだけ心が満たされる人がいる自分は十分幸せだと自分に言い聞かせる。いや、それが本音なのかもしれない。それは本人にもわからない。

仮に告白したとして、仮に付き合うことになったとして、仮に色んなことをしてしまうとして。

 頭の中に浮かび上がってくるいかがわしいイメージを払拭するために香はベッドの上で体を転がし続けた。

自分がこんなことを考えてしまう人間だなんて。いや、普通のことなのかもしれないけど、自分だけは違うと思っていたのに。何の根拠もないけど。

窓の外に広がる月夜に照らされた世界を見つめて香はまた妄想の渦に飛び込む。

仮に結婚したとして、仮に子供が出来たとして、仮に孫が出来たとして、仮に、仮に、仮に、 仮に、仮に。

結局、一緒にいたいだけなのかな?

ゆっくりとベッドから体を起こした香は自分をゆっくりと見渡した。その散らかり具合を目の当たりにすると自分の努力の軌跡がよく見える。

なんでこんなに頑張ってたんだっけ?

自分の中に答えを求める。

一緒にいたいだけならわざわざ告白なんてしなくてもいいんじゃないのかな?

だってそんなことしたら今のこの関係まで壊れてしまうかもしれない。

 一緒にいれなくなってしまうかもしれない。

それが何より怖い。

でも、告白したからといって翔ちゃんとの関係が終わる訳じゃない。

巷の女の子たちなんて元カレと呼びながら楽しそうに別れた男と過ごしているじゃない。

あれ?私やっぱり告白したいのかな?

でも、やっぱり。

時刻は夜の十一時半、ベッドが生み出した睡魔の虜になった香は深い眠りについた。


 遊園地なんて本当に久しぶりだ。

 学校近くの公園での自主トレを終えた後、商店街のスーパーにより生活用品を買った水野が 自宅に帰ってきたのは夕方の五時だった。

父はいつもよりも早めに帰ってきていたが、仕事疲れのせいかリビングのソファで大きないびきをかきながら爆睡していた。

「やれやれ、寝るときは毛布を掛けないと風邪ひくぞって、いつも言っているのに」

スーパーの買い物袋を台所に置いた水野は父親が起きないように優しく毛布を掛けた。

今日の夕飯はカレーだ。匂いでそのうち起きるだろう。

家全体を軽く掃除してから、汗臭い自分の体を家事をこなす男子の体にするために水野は軽くシャワーを浴びた。

汗を流した後に浴びるシャワーはどんな時でも最高だな。いや、こんなことを考えている時点で今日はそれなりにテンションが高いのかな。俺?やっぱり明日の遊園地が楽しみなのかな?

自分の喜怒哀楽の元がどこかにあって、その元がどれだけ自分の感情に影響を与えているのか、人は案外気づいていないのではないだろうか。

というのが水野の持論だった。

朝、どうしようもなく憂鬱な気分の時、その元を冷静になって探してみると案外大したものではないことがある。こんなことにショックを受けていたのかと驚きを与えてくれる。

夜、軽いスキップで家に帰り、夕飯の支度をする。包丁が奏でる音もいつもよりリズミカルな気がする。今日何かいいことあったけと冷静になって考えてみると案外たいしたことではない。いつも見ていたドラマの最終回があるだけだ。

こんな風に小さなことにいちいち揺さぶられながら生きてきた気がする。だからこそ生きてこれたのかもしれない。

炊飯器に男二人分の研いだ米を入れて、スイッチを押した。

料理の支度をする水野の頭の中に二人の少女の顔が浮かんでくる。

 ミサと香。

二人とも俺のことが好きなのかもしれない。ここ数日ふとしたことで水野の頭の中に二人の赤らんだ顔が浮かんでくる。気のせいかもしれない。確証はない。勘違いだったらとんだピエロだ。

 でも、二人が俺に全く関心がないと言い切れるほど俺は鈍感ではない。今までの二人の態度や行動を見ていればそれくらい分かる。

 手だけが機械的に野菜を刻み続ける。母親がいなくなってから何百回と作ってきた料理、頭で考えなくても体の記憶が勝手に作ってくれる。

 仮に二人が俺のことを好きだとして。俺は二人のことをどう思っているんだ?幼いころはよく一緒に遊んだ。いわゆる幼馴染というやつだ。幼いころの記憶は美化されるといわれることがあるが、無邪気に遊んでいたあの頃は本当に楽しかった。あの頃を思うと懐かしさと安らぎが胸の中を満たしてくれる。この記憶の中では憎んでも憎み足りない母親も優しい笑顔で俺を優しく抱いてくれる。

機械的に動いていた水野の手が止まった。拳を握りしめ、目を強く瞑った。なんで母さんのことなんか思い出しているんだ、俺は?いつも辛くなるだけじゃないか。母親を母さんだと思っていたあの頃をいつまでも追い続けている自分が本当に嫌になる。

一定のリズムで鳴り響ていたいびきがより一層大きい音をたててリズムを刻み始めた。

静止していた機械のスイッチが入れられたかのように止まっていた水野の手が再び動き始めた。

ミサは贔屓目に見ても可愛いというより美しい。俳優なんだから当然なのかもしれないが、普通の人生の中でテレビの中に映る人物と触れ合える機会など滅多にない。しかもその人物が自分に気があるかもしれないなんて考えるのは他人から見れば自信過剰とか身の程知らずとか言われるかもしれない。

確かにミサは魅力的な人物かもしれない。決して容姿だけの話ではない。あいつには揺るぎない芯というものが通っている。これは昔から感じていた。何かの目標、信条、行動、人や物に対する好みに一つの絶対的な基準がある。俺がミサという人間を考えるときに最初に浮かんでくるのが芯という言葉だ。その芯は周りから見れば評価されるものもあるが、蔑まれるものがある。だが、ミサはその芯や基準のためならいつだって一生懸命だったし、今でもそうだ。目的のためならやりすぎではないかと思わされることもあったが、その芯のある強いミサが俺には眩しかった。その眩しい光に俺が行為を持っているのかと聞かれると正直よく分からない。

鍋の中で具材をゆっくりと煮ながら、カレールーを投入する。少しずつカレーの匂いがリビングの中に漂っていく。そろそろ父さんも起きるだろう。

 香はいつも傍にいた。四六時中べったりしていたという意味ではない。一日のどこかワンシーンに必ず香がいた。優しい奴だと思う。最近はおめかしまでして随分可愛くなったと思う。

でも、それだけだ。香ってどんな人間という質問をされても、俺はなんて答えていいか分からない。これだけ傍にいて俺は香という人間のことまだいまいちよく分かっていない。いや、違う。近くにいすぎて香をどう表せばいいかわからなくなってしまっているのかもしれない。

「おう!今日はカレーか」

寝起きの父親の寝ぼけた声が水野の意識をこのリビングに連れ戻した。余程仕事が疲れたのか、父の目はまだ虚ろだ。

「もうすぐできるから着替えてきてー。後父さんの髭剃りもう壊れてたから新しいのに変えておいたから」

「あんがとー」

 のそのそと立ち上がった父は洗面所に向かった。家の中にいる父はいつもだらしない。歩く姿もソファに腰を下ろす時もまるでしつけのなっていない身勝手な子供のようだ。しかし、水野はそんな父の姿に感謝と憐れみを感じていた。ここは父の憩いの場なのだ。外で俺のために身を粉にして働いている。家の中くらい何も考えず、何もせずにただ無気力に過ごす。そのくらいの休息がなければ父も身が持たないのだろう。そんな父に俺はどこかで感謝しつつも申し訳ない気持ちのせいで俺はどこかで父に遠慮している。

深いため息をついた水野は天井を見上げた。

母さん、今頃はどんな男一緒にいるんだろう。水野は母がまだ別の男と暮らしていると決めつけている。母は愛に生きる人なのだから。

 苦虫を嚙み潰したような顔で水野はコンロの火を止めた。何が愛に生きる人だ。自分で言って恥ずかしくなる。母さんの気持ちなんて俺が考えたところでわかる訳ないなのに。

 恋愛ごっこするより面白いことなんていくらでもあるのに。世の中の人ためたちはどうして情事で人生を狂わせるのだろう?


「兵藤さんー来客ですよー」

「来客?どこのどいつ?私だって忙しいの。アポなしで来た客相手に割く時間はないわ」

「それが来客というのが福島神でして……」

「福島神って……愛想神社の福島?何しに来たの、あいつ」

「知り合いなんですか?」

「昔同じ獲物を取り合った仲よ。まあ獲物は持っていかれた上に弱みを握られて、それ以来散々こき使われているって訳だ。笑えるでしょ?」

「うわさ以上ですね。福島神……出来れば関わりたくない相手ですね」

「そうもいかないわよ。ウチの社長も愛想神社を目の敵にしているからね、何でもいいからネタ持って来いとか言われかねない」

「うげー面倒くさいですね」

兵藤にとりあえず了解を得た新米社員、三池神は福島を来客ブースに通した。来客ブースの大きさはそれほどではないが三人程度が座れる椅子も机もある。

「お元気そうで何よりです。巷で兵藤さんの評判はよく聞きますよ」

「敬語なんて堅苦しいことはやめてぱっぱと話を済ませましょう。うちの社長があなたのところの情報を取って来いってうるさいのよ。あなたに協力してやりたいが、社長に目を付けられるのはごめんだからね」

「さっさと帰ってくれるとありがたいんだろ。悪いな。外で落ち合った方がそっちには都合よかったんだろうが、俺には少々都合が悪くてな」

「福島……あなた何かやらかしたの?それって私と外で一緒にいるところを見られたくないってことでしょ。だからある意味安全な爽想神社を選んだのね」

「まあ、そんなところだ」

兵藤は福島の様子がいつもとは違うということに気がついた。面接に来た就活生のように美しい姿勢で机に座っている福島の顔はかなり疲れているように見える。

別に仲間ではないが、福島との付き合いは深い。私なりに福島という人間を理解していたつもりだが、今日の福島の顔は私の知っている福島の顔とは何か違う。

何か迷っている?のかな?

「単刀直入に言えば、お前たちのところにある東原ミサの情報を見せてほしい。今すぐにだ。時間がないんだ」

「東原ミサ?そんな人物のデータあったからしら」

「顧客データを調べてみろ。必ずあるはずだ」

「こっちのことも調査済みってこと?怖いねー」

「そこの後輩君と二人でさっさと探してきてくれ」

三池を横目に見た福島が机に肘を乗せた。その威圧感に三池も兵藤も圧倒されてしまった。この威圧感を前にすると天界中が一目置く福島神だと確信できる。

「じゃあ、おっしゃる通りさっさと探してきますよ」

席を立って、データ保管室に足を向けた兵藤だが、その足は数歩刻んだ時にふと止まった。

「今日ここに来たのって東原ミサのデータを入手するため?」

「さっきからそう言っているだろう。なんでそんなことを聞く?」

「いや、何となく……」

 福島が何かを隠しているとまでは考えていなかった。福島はどこか満足していないように見えた。一番伝えたいことを伝えられず、意気消沈している人間の顔に似ている。

「全く俺も焼きが回ったな」

「え?」

 カサカサの福島の声を兵藤の耳は捉えることはできなかった。

「さっさと行って来いよ。後輩君はもう行ったぞ」

「え?あ……うん」

 胃の中に疑問という重い石を投げ込まれた兵藤の体は重かった。その重い体を動かして兵藤はデータ保管室に向かった。


「桐野君、君大丈夫かい?」

「御心配には及びません」

「鏡くらい見た方がいいよ。目の下のクマ。すごいことになっているよ」

 社長室は相変わらず質素だ。必要最低限のものしか置いていないという感じだ。あるのは資料やら本だけで。何か口につまむものも置物もない。

「まあ勉強熱心なのは感心だがあんまり根詰めないようにね」

桐野の体に緊張が走った。社長は僕たちが何をしようとしているのか全てお見通しなのかもしれないと思ったからだ。

「ご忠告ありがとうございます」

「まあ気持ちは分かるよ。私も若いころは恋愛関連の本を読み漁ったよ。さいきんじゃめっきり読まなくなってしまったがね」

「なぜですか?」

「意味がないと分かってしまったからね」

「意味がない?人間の気持ちなんて分かっても意味がないということですか?恋心なんて仕事の一部に過ぎないから」

 ふっと笑っただけで神原社長は答えようとしなかった。

「明日東原ミサがクラスメイト達と遊園地に行くそうだね」

「はい。私も福島君からそのように聞いています」

 平静を装って桐野は答えた。

「そこで告白まではいかなくても、東原ミサと水野翔太の距離をさらに密接なものにしたい。明日は重要な一日だから、うちの精鋭部隊を行かせるつもりだ。その部隊に君も加わってほしい」

「僕が東原ミサの支援を?」

この瞬間に分かった。社長はどこまで知っているかの確証はないが、僕を疑っている。疑っているからこそ東原ミサの件を僕に任せようとしているんだ。

「私は君に期待しているんだよ。なぜか分かるか?」

「買い被りすぎですよ。僕は女の子ひとり救えないただの未熟者です」

「君はこの仕事の本質を知ろうとしている。その姿勢を私は高く買っているんだよ。この仕事を理解しようとするものは少ない。元からできないと思っているし、できたところで何の意味もないと思っている」

「僕も別にそんな高尚な考えを持って行動をしているわけではありません」

「だったら野山香に関わるのはもうやめろ」

 頭の上に雷が落ちてきた。人間界ではこういう表現は恋に堕ちた時に使うらしいが、この時の雷は恐怖と焦燥を与えただけだった。

「僕はただ……」

「建前はいらない。本音で語ってくれよ」

心臓をわしづかみされているような気分だ。お前の正体を俺に見せてみろ。

「社長は本当に東原ミサを支援することが正しいことでお思いなのですか?」

「正しいこと?」

「確かに我々がやっていることはあくまでビジネスだということは分かっています。ですが、金や人望だけで人を選んでいいのでしょうか?もっと見るべきものが他にあるのではないでしょうか?」

「見るべきもの?」

「我々が測りえないもの、人間たちが切っても切れないもの。うまく言えませんが、それが一番大切なのではないでしょうか?人間たちが心、愛と呼ぶものの強さを我々はもっと認識するべきなのではないかと私は思うんです」

「愛?なるほどね。君の言っていることは人間たちから見ればまともな意見なのかもしれない。ただ私たちから見ればただの変わり者だ。人間の正論なんか吐いても無駄だよ」

「東原ミサがこの神社の誰かとコンタクトを取っていることは間違いありません。東原ミサ本人から確認しました」

 言ってしまってから桐野はハッとした。切るべきカードを間違えた。このカードは敵に知られないことが最大の武器だったのに。

「東原ミサ本人から?どういうことだ?彼女は人間だろう?私たちを見ることなどできるわけがないでしょう?」

「大道林さんが東原ミサと接触していた事実を掴みました。大道林さんは自分の利益のために東原ミサを使いこの神社の評判を上げようとしていました。このような事態が起きたのも利益を追求しすぎるこの神社の体制に問題があったからのではないですか」

あなたが裏で手を引いていたなんて露ほども考えていません。その考えをこちらの意図を感じ取らせず相手に伝えるのは至難の業だ。

「大した正義漢だな。自分の上司の不正を暴くとは」

「東原ミサも我々を利用していたと言えます。金を積んで我々に協力させた。そんな相手に僕は手を貸したくはありませんし、この神社のためにも手を貸すべきではないと考えます」

中学生的正義感を振りかざすことに意味がないことはずいぶん前から分かっていたはずなのに。どうして僕はこんな無意味なことをベラベラと。

「まあよくやったね。大道林の件は私が処理しておく。明日の君の働きには期待しているよ」

神原社長は桐野の肩をポンと叩いた。服の上からも神原社長の手の冷たさが伝わってくるような気がした。

 

いい朝だ。こんな気持ちは久しぶりだ。

雲の上から見下ろした人間界がより一層美しく見える。爽やかな緑が山を覆い、空を映したような青色の海。この景色が人間界の中で一番美しいと福島は思う。

この景色に紛れている人間たちを見下ろすたびに福島は思う。

お前らがいる限り、俺は上を目指し続けなければならない。その責任があり、義務があり、権利があり、宿命がある。今回も俺は上に行くために自分の神社と闘わなくてはならない。お前らのために、そして、俺自身のために。

スーツのポケットにしまっている手鏡に映る自分の顔に苦笑いを向ける。いつものように仮面をつけるべきなのにここ数日ですっかり仮面の付け方を忘れてしまった。

あいつのせいだ。あいつのせいでここ数日全く寝ていないし、俺の今までの仕事のやり方も否定された。あいつを見るたびに自分が不自由なのではないかと思わされる。今まで自分の夢に自分のできる限りのことをやってきた。それが俺にとっての幸せだった。自由だった。なのに……

あいつのせいだ。そこら中にいる同期の一人だったのに。こんなに俺の仮面をはぎ取ってくるなんて。

 携帯の着信音が福島の苛立ちを空の上に飛ばした。今やるべきことはいちいちどうでもいいことに頭を動かすことではない。一人の少女をサポートしてやることだ。それが本来の仕事なのだから。

「よう。もう準備はもう終わったのか」

「うん。こっちはもうグリッド遊園地にいるよ。福島もすぐに来てくれ」

電話越しに聞こえる桐野の声には眠気が混じっている。

「俺もすぐにそっちに向かう。グリッド遊園地に野山香が来る前にもう一度下見はしておきたいからな」

「ねえ、福島。お前本当にいいのか?」

「何が?」

「昨日神原社長に東原ミサをサポートしろと指令を出された。君のところに何か連絡が言っているんじゃないか?」

「社長は俺のことをまだ疑っていない。今日も他の神社との合同支援があるから東原ミサの件は他の方に任せると伝えておいた。俺のことより自分の心配をしろよ。いや、その心配もある意味無意味だけどな」

「無意味?」

「社長を潰せば東原ミサを支援した上層部の連中も一気に消せる。そうなれば野山香を指示していた俺たちが一気に上に食い込むことが出来る。まあ、あまりに単純な事実だから忘れることが多いが、結局勝った者が正義になり、事実を作り上げることが出来るんだ」

「とは言っても社長を潰すなんて、何か策はあるのかい?」

「東原ミサと社長が直接ではなくても何かつながりがあることを立証できれば社長を弾劾できるんだがな」

「それを野山香を支援する中で見つけようとしている訳か」

 桐野の声にはどこかに落胆のような薄暗い感情が隠れていた。

「まあ、お前みたいに恋の成就に誇りを持っている奴にこんな話をするだけ無駄か」

「僕はただこの神社で働いている以上、仕事に手は抜きたくないし、関わった以上野山香を助けてあげたいんだ」

 福島の口から小馬鹿にしたような笑いが漏れた。

「まだそんなぬるいことを言っているのか?野山香はあくまで餌だ。確かに彼女の力になりたいという気持ちもあるが、情が移ると肝心なところで判断を誤るぞ。社長を潰すための駒の一つが野山香だ」

「逆だろう。野山香を助けるために社長と闘わなくてはならないんだ」

「数日間共に机を並べて仕事をしてもお前とは分かり合えないな」

 沈黙という答えが電話の向こうからやって来る。

「僕は君と資料室で意見をぶつけ合って、なんていうか……楽しかった」

 ほこりにまみれた本、桐野の顔、見たこともない資料の数々。それが福島の頭の中を過っていった。

「とにかく早くこっちに来てくれ。待ってるよ」

 通話が切れた。ツーツーという音がやけに耳の中に響く。やっぱりあいつといると調子が狂う。今まで自分の生き方に疑問を持ったことなんてなかったのに、あいつが、あいつという存在が。あいつの楽しいそうな顔。

 自分の耳にも響くほどの歯ぎしりが腹も心も苛立たせる。

 眼下に広がる海辺のグリッド遊園地は福島の心など知る由もなくただ海風をなびかせる。


「香ーどこ見てんのよーもうすぐ遊園地開園よ」

 半袖シャツと半ズボンのボーイッシュな恰好をした青葉が遊園地の入り口で手を振っている。その隣には白のフリルTシャツを着た沼田が文庫本を読んでいる。他のクラスメイト達は入り口で写真を撮ったり、遊園地のマップを広げてどこのアトラクションを回るなどと話し込んでいる。

 クラスのほぼ全員、香を含めて三十人近くが来ている。全員仲良く団体行動というわけにはいかない。結局仲のいい友達と一緒に回ることになる。

 香はちらりとミサと水野の方を見た。二人とも仲のいい友人たちに取り囲まれている。常に集団の中で中心になる人物がいる。二人ともそういう意味では同じタイプの人間と言えるかもしれない。

 ああいう二人が並ぶと皆からお似合いって呼ばれるのかな。

「ちょっとちょっと香。あんたどうするのよ」

 軽く肘で腹をつく青葉の顔は人の恋バナを聞き出そうとする年配者のいやらしい笑顔になっていた。

「最近、あんたに気のある男子が増えてるみたいよ。告白されたらどうするつもりなの?何ならこの遊園地で告られるかもよ」

「え?私に?」

 正直意外だった。青葉のことだから翔ちゃんとのことでまた何か言ってくると思ったのに。私に告白してくる男子がいるかもなんて……

「今日のワンピースと麦わら帽子、よく似合ってますよ」

 文庫本をパタンと閉じた沼田は香のことをじっと見つめている。その目は一色しか映していない深い瞳、強い視線だった。きょろきょろと周りを見てみると何人かの男子と目が合った。自分でも顔が赤くなっていくのが分かる。気のせいかもしれないが人から好意を持たれるなんて初めての経験だから。どこか照れくさい。

「まあでもあんたは会長一筋だもんね。関係ないか」

 照れ臭さをごまかすために頬をかいている香に当然のことのように青葉は言った。

「そんな……一筋なんて……私は……」

 火照る顔をまっすぐ水野に向ける。友人と笑いあう水野の顔は香にいつも安らぎを与える。笑顔の水野を見る香の心のどこかには子供を見守る母親のような温かい気持ちであふれていた。

 そしてその気持ちこそが告白という勇気を包み込んで隠している。

「あのさ、野山さん。俺のバックにこれが紛れていたんだけど」

「へ?」

 物思いにふけっていたせいで自分に話しかけている男子がいることに全く気がつかなかった。知らない男子だ。いや、厳密にいえば顔と名前は知っているが話したことがないというのが正しい。名前は確か川野浩二君、翔ちゃんと仲のいい男子の一人だ。ちょっとそばかすが目立つ童顔の男の子だ。彼の手に一冊の本を持っている。花柄のブックカバーがかけられた文庫本だ。

「なんか間違えて持って帰ってたみたいでさ。ごめんな」

「え?いや、大丈夫だよ。わざわざありがとうね」

 香は文庫本を受け取り、自分の手提げバックの中にしまった。川野はまた香は見ている。何か言いたげな表情をしている。

「よかったら俺たちと一緒に回らない?」

 不覚にもそのおどおどしながら誘ってくれる川野君にちょっとドキッとした。川野君の後ろに立っている翔ちゃんに視線を送ってしまった。別に付き合っている訳じゃないけど、翔ちゃんに勘違いされたくない。川野君にドキッとしたなんて思われたくない。

 だが、当の水野自身は友人と談笑するばかりで香の方を見ていない。そのことに気づいた瞬間に思わず香は頬を膨らませた。

「喜んで」

 素直な笑顔で香は答えた。結局香と青葉と沼田は川野と水野のいるグループ、そしてミサがいるグループと一緒に回ることになった。人数は十三人ほど、これだけの人数と行動を共にするという機会が香にはあまりなかった。そのためか、園内を歩き回っている間、周りの目に気を配りながら青葉や沼田といったよく知っている友人にしか話しかけられなかった。

 だが、そんな中でも何度も水野と目が合う瞬間がこの時間を彩っていた。


「とりあえず順調ね。余計な人たちもついてきちゃっているけど」

「あっちだって、考えることは一緒ってことだろう。いきなり二人きりにさせるのはほぼ不可能だし、絶好のシチュエーションを作り出すという点から考えても最初は友人グループと回ってもらった方がいい。そうだろ、桐野?」

「まあ、その通りだね。後は愛想神社の人たちに見つからないように行動しないと。僕はともかく福島は見つかったら……」

「桐野先輩は本当にこの神社を裏切ったんですね」

 東原ミサと他の愛想神社の社員たちの視線に警戒しながら、桐野たちは香たちを尾行していた。暑さのせいか緊張のせいか、額から流れる汗が桐野の緊張をさらに高めていた。まだ愛想神社の社員が一人も見当たらないことが何よりも気がかかりだった。あちらも全神経をすり減らして香たちを尾行しているのだろう。まだお互いがお互いの作戦に干渉できない状況が続いている。

 桐野たちが最初に仕掛けたのは香に気がある男子をけしかけて遊園地を一緒に回らないかと誘わせることだった。流石に水野翔太本人に野山香を誘うように仕向けるのは難しいので、水野翔太と仲のいい男子を使うことにした。遊園地なんてものはクラス単位でくれば恋人でもいない限り、当然仲のいい友人同士で回る。単独で回ることはほぼあり得ない。最近の野山香のイメチェンにより、彼女に大なり小なり好意に似たものを持つようになった男子が何人かいることは調査済みだったので、利用させてもらった。

 今日の朝から野山香を連想させるように彼女の文庫本を彼のバックに忍ばせたり、野山香のいい評判を流してみたり、彼をその気にさせるためだけにこれだけの手を打った。

 結果的にうまくいったのは良かったが、やはり東原ミサもついてきた。あちら側もこちらと同じ手を使ったのかは定かではないが、何かしらの手を使ってミサのグループと水野のグループを結び付けた。

 ここからの課題は二人乗りのアトラクションにうまく野山香と水野翔太を乗せることだ。今のところ乗っているのはどれもこれも団体で楽しむアトラクションばかりで恋愛的シチュエーションを作り出すアトラクションにはまだ当たっていない。

 欲を言えば、ジェットコースターや落下系のようないわゆる絶叫物はなんとか隣の席に座らせたい。人間は絶叫系で感じる恐怖を愛情から感じる胸の高鳴りと勘違いすることがあると様々な本に記されていた。これを利用しない手はない。

 今回の本命は観覧車だ。これはなんとかして二人きりにさせたい。僕たちも水野翔太と野山香と一緒に乗り込めば、密室の中でも雰囲気は作り放題。告白まで持っていけるかもしれない。そうなれば完全勝利と言える。

「そううまくとは思えないけどね」

 的場があくまで香たちに視線を集中させながらボヤるように言った。

「観覧車のこと?数日間図書館に籠った結果、これが最善策だと判断したんだ。いまさら作戦は変更できない」

 他の愛想神社の社員たちの視線を辛抱強く探している福島は顔は全く動かさず、目線だけで三百六十度の景色、遊具、空、人間を探っている。

「的場、お前の言いたいことは分かる。同じような手を敵も考えていると思っているんだろ?確かにその可能性は十分にある。いや、それどころか、俺たちの上を行く絶好のシチュエーションを作る策を用意している可能性の方が高いくらいだ」

「関係ないよ。相手がどんな作戦を考えていようと僕たちは僕たちの作戦を決行するために全力をつくだけだよ。それに相手が作戦を邪魔するつもりなら、僕が体を張って止めるよ」

 吉野、福島、的場の顔を見て桐野は笑った。

「そんなことをしたら後でどうなるかわかませんよ。先輩」

 桐野はまだ笑っている。

「社長の話を蹴ってここにいる時点で僕にはもう後がないんだ。ここで野山香と水野翔太が結ばれようとも、東原ミサと水野翔太が結ばれようとも、僕は社長から何らかの処罰を下される。半永久的にデータ保管室の守衛にでも任命されるとしたら、今日が最後の仕事になるかもしれない」

 笑いながら淡々と話している桐野を全員が神妙な顔をしてみている。その言葉一つ一つの意味や重みを全員よく理解していたからだ。仕事を奪われる苦しみ、恋を成就させる仕事から外されることで失うアイデンティティの重さ、日陰部署にとばされることで押される無能、異端者、用済みの烙印の意味、そして、夢を諦める辛さ。全てが断片的に福島たちの頭をよぎった。

 桐野たちが潜んでいた自販機の裏側だけがまるで通夜のように悲しみしか炉言う感情しか流れることを許さない空間になっていた。

「終わりじゃない」

 全員は福島に視線を向けた。福島の顔は強張っている。そのこわばりがどんな感情からくるものなのか桐野には分からなかった。

 少なくとも僕に対する同情心ではないだろう。彼は怒っている。僕のためにではない。何かもっと大きなものに対して怒っている。

「今日東原ミサと神原社長の関係性を決定づける証拠を掴めればまだ未来はある」

「証拠?」

 さてと、福島は一呼吸おいてから、桐野たちを見回した。

「まず謝っておく。お前らに黙っていたことがある。俺は爽想神社とコンタクトをとっている。東原ミサの情報を得るためだ。正直大した情報は得られなかった。家族構成、趣味や経歴しかつかめなかった」

「それで結局何が言いたいんだ?」

「本当に偶然だ。何の意味もないかもしれない。だが、何かある。意味はなくても調べる価値があるような気がする」

「福島先輩。大丈夫ですか?僕にも先輩が何を言いたいかさっぱり」

 桐野は気づいた。愛想神社の社員たちを警戒して全く動いていなかった顔がある一点の方を見ていることに。

 その先にいるのが人物を桐野は見た。

 直接は知らない人間だ。でもどこかで見たような顔だ。顔や体つきも見覚えがあるが何よりその自信に満ちた佇まいはどこかで……。

 仕事でかかわった人間の顔はなるべく覚えているようにしているからおそらく仕事上でかかわった人間ではないようだ。年齢的も四十近くのように見える。依頼人にいたとしたら忘れるわけがない。

 白いワンピースに白い帽子、サングラスを右手に、コーヒーを左手に手洗い場の壁に寄りかかっている。どこかのモデル誌の表紙に使えそうな絵だ。

「あの白いワンピースの人がどうかしたのか?」

「美人ですね」

 的場と吉野も特に見覚えがない様子だ。福島が早くその女性の正体について何か話すのだろうと桐野は考えていたが、福島はなかなか口を開かない。その理由すらも桐野には全く見当がつかなかった。

「親子だ」

「え?」

 福島の言葉はそれだけでは意味を成さないものだった。

「親子?誰と誰が?」

 そわそわとした様子で的場は尋ねた。的場もさっさと答えを聞きたいとその態度が言っている。的場はもともと気が長い方ではないのだ。

 親子というキーワードを与えれた桐野の脳細胞は数秒遅れて電気を走らせた。

「東原ミサの母親……か?」

 一旦その考えが浮かぶと脳みそはどんどん目に入ってくる情報をその考えに対応させようとしてくる。あの女性の容姿も雰囲気も親子だという考えが浮かんできた途端に西原ミサのものだと思えてくる。

「あれが母親?」

「言われてみれば確かに……」

 吉野も的場も親子という情報にフィルターをかけてあの女性を見ている。それだけで見えてくるものは変わるらしい。親子という概念がない桐野たちにとっては親はまるでフィクションのような存在、本の中でだけ生きる人々だった。

「東原みさえ、三十九歳。東原ミサの実の母親だ」

 福島は右手に持った二枚の写真を桐野たちに見えるように前に出した。

 急に自分の中の興味という興奮が冷めていく感覚が桐野の体を駆け抜けた。東原みさえがどんな人間か詳しくは知らないが、自分の娘の休日を覗きに来るくらいの過保護であることだけは察しがつく。

「確かにコソコソ隠れて娘を監視に来ている母親に割く時間は俺たちにはない。だが、あの母親は何かに利用できるかもしれない。東原ミサを脱落させられればそれに越したことはないだろう」

「福島、君はまだそんなことを言っているのか?俺たちはあの神社の社員である限り、恋する人間たちのために全力を尽くすべきだろう」

「ご立派なことだが、正義感なんて振りかざしてもこの現状は打開できない。お前は自分が正しい事をしていると思い込んで酔っているだけだ」

「正義感なんて高尚なものは持ち合わせていないよ。だが、納得できないことに対して見て見ぬふりをしたくないだけだよ」

「納得できないことがあるとしても俺たちみたいな一天使は何もできない。納得できないなら変えてやりたいなら上に行くしかない。一番上にいる人間しか組織を変える力を持っていないんだ」

「社長になるために今は見て見ぬふりをしろと?社長になるまでそれを繰り返し続けるのか?それこそまさに本末転倒だと思わないのか?」

 

 一度自分の本音を吐き出すとダムが決壊したがごとく、次々に言葉が口の中から流れ出てくる。自分の言葉なのか分からなくなることもある。

 だが、不思議と感情は昂っていない。冷静に自分の本音だけが口から飛ばす。どうやら福島も同じらしい。僕を見る目に敵意、怒り、理解不能という感情は隠れていなかった。

 二人はじっと互いを見ている。そこにはあらゆる感情が現れては消えていった。

「桐野、福島。あいつら次はジェットコースターに行くみたいだぞ。早く手を打たないと」

 的場の声には緊張が流れている。桐野と福島が一触即発の状態だと勘違いしたからではない。

ジェットコースターが一つの山場だと分かっているからこそ緊張しているのだ。

「一つ聞いてもいいか?」

 談笑している香たちを尾行する最中、桐野は息をひそめて福島にきいた。 

「爽想神社に何の用があったんだ?東原ミサのためだけじゃないだろ」

 福島の眉がピクリと動いた。あまりに無表情だったため、その眉の動きだけがやけに目立った。

「全く、一人に慣れすぎるとこういう時に困るな」

「え?」

「俺だって人間みたいに馬鹿なことをすることもあるんだよ」

 その時に見せた思春期の男子のような未熟さと照れくささが残る顔に桐野は何も言えなかった。


 アトラクションの騒音、馬鹿みたいに笑い声をあげる客たち。全部、昔と何も変わらない。何かの義務や仕事がある訳でもなく、ただ周りの愉快な雰囲気に合わせて過ごしているだけでせわしなく過ぎ去る日常を忘れることが出来る。ある意味最大級の娯楽と言えるだろう。

 この遊園地の目玉であるジェットコースターの近くに位置するカフェのイチオシ商品のミルクティータピオカは東原みさえにとって新鮮なものだった。

 タピオカを食べるのは初めてではないが、これだけ流行してから食べるのは初めてだった。娘に食べてみろと催促されていたが、カエルの卵のような見た目を敬遠していた。だがどうやら食わず嫌いだったようだ。

 娘はいつも私に驚きを与えてくれる。この遊園地自体が驚きの一つだった。

 見たところ、二十人近くはいるだろう。

 みさえの口元から笑みがこぼれた。スーツ姿の怪しい人たちが自分の娘を最大限の注意を払って尾行している。もし、事情を知らなければすぐさま近くのスタッフに不審者がいると通報していただろう。

 突然一人で笑い出す中年のおばさんは目立つ。みさえはすぐにすました顔をして、カフェを立ち去った。

 ファストパスを持っているミサたちの動きは早い。長い行列をすり抜け、ジェットコースターに乗ろうとしている。このジェットコースターは近未来をイメージとした地下都市から出発するものらしい。

 娘を尾行する者たちの動向はよく見える。あちらは人間に見つかるわけがないと思い込んでいるので私のことなど眼中にも入っていない。ゆえに私の視線にも気づかない。

 娘を尾行しているスーツ姿の怪しい人たちの顔を一人ずつ美佐江は確認していった。あまりに凝視すると疑われる可能性があるのでそれとなく。

 全員の顔を確認したところでみさえは肩を落とした。

 来ているわけないか……

 可能性というものは誰でもすがりたくなるほど魅力的なものだが、その中身が自分の思い通りのものであることはほとんどない。みさえもご多分に漏れず、期待通りの結果を得ることができなかった。

 飲み干したタピオカミルクティーを近くのごみ箱に無造作に投げ捨てて、娘を見た。どうやら今からジェットコースターに乗るらしい。娘の周りには同じ学校の友達らしき子が十人ほどいる。見覚えのある顔もいくつかあるが、男子の顔は小さいころに娘と仲良くしていた水野君以外知らない。

 水野君があの子の意中の相手なのね。

 みさえには確信があった。というより事実として知っている。自分の目と耳で確かめたのだから。

娘が神社に住む神様に恋愛相談をしているところを目撃してしまった。最初は夜遊びかと思った。仕事や学校でストレスが溜まってしまったゆえ、非行に走ろうとしているのではなかろうかと最初は心配した。だからこそ、夜な夜な外に出かける娘を尾行した。そして、理由を聞くつもりだった。どうして母さんに相談してくれなかったのかと。

でもすぐにこれは夜遊びではないんじゃないかと思い始めた。何といってもあの子が通っていたのは私もよく知っている神社だったから。

娘は大変な努力家だ。それにほとんどの同学年の子には分からない苦労も知っている。何も芸能界に身を置くという苦労だけではない。

あの子には父親がいない。そのことでも随分と苦労をかけた。そのせいだとは言いたくないが私は娘に少なからず負い目を感じている。だから、娘の力になれそうなことがあったら、どんなことでも全力を注いだ。今でもそうだし、これからそうし続けるつもりだ。

みさえはバッグにしまっていたサングラスをかけ、帰り支度を始めた。

でも、恋路は別。母親が首を突っ込む話じゃない。うまくいこうが、だめになろうが、言い方は悪いが所詮まだ子供の恋愛だ。今のうちに恋の苦しさや痛みを知っておくのも悪くない。むしろ問題なのは昨今の若者のように恋愛なんて興味がないとか言い訳を並べて、木津つくことから逃げることだ。彼女ほしい、彼氏ほしいとかいう割に失敗の可能性がある行動はなにもしない。そう若者を見るとみさえは無性に憤りを感じる。大した障害でもないくせに勝手にあきらめないでよ。

ジェットコースターの入り口付近の日差しはかなり強い。サングラスを持ってきたのは英断だったとみさえは自身を称賛した。太陽の背に色んな人たち、家族連れ、学生の友人グループ、老夫婦が談笑している。だが遊園地だけあってやはり若いカップルが目立つ。彼ら、彼女らを見るたびに思う。どうすればそんな風になれたの?

そろそろあの子たちが乗る番のようだ。鉢合わせでもしたら面倒なのでとっと帰ろう。

 今日ここに来た理由はいくつかあるが、決して娘を監視しに来たわけではない。一つ確認したいことがあったからだ。今の水野君をこの目で見ておきたかったのだ。水野君が本当に好きなことはわかっている。もし、あの子たちが付き合うことになったらきっと誠実な付き合いができるだろう。

だが、その時私と同じ失敗をしてしまったら。

 みさえはそれだけが気がかりだった。

くしゃみの音が聞こえた。あまりにもかわいいくしゃみだった。みさえはついそのくしゃみがしたほうに振り返ってしまった。

その先にはいたのは人間ではなかった。見た目は人間の男の人そのものだが、人間ではないことはみさえには一番よくわかっていた。仲間らしきものたち数人と行列の波の中に隠れている。ミサから身を隠しているのか、それとも、ほかの神様たちから目を隠しているのか。いや、両方だろう。

どういうこと?みさえは素朴な疑問に駆られた。なぜ、ほかの神様からにも見つからないようにこそこそ隠れているの?あなた達、仲間よね?ほかの神社の神様じゃなそうだし。今あの神社の中で何か起きているの?

もうこれ以上ここにいるのは野暮と考え、家に帰ろうと思っていたみさえの足が止まった。単純にあのくしゃみの主とその仲間たちに興味がわいたからだ。

そこから五分程度観察するだけで大体の事情は分かった。あの神様たちはミサと水野君をくっつけるのではなく、香ちゃんと水野君をくっつけるためにここにいるらしい。コソコソとやっているということは何か後ろめたいことでもあるのだろう。

いや、後ろめたいのはうちの娘のほうか。

神様はそれとなく香ちゃんと水野君を近く寄せてみたり、ほかの男子にジュースをぶっかけてちょっとした騒ぎを起こし、ほかの神様がそちらに意識を向けている間に香ちゃんと水野君を近づけてみたり、とにかく色んなことを試している。

可愛いらしいな。

それがみさえの率直な感想だった。まるで恋愛の本心をわかっていないだろう行動や必死の香ちゃんのために働いている姿もどこか心をくすぐってくるものがあった。

だが、神様たちの努力も空しく、水野君の席の隣にはミサがいた。香ちゃんは水野君の後ろの席に座っている。ジェットコースターは最大16人乗り。ミサたちのグループはみんな仲良く一緒に乗れたらしい。

ミサのサポートについていた神様たちのほうが何枚も上手だったということだろう。だが、その上手の神様たちもあんまり私たちの気持ちをわかってなさそう。まあ気持ちなんて人それぞれなのだからあれが正しい作戦なのかもしれないが、ミサを生んだ母親としては娘にそんなものは無用と言ってやりたかった。

香ちゃん側の神様たちの落胆ぶりをまたかわいいと思ってしまった。そんなに気落とさなくても大丈夫よ。

頑張ってというサインを視線で送ったのがまずかった。目が合ってしまったのだ。意識したうえでの視線のぶつかり合い。視線をそらしても、意識したことは伝わってしまう。

あの人に迷惑はかけられない。

みさえの頭の中にあったのはそれだけだった。


遊園地というものは自分の足でアトラクションを回り、その口で友人と談笑することで初めて楽しめるものらしい。こうして一人の少女の後を追いかけているだけでは面白さも何もあったものではない。仕事なのだから楽しむというのもおかしな話だが、今この目に映る光景はまるでテレビの中のようだ。実感が湧かなくなってきている。

心の何処かで諦め始めているのかも……

疲れ切った体がそう言っている。疲れのせいか、寒気まで感じる。いや、寒気は疲れのせいではないらしい。

桐野は灰色の雨雲が蠢く空を見上げた。昼は快晴だったが、夕方五時、現時刻の空は今にも泣きだしそうだ。天気予報は確認してきたが、降水確率は五パーセント以下、まさか本当に降るとは思わなかった。これでは夕焼けをバックにして告白させるというシチュエーションも実現不可能だ。

今日一日の負けっぱなしの展開もこの疲れに拍車をかけているに違いない。流石は社長が選んだ特別チームと呼ばれる精鋭部隊だ。動きも頭も恋愛知識も僕たちよりも何枚も上手だ。それに加えて僕たちの存在にも気付いているに違いない。いや、そんなことは最初から分かっていた。社長に精鋭部隊に加入するように指示を出され、それを無視して、ここにいる以上もう裏切りは露見している。いや、それどころかここに来ること自体も容易に推測できるだろう。もしかしたら、あいつらはあえて僕らの存在に気付かないふりをして、おちょくっているのかもしれない。

急に気分が楽になってきた。諦めるというのは、いや、何も考えないというのはなんて楽なことなんだろう。

恋愛、仕事、上司、理想、不条理、社会性、そんなものに立ち向かわなければ理由も義理も日陰部署に飛ばされればなくなってしまう。

そんなに頑張らなくてもいいじゃないか?

遊園地のベンチに座り、缶コーヒーを手に地面をじっと見つめている桐野の頭の中にはもう具体的な未来予想図が設計されていた。

何勝手に諦めているんだよ。

もし、福島が僕の頭の中を覗いたとしたら、きっと僕を叱咤するだろうな。

「桐野先輩」

顔を上げると渋い顔をした吉野と目が合った。顔を雨に濡らしている吉野の表情はよく見えないが体が震えているように見える。

「そんなに暗い顔しないでください。まだ終わった訳じゃないですよ」

「気なんか使わなくていいよ。全部僕が勝手にやったことなんだから」

「別に気を使っているつもりは……」

手の甲で目をこすっている吉野ン体はまだかすかに震えている。

もしかして泣いている?

「先輩はすごいですね」

 急に吉野がひねり出した声は調子外れの明るい声だった。

「権力に媚びず、自分の信念を貫き通そうとする。とても私みたいな凡人には」

「急にどうしたんだ?」

「私は先輩のようにはなれません。信念を貫き通すような明確な目的意識もありません。いや、 もともと信念なんてもの自体持ち合わせていません」

「だったらなんで僕に協力したんだ?君も何かに納得できなかったから協力してくれたんじゃないか?わざわざ僕が作った泥船に乗ろうと思ってくれた気持ちが君の言う信念というやつじゃないのかい?」

吹いたら飛んでしまうような笑顔が吉野の顔に浮かんでいた。彼もまた諦めているのだろう。  

そして、負けた僕のことを思って、あんな作り笑顔をしてくれている。素直に桐野は感謝した。

「私は本当に先輩を尊敬していただけですよ」

雨が一層強くなってきた。その言葉もかき消されそうだっただが、僕の耳にはしっかりと届いた。

「この世で自分が一番不幸みたいな顔してんじゃねぇよ」

桐野の手から奪った缶コーヒーを一気に飲み干し、野球ボールを投げる要領で空き缶をゴミ箱に投げ捨てた。

「あいつは最後に観覧車に乗るらしい。先手先手を打たれ続けたが、これさえクリアできれば一気に挽回できる。そうやってうなだれるのはやることやってからにしろ」

「そうだよ。まだあきらめるのは早いよ」

励ましてくれている二人の言葉も水面をなでるそよ風のように体の中をすっと過ぎ去っていく。

何も感じないとはよく言ったものだ。世の中に何でもかんでも何かを意味を考えたり、感じたりしようと疲れる。それにそんなことばかりしている暇もない。人間も我々も忙しいのだ。二人の声もそよ風のように僕に届いた。でもそれだけだ。いちいちそれに意味を感じ取れるような感受性はもうなくなってしまった。

野山香たちは傘をさして観覧車に向かっている。突然の雨だ。全員が傘を持っていたわけではない。数人が持ってきた傘に数人が入り込んでいる。この状況もうまく利用すれば相合傘というシチュエーションを作れるかもしれないと思ったが、どうやら難しいようだ。男子は男子の傘に、女子は女子の傘に。当たり前といえば当たり前だが、友人たちが見ている前で堂々と相合傘をするのはいわゆる熱愛カップルくらいのものだろう。特別チームもそう考えているのか特に何かする気配がない。

「いい加減その重い腰を上げろよ。もう少し踏ん張ればお前の欲しかった答えが見つかるかもしれないぞ」

答?

体の中に静かな炎が灯った。答えという言葉がバラバラだった迷いというパズルを一気に完成させてくれた。体の中からガチャンという音が聞こえた。パズルが完成した音だ。でも、完成した作品に名前はまだない。

野山香のために働いているなんていうのはただの思い込み、エゴだったのかもしれない。知らないことを知りたい。それだけだったのかもしれない。

 なんだ。俺も人間と大して変わらないな。

「観覧車に乗るまではそう時間はないみたいだね」

自分でも驚くくらいはっきりとした鋭い口調だ。

「なんだ。少しはやる気が出たのか?」

福島の口調はどこか明るい。

「少し自分の気持ちが分かっただけだよ。そう考えたら野山香のためじゃなく自分のために全力を尽くさせる。その全力のおかげで野山香に対してまだ諦められないでいれる。あれ?何言っているんだろうな。僕は?」

「分かっているよ。桐野の気持ちは」

横に立っている的場が桐野の濡れた髪をかきむしった。

「もう数分後には野山香たちの番になる。どんな手を使ってでも二人を同じ台に載せよう。作戦はそれからだ」

福島の鼻の穴が興奮のせいか少し膨らんだ。その瞬間に的場、吉野、福島は走り出した。だが、桐野は三人の行く手を阻んだ。

「待ってよ。台に載せるのは僕の役目だ。確実に裏切りがバレているのは僕だけだ。君たちまで出ていくのはリスクがありすぎる」

「リスクってなんだ?馬鹿にしているのか?俺たちだって生半可な気持ちで戦っているわけじゃない。手を抜くことはできない。お前まだそんな弱気なのか?しっかりしてくれよ」

 福島の意気込みに的場と吉野も頷いている。

「僕はただ……」

「その通り、裏切り者は一人で十分だ」

 全く気付かなかった。その予兆すらなかった。気づいた時にはもう特別チームがつくった輪の中に閉じ込められていた。福島たちの見開かれた目を見ると同じように驚いていることがよく分かる。

「福島、まさか君とこんな形で会うことになるとはな」

 蔑むような目とニヤニヤとした笑みをぶら下げて、福島に語りかけているのは確か、二期上の国平神先輩だ。確か他の神社からヘッドハンティングされた実力者だ。この神社に来てからも優秀な実績を残している。今では社長の懐刀とも呼ばれている。

 その国平先輩がここに来ている。その意味が桐野には分かっていた。

「わざわざ尊敬する先輩である私を助けに来てくれたのは嬉しいが、もう必要ないぞ。準備は完了しているからな」

「は?何言ってんだ。あんた?」

 どうやら取り繕うつもりはないらしい。とても先輩に対する口の利き方ではない。今まで素直に頭を下げていた後輩の突然の反抗に動揺しているらしい。顔色がよろしくない。

 あえて福島から目をそらした国平先輩は的場に体を向けた。

「的場さんも今日は福島の付き添いに来てくれたのかい?精が出るな」

 国平先輩が何を言っているのか、的場はよく理解できていないらしい。目をぱちくりさせて僕と福島の顔を交互に見ている。

「君たちの気持ちもわかる。同期の犯した間違いを自分たちの手だけで止めようとした気持ちは本当によく分かる。見上げた仲間意識だ。知らなかったよ、福島にそこまでさせる友人がいたとは」

 少し嫌味な言い方だ。福島に反抗的な態度をとられたことが気にくわなかったのだろう。

「国平さん。あなた先程から何を言っているですか?私たちは!」

「全て分かっていたのですね」

 的場の言葉を遮って桐野が言葉を差し込んだ。相手の策略に乗ることが仲間たちの未来のためには最善の手だと桐野は判断した。

 国平先輩の目が眩しいものを見た時のように少し細目になった。

 本当にそれでいいのかい?

 桐野は一瞬そう聞かれたような気がした。

「吉野君が詳しく教えてくれたよ。桐野神の背信行為については詳しくね」

 国平先輩とはほとんど会話したこともないが、この場においては信用できる先輩であるようだ。

「吉野、貴様……」

 福島のこれほど怒りに満ちた顔を桐野は初めて見た。

「桐野を売ったのか?最初から社長とグルだったのか?どういうことだ?いつから俺たちを騙していた?なあ、答えろよ。なんで俺たちをだました!!」

 吉野の顔は青ざめてはいるが目の中の光は死んではいない。自分のやったことは間違っていない。心のどこかでそう思っている目だ。

 かぶりを振っている国平先輩が一歩ずつ福島に近づく。

「福島。お前らしくない早とちりだな。吉野君と社長は何の関係もないよ。吉野君と繋がっていたのは私だけだ。吉野君の様子がおかしいから問いただしてみたら、まあ、驚いたよ。悩み事があるなら聞こうと思っていただけだったのに。実際に話を聞いてみたら予想をはるかに上回るとんでもない暴露をされて逆に私が悩まされたよ」

「まさかこんな近くに伏兵がいたとはな」

 福島の怒りの表情はまだ消えない。

「本当は上に報告するべきだと思ったんだがな。なかなか言い出せなかった。後輩から告白を横流しするような屑になりたくなかったというのもそうだが、一番は問題がデカすぎて私はビビってしまったんだよ」

「意外だな。あんたも成り上りたく仕方ないと思っているタイプの人間だと思ってたよ」

 どこかそわそわした様子で福島は国平先輩に言った。だが、視線は的場の方に向いていた。

「別に地位や名誉に興味がないわけじゃないが、それらを得るために戦うことが私にはできない。私は面倒くさがりなんだ。一生は別にそこそこでいい」

 突進したというのが正しい表現だろうか。的場は前のめりになって野山香たちのいる方向へ走り出した。もう野山香たちに観覧車に乗る番が回ろうとしている。水野翔太と野山香の位置は離れている。東原ミサと水野翔太の位置も離れている。男子グループと女子グループで別れているところを見ると男女で乗ろうという気はまるでないらしい。

 血走った目で走り出した的場はこの状況に穴をあけるために走り出した。福島は的場を追いかけようとしている特別チームを足止めしている。もう実力行使しかないと分かっていたからだ。もうそう段階まで来ていたのだ。

「ねえ、水野くん。一緒に乗らない?」

 慎重に作り上げてきた砂の城を見知らぬ人に破壊されたような気分だ。何が起きたのか、理解することから始まり、自分たちが作り上げたものの儚さを知る。

 そんな一言で僕たちの努力はすべて無に帰するのか。

「え?いや別にいいけど。なんか久しぶりだな。東原と観覧車に乗るのは」

 水野翔太と東原ミサの友人たちがニヤニヤとした笑みを浮かべている。人の恋路は人間にとっても面白いものらしい。

「お熱いね。お二人さん!」

「観覧車に乗りたいって言いだしたのは水野君と乗りたかったから?もうー早くそう言ってよ」

「お前ら中々見せつけてくれるじゃねぇか」

 水野翔太は友人たちに肩を組まれ、耳元で何か囁かれている。内容はここからは聞こえないが想像はつく。

 東原ミサの方も友人たちと笑顔を見せ合っている。背景にバラでも咲きそうな絵だ。

 国平先輩は右手の人差し指を立てた。

「勘違いしてもらいたくないからとりあえず言っておくが、私たちだって別に今の体制に納得しているわけじゃない。だから、君らのことは見て見ぬふりをするつもりだったんだ。だが、状況は変わった。桐野君。君が野山香を支援していることはもう社長にもバレている。いや、福島も的場君も吉野も桐野君に加担していると社長は考えている」

「俺たちを泳がせていたってことか、あの野郎、なめたマネしやがって」

 特別チームに取り押さえられた福島の目元は怒りで紅潮している。福島があまりにも激しく抵抗するので数人がかりで腕を抑え、顔を地面に叩きつけている。

「福島達だけならまだ庇うことができる。まだ社長も疑いを持っているだけで確証を持っているわけではないようだからね。だが桐野君は……」

 その声には気の毒だなと憐れむ色が映っていた。

「分かっています。あの日社長に呼び出された時から覚悟はしていました」

「君は間違っていない。少なくとも私はそう思う」

 優しい声色で国平は桐野にゆっくりと近づいていく。まるですべてを自白した犯人に手錠をかける刑事のように。いや、まるで、ではない。実際にそういう状況なのかもしれない。

「間違っていないと思うなら力を貸してください。野山香にチャンスを与えてやってください。見てください。彼女の顔を」

 桐野が指をさした先にいる野山香は笑っている。痛々しい笑顔だ。周りの和やかな笑顔、雰囲気に同化するための笑顔だ。彼女は彼女なりに簿の雰囲気を守ろうとしているのかもしれない。

「あんな辛そう笑顔をしている人を救うのが僕たちの仕事なのではありませんか?この場だけでいい。野山香と水野翔太を同じ台に乗せてもらえないでしょうか?」

 国平先輩も特別チームの面々も黙り込んでいる。いや考え込んでいる。僕の提案を飲むか飲まないかで。

 無駄なあがきだってことはわかっている。

 少しずつ止んできた雨がまた桐野の諦めという気持ちを彷彿させた。

 特別チームはあくまで西原ミサを支援するために作られたチームだ。その支援の障害となる野山香を助ける選択肢などそもそも頭の中にもなかっただろう。

「それはできない。私たちの最優先事項は東原ミサの支援だ。それに反する行為は愛想神社の社員として行うことはできない」

 やっぱりね。そりゃそうだよ。

 でも、ここで引き下がったら……

「観覧車に乗せるくらいで西原ミサにとって不利な状況になると?」

 桐野は声を張り上げた。遊園地中に響き渡るような声で言った。いや、叫んだ。普段大声を出すことなどほとんどないためか、大声が何度か裏返ってしまった。

「今まで私は確かに野山香のために動いてきました。それはこの神社の体制が間違っていると思ったからです。でも、私は東原ミサにも救われてほしいと思っているんです。私たちによって巻き込まれた西原ミサにももっと普通の恋愛をしてほしかった」

 大きな声を出すというのは本当に疲れる。だが、疲れたからといってもやめるわけにはいかない。東原ミサにこの声が届くまでは。

「お願いします。このままでは野山香も西原ミサも私も私の仲間たちも納得できません」

 国平は口と目をぎゅっと閉じて、手を腰に当てた。迷っているのか、それとも僕をどう説得しようかと考えているのか。どちらなのだろうか?

「香ちゃんも一緒に乗らない?」

 割と大きめな声だった。何しろこちら側まで聞こえるようなトーンなのだから隣の人と会話する程度のボリュームではない。

 東原ミサが野山香も一緒に乗らないこと誘っている。満面の笑みで。

 その笑顔には可愛らしさも美しさも透明さもなかった。

昂っている。受けて立ってやると言っている。

ような気がした。

周りの友人たちは少々困惑しているようだ。顔の笑みは消えていないが、動作の細部に困惑、動揺が見え隠れしている。

どういうこと?好きな人とふたりで乗れるせっかくの機会を作ったのに。

一番驚いているのはやはり野山香だ。よほど驚いたのか体の動きが瞬きだけになっている。

「え?私も?」

数秒遅れてやっと口が動き始めたようだ。

「香ちゃんも昔一緒にこの観覧車に乗ったじゃないー昔話でもしようよ」

いい顔をしているね。東原ミサ。まるで漫画の主人公のような晴れ晴れとした顔だ。

驚いているのは人間だけではない。国平先輩たちも口をあんぐりとかけて東原ミサを見ている。彼女をサポートしてきた身としては信じられないですよね。

桐野自身もにわかに信じられない気持ちだった。まさか僕の言葉に耳を貸してくれるなんて。彼女は目的のためなら手段を選ばないタイプの人間だと思っていたから、最高のシチュエーションの場を捨てるような真似はしないと思っていたのに。

「彼女が望む、以上あんたらに手出しする権限はないんじゃないのか」

地べたに這いつくばっている福島は吐き捨てるように言った。そんなに機嫌がいいというわけではないらしい。確かにあの三人が一緒に乗るだけで野山香と水野翔太が二人きりで乗るわけではない。作戦は実質的には破たんしたという訳だ。

「彼女の望みは水野翔太の心をつかむことだ。観覧車は見逃したくないポイントの一つだ。彼女が何を考えていようとも我々も譲ることはできない。こっちも仕事で来ている以上、こっちもできることは全てやらないといけないからな。だが」

 国平先輩は軽くため息をついた。

「お前らの作戦を潰せただけでも良しとするかな。どのみちこっちは今日が最後という訳じゃないんだからな。打つ手はいくらでもある。それに」

 国平の視線が上に向かうのを見て、桐野も視線を上空に向けた。

 雨がより一層強くなってきた。

「この天候では最高のシチュエーションは作れそうにないしな」


「ちっぽけだね。私たち」

 図書館の机に腰を掛けたまま俯いている的場が呟いた。

「私たち、一体なにしたんだっけ?」

「恋愛成就のサポート。それだけだ。だが、サポートはどこまでいってもサポートだな。結局、決めるのは人間たちだからな。その場の気持ち次第で俺たちなんて鼻をかんだ後のティッシュ以下の存在になる」

「分かりにくい。たとえを使わないでくれる。ただでさえお通夜みたいな状態なんだから。ほら、顔上げなよ、吉野」

 椅子に座り、手を膝の前で組み、頭を組んだ手に当てている吉野の姿はこの世の不幸をすべて背負い込んだような重く陰湿な空気を漂わせていた。

「あんたは何も悪くないよ。むしろ、あんたがきちんと話す相手を選んでくれたから私と福島は助かったのよ。ありがとう」

「お前のリークのおかげで遊園地内で俺たちの動きはバレバレだったみたいだけどな。まあ野山香がどうなるかなんて本当はどうでもいいんだがな」

「ちょっと福島!なんであんたはそう言い方しかできないの!この冷血漢!」

「俺は事実を言っているだけだ。吉野を責めているわけじゃない」

「事実を言うだけなら誰にでもできるでしょ!この馬鹿!」

 少し、少しだけ吉野は笑ってしまった。吉野は自分を戒めた。なんで笑ったりしたんだ。俺は?こんな時に?でもあまりに二人のやり取りが夫婦のようで笑ってしまった。

 天界には夫婦という概念はない。人間から見て女性らしい見た目の社員もいれば、プロレスラーのような肉体を持った社員もいる。だが全員、性別というものを持ち合わせていない・故に夫婦というものは存在しえない。もはや、生物といっていいのか、怪しい存在。それが私たちだ。

 人間のように夫婦、家族という共同体を作らない以上、吉野たちにとってこの神社こそが唯一の家族ともいえる。ここに産み落とされ、ここで働き、ここで一生を終える。ここで将来を奪われた桐野のことを思うと吉野の胸は刃で刺されたように痛み始める。

 奪われたんじゃない。奪ったんだ。私が。

 信用してくれていたのに裏切ったその事実は変わらない。

「負けたのよ、私たちは」

 両手を高く伸ばして、的場は言った。

 あの日、桐野たちは決着を見届けずに帰路についた。あの後どうなったかは国平先輩全て教えてくれた。

 結論から言えば何も起きなかった。三人は昔一緒に遊んだ空き地やら秘密基地やらの話をしただけで特に何か進展があったわけでも、トラブルがあったわけでもないらしい。

 きっと、野山香たちにとっては何気ない青春の1ページになるのだろうが。こっちはそんなにさわやかな気分では終われない。あの日はいわば戦争のようなものだった。そして、私たちは負けたのだ。敗戦した。負けた側に待っているのは奪われ、押さえつけられる未来だけだ。私たちは大事な仲間を奪われるのだ。

「そういえば桐野は今どこ?」

 それとなく自然に聞いたつもりだったのだろう。的場先輩の顔は涼しい。

 桐野という単語を聞いた瞬間自分の意が縮みこむような気がした。

「今日はまだ出社していません。連絡も通じません」

 敗戦国に残されたのはただの虚無感。いや、表面的には何も失っていない。このまま何もしなければきっと今まで通り働くことができる。

けど、なんだろう。この気持ちは?

「お前らは負けたと思っているのか?」

確固たる意志をもって福島は言った。

「確かに俺たちは負け犬だ。社長の不正の尻尾もつかめず、仲間も失った。だが、負けをまけと思っていない限りはまだ負けじゃない」

「何言ってんの?あんた?私たちは負けたのよ。国平先輩は社長は疑いしか持っていないって言ってたけど本当は……」

「負けてない」

少女のような透き通った声で福島先輩は呟いた。その目もまた子供のようにうるんだ目になっていた。遠い過去を見ているような目、いや、遠い過去にある何かを探しているような目だ。

「いいか、まず」

「そんな馬鹿な真似は止めなよ」

誰の声か、すぐに分かった。なぜなら今一番会いたい人の声だったから。

「やあ、皆ごめんね。ちょっと寝坊しちゃってね」

嘘だ。嘘をつくのは止めてください。

桐野先輩の目の下のクマは笑顔を儚げなものにしていた。

「うそうそ、実はいろいろやることがあってね」

「馬鹿な真似ってなんだ?お前、俺が何をしようとしてんのか分かるのか?」

「まあ、大体ね」

 涙が、涙が、涙が、出ない?出る?

「だったら黙ってみてろ。うまくいけば」

「僕のためにとか思っているんだったら止めなよ。不正を暴くつもりなら焦らずもっと地道に証拠を詰めていくべきだよ」

「別にお前のためとかそういうんじゃねぇよ」

 福島は照れた顔を隠すために横を向いて唾を吐いた。福島の珍しい態度にその場の全員が対応に窮した。お通夜のようだった空間にぎこちなさが生まれた。

 桐野先輩と出会って福島先輩は変わった。いや、本来の姿が顔を出したというべきだろうか。

 全員の携帯が鳴った。上役たちからの緊急呼び出しだ。これで呼び出されるときはろくなことがない。誰が問題を起こした時の証言者として呼ばれたり、公では言えないような仕事を押し付けられる時にこのけたたましいメロディーが鳴る。

「とうとう年貢の納め時かな」

 三人は桐野の顔をじっと見ている。全員何か言いたげな顔だが何も言えない。桐野の言葉を待つしかなかった。

「じゃあ、行こうか。皆を待たせると悪いからね」

 桐野の声はあくまでも明るかった。


 神原社長の機嫌は今まで見た中でダントツに悪かった。

「どういうことだ?」

 第一会議室には上役たちが丸テーブルに腰を掛け、特別チームの面々が壁際に並んでいる。そして、的場と吉野は特別チームの面々と一緒に壁際に立ち、福島は上役たち同様丸テーブルに腰を下ろしている。

 当の桐野は窓ガラス側に立っていた。すぐ隣には立ちタバコをしている神原社長の姿があった。

「国平から既に報告は受けた。君があの日西原ミサに支援に協力しなかったどころか、野山香の支援を勝手に行ったそうだな。なぜだ?」

「前にも言った通り、この神社の方針に疑問を感じたからです。そして、我々の利益に振り回される野山香を見捨てられなかったからです」

「野山香を救うことは我々の利益になるのか?この神社のためになるのか?共に働く仲間たちのためになるのか!」

 神原の怒号が会議室に響き渡った。的場や吉野だけでなく、役員たちまでもが血の気の引いた蒼い顔になっている。今糾弾されているのは僕なのに。

「僕は……いえ、私は」

 俯いた顔から涙がこぼれそうになった。なんで今涙が?まるで社長の怒りに委縮してしまっているようじゃないか。

「桐野神、今日付で君をこの神社から解雇する」

 誰も声は立てなかったが、その場にいたほとんど役員、社員たちがその言葉の破壊力を体験した。隣にいる者同士の顔をちらちらとみては相手がどんな反応しているのか確認しては自分の動揺は間違っていないということを確認し合っているようにも見える。

「解雇……?」

 的場の口から湯気のように出たその言葉は会議室に浮かび続ける。

「ちょっと待ってください」

 その空間の動揺を破り、福島が尋ねた。その目にはやはり同様の色が浮かんでいる。

「社の方針に従わなかったから解雇するなんてあまりに横暴すぎませんか?そんな事例今までのなかったはずです」

「今回の案件はある意味この神社の方針を明確してくれるものだった。全員が一丸となって取り組むべき案件だった。いや、この案件だけではない。これからも一丸となって動かなくてはいけない。そうしなければこの神社は生き残れない」

「つまり、自分の意見に賛同できない社員は切り捨てる。そういうことですね?」

 おい、君なんてことを!役人の誰かがそんなことを叫んだ。だが、その役員も福島の鋭い眼光の前では危険から身を守る小動物のように縮みこんでしまった。

「桐野君が賛同しなかったのは私の考えではない。彼が賛同しなかったのは我々の存在意義だ。桐野君はあまりに人間に近づきすぎた」

 人間に近づきすぎた?

「我々は確かにある意味人間たちを救っているといえるが、あくまでそれは自分たちのためだ。この神社のためだ。だが、桐野君は人間たちの側に立って働いている。正直に言って危険だ。いつか、我々を裏切り、人間たちのために我々を潰しに来るかもしれない。いや、今回彼がとった行動こそその最たるではないか?」

 そうかもしれない。桐野は思わず納得してしまった。振り返ってみれば僕はこの神社のために働いたことはない。全部自分のためだ。

「福島、もういいよ」

「もういいだと?お前はすっこんでろ」

「もともとやめるつもりだったんだ」

 的場と吉野の視線が桐野を鋭く突きさす。本気で言っているのか?とその視線は言っている。「もう荷物はまとめてあります。社長、皆さん、今回は皆さんに多大なる迷惑をおかけしたこと、深くお詫びいたします。私はここを出て、一から出直すつもりです」

「桐野、てめぇ」

 福島の目は怒りと納得できないという気持ちが入り混じっている。

「ですが、これだけは言っておきます。私は野山香を諦めるつもりはありません。彼女には私自身の答えをかけています。私はその答えを探すためにここを辞めます」

「桐野君、もしかして君は」

 神原は言葉に詰まった。その詰まりの先に何があるのか。知っているのは神原社長だけだった。

「今までお世話になりました」

 深く、深く、深くお辞儀をした。こんなに誠実な気持ちで頭を下げるのは生まれて初めてかもしれない。そういう意味では初めて頭を下げたような気がする。

 頭を下げている間に神原社長はその場を立ち去った。社長に気を遣ったのかバツの悪そうな顔で役員、特別チームの面々もぞろぞろと会議室を後にした。桐野は頭を下げ続けた。

 残ったのは的場、吉野、福島、そして、桐野だけだった。

「カッコつけたつもりか?」

 やはり最初に口を開いたのは福島だった。福島はあまり感情を隠さない。というよりも必要な時しか感情を隠さない。

「お前は何にも見えてない。いや、見ようとしていない。カッコつけんなよ。どれだけ汚くても無様でも憎まれても納得できなくても働き続ける。その先に初めて自分が変えた世界が見える。自分のやってきたことの意味が見える。自分のやりたいことをやるためにやめるなんてただのカッコつけだろうが」

「そうだね。僕はカッコつけたかっただけかもね」

「そうやって笑ってごまかすなよ。もっとぶつかってこいよ」

 福島の声は消え入りそうなほど小さなものになっていた。

「俺の仕事机に恋愛関連の資料があるから福島たちにあげるよ。なかなか興味深いものが多いからとっておいてくれよ。一応思い出の品ということで」

「これからどうするつもりですか?」

 虚ろな目をした吉野が俯いたまま尋ねる。まるで幽霊だ。

「解雇された天使を雇うところなんてどこもありませんよ。雇ってくれる神社がなければ食っていくこともできません。そもそも神社をクビになる天使なんて滅多にいませんからね。そういう天使を保護してくれる仕組みも天界にはありません。神社から見捨てられるということは行き場を失うということですよ?」

「まずはハローワーク通いの毎日になるかもね」

 自分でも不思議なくらいに穏やかな気持ちだ。表情が自然に笑みを呼びよせてくれる。

「おかしいですよ。不正を犯したあいつらはここに残って、誰かのために働き続けるあなたが去らなきゃならないなんて。絶対におかしい。去らなきゃならないのは私の方です」

 鼻詰まりのその声は見ていてかなり痛ましかった。慰めるなんてできなかった。僕が彼だったら慰めてほしくなんてないし。それに僕の役目ではないような気がする。

「ありがとう吉野、それに的場も福島も」

 僕は仲間たちの顔を順々に見ていった。

 的場は笑顔を作ろうとしている顔をしている。要するに歪んだ顔になっていた。

 福島もある意味歪んだ顔になっていたがそれは笑顔を作ろうとしている顔ではなく、怒りに歪んだ顔だった。

 吉野は本当に不条理を恨む顔をしている。納得できない。間違っていると思っている顔だ。

「世話になったな、皆」

 その言葉とともに桐野はこの日、愛想神社を退職した。


 なんて勝手な人だろう。それが野山香の水野由愛に対する最初の印象だった。

 あの日、遊園地の帰り道、野山香は自分の敗北を悟った。

 三人で乗った観覧車は本当に楽しかった。将来も自分の気持ちにも何の不安もなかった小さいころに戻って、ただ語り合った。

 楽しかった。

 ただその帰り道に気づいてしまった。翔ちゃんの気持ちを。

 結局、私は翔ちゃんと二人で帰った。夕日に照らされる坂道を二人で帰った。

 その時の翔ちゃんの顔を私は一生忘れないだろう。

 照れ臭さも恥じらいもない水野の表情は東原ミサが作りだしたものだった。

「私は水野君の隣にずっといたいな」

 ミサの一言が翔ちゃんをこれだけ変えてしまった。私にはできないことだ。結局、好きな人の好きな気持ちを変えることは私にはできない。

 そう思っていた矢先だった。私の元に一通の手紙が届いたのは。

 差出人の名前はなかった。だが、中身を読んですぐに誰から来た手紙か分かった。

 翔ちゃんの母親、水野みさえの同棲相手からだった。

 なぜ自分のところに来たのか、疑問はいくつかあったが、やるべきことは分かっているつもりだ。

「珍しいな。晩御飯一緒に食べようなんて」

 夜6時、翔ちゃんの家で待ち合わせた私は一通の手紙を握りしめていた。

「どこで食う?あんまり高いところは無理だぞ。それともお前ん地で食べる?」

 会う約束をしたのは月曜日の放課後、お互いにそれほど時間がある訳ではない。だが、やらなければならない。翔ちゃんのためにも、私のためにも。

「ご飯食べに行く前に寄りたいところがあるんだけどいい?」

「まあいいけど?」

 私たちはいつも通る商店街を通って、ほとんど通ったことのない繁華街に向かった。翔ちゃんも私がなぜこんなところに連れてくるのか分からないといった顔でついてくる。

「余計なお世話かもしれないけど、どうしても翔ちゃんには一度向き合ってほしかったの」

 とある古びたアパートの前に立った香はそう言った。水野は訳の分からないという表情を崩さなかった。

「あ……」

 水野から表情が抜けた。水野はただ茫然とアパートの3階のベランダで男物の洗濯物を干している中年の女性に見つめている。

「母さん」

 灯台下暗しとはよく言ったものだ。水野の母親は自分の捨てた家族と同じ町で暮らしていたのだ。そこにはどんな心情があったのか香は水野に伝えなけれなならないとこぶしを握り締めた。

「私のところにあなたのお母さんと一緒に暮らしている人から手紙が来たの。あなたにはどうしても渡せないからせめてあなたに近しい人にあなたのお母さんの今を知ってほしいと」

 水野の母親が楽しそうに笑っている。どうやら一緒に住んでいる男性と話しているらしい。その姿は恋する十代のようだ。 

「あなたのお母さんはどうしてもこの町にいたいと言っていたそうよ。なぜそんなことを言ったのか。私には少しわかるような気がするわ」

「あの男、出て行った時と違う男じゃないか」

 呆れたような笑顔も零した水野はベランダに出てきた男をただ眺めている。その顔を見た瞬間、香は後悔した。いや、最初から分かっていた。いい結果になるわけがない。

「母さんはどうして俺たちを捨てたんだろうと、いつも考えていた。俺が悪かったのか、それとも、余程恋をしている人間は身勝手なのか」

 ベランダで楽しそうに笑っている母親から視線を外さない。

「そうだ。俺は馬鹿にしていたんだ。恋愛に現を抜かす人間を。俺は別に誰かを好きならなくても人生を楽しく生きていける。俺は母さんとは違う。そう思いたかった」

 香はただ水野の横顔を眺める。

「翔ちゃん。私は……よく分かんないんだけど、ただ翔ちゃんに笑ってほしかったの」

「そんなに普段の俺は笑ってないかな」

「もし、お母さんのせいで誰かを好きになることを怖がっているなら、もっと前を向いてほしいと思ったの」

 だから、ミサちゃんとも向き合ってほしい。香はそう言おうとして言葉を呑み込んだ。香にはそこまでの勇気はなかった。いや、本音を隠せない。

 沈黙が流れた。水野はただ母親をじっと眺めている。その胸中を香はあれこれと推察してみたが、やはり分かるものではなかった。

「いいの?お母さんに会わなくて?」

 つい言ってしまった。

「いや、いいんだ」

 いつの間にか水野の声は涙ぐんでいる。

「良かった……」

「え?」

「生きていてくれて良かった」

「そうだね」

 母親のような笑顔で香は答えた。

「死んでいるかもしれない。そう思っていたから。俺はただ母さんに……あれ?あんなに母さんみたいになりたくないと思っていたのに」

 香は水野の肩をポンと叩いた。

「それはあなたがあの人の息子だからだよ」

 翔ちゃんの肩はかすかに震えていた。


「あんたここでなにをしているの?」

 自室に戻ったミサが見たのは笑顔で自分のベッドに腰を掛けている桐野だった。

「今日はあなたのお話を聞きに来たんですよ」

「全く急に人の部屋に上がり込んできたと思ったら、急になんのよ」

 口をとがらせて、ミサは分かりやすく不機嫌を態度に出した。

「勝手に部屋に上がり込んだことはお詫びします」

「全く母さんには見えないからって勝手に家の中に入り込むなんて、あんたたちのやっていることは空き巣同然ね」

 その時、桐野の目が少し泳いだようにも見えた。

「たいしたお母さんですね」

「え?」

 俯いて呟いた天使の顔は少し笑っているようにも見えた。

「聞きたいことはたった一つです。あなたは水野翔太をどう思っているんですか?」

「水野君をどう思っているか?」

「正直私は今まであなたが本気で水野翔太を好きだと思っていなかった。打算や気まぐれで手を出そうとしているのかと思っていました。でも、その考えは私の偏見だったのではないかと思い初めまして」

「今更そんなこと聞いてどうしようっていうの?あなたはもうあの神社をクビになった浮浪者でしょ?」

「よくご存じですね。社長にお聞きになったんですか?」

 急に頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。

「あんたたち天使とベラベラとしゃべるほど暇じゃないのよ」

 また天使がふっと笑った。

「そんな言い方したら、お父さんが可哀そうですよ」

「かわいそう?あんたたちがそんなこと言うなんて正直驚きね」

「そんなに驚くことじゃありません。むしろお話を聞かせていただいて驚いていたのは私の不ですよ」

 ベッドから立ち上がった桐野は本棚や勉強机をぐるりと見て回った。よく見るとその手には子供から保管しいぇいるアルバムと日記がある。

「あんたそれ!」

 ミサは自分の想いと思い出に指をさした。今すぐそれを返せと言わんばかりの勢いだ。

「少し悪きはしたんですんがどうして知りたくて、すみません」

 どうしてそれがある場所が分かったの?その疑問を抱えたまま、ミサは桐野からアルバムと日記を奪った。

「私は別に水野君が釣り合うと思ったから!」

 言い訳をするかのようにミサは叫んだ。証拠を突き付けられた犯人ように動揺している。

「打算のふりをするのはやめてください。野山香があまりにもみじめだ」

「あの子は関係ないでしょ!」

「同じ相手を好きになった人でしょ?」

 最初に水野君を好きになったのは幼いころだった。私はあの頃の水野君の笑顔が大好きだった。本当にそれだけだった。その笑顔だけで私は水野君を好きになった。

「香は水野君ことを好きかもしれないけど私はただ利用しようとしただけよ。あなた達が私を利用したようにね」

 引っ越しの時は本当につらかった。水野君のお母さんが出て行って辛そうな顔をしている水野君を見るのは本当につらかった。私はただ見ているだけで親の言われるがままにこの町を去った。何の行動もしなかった。恥ずかしい。

 「僕たちを利用してまで水野君を手にいれたかった。それがあなたの本音でしょ?」

 この町に帰ってこれた時は本当にうれしかった。私はただ水野君に会いたかった。そして、初めてあの人に会った時、何かが変わるような気がした。水野君を手にするためなら何でもする覚悟があった。私はそのために……

「だから私は……」

「ハンカチ使いますか?」

「え?」

「涙。拭いたほうがよろしいかと」

 この時、ミサは初めて自分が涙を流していることに気づいた。


「悪いね。急に呼び出したりして」

 二週間ぶりに会う桐野は案外晴れやかだった。

「職もない浮浪人が元気そうで何よりだよ」

 桐野が福島を呼び出したのは天界の外れにある小さなカフェだった。いつも愛想神社の社員が行くようながやがやした飲み屋ではなく、洒落たカフェに連れてきたことに必ず意味があると福島は踏んでいた。

「で?要件はなんだ?俺も忙しいんだよ。社長に次から次へと仕事を押し付けられてな」

「東原ミサの仕事は?」

「やらせてもらえる訳ないだろう。俺たちは不穏分子らしいからな」

 コーヒーを口にしたまま、なかなか本題に切り出さない桐野に福島は苛立ちを募らせていた。

「もう謝らないよ」

「は?」

 桐野はコーヒーをテーブルに置いた。

「本当は謝ろうと思って来たんだ。本当に君たちには申し訳ないことをしたと思ったから。君たちには俺自身も助けられた。一人じゃ何もできなかった」

「もういいんだよ。負けたんだよ。俺たちは負けたんだ」

「僕はそうは思わない」

 それは確固たる意志を持った言葉だった。

「爽想神社に社長の疑いをリークしよう」

 頭を鈍器で殴られたような鈍い痛みと衝撃を受けた。

 なんでこいつ、そんなことを?

「僕たちが調べた社長の不正を報告書としてまとめよう。それを爽想神社に流す。そうなれば他の神社も黙ってはいないはず」

「何の証拠もない情報だ。あんなもの社長を追い落とすためのデマだと思われて終わりだろう。ほかの神社だって愛想神社にそこまで首を突っ込みたくないだろう」

「証拠ならある」

 またもや、鋭い痛みと衝撃が頭に響いた。証拠?そんなものがどこに?

 桐野は何も言わなかった。飲み干したコーヒーカップに何度も口をつけて渋い顔をしている。

「その証拠があれば社長を潰せるということか?そうなれば俺としてはむしろありがたいけどな」

「僕はこの神社を潰すかもしれない」

 コーヒーカップの中を見つめている桐野の顔は切なさで満ち満ちたものだった。

「違うな。僕の方こそ負けたんだ。愛想神社をクビになった僕の情報を持ち込んでも誰も信用してくれない。だから君に泣きついたんだ。ごめんね。君を巻き込む形になってしまって、でも、頼むなら君しかいないと思ったんだ」

 髪の毛をかきあげた福島の顔は笑っている。

「俺がこの会社を危機にさらしてまでお前に協力するとでも?」

「君はしてくれるよ」

 今度は声をあげて笑った。

「なんでそんなことが分かる?お前は俺の心が読めるのか?」

「分かるよ。だって」

 コーヒーカップを置いた桐野の顔は……

「君は僕の友達だから」


「今日の放課後、東原ミサはこの学校の屋上で水野翔太に告白する」

 神原社長は初めて踏みしめる学校の屋上のコンクリートの固さを感じながら,自身の意志の固さを再確認していた。

 京子の場に集まった天使は三十人、神原自身が目をかけた実力者ぞろい、これだけの天使がいなければ、ここまで持っていくことはできなかっただろう。

 理想的なラブレターも水野翔太の下駄箱に仕込んできた。今日、この日のために度が過ぎるほどの下準備をしてきた。

 東原ミサのために。

 神原は空を仰いだ。午後4時の空は驚くほど透き通っていた。もうすぐ、授業は終了する。そして、今回の作戦も終了する。

 そのはずだった。学校の下駄箱の近くに爽想神社の天使を見るまでは。

「どういうことだ?」

 愛想神社の社員たちも少なからず動揺している。動揺の波がゆっくりと押し寄せている。爽想神社の社員もそれなりの数がいる。こちらと同じ30人ほど、いや、それ以上いるかもしれない。圧迫感を滲ませた強者の顔をした集団だった。

 だが、神原たちが一番驚いたのはその集団の中に福島の姿があったことだ。

「福島君、いったい何をしているんことですか?こんなところで」

 福島は何も答えなかった。代わりに答えたのは福島の隣の大男だった。

「お初にお目にかかります。神原社長。私は爽想神社、頭取、金剛残水と申します。この度は東原ミサの支援権を我々に譲っていただきたく参上しました」

 丁寧なお辞儀とは逆に眉間の皴は攻撃的な一面を神原に見せつけている。

「あんたらに権利を譲る義理もなければ、義務もない。そんな話、私が首を縦に振ると思ったのか」

 後ろにいる社員たちが私の態度に狼狽しているのが背中越しでも分かる。自分が自分ではないのではないかと思うほど私は怒っている。

「もっとわかりやすく言いましょうか?神原社長、あなたには天使倫理法に反した疑いがあります。現段階であなた方には西原ミサを支援する権利はありません。これは日本天使連合の総意です」

 体中の血が屋上のコンクリートに吸い取られたような気がした。今、自分のいる世界が夢だと思ってしまうほどの浮遊感を覚えた。

 しかし、一瞬だ。こういう場面は今までも数えきれないほどあった。だが、すべての感情をコントロールし、動揺を内面に隠せるくらいの自己掌握ができていなければ社長は務まらない。    

「我々は東原ミサのために今回の作戦を実行しています。ここで我々が手を引けば、西原ミサの恋路に少なからず障害を与えてしまいます。疑いだけでは納得できません」

「確かに東原ミサのために一番死力を尽くしていたのはあなたでした」

 福島の目はまっすぐに私を捕えている。

「あなたがなぜ桐野をクビにしたのか。今なら少しわかるような気がします。あなたとあいつはよく似ている。自分を見ているようで怖かったんじゃないですか?」

 怖がっていた。私が?桐野を?

「今だから言えますけど、私は正直この仕事が嫌いでした。人間たちが恋という感情の前でこれほど一喜一憂するのか理解できなかった。理解できるとも思えなかった。元々自分たちにはそんな感情など持ち合わせていないのだからとどこかで諦めていました。だから、桐野やあなたのように心から満足のいく仕事が出来なかったのかもしれません」

 無実の罪を着せられた哀れな免罪被害者を見るようなしている福島は爽想神社の写人の群れの方を見た。

 そこで初めてきづいた。あの群れの中に人間がいる。女性だ。この学校の生徒ではない。もっと年は上だ。そう三十五歳くらいか。黒髪のショートボブの女性だ。

 いや、もう分かっていた。その女性がだれか。初めて会った日から忘れられなかった。忘れようともしなかった。忘れないように部屋の片隅に置いていた顔がそこにある。

 その女性は爽想神社の群れをすり抜けて、福島の隣まで足を運んだ。

「彼女があなたの不正を裏付ける証人です」

 金剛の言葉を神原は頭の中で何度も否定した。

 違う。違う。違う。違う。私にとって彼女は証人ではない。

 彼女は……

 彼女は小さな唇を開いた。

「久しぶり、かんちゃん」

 一筋の涙が彼女の、東原みさえの頬を流れた。


 私は人間の恋心に興味があるというよりもなぜ自分たちには恋心がないという点に興味があった。体のつくりは人間とほぼ変わらないのに。なぜか、性欲、恋愛感情というものがない。その生態について、もっと知りたいと思っていた。

 そのためには結局人間の研究をしなければならないことにはすぐに気づいた。だから誰よりも熱心に仕事に取り組んできた。相手のことを知ろうとする研究熱はすぐに仕事自体の成功にも繋がった。

 周りからも認められ始め、もっと大口の仕事にも乗り出せると思った矢先だった。

 東原みさえと出会ったのは。

 大量に抱えている案件の一つに過ぎなかった。だが、一つ。多数ある案件と違ったのは。失敗に分類されるものだったことだけだ。我々がどれだけおぜん立てをしようとも失敗するときは失敗するのだ。

 失敗した案件は一応経過を見ることにしていた。別に上役たちに言われていたわけではないが、失恋した人間は時によからぬ行動をとる場合もある。それが気になったのだ。

 結論から言えば私が気にする必要はなかった。私の予想に反して彼女はけろっとしていた。それどころか、自分の友達の恋愛を手助けし始めたのだ。しかも、その友達の意中の相手が自分を振った職場の先輩だった。

 私の頭は混乱した。どういうことだ?なぜ、そんなことができる?なぜ、そんなに楽しそうな顔をしている。なぜ、そんなに必死になれる?

 なぜだ?なぜだ?なせだ?

 彼女の一人部屋に忍び込んだ私は机で女性誌を開いている彼女につい聞いてしまった。

 お前はなぜ、そんなことが出来ると?

 すると、彼女は言った。

 それはあなたをずっと見てきたからだと。

 間抜けな話、私はこの時初めて彼女が私のことが見えているのだと分かった。彼女を支援していた時から私の存在は彼女に視認されていたのだ。

 昔、事故で瀕死の状態になってから、あなた達のような非tpたちが見えるようになったのだと彼女は笑いながら言っていた。

 そこからの関係は自分では言い表せないものだった。休日に二人でご飯を食べ、街を歩き回り、映画を見る。人間界ではこれ言うものをデートと言うらしいということを後に知った。

 彼女に人間界の恋愛観から文化、風習に至るまであらゆることを教えてもらった。その時間は実に楽しいものだった。天界ではできない話を何の気兼ねもなく話せることは働く活力になっていた。彼女はそんな私を見るのが一番楽しくて、幸せだと言っていた。

 そのうち、自分の異変に気付き始めた。頭の中ら彼女が離れなくなっていた。ふとした時、何の関係もないのに彼女の顔が思い浮かんでしまう。彼女と会えない日は寂しいと思うようになってしまっていた。

 自分の弱さを呪った。私は彼女に依存し始めていると思った。

 そのころだった。彼女から一緒に暮らさないかと誘われたのは。

 そう提案した時の彼女は顔を真っ赤にしていった。

 私のことをあんなに必死になって助けてくれる姿を毎日見てた。それが私の毎日の楽しみだった。私はそんなあなたを好きになったのだと。

 私は拒まなかった。その時の感情をよく覚えていない。その感情こそが私の探していた答えのはずなのに。

 一緒に住むようになってからの二年は楽しかった。彼女といるのは気が楽だった。

 その折、彼女に子供が出来た。私の子供だった。

 私は彼女と子供から逃げ出した。怖くなったのだ。おなかに子供が出来たと告げたみさえの顔を見た時、自分のある気持ちにようやく気付いてしまったのだ。

 その気持ちが怖くて、私は逃げ出した。人間に近づきすぎた私はこのままでは天使ではいられなくなるような恐怖を感じた私は逃げたのだ。

 すべては夢だったと。甘く苦い夢だったと。

 それなのに、出会ってしまったのだ。会ってはならない相手に。

 自分の娘に。

 会いたくなかった。会うべきではなかった。でも、その時私は思った。この子ためならどんなことでもできると。それが罪滅ぼしだと。それが私の愛情だと。


「神原社長、そうやって私たちを騙し、自分自身を騙し、家族すら騙してきたんですね?」

 福島の口調はあくまで穏やかなものだった。まるで同情しているようだ。

「彼女が私の家族?でたらめを言うのもいい加減にしろ。我々の生態は君だってよく知っているだろう。誰かと家族を持つことなどありえん。机上の空論だ」

 神原の目はたった一人の女性を見つめている。その女性の顔は切なさと寂しさで満ちていた。神原と同じように。

「なぜ、東原ミサが我々を視認できるのか、なぜ、あなたが特別枠として西原ミサを選んだのか、なぜ、西原みさえが我々の生態について詳しいのか、すべてが一つの答を示しています。今更言い逃れしたところで余計にみじめになるだけですよ」

「みじめだと!一社員が生意気な口をきくな!お前は自分が何をやっているのか分かっているのか!その後ろの連中は他の神社の社員だぞ!我が神社の不正をなぜわざわざ他の神社に漏らした?」

 不正をしていたという自覚はあるらしい。天使の存在を人間に洩らしたことが自分たちの世界では罪だということには気づいている。

「この神社が腐っているからです。自分の利益のために周りを利用し、蹴落とし、自分たちだけのために仕事をし続ける。我々の仕事はなんですか?自分たちの私腹を肥やして、ビジネスだと割り切っている間に忘れてしまったんじゃないですか?」

「お前はたかが人間の恋愛のために神社をつぶす気か!」

 まるで自分の鼓動で自分自身が震えているようだ。福島は自分の中にあふれ出る感情に思わず涙しそうになった。その時、頭の中に浮かんだのは一人の友達の顔だった。

「この神社をどこにも負けない神社にすることが私の夢でした。その夢を考えれば私が選んだ道は遠回りになるかもしれません。でも、やっと気づいたんです。私はこの仕事が嫌いです。でも、この仕事を通して私は仲間を得ました。そして、彼らのことをそして、人間のことを少し」

 福島は言葉を探した。本当に見つからなかった。どの言葉を選ぶのが正解なのか、なんと表現すればいいのか、福島には分からなかった。

 だが、一つの答えを得た。福島は少女漫画の一ページを思い出した。

「好きになりました」

 福島は自分の言葉に驚いた。こんな言葉があったのかという驚きだ。これが好きという感情か。

 社長の目が虚ろになった。ように福島に見えた。

「好きか……」

 そう呟いて社長はゆっくりと歩き始めた。東原みさえの方に向かって。その歩き方はまるで母親に向かっていく赤子のような足取りだった。

「みさえ」

「かんちゃん」

「ただ……会いたかったんだ」

 それだけ言って社長は地面に崩れ落ちた。俺が打ち負かしたわけじゃない。言い逃れしようと思えばいくつか手はあっただろう。だが、社長は西原みさえにただ会いたかったのだ。俺の出番など最初からなかったということだろう。

 東原みさえは社長の肩にわが子をなでるようにそっと手を置いた。

「では、神原社長。日本天使連合本部までご同行願えますか?」

 完全に空気と化していた爽想神社の社員たちが社長を取り囲み、無理やり立たせた。

「かんちゃん。ごめん」

 涙声で東原みさえは謝っている。自分のせいで社長が捕まったと思っているのだろう。まあ確かにそうとも言えないこともないが。

「お前の家に話を聞きに来たのは桐野だろう」

「え?」

 肩を抱かれ連れていかれる社長の言葉は当たっているその証拠に西原みさえの顔は図星だと言っている。

「あいつ相手だったらきっと俺も全部吐き出してしまうだろうな」

「昔のあなたとそっくりだからね」

 しっかりと歩き始めた社長は最後に東原みさえの方を振り返った。今までに見たことのない混じり気のない笑顔で。

「また会いに行くよ。今度は親子三人でおいしいものでも食べに行こう」

 社長の言った言葉の意味が分からなかったのか、少し呆けた顔をした西原みさえも屈託のない笑顔で社長を見送った。

 こっちは終わった。

 後は俺たちの仕事の範囲外だ。

 まあ、お前がどうするかはわかんねぇけどな。

 夕焼けの空に福島は語りかけた。

 友達か……

 

 生まれて初めて告白をした。生まれて初めてこんなドキドキした。屋上に降り注ぐ夕日は私をもっとドキドキさせた。

 そして、生まれて初めて……

 好きな人にフラれた。

 家までの帰り道、東原ミサは歯を食いしばっていた。悔しかったからではない。そうしなければ涙をこらえることができなかったからだ。

 好きという気持ちは思っているだけなら自分というベールの中で自分にぬくもりを与えてくれる。でも、その想いは口にしたとたん、儚く消えていく。そして、自分という小さな世界を変えてしまう。

 東原ミサは水野翔太が野山香を好きだということに薄々気づいていた。だが、いや、だからこそ、天使たちの力を借りてでも水野を手に入れたかった。

 私が負けず嫌いだから?

 いえ、違う。

 私が本当に水野君のことが好きだったからだ。

 涙をこらえていたダムは決壊した。ミサの目から一筋の涙が流れた。

 そうだよ。好きだった。だから、馬鹿にみたいに必死になって手に入れるようとした。この気持ちのせいで今は吐き気がするほど辛い。

 でも、楽しかった。

 涙を手の甲で乱暴に拭き、家までの帰路を一気に駆けた。


 告白を断るのは初めてのことじゃない。自分でもいうのもなんだが、これまでも何度も告白されてきた。

 そして、そのたびに断ってきた。恋愛は面倒くさいし、そんなことに現を抜かしている自分を想像すると気持ち悪かった。もっと世の中には面白いことはたくさんあるのにと思って告白してくる人たちの気持ちを心のどこかで軽んじていた。

 残酷なほどに美しい夕日を見つめている水野の目から涙が零れた。

 俺はクズだ。最低だ。そんなことに今更気づいた。

 俺はただ逃げていただけだ。母さんからではない。人を好きなることからだ。俺はその理由に母さんを利用していただけだ。告白してくる女子たちにも君たちの思いが俺に届かなかったのは母さんのせいだと心のどこかで呟いていたような気がする。

 母さんを言い訳にし続けた俺自身を取り巻くベールは知らぬ間に強固なものになっていた。でも、やっとそのベールから抜け出せそうな気がする。

 俺は母さんのことを恨んでいた。でも、今でも母さんのことが好きなんだ。そして、うらやましいと思っていた。自分を賭けてまで一緒にいたいと思える相手がいる母を。そんな恋を恐れない母を。

 でも、知らなかった。ミサの涙ぐんだ顔を見て、俺は本当に胸が裂けると思った。こんなにも辛いものだったのか。恋というものはこんなにも重いものなのか。

 でも、もう逃げない。俺は香が好きなんだ。

なぜかと聞かれればいくらでも言葉は出てくる。

でも、一番の理由は俺に恋を教えてくれたからだ。


夕日が差し込む廊下は野山香をやさしく照らしていた。まるで彼女を応援するかのように。

香は迷っていた。やはり諦めきれなかった。どうしても伝えなくてはならない。逃げてはいけないという想いが香りの中にあふれ始めていた。

ずっと好きだった。

でも、怖い。この言葉を口にした途端、私の本当に大切にしていたものまで崩れ去ってしまいそうで。

香は小さい体を貧乏ゆすりのように震わせた。

怖い。やめたい。帰りたい。怖い。

「東原ミサはその気持ちを乗り越えたんだよ」

目の前で聞こえた声に香りは顔を向けた。

スーツ姿の男性が立っていた。テレビの中に出てくる優しいお兄さんのような笑顔をしているその男性を香は知っているような気がすると思った。ただどこで会ったか、わからない。

「あのーどなたですか?」

聞いてみることにした。香の答が意外だったのか、その男性の目は少し見開かれている。

「それはそうだよね。見たこともない人だよね。僕は。でも、君のせいで僕の人生めちゃくちゃだよ。今更だけどここまでする必要なかったのに、なんでこんなことをしてしまったんあろう?僕も結構バカだったのかもしれないな」

何を言っているのか、意味が分からない。普通ならこの場から逃げ出して不審者がいると通報するところだが、この人にはまるで恐怖を感じない。まるでよくしゃべる親戚のおじさんを見ているようだ。

「でも、そうか。やっと分かったよ。僕は君のことが好きだったんだ。だからここまでやれたんだ。こんな単純なことだったのか」

涙ぐみながら大声で笑っているその男性からどこか優しさを感じる。だが、その答えを探す前に香は答えていた。

「私には好きな人がいるんです。だから、あなたの気持ちには応えられません」

その男性の笑い声が止まった。その眼には少し哀愁が漂っていた。

「だったら早く行ってきなよ」

「え?」

「好きな人がいるんだろう?だったら早くその人のところに行かなきゃ」

なんて楽しそうな笑顔だろう。初対面の男性の笑顔に香はほんの少し憧れを感じた。自分もあんな風に笑いたい。だから行くんだ。

「ありがとうございます!」

その言葉を残して香は走った。水野の元まで。

その後姿を見つめる桐野の顔には笑みが消えない。なぜか、嬉しくて悲しくて仕方なかった。

ありがとう。

桐野はそれだけ呟いて、夕日を見つめた。

どうかこの夕日が誰かの心をどんな心も照れしてくれますように。

桐野はただそう願った。


                                  了

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