扉の前の戦い8
巨大なムカデの姿をしたデスアリスの周囲に黄金色に輝く魔法陣が無数に出現した。魔法陣は直径五十センチ以下の小さなものから、直径十メートルを超えるものまであり、逆時計回りに中の魔法文字が動いている。
魔法陣はデスアリスの足元にも描かれていて、その魔法陣から漏れる光がデスアリスの動きを完全に封じていた。
「この呪文は…………」
デスアリスの顔たちが驚愕の表情を浮かべた。
「ま…………まさか…………」
「うん。魔神ザルドゥを倒した呪文だよ」
彼方は足元の魔法陣に拘束されているデスアリスを見上げる。
「そんなはずはない!」
デスアリスの顔たちが同時に叫んだ。
「この呪文は使えないはずよ」「そう。使えるはずがない」「秘薬がないのでは?」「あれば使う機会はいくらでもあった」
「なるべくなら使いたくなかったからね。それに使わないことで敵の裏をかくことができるから」
彼方は淡々とした口調で言った。
「魔神ザルドゥを殺した呪文に君は何回耐えられるかな」
「な…………何回」
デスアリスの無数の顔が恐怖で歪んだ。
周囲に浮かんでいた魔法陣が輝きを増し、その中心部から金色の光が放たれた。デスアリスの体がぼこぼこと膨らみ、青紫色の血が噴き出す。
「あ…………ああ…………私が…………死……ぬ…………」
ムカデのような体が爆発して、肉片が飛び散った。肉片はどろどろに溶けて、消滅していく。
「なんとか、倒せたか…………」
彼方は深く息を吐き出した。
――はったりで、無限の魔法陣の呪文を何回も使えるような言い方をしたけど、杞憂だったな。
――これで最悪の事態はまぬがれたか。もし、無限の魔法陣が効かなかったら、九尾のフェンリルと魅夜を利用して、逃げるしか手はなかった。
「我がマスターよ」
九尾のフェンリルは尖った歯が並ぶ口を開いた。
「命令は何だ?」
「うん。君はこのダンジョンの中にいるモンスターを目立つように倒して欲しい。その間に僕と魅夜が脱出するから」
「理解した。その役目、我が果たそう」
「あ、それと」
彼方は足元に落ちていた時の腕輪を拾い上げ、九尾のフェンリルに向かって投げた。
時の腕輪が大きくなり、九尾のフェンリルの前脚にはまる。
「これで、君の召喚時間は二倍の六時間になったから」
「感謝の極み」
九尾のフェンリルは前脚を揃えて、頭を下げる。
「爆弾アリも仕事は同じだよ」
彼方は高さ五メートルの蟻塚の周りにいる機械のアリ――爆弾アリたちに声をかけた。
「敵を確実に倒すよりも、がんがん動き回って、僕たちの脱出を手伝って欲しい」
「ギ…………ギギ…………」
一万匹の爆弾アリたちは六本の脚を動かして、移動を始めた。
「彼方様」
黒いメイド服を着た十代半ばの少女――魅夜が彼方に歩み寄る。ツインテールの髪は黒く、左右の瞳の色が違っている。
「私を召喚した理由は召喚時間ですか?」
「うん。無限の魔法陣のデメリット効果で、二日間、カードが使えなくなってるからね。君にはダンジョンを脱出した後も僕の護衛をやってもらうよ」
「おまかせください。護衛もメイドの仕事ですから」
魅夜は広がったスカートを指先で持ち上げ、軽く片膝を曲げる。
「じゃあ、行こうか」
彼方は機械仕掛けの短剣を手に取り、魅夜と並んで走り出した。
◇
数時間後、彼方と魅夜がダンジョンの外に出ると、既に夜になっていた。夜空には巨大な月が浮かんでいて、周囲の景色を淡く照らしている。
――九尾のフェンリルと爆弾アリのおかげで、楽に脱出できたな。
――とはいえ、湿地帯の中にもデスアリス配下のモンスターがいる。
彼方は足元にいる十数匹の爆弾アリに視線を向ける。
「君たちは南東に移動しながら、自爆攻撃でモンスターを倒して。その間に僕と魅夜は北から湿地帯を脱出するから」
「ギ…………ギギギ」
爆弾アリたちは赤いレンズのついた頭部を縦に動かす。
「いつもありがとう。最後までよろしく頼むよ」
――なるべくモンスターと戦わずにキルハ城に戻らないとな。ほどほどの相手なら、魅夜とのコンビでなんとかなるけど、強者と戦うのはまずい。デメリット効果のことは知られないようにしないと。
彼方は手に持った機械仕掛けの短剣を見つめる。
――今までの戦闘でも、あえて二体出せる召喚クリーチャーを一体だけ召喚したり、呪文カードやアイテムカードの使用も調整してきた。その戦い方がカードを使えない状況になってる事実を隠してくれるはずだ。
――いつも最善の戦い方をするより、後々のことを考えるなら、少しずれた戦い方のほうがいい。それが敵を惑わすことになる。
「彼方様」
魅夜が彼方に体を寄せた。
「数はわかりませんが、左側からモンスターが近づいているようです」
「なら、まずは右に移動しよう」
彼方と魅夜は湿地帯の森を北東に向かって進み始めた。