囚われたティアナール
薄暗い部屋の中で、ティアナールは目を覚ました。
まぶたを擦りながら、周囲を見回す。
部屋は狭く、窓のない壁に光る石が入ったカンテラが掛けられている。
「ここは?」
ティアナールは簡素なベッドから下りて、木製の扉に歩み寄る。
扉は分厚く、しっかりとカギが掛かっていた。
「ダメか…………」
扉をこぶしで叩いて、ティアナールは唇を強く結ぶ。
――私をさらった奴らが言ってたな。雇い主はサダル国のようなことを。しかし、何故、私をさらう? 捕虜交換でも考えているのか?
その時、カチャリと音がして、分厚い扉が開いた。
部屋に入ってきた二十代後半の男を見て、ティアナールの緑色の瞳が丸くなる。
「お前は…………ナグチ将軍」
「…………おや、私のことを知ってましたか」
男――ナグチ将軍はメガネの奥の目を細くした。
ナグチ将軍は背が高く、すらりとした体型をしていた。髪は青く中性的な顔立ちをしている。服は白いシャツにダークブルーのズボンを穿いていた。
「ヨム国の百人長に顔を知られているとは光栄ですね」
「…………あなたは有名ですから」
ティアナールのノドがうねるように動く。
「二十七歳の若さで将軍にまで登り詰めたサダル国の英雄。神速と呼ばれた剣技に万の策を考える頭脳。新人の兵士でも知ってる情報だ」
「最近は、前線に出ることもなくなって、剣の腕は鈍りましたけどね」
ナグチ将軍は腰に提げた短剣に軽く触れる。
「頭脳も鈍ったのでは?」
「んっ? あなたをさらったことですか」
「ああっ。私に人質の価値などない。交渉の材料になると思うなよ」
「そうでしょうか?」
「ヨム国をバカにしてるのか!」
「いいえ。私が交渉しようとしてる相手はヨム国ではなく、あなたの友人の氷室彼方ですよ」
「なっ、なんだとっ!」
ティアナールは大きく口を開けた。
「ど…………どうして、そんなことを?」
「実は氷室彼方にティルキルが殺されてしまいましてね」
「ティルキルを彼方が殺した?」
「ええ。いっしょに行動してたイゴールとメルーサも氷室彼方にやられたようです」
ナグチ将軍は肩をすくめて、首を左右に動かした。
「正直、ティルキルのパーティーがやられるとは思っていませんでした。しかも、第九師団を全滅させるとは」
「第九師団を全滅?」
「はい。金獅子騎士団の別働隊も関わっているようですが」
肩まで伸びた青い髪に触れながら、ナグチ将軍は言葉を続ける。
「どうやら、氷室彼方はSランクの中でも、トップクラスの実力があるようです。そんな男をFランクにしてたのは、ヨム国の作戦ですか?」
「…………さあな。それより、手間をかけて無駄なことをしたな」
ティアナールは唇の端を吊り上げて笑う。
「彼方は爵位を手に入れ、ヨム国に忠誠を誓っている。友の私よりも国を選ぶ立場になったのだ」
「それはどうでしょうか。私たちが調べた情報によると、氷室彼方は情に厚く、仲間を裏切らないタイプのようです。しかも、彼は異界人で国への忠誠心は薄いと予想しますが」
「…………勝手にそう思ってればいい」
「では、氷室彼方に、あなたがリシウス城にいることを伝えてみましょうか」
「彼方を殺すつもりか?」
「安心してください」
ナグチ将軍はにこやかに笑った。
「氷室彼方にお願いするだけですよ。ヨム国を裏切って、サダル国の味方になってくれと」
「彼方が断ったら?」
「断るとは思えません。そのためにあなたをさらったのですから」
「…………サダル国の英雄が、こんな卑怯な手を使うのか?」
「こちらの損害がなく、楽な手ですからね」
メガネの奥の目が、さらに細くなった。
「あなたも協力してくださいよ。大切な友人が死ぬ姿を見たくないでしょ」
「お前に彼方が殺せるものかっ!」
ティアナールはナグチ将軍を睨みつける。
「ほーっ、私よりも氷室彼方のほうが強いと?」
「当たり前だ! 彼方の実力はSランクを越えているんだからな」
「でも、氷室彼方は人間です。剣で刺されれば死ぬし、弓矢でも死にます。それに」
ナグチ将軍の右手が動いた。
一瞬で、ティアナールのノドに短剣が向けられた。
「あ…………」
「おや…………ヨム国の百人長ともあろう方が、私の動きが見えませんでしたか」
ノドの一センチ前で止められた刃に、ティアナールの顔が強張る。
「安心してください。私が氷室彼方と直接戦うことはありませんから」
短剣を戻して、ナグチ将軍は微笑する。
「将軍として十万の軍をまとめる仕事がありますし、氷室彼方を殺せる部下もたくさんいますから」
「貴様…………」
ティアナールの体が怒りで震えた。
「落ち着いてください。氷室彼方は頭もいいようですし、きっと、最良の選択をしてくれますよ。サダル国で伯爵になって、あなたと幸せに暮らす生き方をね」
「くっ…………」
「とりあえず、あなたはここで、ゆっくりと過ごしててください。狭くて何もない部屋ですが、食事は悪くないですよ」
そう言って、ナグチ将軍は部屋から出る。
「まっ、待てっ!」
ティアナールの声を無視して、扉が閉まった。
「おいっ、ここを開けろ! まだ話は終わってないぞ!」
何度も扉を叩くが、何の反応もない。
ティアナールは扉から離れて、ベッドに腰をかけた。
「まさか、彼方を味方につけるために、ここまでやるとは…………」
唇を強く結び、白いシーツを握り締める。
――ナグチ将軍は危険な男だ。奴の提案を受け入れなければ、容赦なく彼方は殺されるだろう。その力をナグチ将軍は持っている。
「彼方…………気をつけろ」
ティアナールは祈るように、両手の指を胸元で組み合わせた。




