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ロスト・キューブにおいて素材アイテムは素材としての利用方法しかない。だからおかしな話だが、リンゴを入手したからと言って食べることはできないのだ。料理スキルを用いて加工しなくてはならない。リンゴは「丸かじりリンゴ」に加工することで口に入れることが出来る。見た目は全く変わらない。


だから俺は、とりあえずアイテム欄を開いて、不死鳥の羽根を口に含んだ。


「ぺっ、食えたもんじゃねえ。・・・だけど、素材アイテムを口に入れることが出来た」


どうもこのゲーム、いろいろとおかしくなっているようだ。アイテムの詳しい表示が出なくなっていた。だから行けるかと思い口に含んでみたのだが、まさか本当にできるとは。だが残念ながら、空腹を満たすことのできるアイテムは持ち合わせていない。多分倉庫にもない。使わない素材アイテム、特に食糧系はすぐに売却していたからだ。そして、この無駄に数のあるおいしくない不死鳥の羽根を食べても、絶対飢える。


「どうしよう。このままでもこの体は死にはしないと思うけど、俺飢えに耐えられるほどMND(精神力)高くないわ」


こんなつまらないジョークを言っていても始まらない。とりあえず近くの町へ行こう。通常エリアで一番近いのは・・・デトヌの街か。



3度の転移を繰り返し、デトヌの街へと到着した。リキャストタイムのおかげで10分くらいかかった。

おかしい。門の守衛のレベルが表示されない。これもバグか?通常、視界には名前(顔が隠れる装備なら非表示になる)とレベルとHPバーが表示される。PC、NPC、モンスター。その全てに。

だがこの守衛には表示されない。しかもなぜかこちらを凝視している。ともかく食料調達に行かねば、精神衛生上よろしくないことになりそうだ。というか食べても空腹が紛れなかったらどうしようか。

「お、お待ちください。入街税をお支払いください」

地上人が積極的に話しかけてくる事なんて稀なことだ。通常なら顔見知りか、クエストの発生かのどちらかでしかありえない。だがこのような会話など聞いたことがない。だが入街税?いつもなら自動的に支払われているはずだが、仕方あるまい。アイテムから小銭入れ、という名の金が無限に入る代物を取り出す。これは地上人相手の買い物の時には使うが、PCとの取引はたいていトレードで済ませてしまう。なにせ億を超える枚数のコインなんて取り出したくもないからな。


「いくらだったか?」

ともかく支払わなければ入ることが出来なそうなので、額を聞いておく。


「成人男性は600cilです。住民証をお持ちなら無料となりますが・・・その様子では持ち合わせてはおられないようですね」


チル・・・?金の単位はGilではなかったか?だが・・・確か地上人はさらに低額な硬貨を使っていると何かで読んだな。あれは・・・ほら吹きムスルの書いた本か。笑い話にするには大して面白みのない本だったが、彼は地上人について研究でもしていたのか?


「ああ、持ち合わせがGilしかないんだ。1枚でよかったよな」

彼の書いてた本には、「地上人は独自の通貨も使用している。最初の街で彼らの店で買い物をする際に、ほとんどの支払額が1Gilなのは、彼らの求めている額には多すぎるが、我々の支払うことが出来る最安値が1Gilだからだ。彼らの扱う通貨は三種類あり、交換レートは凡そ10000Cil=10Sil=1Gilのようだ」と書かれていた・・・気がする。レートに関してはほぼ確実だと思うが、他は何とも言えない。てかよく覚えてたな俺。


「え、ええと、はい」

そう言うとごそごそとコインの入った箱をあけ、釣銭を数え始めた。このまま見ていて金の交換レートを確認してもいいが、俺は空腹だ。ぶっちゃけ金なら腐るほどあってどうでもいいし。


「いや、釣りはいい。急ぐんでな。そいつで好きな酒でも飲んでくれ」

俺はサクサク歩みを進めた。それにしても、やはり妙だな。少し前までは街に入るのに、少なくとも100Gilは取られていたはずなんだが。もはやバグとかいうレベルの話ではないぞ。システム自体が変化している。どうなってるんだ?


「だめだ、空腹で頭がまわらん。ひどいバッドステータスだ、畜生」

近場の酒場に入ってウォッカを5ショット頼む。・・・樽ジョッキに入ったウォッカなんて初めて見た。正直酔わなきゃやってられん。一口舐めるが、あまり質のいい酒じゃない。


「凍結」

氷化魔法を使ってみると、面白いように凍り始める。即座に止めて一気に飲み干す。


「効くなぁ」

適当に持ってきてくれと料理を頼んだら、鳥の腹に穀物を詰めたやつを持ってきやがった。一羽まるまるか、でけえよ。だが食う。

空腹だからか、おもしろいように腹に入った。でもこれ多分4人前くらいあったぞ。よく食い切れたな。


「おお、すげえなあんた。まさかあれを一人で平らげちまうとは」

「まぁ、腹減ってたし」

「そうか・・・。店長!完食者が出たぞ!!」


なんだか知らんがやたら絡んでくるやつだなと、若干イライラしてきた。そしたら熊みたいにでかいおっさんが現れた。なんだこの店は。賊のたまり場か?あのおっさん、見た目は完全に山賊のお頭だろ。ジョブは何だろうか。イメージ的には格闘系2次職のグラップラーか、神官系2次職の修験者あたりな感じだが、見た目では判断できないのが困りものだよな。ロリキャラが格闘系5次職の覇者とかあり得るしな。まあ格闘技を使うには身長が足りなすぎると思うが、殴る蹴るならできるし。


「お前が完食者か」

「あん?だったらなんだ。てめえ客商売ならもう少し気の利いた言い回しは知らねえのか」


つい言い返してしまった。このゲーム、基本的にお互い煽るのが初対面の挨拶みたいなところあるから。舐められたら負けだぜ。だがこの非常時に取る手段としては、軽率だったかもしれん。兎にも角にも情報を得なければならないのに、喧嘩腰でいっても仕方がない。


「ああ、客ってのは金を払って飲み食いする奴のことを言うからな。だがお前は大食いチャレンジに成功しやがった。つまりは、お前はこの店に金を落とすどころか賞金を分捕っていくカワイイ糞野郎に変化したってわけだ」

「なるほど。だが適当に料理を頼んだら懸賞金のかかった鳥が出てきたんだ。それを食っちまって何の問題がある?」

「いいや、ねえな」


なんだ、こいつ話せるじゃないか。それなりに知性を感じる。熊じゃなくてトロールだったか。


「で、こいつが金だ。10Gil入ってる」


ヒュウ、とだれかの口笛が鳴ると、罵声やら歓声やらが飛び交った。こいつら本当に品性のかけらもねえな。人のこと言えないが。


「ちっ、いらねえよ、んなはした金。それでここにいる奴らの飲み代にでもしてやれよ。俺は見えないかもしれないが、金持ちなんだ」

「ああ、そうだな。そんな豪華なローブを着てるから、てっきり貧乏人かと思ったぜ。おおい、こいつが賞金でおごるってよ!」


罵声が歓声に変わった。要は、俺が溶け込めたってことだな。よそ者が賞金をかっさらうってのは、控えめに言っても、店長の言葉を借りるなら糞野郎の称号を貰えるくらいの栄誉だ。だが金を還元してやれば、一転して俺は大食い英雄になる。情報収集にぴったりだ。行き当たりばったりすぎたが、終わりよければなんとやらだ。


「まったく、現金な奴らばっかりだ」

「おい、黒髪の兄ちゃん。なんでさんなに食えるんだ?秘密の特訓か?」

俺が黒髪・・・?


「さんなに?飲みすぎだ、呂律が回ってないぞ」

「うるせえな。それよりどうなんだよ、え?」

「特訓なんかしてない。腹が減ったから食った。それだけだ」


どうなってる?俺は虹色の髪で虹色の肌の、違和感バリバリアバターのはずだ。だが、いくら酔っぱらっているとはいえ、髪の色を間違えるなんてあるか?普通の色ならともかく、こんな強烈な髪色は間違えようが無いはずだ。


・・・現実逃避はやめよう。飯を食っている時から、俺の手の色がペールオレンジだってことには気づいてたんだ。髪までとなると、顔もどうにかなっている可能性が高い。帰ったら確認しないといけない。


正直、もう帰りたい。なんなんだ、これは。何が起きてるんだ。

俺は店員に一言声をかけると、街から出た。出る時にも税を1Gil硬貨で払った。


転移を2回繰り返して、ベヘマの洞窟の北300Mの位置に着いた。ここから直に要塞内へ飛べる。位置が重なっているためだ。キューブのくせにレイヤーのような状態にあるらしい。そうしていつものように転移を行った。

一瞬の視界の暗転。そして、景色は変わらなかった。


「要塞にすら・・・戻れないのか・・・」

今までは危うい均衡を保っていた心のバランスが、このとき崩れてしまった。つくづく周りに誰もいなくてよかったと思えた。仕方がないので攻撃魔法で穴を掘って埋まった。これがなかなか馬鹿に出来ない安全策なのだ。転移なんて使えなかった頃の一人遠征は、こうやって過ごしたものだ。死に戻りなんてできないゲームだったから、なおさら危機感覚が身に着いた。キャラデリなんて重過ぎるデスペナルティだと思う。

自動展開している防御魔法を破れるような存在がそういるとは思えんが、どちらかというと精神安定のためだ。安全のためだけなら聖域魔法をかければいいだけのことだからな。


なかなか眠りに着けなかったが、試しに自分に眠りの魔法をかけてみると、流石のINTだ。一瞬で意識は消えた。



朝はなかなか目が開かなかった。アラームをかけ忘れたか?ホットドッグ屋は昼まではやってないんだ。はやくいかなきゃと思ったところで、体が動かないことに気づいた。ああ、そうか。モグラごっこをしていたのを忘れてた。


微妙に寝ぐせのついた感のある頭を撫でつけつつ、状況を整理することにした。


昨日、俺は転移のなんちゃらを俺の要塞で使った。そして同じ場所に移動した。

そのあとデトヌの街に魔法で転移してきて、入街税を払った。自動引き落としではなくなっていた。

俺は歩いて食い物屋を探した。俺は設定でホバー移動をするようにしていた。だが、徒歩に切り替わっていたのだ。これは最初の頃に気づいていた。

そして酒場に入って酒を頼んだ。温かったから、冷やそうとして魔法を使った。街の中は安全地帯。魔法を使用できないように設定されているはずだった。だが俺は凍結を使用することが出来た。

そしてなにより、プレイヤーが誰一人いなかった。これはあり得ない。仮にみんなログインしていないことがありえたとしても、プレイヤーのショップまで消失していた。こっちはどう考えても不自然だ。


細かいことを言うなら、俺の背中のキラキラエフェクトや、波乗りサーフボードも消滅した。高かったんだぞ、サーフボード。ふざけんな。

髪も寝ぐせがつくなんてありえない。若干ひげも伸びた気がする。ログインしたら髭そらなきゃいけないゲームって・・・。


あとは服が土塗れだ。土の中に潜っていたからとはいえ、ゲームでは服に汚れが付くことはなかった。洗濯機能とかもなかったし。一度汚れたら買い替えみたいな設定なら、流石に温厚なプレイヤーもキレてたね。


よし、これらのことから考えると、ゲームとしての範囲を逸脱している部分が多い。

つまりここはゲームっぽいけどゲームじゃない所、と考えると一番楽だ。ゲームのシステムが一部使えることは引っかかるが。


とにかくその考えで行くとなると、地上人とのコミュニケーションにも気を使わなければならないかもしれない。序盤の選択肢次第で国が亡んだりするゲームもあったからな。今の俺にそこまでの影響力はないかもしれないが、気を使うに越したことはない。


じゃあ何を目標にしていくかとすると、やはり元の体に戻ること。ここが未だゲームの中だとしたら、俺の寿命は残り約1週間になってしまう。飲まず食わずで生きていけるような肉体じゃないからな。

その目標が達成不可能だとしたらもう永住を覚悟せざるをえないのだが、じゃあ何を目標に生きていけばいい?それを道中で探すのも目標の一つにしようか。

元の体に戻れず1週間・・・いや、2週間にしよう。2週間が過ぎたら、いったん命の危機が無くなったと見なすことにしよう。入院して点滴暮らしなのか、はたまたあっちでは死んだのか、それとも今までのことは俺の作り出した幻なのか。なんにせよ、気にしても仕方ないことだと割り切らなくてはならないリミット、それを2週間後にする。


「よし、まずは行動開始、と行きたいところだけど。ぶっちゃけどうやって戻り方を探せばいいんだよ」

2週間じゃ無理だろ。

早速目標が達成困難なんだがどうすればいいんだ・・・。






俺は今まで生きてきて、これ以上必死になったことがないくらい必死で戻り方を探した。何でも知っているという情報屋がいれば飛んで行ったし、過去や未来を正確に見通すという占い師がいれば探し出した。いろんな施設に忍び込んでは資料をあさったりしたのだが、

結局見つけることはできなかった。きっと1か月前の俺に言っても鼻で笑われるだろうが、俺はどうやらこの事実を受け入れなければならないらしい。


俺は多分、異世界に転移した。


二週間で帰還した異世界転移者っているのかね

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