魔神ザルドゥの野望
玉座の間にいたサキュバスのミュリックは、直属の部下であるモンスターの報告に整った眉をひそめた。
「逃げられた?」
「申し訳ありません」
トンボのような頭部をしたモンスターが片膝をついて、頭を深く下げる。
「どうやって? あの異界人は呪文も使えないのに」
「エルフの女騎士が逃がしたのかもしれません」
「…………ああ。その可能性のほうが高そうね。で、今はどこにいるの?」
ミュリックは紫色の瞳を揺らめかせて、モンスターに顔を近づける。
「多少の位置はわかるんでしょ?」
「は、はい。どうやら、二人はいっしょに行動しているようで、地上に逃げようとしているようです。八階層のモンスターが数匹倒されていたと情報が入りましたから、多分、奴らの仕業かと」
「…………はぁ。人間とエルフ相手に何やってるんだか」
ミュリックは肩をすくめて、椅子に座っていたザルドゥに視線を動かす。
「どうします? 私が捕らえてきましょうか?」
その質問に、ザルドゥは巨体を僅かに揺らした。
「どうでもいいゴミだが、我が配下を殺したのなら、その罪は償ってもらわんとな」
「では…………」
「いや、待て」
ザルドゥは側に控えていた三ツ目の老人――トロスに顔を向けた。
「トロス、第六階層の結界を使えるか?」
「はぁ。しかし、あれは外部から迷宮に侵入してくる者たちを防ぐためのもので」
「ならば、こちら側から上に出ることもできなくなるだろう」
「…………たしかに、そうすれば奴らは閉じ込められますな」
トロスは額にある目で数十メートルの高さがある天井を見る。
「確実に逃がさないようにするには、そのほうが間違いがないでしょう」
「第七階層以下には、一万以上の配下がいたな?」
「はい。下級のモンスターも入れれば、それぐらいかと」
「ならば、手が空いている者全員で奴らを捜して殺せ」
「全員で、ですか?」
トロスの質問に、ザルドゥはうなずく。
「魔力ゼロの異界人とエルフの女に、我が迷宮から逃げたと吹聴して回られるのは気持ちのいいものではないからな」
「わかりました。第七階層の軍団長ダーグに伝えておきましょう」
トロスは近くにいたモンスターに指示する。
「それでヨムの国への侵攻の準備は進んでいるんだろうな?」
「はっ。四天王のゲルガ様、ネフュータス様、ガラドス様、デスアリス様が王都の周辺の地に十万のモンスターを率いて待機しております。あとは、ザルドゥ様の号令を待つのみです」
「…………そうか」
ザルドゥは満足げに目を細めた。
「ヨム国を潰した後は、サダル国、ニムロス国と戦い、イリューネ国も滅ぼす。これで、ジウス大陸は我らのものになる」
「人間を滅ぼすおつもりですか?」
「そんなことはしない。奴らは食糧になるし、奴隷としても役に立つ。だが、国は必要ない。奴らはただ生きていればいいのだ」
「なんて、お優しい」
ミュリックはうっとりした顔でザルドゥにすり寄る。白く細い手が座っているザルドゥの太股に触れる。
「どうか、ジウス大陸の支配者となられたあかつきにも、ずっとザルドゥ様のお側に仕えさせてください」
「そうだな。その時は、お前にヨム国をやってもいいぞ」
「本当ですか!?」
ミュリックの瞳がぱっと輝く。
「ザルドゥ様…………」
トロスが渋い顔をした。
「四天王の方々に相談もせず、そのようなお約束をされて大丈夫なのですか?」
「よいではないか。ジウス大陸以外にも支配すべき大陸はあるのだからな」
そう言って、ザルドゥはカエルのような口を笑みの形に変えた。




