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このゲームを始めたきっかけは、確か偶然ネットで見かけたからだ。

「クローズドベータ2.0、締め切り迫る」

締め切りを何より恐れる俺は、無意識のうちにそれを開いていた。今までのオンラインゲームより数倍魅力的なプレイングムービーが流れ始め、俺はそれに心惹かれた。調べていけば、エンジンを全くの1から作り出して、理論上完璧に肉体との調和を成し遂げるとのことで、ゲーム業界に革命を起こしそうなものだったのだ。俺はすぐさま応募した。まぁ、定員割れしたけど。知ってた。


既存の現実拡張(AR)デバイスに、アタッチメントとして接続。(勿論無線だ。大体の人がデバイスなんて頭に埋め込んでいるからな)たったこれだけだ。これだけで全感覚をフルに使ったゲームが出来るなんて素晴らしすぎる。ぶっちゃけ怪しいくらいだ。

元々VR技術はある時期より爆発的にニーズが高まり、金が湯水のように投資されていった最先端分野だった。しかし、動きはもっさりしており、VRというより3D映画を操作できる程度のお粗末な代物だった。ARの方が先に制度化が進んでしまうくらいに。

途中から医療分野での発展が進んで、脳内に埋め込んで眼の見えない人や耳の聞こえない人の為に、外部カメラから無線で直接脳に色や音の信号を送れるタイプの物が出来たのだ。これもARからの派生なのだが、この脳の信号に目をつけたのが、このゲームの開発会社だ。

脳に任意の信号を送れるということは、任意の風景を見せることも可能なのだ。つまり、完全な仮想空間を構築出来るということだ。後は、信号の出力だけでなく入力も開発が必要だったし、そしてどこまで脳に干渉することが許されるのかという人権との戦いだった。

当時の俺はそんな苦労があったことも知らずに、漫然とゲームを始めたのだ。




レベルが上昇した


レベル 2989 (+1)

HP 600001 (+103)

SP 96029 (+31)

STR 2000 (+0)

VIT 6018 (+15)

DEX 3009 (+2)

INT 790809 (+213)

MND 200008 (100)

AGI 4995 (+9)

LUC 48 (+1)


「おぉぉぉぉぉっしゃあ!Lucアガッタァァァ」

「おめっす」

「おめー」

つい大声で歓喜してしまった。近くで狩りをしている人たちからおめでとうコールが来てホッコリした。

「ティンクスさん今ラック幾つですか?」

「おお、ありがとー!48だよ…」

「おお、すげえ!レベルは?」

「2989」

「「「うわぁ…」」」

このゲーム、とにかくLUCが上がりにくいのだ。最も上がりやすいシーフ系列の最上位である「レジェンドギャンブラー」でさえ10レベルに1上がれば奇跡と言われるくらいだ。

LUCが上がることが一番のLUCとか言われるほどだ。まぁ何に影響しているのかもあまり解明されていないステータスなのだが…。

「3000までに50行きたかったんだけどなぁ」

「あぁ、50で解放されるクエストがあるって噂ありますよね」

そうなのだ。彼の言うクエストは、カジノ解放クエストだ。幸運が高くないと入る事さえ出来ないカジノとはもはや本末転倒である。ゲームのカジノなんて運試しみたいなもんだろう?レジェンドギャンブラーにまで至ったプレイヤーが、凡そレベル1500まで到達すると大体幸運値が足りるくらいの設定だ。どんだけハイレートなカジノなんだろうか。臓器とかレベルとか賭けるのかな。

というか3000ってレベルキャップだから、そこまでいったらもうそれ以上Luc上げるのはほぼ不可能だ。


「おし、じゃあ俺落ちるし回復とバフ欲しい人こっち来てー」

「あざっす」

「ごちです」


俺は集まったプレイヤーに、全回復、継続回復、攻防増加等々の範囲魔法をかけてから、街へと戻った。



夜中だが全く明かりの消えない、眠らない街ケンちゃん。この街は初めてプレイヤーによって開拓された街だ。作成者が、作成者名と街の名前の欄を逆に登録したことによって、サービス終了まで語り継がれるであろう伝説となった。初期からプレイしている人の間では、ケンちゃん(PC)の事を親しみを込めて「オリンポス街さん」と呼んで差し上げているのだ。彼は大抵泣く。一番初めの街にそんな名前つけようとした時点で、ねぇ?



プレイヤーがエリアを制圧しアイテムを使用することで、その地を開拓したという事になる。制圧の条件は未だによくわかっていないが、エリアのモンスターの数や時間対討伐数、エリアボスの討伐数だと思われる。基本的にはギルド等が総力を挙げて魔物を駆逐しアイテムを使うのだが、サービス開始当初は、この旧「始まりの草原」はたくさんの人がモンスターを狩っていた。つまり制圧していたのだ。そしてたまたまドロップしたアイテムを持っていたケンちゃん氏が棚から牡丹餅を手に入れたというわけだ。


まぁプレイヤー作成の街は個別エリア扱いで、外と地続きに見えて実はエリアロードされている為、始まりの草原が使えなくなるということは無かったので不便に思う人は居なかった。昔のRPGにある街みたいな感じだ。昔のRPGはキャラクターと同じサイズの街があり、中は広いというヘンテコな見た目。だがこのロスト・キューブではデカイ街があり、中は更にデカイ(拡張も可能)。一応エリア切り替えがあるようなのだが、それを一切感じさせない。元々ある村落や街は通常サイズでエリア切り替えも無いようだが。


俺は「ケンちゃんの街」(そう呼ばないと会話上、色々面倒臭い)にある拠点にワープした。自動的に入街税が振り込まれ、Gilが減る。大した額ではなく、この街は500Gil。出るのにも必要だ。様々な税金を設定出来るのも街の主人の特権だ。高すぎれば人が来ないし、基本的には安い。町の設備なんかはNPCや家を買った人間に課せられる税金で賄われているので、入街税や消費税などはまるまるオーナーのポケットに入る。

俺はここの拠点には大した物を置いていないので、すぐさま他の街へワープする予定だ。このワープ、大魔導士で取得できる魔法で、一応空間転移という戦闘用スペルだ。だから距離の判定がそこまで広くなく、遠くへ移動するのはなかなか面倒臭い。

ともあれ空間転移のリキャストタイムが終わるまで、この街で素材の売却をしておく予定だ。ここは初めに出来た街、故に色々な商店が立ち並び、NPC(設定では地上人)の店舗もあればプレイヤーの露店もある。逆もまた存在し、一言でいうならば雑多な街だ。オリンポス街は正直名前負けするからこれで良かったのかもしれない。1人ほくそ笑みながら街を歩く。

「うおっ、あれティンクスキンさんだ」

「やべー、生で初めて見た」

「ああ、マジでヤバイな」

「あの人輝きすぎだろ。キラキラエフェクトあんなに重ねてる」


俺、めっちゃ目立ってる。まぁ髪の毛はメタリックな虹色だし、スキンはシャイニーレインボー(俺作)だからな。ぶっちゃけ毒持ってそう。光魔法系のプロなのに(自称)。


そんな有象無象を無視して目当ての店にたどり着くと、ドアを開ける。カランコロンという来店ベルが鳴り、地上人の女店員が飛んでくる。

「いらっしゃいませ、ティンクスキン様。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「うん、素材の買い取りをお願い」

「かしこまりました。てんてん様を呼んで参りますので暫くお待ちください」

地上人は基本的には普通の人間と変わりない。驚くべきことだ。AIの完成系とも言える。何せ地上人は全て、ひとつのAIが管理しているからだ。個体ごとに性格パターンなど様々な基礎設定に沿って、個体ごとの学習メモリから言葉を引き出して会話する。この世界に何万人の地上人が存在するのだろうか。それらを一括管理するAIなど、驚異的だ。戦争が変わってしまう。というかボイスの自動生成が神がかっている。現在、声優という職業は、ボイスパターンを提供するアルバイトにとってかわられている。世知辛いね。


まぁそんなことはどうでもいい。どうせ近代戦争なんて死ぬ時は一瞬だろう。今はそれより金だ。


「ティンクスさん、お久しぶりです。今日は何の買い取りですか?」

「えーと、拡張パック9.8の」

「ええっ!?もう行ってきたんですか!」

店主のてんてんとは割と長い付き合いだ。まぁ2年ってところだな、うん。サービスは10年目だからそこまででもないかもしれないが、ネットゲームで2年は長い。彼はプレイ4年目?かな。レベルは中堅だ。だが扱うモノは、中級者向けから最前線級まで様々だ。

「うん、行ってきました。ついに来ました不死鳥!って事で鼻歌まじりに1人で山登りしてきた」

「あー、不死鳥カッコいいですもんね。ファンタジーじゃ定番なのに、出てくるの遅すぎるくらいですから」

ソロで、という部分には最早反応しない。魔法職の癖に基本的に俺は特定のパーティーを組まないプレイヤーだし、彼もそれには慣れたようだ。

「てことで、はい。不死鳥の卵。これ取るの命懸けだったわ。不死鳥ぬっ殺してもぬっ殺しても死なねーもん。まぁだから不死鳥なんだろうけど」

「げっ、ガチ不死な不死鳥でしたか。それは本当にお疲れ様です」

彼は心底嫌そうな顔で不死鳥の情報を受け取った。これで素材の値段に結構な色が付くだろう。彼は情報屋でもあるからな。この辺りは暗黙の了解だ。


「うん、倒す度にアイテム落ちるから、MPポーション切れるまで殺し続けたわ。順番待ちいなかったし。多少レベル上げとして効率いいかも知れないけど、飛ぶから面倒かも」

不死鳥でレベル2つ上げたんだぜ、と自慢した。パターン覚えてからは楽だったが、それまでは本気でギリギリの戦いだった。

「なるほど。レベル2つ…!何時間不死鳥殺し続けたんですか」

呆れたように聞かれてしまった。確かに同じボスモンスターを狩り続けるのは心が折れそうになる。ギリギリな戦いだと精神疲労がマッハだし、楽なら楽で飽きるし。


「16時間かなぁ。途中、一瞬離脱して水分栄養補給アンド排出したけど、精々5分×2くらいだろうし。レアドロップらしきものが3つも落ちたぜ」

パーティーだとこうはいかない。お互い都合があるからな。全員ガチ勢だと、全員が俺と同じことするなんて割とよくあることだけれど。戦闘中に代わる代わる離脱しながら飯食ったりな。


「そうですか…。因みにレアドロップは…」

「ないしょ。個人的な質問ってんなら答えてもいいけど」

「いえ、やめておきます。僕が聞いても意味ありませんから」

レベル低過ぎますからね、と彼は笑った。

「しばらくモンスターの顔すら見てません。箔をつける為にもレベル上げはしなければと思っているんですけどね」

「そうか。確かに3桁代じゃ侮られるかもなぁ。でももう名前も売れてきてるだろ。…値段決め終わった?」

「そうですか、そう言われると嬉しいです。…はい、1.2ギガってところですかね。使役獣にしても不死生が残るかは微妙ですが、初期値ですしこんなものでしょう」

12億Gilか。まぁ妥当だろう。

「あとこれ。不死鳥の涙。Luc以外のステータスを1増加させるブッとびアイテム」

「えっ」

彼は絶句した。ステータス上昇アイテムはこれまで殆ど出てこなかった。殆どというのは、メインクエストで必ず貰えるアイテムや突発的な地上人とのイベントなどで貰えたからだ。しかし、それらはトレード、売買不可だった。つまり、不死鳥の涙は恐らく初の売買可能なアイテムなのだ。

「どう?驚いた?因みにこれ、いろんな街でやる事にしてるから」

「驚きましたよっ!というかティンクスさん、いい趣味してますね。まぁいいです。それは200メガってとこですかね。地上人の買い取り価格はどれくらいでしたか?」

地上人の買い取り価格はほぼ一律だ。友好度とかカルマとか、彼らの経済状況とか。色々左右されるが、基本は決まっている。

「1メガってところかな。彼らにはあまり意味のあるものでもないからなぁ」

「そうですよね。地上人はドーピングするよりレベル上げた方がステータス伸びますから」

安上がりですし、と彼は結んだ。地上人は基本的にレベルが低い事を彼は揶揄したのだが、まぁこれは彼らも分かっていることだ。

「じゃあ1つ売ります。お、リキャスト終わった。それじゃあ、また」

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「また来てくださいねー!」

売却してから店を出ると、地上人とてんてんさんの声が追いかけてきた。うむ、次の中継地点でも見せびらかしていこう。



目的の拠点まで空間転移した俺は、拠点でアイテムの整理をした。普通のプレイヤーはこんなところまで戻ってこない。というか俺も普段はここまでは帰らない。近場のセーフポイントでログアウトするだけだ。どのプレイヤーもアイテム管理をする時は流石に戻るが、共通倉庫にぶち込むだけならどこの街でもアイテム欄を開けば可能だ。


俺の拠点は第13区画の新緑エリアの深部の外れにある。つまりは未開の奥地だ。俺の制圧した俺の街だが、住人は俺だけだ。もう1つだけ街を所有しているが、そこはそこそこ栄えている。

この拠点はディテールにそれはもう拘って、完璧に気に入った要塞になっている。

「さて、倉庫倉庫っと」

地下1階にある倉庫区画にはいわゆる宝箱が山ほど並んでいる。蓋を開けるとアイテムリストが表示され、それを出し入れするといった形となる。コンソールを使って全倉庫のアイテム一覧を表示させ、数日の成果をしまっていく。そしてソートボタンをポチッと押してやると、箱ごとに決められたジャンルに仕分けられていく。このシステムを作った人に感謝する。割と安値で売っていたので凄くありがたい。


涙、使おうかなぁ。ドロップ率は1/2以上程度だった。そのため数はそこそこある。つまり、レアドロップなように見せかけて売ったが、実際はそうでもないのだ。

売れば金になるが、使えば少し稼ぎやすくなる。ううむ、悩む。


このゲームは課金要素はない。月々の基本接続料と、企業の広告で運営は賄われている。この広告費はバカにならない額らしく、バージョン4.0のアップデートでプレイヤーに還元されるシステムが導入された。つまり、リアルマネーへの変換だ。とはいえ電子マネーだが、それも大手の電子マネー会社との提携らしい。殆どの店で使用可能だ。変換内容は、100万Gilで1回回すことのできるガチャが設けられ、そこで100円〜1万円が当たるというわけだ。ハズレはなし。今までも高額レートで変換するゲームは存在したが、額は一定だった。このゲームは額も運次第という面白い仕様だ。


Gilは1/100〜1/10000の間で円に変換できる。卵1個12億で売れた。つまり1000万〜10万。めちゃくちゃ美味い。まぁその分最前線級の武器も作るとなるとめちゃくちゃ高いんだけど。商人プレイはうまくやれば一生食っていけるだろうなぁ。


だからこそ、金にするか、長期的に見るかを考えさせられる。


「売るか…」

ものの1分で即決した。

結局現金を取ってしまった。仕方ないね。俺いま仕事1件も来てないし。フリーの仕事はあったりなかったりで不安定なのだ。その分ゲーム出来るからいいけど、生活に支障をきたすと問題だ。

そうと決まれば、一旦倉庫にしまった不死鳥の涙を回収する。

「この激レアちゃんがあれば暫く戦える」

フェニクスローブ、フェニクスアーマー、不死鳥のロングソード。この3つが不死鳥から落ちたのだ。ローブとアーマーは、見た目アイテムとしての価値しか無いが、めちゃくちゃカッコいい。これは飾らざるをえない。ローブは着る。そしてロングソード。装備できないが、剣が出るなら杖も出るだろうという期待が持てる。何せ拡張パックの目玉ボスだ。全種類の武器が出るだろう。


「あとは…MPポーションの補充か。アイテム欄埋めて行ったのに無くなったからな」

メニューウィンドウを開き、メモ機能を呼び出す。MPpot備蓄少数!と書きおこし、視界に貼り付ける。エフェクトも付けたから鬱陶しいが、これなら他のことに気を取られても忘れまい。とりあえず、要塞内の地上人薬剤師からありったけのMPポーション類を買い漁る。ハイポーションどころかポーションすら使ったからな。

「エクスとスーパーは完全に枯渇したし、PCショップまで行かないと。いや、メールで受注しておこうか?でも添付数には限りあるしなぁ」

そんなことを呟きながら歩いていると、システムコールが鳴り響いた。

『ロスト・キューブ運営からお知らせいたします。30分後より定期メンテナンスの時刻となります。お早めに安全地帯よりログアウトをお願いいたします』

ああ、もうそんな時間か。じゃあ早めに買いに行こう。


空間転移で跳んだ先は円卓ギルドの村の外。出来たばかりのプレイヤーメイドのセーブゾーンのため村扱いだが、発展すれば変化していく。ここは第10区画の火山地帯。割と最前線だ。そして露店でポーションを買う。結構な数が揃っており、買い占めてしまった。

「ありがと、ティンクスキンさん。また用意しておくから買っておくれー」

最後に立ち寄った露店ではたまたま残っていたプレイヤーにそう声をかけられたので、笑顔で手を振った。


「あ、やべ時間だ。ログアウトしなきゃ。コール、ログアウト!」

メンテナンスの時間も迫っていたので、メニューを開く手間も惜しんで音声入力でログアウトした。



「ふぅ…。寝るか」

ログアウトした俺は、ベットで覚醒し、眠気に襲われた。大きく欠伸をし、胸の上に置いてあるVRアタッチメントを机の上に退けた。ベット脇の冷蔵庫から瓶を1つ取り出し、栓を開けて飲み干す。

「くぅーっ!」

ゲップを1つしてから眠りにつく。

「コーラはやっぱり瓶だぜ」




『2121年5月3日6時00分をおしらせします。颯様、起床時間です』

こいつ…直接脳内にっ。

直接脳に刺激を与えることで、半強制的に意識を覚醒させる。このアプリ、本当に許可下りてるんだろうか。危なすぎるだろ。使うけど。便利だし。

いつも通り起床した俺は、顔を洗って歯を磨くとジョギングをしに外へ出た。ゲーマーだからこそ体力は必要だ。一日中家から出ないと病気になる。ひきこもりとかな。ビタミンDも紫外線とか浴びないと作れないんだろ?サプリメントとか買えばいいけど金勿体ないし。そもそもあれって本当に吸収されるのか?


30分ほど走った俺は、いつもの公園でスポーツドリンクを1本とホットドッグを買う。そしていつも通り30分かけて元の道を戻る。ここのホットドッグ屋に来るために走っていると言っても過言ではない。ここのマスタードに混ざってるピクルスがヤバいくらい美味いんだ。薬でも混ぜてるのかってくらい中毒性がある。……混ざってないよな?


帰宅後すぐにメールをチェック。だが仕事の依頼は来ていない。ですよねー。

そして着替えると、VRアタッチメントを手に取りベットに寝転がる。

「ロスト・キューブ起動。ログイン」

そして世界は反転する。



「ぐっ…」

立ったままログアウトしたから、立ったままログインした。現実では寝ていたため、重力が90度変わる。高速戦闘中ならばまだいいが、気を抜いている通常時のこれはなかなか堪える。

まあいい、この街でログアウトしたのも不死鳥のマップに近いからだ。これくらいの不都合は許容範囲だ。MPポーションを補給したらまた倒しに行こう。


何軒か回ったが、芳しい成果は得られなかった。MPポーション品薄っ!なんでだろうか。ふとアイテム欄を見れば、結構な数のMPポーションが。

「あ、昨日買ったじゃん」

ふざけんなこの視界メモ!邪魔だクソっと悪態を心の中で吐いた。追加で購入したせいか、アイテム欄はギチギチだった。1アイテム辺り99個。それが100マス入るはずなんだけど。ドロップアイテムを入れておく場所が少ない。低級なポーションは倉庫にぶち込み、少し枠をあけた。

そして街から出て空間転移した。



不死鳥の攻撃パターンは結構多いが、HPを削る量さえ間違えなければ殆ど単純作業になる。道中のモンスターを狩る方が面倒なくらいだ。幸いなことにプレイヤーの数は少ない。しかもこの山の中腹で出現するモンスターはなかなか嫌らしいAIを積んでる。

「閃光!」

だが、キャストタイム無し、リキャストタイム3秒の魔法で蹴散らす。ここまでINTを上げているプレイヤーは居ないだろう。何せ俺は第一階梯の魔法でレベル2500を瞬殺出来るのだから。まぁ耐久力は紙だけど。

遭遇する敵を大抵閃光で消しとばしながら山を登る。MPの自然回復速度が消費速度を上回り、全く減らない。

不死鳥に辿り着く頃には1時間が経っていた。順番待ちもいないし、今日は何時間こねくり回してやろうか。


「閃光!」

まずは閃光で頭を潰して3歩下がる。視界、というか頭の消えた不死鳥は、閃光を撃ってきた俺へと羽根を飛ばして攻撃する。

「ライトニングチェーン」

前もって回避していた俺は、拘束魔法で翼を封じる。再生された口から炎弾を吐いてくるが、この俺に魔法攻撃など笑止。ダメージは3、3、2、3、4。

「光の宝剣陣」

6秒のキャストタイムの後、7本の剣が空から降ってきて、不死鳥の周囲に突き刺さる。左に6歩ズレると、丁度不死鳥の炎弾の射線に剣が入る。

炎弾が剣にぶつかり、剣は砕けて消える。瞬間、不死鳥にダメージが入る。不死鳥の周りを円を描くように移動しながら、ライトニングチェーンをかけ直す。

「水弾」

閃光の水属性版のこれは、速度は並だが威力は大きめ。火属性をもつ(であろう)不死鳥には効果は抜群だ。

「ウォーターフォール」

2秒のキャストタイムの後、大量の水が降ってきて、不死鳥を押しつぶす。そして水は宝剣をも打ち砕き、不死鳥へ追加ダメージを与える。

ここまでを3回繰り返す。


「閃光!水弾!風斬!」

ほぼ瀕死の不死鳥に、キャストタイムのない呪文を続けざまに叩き込む。6秒後に、不死鳥はしゅわしゅわと音を立てて消滅した。この敵討伐時のエフェクトとSEだけは気に入らない。だってドロリと地面に解けるのに、音はしゅわしゅわ〜って感じなんだぜ?気持ち悪いわ。サイダー味のデロデロ系スライムを彷彿とさせる。スライムなんて食ったこと無いけど。洗濯糊とか使う方のスライムな。

ドロップは…90kGilと不死鳥の尾羽と不死鳥の羽根5枚か。尾羽は復活アイテムだけど、正直これセーフなのかなぁと思わないでもない。復活アイテムは割と種類があるから大して高値にはならないだろう。安いわけじゃないが。

羽根は完全に素材アイテムだ。武器には使えないだろうから、値段はどうなるかわからない。




キッカリ3分後に不死鳥は復活した。

そこからは、今の繰り返しだ。多分ここまで楽なのは挑む人数でHP変化するタイプのボスだからなんだろうけど、報酬がしょっぱ過ぎる。普通に狩るんじゃどう考えても割りに合わない。やはり殺し方があるのか?

思考を続けながらも手は止めない。てか止めたら死ぬ。


150体程倒した頃だろうか?(大体14時間)杖がドロップした。

「おし、辞めよう」

杖が出るまで狩り続けるつもりだったのだから、出てしまえば最早こいつに用はない。杖のステータスを確認したい誘惑に陥りそうになるが、ここで確認していたら復活してしまう。卵を採って、トンズラすることにした。



さて、自分の要塞へと帰ってきた俺は、杖のステータスを確認することにした。

メニューからアイテムを選んで、ソート。入手順に切り替えると、1番上には不死鳥のワンドの文字が。それを選択するとフレーバーテキストと能力値のウィンドウが現れる。


不死鳥のワンド

INT+60600

光属性の魔法に10%の効果上昇。

不死鳥の骨と羽を錬金術で融合させたものを、ヒヒイロカネに混ぜて打った物。

時折虹色に光る茜色の杖は、生命を司る力を増幅させる。



「マジか…不死鳥、光属性だったんか…」

杖の性能に歓喜するでもなく、まず思ったことはそれだった。

「光の宝剣陣とか完全にチョイスミスじゃん。他の属性でやるべきじゃん。でも闇使えないしなぁ」

パターン化出来たことで狩りやすかったのは事実だが、非効率だったと知った時の絶望感はすごい。

だが、この性能はすごい。INTの上昇幅は既存の最高性能のものに一歩及ばないが、魔法の効果を割合で上げる武器というのは数が少なかった。


「あれ?こんなアイテムあったっけ」

アイテム欄ををスクロールしていると、転移の宝玉なるアイテムが紛れているのを発見した。詳細を見ても、使用した対象を転移させる、としかない。転移アイテムは一応存在するが、こんなドロップ品ではなく地上人の店で売っている。大手ギルドが入荷のたびに買い占めているため、一般に出回ることはまずない。しかもスクロール形式のものだ。これとは全く違う。それになにより、こんなアイテムを落とすようなボスだったか?なんだか違和感を感じないでもないが、ボスが無関係のレアアイテムを落とすことなんて昔からあることでもある。

「まあいいか。後で使ってみよう。MPの節約になるし」

どうせこんなものは取っておいても意味はない。きっと使わないし。

ドロップ品を倉庫にしまい、杖を不死鳥のワンドに切り替え、ローブもフェニクスのものにする。一応トップス扱いになるため、今まで装備していたものは外れる。ローブアイテムは帽子枠も占めるが、もともと帽子アイテムは着けていない。インナーはほぼ裸装備だから、このローブに合うものを倉庫から探す。

「インナー、インナー・・・。確か白いやつがあったはず・・・」

倉庫のインナーの欄を探すが、なかなか目当てのものが見つからない。


「あった!天界騎士の修練服!」

天界人の襲来という大規模レイド用クエストのレアドロップ品だ。参加はしたがもちろん落ちなかったので買った。クッソ高かった。

「修練服のくせにインナーとはこれいかに」

このゲームのインナーの扱いがよくわからない。肌着の時もあれば普通の服の時もある。謎だ。

「さすがにボトムスを袴のままにするのもなあ」

普段は紫色の袴を装備しているので、これをこのままにするというのもしっくりこない。

結局、黒のパンツにした。企業コラボ系のアイテムだ。リアルに買うと二桁万はするらしい。


「残すは靴・・・かぁ」

今は『あでだす103%』というギリギリを攻めたプレイヤーメイドの靴を履いている。めちゃくちゃ動きやすい。オリジナルを超えてる。これ本当に大丈夫なのかってところが好きだ。

だが白虎の革靴にした。珍しく能力を持った装飾アイテムで、氷雪地形による移動阻害を90%軽減してくれるすごいやつなのだ。そのせいで白虎(というより四神)はリスキルされ続けている。可哀そうに・・・。まあこのドロップ情報をはじめに公開したのは俺だけど。混雑前に全部集めてから公開してやったぜ。情報独占して狩場独占しようとしていた上位ギルドには完全に目を付けられたけどな!


「よし、準備もできたしマナポーション買いに行かなきゃ。今日もなかなか使ってしまったし」

もちろんこんな長時間のボス狩りをせずに普段通りプレイする分には十二分にあるのだが(マナポーションなんて使うことは滅多にない)、切れる度にその都度買いに行くのも嫌なのだ。

「えっと・・・。起動句は『転移』でいいんだよな」

アイテムで転移なんてしたことがないので、使い方がよくわからない。説明書きもないんだもんなあ。

「転移!」

アイテムを実体化させてその言葉を言った瞬間、一瞬視界が暗転して移動する。

「あれ、失敗?」

どこかで昔聞いた話によると、通常なら転移といった後に場所の指定をするはずなのだが、それもなかったし。それに何より視界に入るものに全く変化がない。ここ、倉庫じゃん。

「うわっ。アイテムまで消えてる。えー。もったいないなあ」

使用した転移アイテムは、きちんと消滅していた。つまり転移は成功したということ。ならば転移の域先指定のやりかたを間違えたのか?

「はあ、まあいいや。笑い話が一つできたってことで。にしても腹減ったな。今何時だっけ」

視界の端の時計機能を見れば、リアル時間は24時半過ぎ、ゲーム内時間は1時だった。

「そりゃ腹も減るわな・・・。いやいやいやいや、ちょっ、え?ゲームなのに腹が減る?」

このゲーム、催したときはそれとなく違和感を感じるようになっているが、空腹や眠気に関しては全く感じないはずだ。だから眠気に気づかずにぶっ続けでゲームして寝落ちする人はいるが、空腹を感じることなんてありえない。



えぇ・・・。もしかしてさっきの宝玉でバグったか?


「メニュー・・・あれ?メニュー」

メニュー画面が開かない。

「アイテム。あれ、開いた。装備・・・装備。これはだめか」

メニューから使用できる機能は半数以上が使えなくなった。

使えるのは、アイテム、メモ、スキル、カスタムだけ。使えなくなったのは、フレンド、チャット、装備、吹き出し、ギルド、システム。そして・・・ログアウト。



「まじかよ。ええ、どうすんの。充電切れまで待つわけ?でも無線で電気飛ばしてるから、最低一か月は持つぜ。死ぬじゃん。仕事は・・・まあいいか、どうせ来ないし」


さて、本当にどうしたものか。


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