6
ロストキューブにおいてスキルとは単純なツリー形式ではない。一つのジョブにつき一つのキューブ状のスキルボードが表示される。そのキューブには8×8×8マスの512種類のスキルが存在し、5次職まで順調に行けば総スキル数は2560種類にも及ぶのだ。魔法職に必須な魔法もこのスキルキューブで習得できる。武器攻撃職の技もここで習得する。VRゲームが発達してから様々なスキルツリーが開発されたが(中には切頂二十面体なんかもあった)、原点回帰とでも言うべきか、なかなか操作しやすいものでプレイヤーには好評であった。1レベル上がるごとに取得できるポイントは2。レベルを1281まで上げることが出来れば、理論上は全て習得できるということになっている。このポイントはLUC以外のステータスにも割り振ることが出来るため、日夜プレイヤーの頭を悩ませている。
「おまえ、なかなか料理の腕が良いな」
「こんな有り合わせでそんなこと言われても素直に喜べないのですよ・・・」
予定より少し早く21階層に着いた。10階層ごとに出現する小ボスからは確定で宝箱がドロップするが、今回は二つとも木製だった。不思議なことに、ダンジョンではゲームの時と同じように、ドロップアイテムが自動的にアイテム欄に保管されていた。なんだか妙な話だが、便利だからどうでもいいか。
「まあそれもそうか。じゃあ取り消す」
「それはそれで複雑なのですよ!」
「うすうす気づいてたが面倒な奴だな、お前は」
「あんまりなのです。この人どこかおかしいのですよ」
知ってる。だがお前も十分おかしい。
「お前よりはマシだ。行くぞ。明日中に1/8は超えたい」
「あと105階層なのです?!むむむ無理なのですよ!」
「ほう、2日で125階のペースでも奥まで8日はかかるぞ。こんなジメジメしたところに長居したいのか?」
俺は嫌だ。
「それは・・・クーニャも嫌なのですよ。でも急いで行って怪物のおなかの中に入るのも嫌なのです」
「そうか」
「分かってくれたですか?」
「ああ。これに入れて引きずって行ってやろう」
アイテム欄から取り出したものを見て、クーニャはとてもいやそうな顔をした。
「それ、棺桶なのです・・・」
「そうだ。仲間を棺桶に入れて運ぶのは定番だろう?」
「初めて聞いたのですよ?!」
「しかもこれはかの有名なラ・ドラコニスの眠っていたベッドだぞ」
期間限定イベント『吸血王の起床』というイベントにおいて、入手することのできる家具アイテム(ベッド)である。ちなみに、『吸血王の終焉』というイベントが数か月後に開催された。
「しかも使用済みなのです?!嫌なのですよ、そんなの」
「俺も気持ち悪いから使ったことはない」
「わかったのですよ・・・」
「そうか。よし、引っ張ってやろう」
冗談で言ったつもりだったんだが。というかなんで俺はこんなものをアイテム欄に入れておいたのだろうか。家具アイテムはアイテム欄の枠取らないから入れておいても支障はないんだが、そのためか家具の欄は結構ごった返している。・・・・・もしかしたら調理器具とかも埋まっていたのかもしれない。
「ちがうのですよっ。クーニャは125階層まで行くことに渋々合意したのです」
「合意なんて言葉、よく知ってたなー。えらいぞ」
「くっ、頭を撫でないでください!クーニャはもう14なのです。立派なレディーなのですよ!」
わしわしと犬が芸を覚えたかのように撫でてやったら怒られた。
「シラミだらけの頭でレディー?よく言う」
「なんてこというのですか・・・さすがのクーニャもへこんだのですよ」
そんな実りのない会話をしながら、俺たちは深い階層へと潜っていった。
「もう疲れたのです・・・。今何時です?」
「19時だ」
「嘘はよくないのですよ!さっきも19時だったのです。おなかすいたですよ」
ふむ・・・確かに空腹ではある。それにクーニャの足も遅くなりつつある。
「そうか。じゃあこの先のボスを殺したらそこで夕食にしよう」
「わかったのですよー!」
露骨に元気になったな、扱いやすくて何よりだ。
「うん、普通だ」
「おいしいって言われないのもそれはそれで複雑なのですよ」
ボスはあっさりと討伐した。50階層のボスはキメラアントクイーンだ。通常キメラ種は次世代を産み出すことはない。もともとが実験動物のため、遺伝子を後世にことは出来ないのだ。正確に言えば、性器を持つ部位の肉体に左右されるため、マンティコアならトラと交尾することにより、トラを生むことなら可能だ。だが元となった生物とは敵対してしまうため、事実上子供を残すことはできない。
だがキメラアントは、比較的小柄かつあまり改造していなかったため量産された種類だ。とはいえ基本的にアリにはメスは存在しない。女王か、次代の女王だけだ。キメラアントたちはキラーアントの巣を襲い、女王を苗床にすることにより遺伝子を残すことに成功した・・・らしい。
そんなどうでもいい話をクーニャに教えてやった。
「ほんとうにどうでもいいのです・・・。クーニャ眠たいのです。ここで野営するのです」
「分かった。いいぞ。寝袋はあるか?」
快く賛同してやると、クーニャは驚いたようにこちらを見た。
「何が目的です?」
「失礼な奴だな。これ以上お前の疲労を溜めても何の意味もないからだ」
「おにーさん、意外と優しいのです。クーニャを置いていくことも出来たですのに」
「さっさと寝袋を出して寝ろ」
「わかったのです。おやすみなのです、おにーさん」
そう言ってクーニャは寝袋をアイテムバッグから引き出し、眠りについた。
30分ほどして寝ついたことを確認し、俺はクーニャに魔法をかけた。低級の睡眠魔法だ。・・・いや、こんなちんちくりんにいかがわしい事をするつもりはない。
「おはようなのですよー!」
「おはよう。朝飯」
「作れって意味なのですね・・・」
俺たちはクーニャの作った朝食を摂り、歩みを進める。道中は大して会話もなく、時折起こる戦闘音と遠くからモンスターの唸り声が聞こえてくる程度で、静かだった。
「暇なのですよおにーさん」
「そうか。俺は本を読んでるから暇じゃない」
ARデバイスに入れてある電子書籍を流し読みする。ロストキューブの公式ガイドブックやら設定資料集なんかも入っていて、うろ覚えになっていた俺にはすごく助かっている。なにせストーリークリアまでの過程はリリース時から解放されていたため、クリアしたのはかなり昔の話なのだ。だが今読んでいるのは全く関係のない推理小説だ。この手の小説は作者の力量によってとんでもないぶっ飛び方をするから結構好きだ。犯人の動機付けとか、探偵の推理の材料が事前に出ているかどうか、とかは腕の見せ所な気がする。
そんな、人とはズレた読み方をしていると、クーニャが不思議そうな目でこちらを見てきた。
「おにーさん、本なんか持ってないのですよ?ついに頭が・・・」
「ええい、面倒くさいなお前は」
俺は無視して読みながら歩き続ける。半透明なAR電子書籍は、事故予防の一助にすらならなかったが、俺たちユーザーにはおおむね好評価であった。なにせ動画を見ながら本が読めるのだ。時間に追われる国民性にフィットしたようだ。
「おにーさん、クーニャ暇なのですよ。構って欲しいのです」
「五月蠅い。黙って歩け」
道中は大体こんな感じであった。
ザリザリザリと音がする。断続的に振動があり、時折ガタンと跳ねる。クーニャが目を覚ました時には景色が高速で動いていた。身体が緊張して、息が漏れそうになる。もしや、寝ている間に怪物に襲われたのかとも思ったが、視界の端にお兄さんが見えた。
「ななななんなのですかー!」
安堵して思わず声が出た。
「お?少しはMNDが上がってきたのか?」
お兄さんがいつもの退屈気な声で話しかけてきた。複数浮かぶライトの魔法が照らす周囲の様子を見て、驚愕する。そのせいで体がビクリと跳ねそうになって、それを押さえつけるものに気づいた。
「なんで拘束されてるですかー?!」
「飛び出さないようにだ」
「なにから?!」
顔を左に向けてみると、つるつるした布地。右に向けても同じ布。天井のごつごつした石の材質とは明らかに違う。なんだか少し前に同じような材質の物を見たことがあったような気がする。なんだっただろうか?
「あっ、ももももしかして棺桶?」
「そうだ」
そうしてクーニャはショックで気を失った。
「おう、起きたか」
「何がどうしてああなったですか」
「お前のペースで進んだら、最奥に辿り着くころには無駄に物資を消費してしまう。だから走った」
毎晩こうして走ってペースを調整していた。敵はほぼ倒さなかったから、レベルアップでこいつが気づく可能性は低かった。まあ隠すつもりもなかったが、わざわざ話すつもりもなかった。
「ちなみに今は980階層だ。よかったな、あと少しでクリアだ」
「まだ2、じゃない3日目なのですよ!寝ずに進んでたですか?」
「何を言ってるんだ?俺たちゲーマーにとって、3日起きている程度朝飯前だ。楽しくなるのはここからだぞ」
「この人絶対おかしいのです」
話しながら、今も走り続けている。
「お、階段だ」
「え、待つのですよ。まさかこのまま」
クーニャのことはお構い無しで直進する。
「あばばばばば」
「口閉じてろ。舌噛むぞ」
そういうのは先に言ってほしかったですー!という悲鳴が響き渡った。
「ひどい目にあったのですよ…」
結局、朝食の時間になったので歩みを止めてキャンプを作成した。キャンプといっても結界を張って、火をおこすだけなのだが。クーニャのぼやきは無視してボスの対策を練り直す。深淵の洞窟最下層のボスはUnlimited Carnage。レベルは2400。ボス部屋全体に広がる範囲攻撃が主な攻撃方法だが、パターンは沢山ある。右手に持った8メートルはあろうかという剣を地面に突き刺し、部屋中から剣先が付きだしてくる通称アイアンメイデンや、ただ剣を振り回すようなもの、闇魔法で全体MP吸収してくるものまで様々だ。特に魔法はバリエーションが無数にあるため(プレイヤーと同じものに加えて独自のものまで)見切るのが難しい。
「ふんふんふふーん」
そして職によっては最大の敵である当たり判定だ。全身が骨で構成されているため、隙間が当然ある。そして吸い込みでもついているのかというくらい、その隙間を貫通することがよくある。そして必中系の効果がついたスキルや魔法は、必ずその隙間をすり抜けるようになっているのだ。なんでだよおかしいだろ。エイムアシストなども逆効果になっているようだ。ここまできてアシスト使ってる奴なんてなかなかいないとは思うけれど。
要は、この程度自力で当てる技能がなきゃこの先に行っても戦えないよというありがた迷惑な親切なのである。
「結局、ソロで攻略するんだから打ち合わせとか必要ないし、考え直すことなんて無えんだよなあ」
しょっぱな強いの撃って、あとは流れでってやつだ。
そして用意された飯を食い、最終層を目指すために立ち上がった。
「結局おにーさんはなんでここをクリアしたいんです?」
最下層の扉の前で休憩していると、暇を持て余したのかクーニャが質問してきた。
「13区画まで行かなければならないからだ」
「それは聞いたのですよ。なぜその13区画に行きたいですか?」
そこには俺の街、『隠し要塞』があるからだ。だがそれをこいつに言ってもいいのだろうか?クーニャとは、こいつの弟のイベントが起きたらそれでおさらばするつもりだ。そんなやつに、拠点の情報を教えていいものだろうか。13区画という、俺が行ったこともないはずの場所に家を持っているだなんて馬鹿げた話だろう。
「ああ、ちょっと必要なものがあってな」
これもおかしな話になってしまったが、まだマシな嘘だろう。
「さあ、行くぞ。お前は入ったらこの布を被っておけ」
「これ、さっきクーニャの開けた箱の中身なのですよ。これはなんなのです?」
これは900層以降の紫色の植物系モンスターが落とす、回避のマントだ。正式名はどちらも忘れたが、効果はいたってシンプルで、1度だけ攻撃を無効化してくれる優れものだ。かなり渋いドロップ率の上、使い捨てなのであまり日の目を見ることはない。落ちなかったら落ちなかったで光の護符を使う回数が増えるだけだったのだが、うれしい誤算であった。
「集中」「超集中」「超集中・極」「光の加護」「ライトアップ」「光神の加護」
自身にバフをかけて魔法の威力を上げていく。
「ーーーーー」
「行くんじゃなかったです?」
「ーーーーー」
通常20分はかかる詠唱を進めていく。この魔法はいわゆるマップ兵器で、光魔法最大の威力と効果範囲を誇るものだ。俺は3分で詠唱を終えると、クーニャに身振りで扉を開けさせた。
「極光」
ボス部屋に足を踏み入れた瞬間に魔法を発動する。部屋の上部にオーロラが展開され、それが90度回転し地面に叩きつけられる。
クーニャの襟首を掴んで、再度詠唱を始める。
「ー残光」「極光」
残光の効果によって極光のリキャスト、キャストタイムが省略される。そして放たれる2発目。すかさず光の宝剣陣を唱えるも、発動しなかった。
「あれ?なんでだ。光の宝剣陣!」
発動しない。何故だ、魔法が使えない?そんなことがありえるのか。一人でパニックになっていると、極光で起きていた砂埃が収まり、部屋がはっきりと見えるようになった。そこには何もいなかった。
え…倒しちゃったの?
結局ドロップが自動的にアイテム欄に放り込まれていたのを見て討伐したことを理解したが、昔あれほど苦戦した相手を瞬殺してしまったというのは少しの爽快感と、圧倒的な虚無感をもたらした。だがこいつを倒すことが目的だったのではないと気持ちを切り替えて奥の扉へと進む。
「あの、クーニャいつまで被っていればいいですか?」
「ああ、忘れてた。もう倒したからいいぞ」
完全にこいつの存在を忘れていた。