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ロスト・キューブには、異世界物の小説にお決まりのように出てくる冒険者ギルドのようなものが存在する。駆け出しのころはとてもお世話になった。中盤からは素材の価値がインフレを起こし、プレイヤー間取引のほうが稼げるようになったため立ち寄ることはなくなった。だが異世界、一攫千金、ダンジョン。俺と同じような状況に陥ったら、ロマンを感じて突撃する人も絶対いるだろう。俺は金があるから依頼を受けに行かないけど。
「どちら様ですか?あなたと私は初対面のはずですが」
「あぁうん、ごめんねー」
そういってさっさとすれ違ってドアに手をかけた。
「待ちなさい」
おや、と思い振り返る。この台詞は彼女の固有クエストの始まりによく似ている。
「私も女だてらに冒険者という仕事をしていますから、バカにされることはよくありました。もちろん後悔していただきましたが」
だがこの台詞を言われる相手は見知らぬ地上人だったはずだ。あれえ?この流れはまずいんじゃ。
「私にケンカを売ったからには、それ相応の覚悟をしていただきます。私に負けたら全財産を差し出して、泣いて詫びなさい。・・・万が一、あり得ないですが私に勝ったら結婚して差し上げます」
「それどっちにころんでもハルちゃんに得しかないじゃん」
つい口をついて出てしまった。いや、だってそうだろ。そもそも、美人だとは思うけど結婚したいかって聞かれたら「別に」って感じだし。永住する気もないし。
「―――っ!私が行き遅れを気にしているとでも言いたげなセリフですね。ここまでコケにされたのは生まれて初めてです。いいでしょう、あなたが勝ったら何でも言うことを聞いて差し上げましょう」
「いや、えー。・・・ま、いいか。ここでパフォーマンスしておけば、報酬に期待が持てるし。じゃあ、子爵閣下にも見てもらおうぜ。それでいいならその決闘、受けてやるよ」
久しぶりだ。決闘なんて名前が売れてからは殆ど挑まれたことはなかった。
「・・・ほう。私も舐められたものですね。いいでしょう、お呼びしてまいります。場所は、あそこの広場で」
「いいぜ。手加減に失敗して殺しちまっても、生き返らせてやるよ」
サービスだ、と鼻で笑ってやるとハルちゃんは額に青筋を立てながらせせら笑った。
「面白い冗談です」
それではとドアの先に消えていった。
「なななななにやってるんですか?!」
「あ、まだいたのか」
すっかり忘れていたが、この子は話に嘴を突っ込まなかった。良い子だな。
「ハルさんは世界最強の冒険者ですよ!悪いことは言わないので、早めに謝罪して許しを頂いたほうが・・・」
「うん知ってる。でも俺、登録してないから冒険者じゃないし、関係ないんだよね」
さて、お手並み拝見と行きますか。人間同士のレベルの盗み見はできないみたいだし、思う存分攻撃させて、MPの減りでレベルを逆算してやろう。あまりに低いとなるとこの世界、滅びかねん。
「では私が見届け人となろう。両者の望みを」
決闘ともなれば、爵位を持つものはその戦いに応じて褒美を出さなくては器の大きさが知れてしまう。巻き込んで正解だった。
「私は侮辱に対する謝罪を。子爵閣下には、私が討伐するレッサードラゴンの素材の加工をできる鍛冶職人の紹介をお願いしたく思います」
「よかろう」
「俺はアイテムの女神の涙をレッサードラゴン討伐の報酬に追加してもらいたい」
「・・・よかろう。して、相手への望みはないのか?」
子爵が願いを聞き入れてくれた。すごくうれしい。こいつも話せばわかるやつなのかもしれないな。横暴系貴族とか創作ではよく出てくるからなぁ。
「ん・・・そうだな。好きな男のタイプでも絶叫してもらいましょうか」
「んなっ!」
「よろしい。両者の願いは、このルンデル・ホーセンが聞き入れた。契約はなった。これより決闘を開始する」
貴族という特殊職には、特定の条件を経たプレイヤーか貴族に生まれたものしか就くことが出来ない。貴族は契約や交渉のスキルを使うことが出来る。また、配下に登録した者の能力を上げることが出来る。全く戦闘には向かないが、こういったことには役立つ生産系職(?)だ。
「はあああっ!」
開始するといった瞬間に、ハルちゃんは一息で間合いを詰めてきた。つい癖で下がりながら弾幕を張りそうになったが、それをやったらレッサードラゴンより先に村を滅ぼしてしまう。グッとこらえてただ棒立ちで攻撃を受ける。
「このっ!なぜ倒れない!なぜ反撃しない!」
ハルちゃんのDPSが俺のMP自然回復速度に負けてる・・・これどうやってレベル計算したものか。
「反撃して、いいのか?」
ゾワリと身の毛のよだつような魔力の奔流。私はさらに突っ込んで切り刻んでいく。ここで引くのは素人だ。剣士が魔法使い相手に後退するなど愚の極み。敵の間合いになってしまう。しかしプリーストかウィザード系と思われる彼が、こんなに頑丈だとは思いもしなかった。普通の人間なら既に100回は死んでいるはずだ。
「手加減はするつもりだけど、まあ頑張って避けるんだな。ダークアロー」
そうして彼の後ろには数えるのもばからしいほどの矢が並ぶ。そしてなぜか1本ずつ飛んでくる。
「くっ!くそっ、舐めてかかったら痛い目を見ますよ!」
「いやいや、流石に一気に飛ばすと修復が間に合わねえんだ。弱体化された、しかも実体のない闇魔法攻撃とはいえ地面はえぐれるんだぜ。地面の補強をしたり、周囲に結界を張ったりと忙しいんだぜ」
並行詠唱はマジで声帯と頭がイカレそうになるぜと宣う彼に、苛立ちを覚える。一瞬意識をそらしてしまったせいで、魔法の矢の速度に目が追い付かない。
「しまっ?!」
そうして私の意識は消滅した。
「あー、グロ注意ですわ、これ」
どうしようか。まさか上半身を消し飛ばしてしまうとは思わなかった。どうしよう。蘇生魔法の実験台になってもらう予定ではあったけど、ここまでのものって蘇生できるのか?というか彼女にしてあげたいランキング堂々1位のハルちゃんをこんなむごい姿にしちゃうとかやりすぎたよね、ぜったい。なんか腸とか見えてるし。でもこれ以上弱い魔法なんて知らないし。でもなんていうか、100年の恋も冷めるというのはまさにこの光景だと思う。
「―――――リヴァイブ」
5節の詠唱をし、光に包まれるハルちゃん。そして光が消えた後には、茫然としている彼女の姿があった。
「あれ、私、生きて・・・?」
「さすが、最強の冒険者様はお強いですなあ。そんで、まだやるの?俺も結構タイトなスケジュール組んでるから、あんまりつまらない事で時間をロスするのも嫌なんだけど」
「ぐ・・・くっ、まいりました」
さて、じゃあレッサードラゴンを倒しに行きますか。なんというか、盛り上がりも何もないつまらない戦いだった。
「転移」
こうして転移で移動したのは山の山腹にある洞窟の前。このクエストは、道中で襲われている人を見つけて話を聞いたり、途中で現れたレッサードラゴンにダメージを与えて逃げた奴を追って巣に辿り着いたり、面倒な工程がある。だがそんなものは吹っ飛ばして、ねぐらの場所に突入する。万が一いなくても、ここを吹き飛ばせば怒り狂ってやってくるだろう。すたすたと洞窟を進んでいくと、すぐにそれとわかるいびきの音が聞こえてくる。寝ているとなると楽だ。心臓部を貫いて、それで終わりだ。・・・それで、レッサードラゴンの心臓ってどこにあるんだ?HPの概念が消えてしまったこの世界は、足を消し飛ばしたくらいじゃ死んでくれないからなぁ。
「レディエーション」
自身に支援魔法をかける。効果は単純。次に使った光の攻撃魔法が敵に当たった時に、拡散の追加効果を起こすというもの。
「閃光」
魔法名通り、光に迫る速さで敵に着弾、貫通。レディエーションの追加効果が遅れて発動する。敵内部にて拡散した光の線は、バラバラに肉を焼き切っていく。これぞ必殺、風船爆弾。ネーミングセンスについては名付けた奴に文句を言ってくれ。俺は知らん。レディエーションには、魔法の着弾とごく僅かなタイムラグが存在することに気づいた誰かが閃光と併用することで敵の体内から攻撃できることを考え付いたのだ。これをプレイヤーに使うと、強化された魔法耐性により大したダメージは与えられなくとも、名状しがたい気分になり、肉体が若干膨らむのだ。口から光が漏れたケースも報告されている。かっけー。別名ゲロ魔法。使った側も気分が悪くなるからだとかなんとか。
レッサードラゴンは俺のINTに抵抗できずに四散したが、頭部は残っている。というか残るように調整して撃ったつもりだったが、若干不安だった。
転移して村に戻れば、まだ子爵とハルちゃんが広場に残って会話していた。
「申し訳ありません、あんな無礼な男に負けるとは、私もまだまだ修行不足だったようです」
「いやなに、いいものを見せてもらった。彼も終始、君に押されていたではないか」
「いえ、あの男は」
「俺はハルちゃんのレベルを推し量ろうとしただけですよ」
「なっ!もう戻ってきたのか貴様!」
「結局、俺の自動回復速度に追いついてなかったので意味はありませんでしたが。本気でやるなら浮遊魔法で上から魔法を撃ち続けてますよ。地形も周りにいる人間にも気を使っただけです」
爵位を持つ人間は厄介だ。ケンカを売るより大人しく敬っておいたほうが後腐れがない。馬鹿でもわかることだ。どうしようもなく自身の主義に反していれば、交戦もやむをえないが。
「ほお、つまり君はまだまだ本気ではないと」
「当たり前でしょう。そもそも俺の本分は軍団規模の多対一です。俺と同レベルの相手でも詠唱の時間さえあれば1000人いたって皆殺しにできます」
もちろん一対一も苦手ではありませんが、と締めくくる。現にギルドにケンカを売られたときには永久退場してもらったしな。デスペナがキャラデリというのはものすごく重い。新キャラを作っても前世の名前と転生回数が表示される仕組みだからなあ。だから、みんな割と必死で生きていた。9年目でキャラデリされた友人がいたが、エンジョイ勢に変わってしまった。そりゃ心折れますわ。俺は幸運なことに一度もキャラクターをロストすることはなかった。ギリギリの時は何度かあったが、何とか切り抜けてきた。蘇生や待機蘇生が使えるのは大きなアドバンテージだ。
「さて、これがレッサードラゴンの討伐証明です。頭部で大丈夫ですよね?お渡ししますのでどなたか人をよこしていただければ」
「そうか、見事なものだな。だれかあるか!して、レベルは幾つであったか?」
「ええ、653でした、閣下。・・・ああ、これを」
レッサードラゴンの頭部をやってきた兵士に渡す。
「653とな?!ふむ・・・相当な大物だったのだな」
「討伐したのはあそこに見える山の山腹にある洞窟の中です。巣と卵は潰しておきましたが、入用でしたか?」
「うむ・・・ないものは仕方あるまいて。レッサードラゴンはふ化させたところであまりなつくような知能があるわけでもない。繁殖を防止したことが分かっただけで上出来よ」
「ええ、片割れはしばらく居ないようです。孵化にかかる期間は5年なのでそろそろ孵るころだったのかもしれませんね。それで餌をため込んでいたのかもしれません。遺体がそこかしこに落ちていました。・・・レッサードラゴンの破片もそこかしこに飛ばしてしまいましたが、必要なら回収してください」
金品もそのまま残してあるので、と伝える。どうせ俺には必要ない。必要な人たちが持つべきだ。金銭に変換する手間のほうが面倒だからという理由もある。
「それでは報酬を」
「・・・うむ。持ってこい」
なんというか、あんまり渡したくなさそうだなあ。気にせず貰うけど。仕事には報酬を。基本だよね。それに俺がごねたらヤバいってことも身に染みてわかっているはずだ。
「これが約束の金銭と女神の涙だ。上手に活用しなさい」
「ええ、確かに。それでは失礼します、子爵閣下」
一礼して踵を返す。
「おっと、無視してごめんねハルちゃん。それで、約束の好みの男性のタイプを叫んでくれるかな?」
「ぐっ・・・ぐぬぬぬぬ。いいでしょう、私は敗者です。無理難題を言われたわけでもなし、屈辱ですが致し方ありません」
「私は私より強くて優しい男が好きだ!!!!」
すうっと息を吸い込んでから、バカでかい声でさけんだ。
「おまえ潔いな。気に入ったわ。そして結婚できない理由も分かったわ。なんというか・・・がんばれよ」
「余計なお世話ですっ。ああ、強くなると誓った直後に、私より強い男などほぼ皆無ということに気づくこの絶望感・・・。責任取ってくださいよぅ」
情緒不安定か?こいつめんどくさいな。
「それじゃ」
そう言い残して俺は王都へと転移した。
「逃がしませんよ・・・あれ、彼は何という名だったでしょうか?」
転移した俺が向かったのは俗に言う冒険者ギルドだ。正式名称は忘れた。なんか長ったらしかった気がする。ボロい木のスイングドアに、キーキーと油も差してないような錆びた蝶番。酒のキツイにおいとタバコや薬の煙。ここはスラムの冒険者ギルドだ。内情はめちゃくちゃ腐敗している。建物もろとも腐りきっている。いつ倒壊するかもわからない。
俺がなぜここを選んだかと言えば、ここで偽造ギルド証を手に入れるためだ。そのあとちゃんと綺麗なギルドで登録しなおすが、これはのちのイベントで使うのでキープしておく必要がある。勿論ばれないように服装は変えてある。
「おうにいちゃん、ここはガキの来るところじゃねえよ」
「顔を近づけるな。てめえの口からするシンナーのくせえ臭いで、ついラリってここを吹き飛ばしちまいそうだぜ」
「ちっ、魔法使いか。ここになんのようだ」
「お前には関係ない。そうだ、お小遣いをやろう。10Silもあれば楽しめるだろう?欲しけりゃ俺に話しかけるな」
「・・・」
「よろしい。物わかりのいい奴は大好きだ。じゃあな」
金の力は偉大である。Silを渡したのも、俺が周囲にGilのみで支払いをしていることを認識づけているためだ。そして受付に行ってギルド証が欲しいと言う。2Gilと言われたので10倍出す。ここでは額に応じて偽造のバレにくさが増す仕組みだ。最大で20Gilなので、それ以上出しても無駄なだけだ。
偽造ギルド証を手に入れたので、ここにはもう用はない。歩いて表通りまで移動する。途中で着替えを済ませて、冒険者ギルド本部へと向かう。ここで本物のギルド証を手に入れて迷宮への侵入許可を得る。
「非正規労働雇用斡旋並びに害獣・魔物討伐業務斡旋互助組織、通称冒険者ギルド一般窓口へようこそいらっしゃいました。ご依頼ですか?登録ですか?」
「登録をお願いします」
よそ向きの笑顔を張り付けて、登録を依頼する。ランクだとかなんだとかはこの世界には存在しない。もちろんゲームでもだ。隠しパラメーターである信用度だか信頼度だかを上げていけば、依頼を紹介されることもあるが、それだけだ。特権もないし、いつ死んでも自己責任です、みたいな制約書を書いたようなものだ。
「はい、レベル測定が済みました。これの公開にかける金額はいくらにいたしますか」
レベルが100以上だと言われるらしいというこの台詞、ゲームではほとんど聞いた人はいない。登録なんてゲーム始めてすぐ済ませてしまうものだから。
「10Gilでいいです。どうせ知られても関係ないので」
10Gilを差し出して言う。ようはレベルを公開してほしければ、ギルドにそれ以上の金を払えということだ。仮に11Gil支払われたら、10Gilは返ってくる。そして今度は11Gilより多く支払った奴がこの情報を入手できるというわけだ。
「分かりました。それでは登録料の5Silを」
黙って金を差し出す。Silはレッサードラゴンの報酬で有り余っているからな。あの子爵、GilじゃなくSilでよこしやがった。
「確かに受け取りました。それでは」
ギルド証を受け取ると、すぐさま深淵の洞窟へと向かう予定だ。早めに攻略してしまいたい、そう思いながらギルドを出ようとする。
「おにーさん、全くどこへ行っていたのです?探したのですよ」
なんだか聞き覚えのあるうざい声が聞こえてきた。だがきっと俺は無関係だ。