訪問者
集会所の前でベガル村長が深く頭を下げた。
「申し訳ございません。まさか、あの子がカーリュス教の信者だったとは…………」
「いえ。ベガル村長は悪くありませんよ」
彼方は、ゆっくりと首を左右に動かす。
「信じてる宗教が何かなんて、わかるはずもありませんし」
「そう言っていただけると、心が落ち着きます」
ベガル村長は、もう一度、彼方に頭を下げる。
「あの子…………シーラは集会場の地下に閉じ込めておいて、兵士に引き渡します。それでよろしいでしょうか?」
「ええ。問題ありません。それと、他にもカーリュス教の信者が紛れ込んでるかもしれません。注意しておいてください」
そう言って、彼方は周囲で作業をしている村人たちを見回した。
◇
次の日の午後、キルハ城に冒険者ギルトの受付のミルカがやってきた。ミルカは彼方の冒険者登録をした黒髪のハーフエルフだ。胸はふくよかで普段とは違う冒険者風の服を着ていた。
一階にある客室でミルカは整った口を開いた。
「彼方さんのご依頼の兵士の件ですが、選別が終わりました」
「選別? 募集した百人より多くなったんですか?」
彼方の質問にミルカはうなずく。
「はい。一年ごとの更新とはいえ、給金はいいですし、何より英雄である彼方さんの兵士になれるんですから、希望者も集まりますよ」
「危険な仕事ですよ? サダル国やモンスターの軍隊が攻めてくるかもしれないし」
「もちろん、説明はしてあります。それでも、多くの皆さんが彼方さんの下で働くことに憧れを抱いているんです」
「憧れか…………」
彼方は唇に親指の爪を当てる。
――好意を持たれるのは嬉しいけど、兵士の命を預かる立場になるのはつらいな。とはいえ、キルハ城と領地を守るためには、ある程度の戦力は必要になる。
――今更、領地返上ってわけにもいかないだろうなぁ。報奨金も追加でもらっちゃったし。
「兵士の皆さんは明日、ここに到着予定なので、よろしくお願いします」
「そのことを伝えるために、わざわざ、ここまで来たんですか?」
「新しくできる村にも用事があったんですよ」
ミルカは笑顔で答えた。
「開拓には多くの冒険者も関わってますから。それに彼方さんに言いたいことがあって」
「言いたいこと?」
「…………ええ」
口角を吊り上げたまま、ミルカは彼方に顔を近づける。
「彼方さん。今、私が職場で何て言われてるか、知ってますか?」
「いえ。知りませんけど?」
「…………魔神ザルドゥを倒した英雄をFランク認定したダメ巨乳ちゃんですよ」
ミルカのこめかみに血管が浮き出た。
「どうしてっ! どうして言ってくれなかったんですかあああっ!」
ミルカは彼方の両肩を掴み、前後に揺さぶる。
「彼方さんのせいで、私の評価はがた落ちですよぉおおお!」
「いっ、いや。どうせ、話しても信じてくれませんでしたよね?」
彼方の頬がぴくぴくと動く。
「たしかに信じませんでしたよ。でもっ、特別な攻撃呪文を使えるとか召喚呪文を使えるとか言ってくれれば、Fランクになんかしませんでしたよっ!」
ミルカの瞳が潤み、目の縁に涙が浮かぶ。
「何で教えてくれなかったんですかああ!」
「いっ、いや。あの時は、この世界に転移したばかりで、自分が強いかどうかわからないところがあって、Fランクが妥当だと思ったんです」
「そんなわけないでしょ! あなたは魔神を倒したんですよ。最低ランクじゃないぐらい予想できますよねっ?」
「そっ…………そう…………かもしれませんね」
彼方は額に浮かんだ汗を拭う。
「それに、ジーニだってメルティだってヘレナだって、彼方さんをFランクにするはず。水晶玉の鑑定で魔力がゼロだったんだから」
「は、はい。ミルカさんは悪くありません」
「ほんとにそう思ってます?」
ミルカは頬を膨らませて、上目遣いに彼方を見る。
「もっ、もちろんです。魔力だけじゃなくて、力も平均以下だし、異世界に来たばかりで、この世界のことを何も知らなかったし」
「そうですよ! 誰だって、あの時の彼方さんなら、Fランクに認定するはずです。絶対にそうですっ!」
握り締めたこぶしを胸元に寄せ、ミルカは肩を震わせる。
「それなのに、みんな私の目が節穴って言うし…………」
――これは長くなりそうだな。
それから三十分、彼方はミルカの愚痴を聞き続けることになった。
◇
次の日、彼方はキルハ城の中庭で百人の兵士たちと対面した。
兵士は二十代が多く、七割が男だった。人間以外にも、ハーフエルフ、獣人、獣人ハーフの姿があった。
全員が城の前に立つ彼方に熱い視線を送っている。
その時、ウサギの耳を生やした少年が彼方に駆け寄った。少年は十三歳ぐらいで、色褪せた若草色の上着に灰色のズボンを穿いていた。髪の毛はクリーム色で幼い顔立ちをしている。
「あれ? ピュートじゃないか」
彼方は驚いた声を出した。
ピュートはFランクの冒険者で、ネフュータスのキメラを倒した時に、いっしょに行動した獣人ハーフだった。
「君も兵士になってくれるの?」
「はいです」
ピュートは青紫色の瞳を輝かせた。
「彼方さんの兵士に選ばれて、僕は幸せなのです」
「選別があったみたいだね」
「そうなのです。実技試験と面接あったです。彼方さんのことをいっぱい話しました。そうしたら、Eランクなのに合格できたのです」
「あーっ、昇級したんだ?」
彼方はピュートのベルトにはめ込まれた黄土色のプレートを見る。
「はいです。Eランクで選ばれたのは僕だけなのです」
「そっか。危険な仕事だけど、よろしく頼むよ」
頬を緩めて、彼方はピュートの肩に触れた。
「氷室男爵」
聞き覚えのある声が彼方の耳に届いた。
大柄の獣人の背後から、白銀の鎧をつけた女騎士が現れた。淡い金色の髪に緑色の瞳、肌は透き通るように白く、耳はぴんと尖っている。
「ティアナールさんっ!?」
彼方の目が丸くなった。




